第 拾参 話:鬼神の怒りと悪鬼の強欲
祝いの宴会の翌日の昼、鬼龍の旗印を背負った黒い甲冑と頭形兜を着こなした伝令兵が慌ただしい表現で乗っている馬を急いで会津城へと向かっていた。
一方の中庭が見える和室の縁側で真斗と竹取は政宗を交えて天然の鯛焼きと緑茶を食べ飲みながら楽しく談笑していた。
「嘘だろ幼い頃の竹取⁉お前がそんな悪戯娘だったとわなぁ」
驚く真斗に竹取はクスクスと笑い答える。
「ええ、そうなの。よく屋敷の門を通る人に向かって泥だんごを投げつけたり、時には女中に虫の死骸を見せて驚かせたりとか色々としていたわね」
竹取が悪戯好きだった幼少期を聞いた政宗は大笑いをする。
「平安京一と言われる美女の幼少期がまさか!真斗と同じなのは驚きだな」
政宗の口から出た事に竹取は少々、驚く。
「え⁉真斗も昔は悪戯っ子だったの?」
真斗はお茶を一口飲み、喉を潤すと答える。
「ああ。よく爺の家にある柿の木に登って柿を盗んでいたし、時には愛菜と一緒に中庭で父上が通る先に落とし穴を作って落としたりしていたな」
「へぇーーーっ私以上に悪戯好きだったのね。しかも義妹の愛菜もだったなんて」
「いや愛菜だけじゃないんだ。時には母上も俺達、兄妹の悪戯に便乗して父上に悪戯してたっけ」
「おお!それは初耳だな。本当なのか?お前達の母もしていたのか?」
真斗は木皿に乗った鯛焼きを一つ手に取ると政宗に向かって笑顔で頷く。
「ええ、そうなんですよ。母上って意外と子供っぽい所があったんですよ」
そう言うと真斗、竹取、政宗は大笑いをするのであった。
するとそこにさっきの急いで伝令兵が慌てながら現れ、真斗達の前に片膝を着く。
「若様!大変です‼先ほど今川勢の生き残った家臣からこの様な書状が!」
ただならぬ慌てように真斗は持っていた鯛焼きを木皿に置き伝令兵が際し出した書状を受け取り、内容を確認する。
すると真斗は書状の内容に驚愕し、伝令兵に問う。
「おい!この内容は本当なのか?」
「はい!間違いありません‼速やかなる返答しなければ、ここ会津に向けて総攻撃をすると‼」
真斗はまるで苦虫を嚙み潰した様な表情で歯ぎしりをする。
「分かった!お前は直ぐに爺や他の家臣達を大広間に集めよ!私もすぐに行く‼」
「はっ‼」
伝令兵は一礼をし、立ち上がると速やかにその場を去る。その直後、真斗は持っていた書状を握り潰す。
「おのれぇーーーーっ‼ふざけた事を申しっおってぇーーーーーーっ‼」
今まで見たこともない鬼の形相となった真斗に恐れる竹取と政宗。そして竹取は恐る恐る問い掛ける。
「あの・・・真斗・・・何があったの?」
すると真斗はそのまま振り返り、和室の襖を開く。
「竹取!後で大広間に来てくれ!それと伯父上!申し訳ないが、貴方様にもどうか大広間へ!」
それだけを言い残した真斗は一人、和室を出るのであった。
⬛︎
大広間の上座に胡坐で座る真斗の他に源三郎と平助の他に二人の男性家臣、そして竹取、愛菜、政宗が座っていた。
「皆!集まった!聞き及んでいるが、先程、旧今川勢の家臣である『迦黒 松衛門』から書状が来てな!」
すると真斗は一呼吸を置き、鬼の形相となる。
「“鬼龍 真斗の正室!竹取様を引き渡せ‼さらに会津の地と民をそのまま迦黒家に差し出せ”との事だ‼」
真斗の口から出た書状の内容に皆は驚愕し、同時に怒りが込み上がる。
「なんと!竹取様のみならずこの会津の全てを差し出せとは‼迦黒家はどこまでも傲慢なんだ‼」
「爺の言う通りですわ兄上!あんなクズの首は速攻!討ち捨て野ざらしにするべきです‼」
源三郎と共に彼の右側で正座する愛菜が怒り出すと他の家臣達も怒りを顔に出す。
「外道極めるとはまさにこの事だなぁ!若様!迷う必要はありません‼奴の首を打ち取りましょう‼︎」
源三郎の左に正座する平助がそう主張すると向かいに胡坐をする家臣の『岡田 左之助』も意気込んだ表情で後押しする。
「平助殿の言う通りです!従う義理などありません‼︎あんな外道に従うくらいなら戦って死んだ方がマシです‼」
そして左之助の左側で正座をする『中村 忠司』も右手の平で自分の太股を叩く。
「若様‼奴は外道中の外道!我々を日の浅い田舎大名と見下しているのです‼」
皆の怒る光景に真斗の左側に胡坐で座る政宗も冷静な表情ではあるが、内心は怒りに満ちていた。
「真斗!俺は戦うべきだ‼お前ら鬼龍家のみならず我ら伊達家も侮辱したんだ!あのクズには天誅を下すべだ!」
竹取を除いた真斗達がここまで憎悪を現す旧今川勢の家臣、“迦黒 松衛門”は全国に名を轟かせる超が付く外道武将。
松衛門は自分の正室はおろか自分の娘や側女すら自分の出世と他の家を乗っ取る為の道具としか考えていない。最も名高い悪行が自身の子を宿した正室と側女を歴史の深い五つの武将に嫁がせ、その武将が死に我が子に家督が譲ったのを見計らい乗っ取った“五武将事件”がある。
また彼は気に入った美しい女性を見付ければ例え人妻でも無理矢理、側女にしたり無茶苦茶な立て前で他国を侵略し支配する程の強欲傲慢で、しかもちょっとしたイラつきで百姓や家臣一族を拷問したり斬首にする残忍冷酷な性格である。
皆の怒りの声を聞いた真斗は目を閉じ、深く深呼吸すると落ち着いた表情で左側に正座する竹取の方を向く。
「竹取、今回の迦黒軍との戦は大戦となる。お前はすぐに伯父上と共に仙台に落ち延びろ。伊達の庇護に入れば奴でもそう簡単には攻めて来ないはずだ」
真斗からの提案に竹取はキリッと覚悟を決めた表情で首を横に振る。
「嫌です!例え鬼龍家が滅びる運命であったとしても私は絶対に愛する貴方様の元を離れません‼もし無理でも離れろというのであれば!私はこの場で舌を噛み切って自害します‼」
彼女の揺るがない決意の前に真斗は押され、急にフッと笑い出す。
「分かった!お前の決意、確かに受け取ったぞ竹取‼だが約束してくれ何がなんでも絶対に俺の側を離れるなよ!」
真斗からの約束に竹取は笑顔で頷く。
「分かったわ真斗!その代わり私とも約束して‼絶対に戦に勝って!私の元に無事に帰って来て‼」
「ああ、分かった竹取!約束するよ‼必ず勝どきを挙げて!お前の元に無事に帰る‼」
そう言うと真斗は竹取と笑顔で指切りをする。
「真斗!俺も今回の大戦に手を貸すぞ‼怒らせた独眼龍の恐怖を思う存分!奴に味合わせたい‼」
「分かりました!伯父上‼ありがとうございます!」
真斗は笑顔で政宗に向かって一礼する。そして真斗は固い決意を示した表情で前を向き、立ち上がる。
「皆の者‼外道将軍!迦黒 松衛門を討つ!我ら鬼龍と会津を見下し逆鱗に触れた事を後悔させるのだぁーーーーっ‼」
それを聞いた皆は固い決意に満ちた表情で大きく拳を上げる。
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」
⬛︎
真斗達が戦う決意を固めてから三日後、相模北部の江戸との国境付近にある迦黒 松衛門の居城である山城“號琳城”では準備を整えた迦黒軍が続々と会津に向けて出陣していた。
一方の松衛門は城の大広間で攫った百姓の美しい女性や女中、更には乗っ取った武将の娘、自身の家臣の娘や人妻を好き放題、貪っていた。
「松衛門様!もう・・やめて下さい・・ませ」
「お願いします・・・松衛門・・様・・・私には・・・夫がおります」
「お願い・・・します・・松衛門様・・・私を・・・帰して・・下さい」
松衛門によって着物を破られ、貪られた彼女達からの懇願に小太りで丸坊主の松衛門が全裸の状態でゲラゲラと笑う。
「よいとも!ただし、俺の子を宿して産んでもこの松衛門の気が済むまでなぁ」
まさに強欲傲慢な外道男。するとそこに一人の茶色い甲冑と兜を着こなした松衛門の家臣が現れ、片膝を着く。
「松衛門様、鬼龍家より書状が届きました」
「そっか。それで返事は?」
怪しげな笑顔で問う松衛門に対して家臣は深々と頭を下げる。
「はっ!申し出を断り、我らと戦をするそうです」
それを聞いた松衛門は暴君の様な邪悪な大笑いをする。
「そっか!よーーーし‼これで会津と竹取を武力を持って手に入れられる!すぐに他の家臣に伝えろ!会津の博士山に着き次第すぐに陣を築け、俺もすぐ行く。いいな?」
「はっ!」
「ところで仁川 勝江、お前の妻と娘はお互いで美人で体も美しくて美味かったぞ。手放すのは惜しい、俺の元に謙譲するなら支配した会津をお前にやろう」
勝江はゆっくりと頭を上げ松衛門の足元で着物を強引に破られ、全裸にされ休まずに貪られた荒い息継ぎし、倒れ込む自身の妻と娘の姿を見て怒りが込み上がる。
「分かり・・・ました」
「よし!もういいぞ、下がれ」
「はっ!」
勝江はその場を離れた瞬間、松衛門は足元で倒れ込む勝江の娘を強引に起こし、彼女の体を貪り始める。
大広間から聞こえて来る松衛門に貪られる自身の娘の声に勝江は憎悪に満ちた表情をする。
(おのれぇ‼松衛門!まさに強欲な悪鬼の如く、いや!強欲な悪鬼めぇーーーっ‼必ず隙を突いて!お前の首を討ち取ってやる‼)
心の内で勝江は松衛門への復讐を固めながら大広間を去って行くのであった。