第 拾弐 話:束の間の平穏
初夜から翌日の昼、竹取の翁と嫗は城屋敷の茶室で優雅に餡子と抹茶を乗っけたかき氷を食べていた。
「んーーーっ流石、会津の綺麗な流水で作られた氷だ。頭がキーンっとしない」
「そうですね爺様。それにこの餡子と抹茶も甘くて美味しいですね」
「そうだな婆様。会津の食べ物は美味しい、しかも民の皆もいい人ばかりじゃ」
「ええ。本当に竹取が真斗の元に嫁いで正解でしたね」
などと楽しく今の暮らしを談笑していた。一方、道場では源三郎と愛菜が共に槍術の稽古をしていた。
「キィエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ‼」
愛菜は両手で持つ模擬薙刀棒を示現流に伝わる掛け声と共に目の前で模擬槍棒を構える源三郎に向けて力強く突く。
だが源三郎はひらりとかわし、愛菜に目掛けて連続で突きを繰り出す。それを受けた愛菜は大きく後ろに倒れ込む。
それを見た源三郎は構えを解き、倒れた愛菜へと近づく。
「愛菜様、突きを繰り出す際に槍先がぶれています。それでは亡きお母上様のように強くなれませんぞ」
愛菜は少し悔しそうな表情でゆっくりと立ち上がる。
「はい・・・爺。もう一度お願いします‼︎」
「うむ!それでは・・・」
源三郎は愛菜の気合の入った表情と眼差しに頷き持っている模擬槍棒をグルンと一回転さ、再び構える。
「愛菜どん!掛かって来んしゃい‼︎」
「キィエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ‼︎」
愛菜は掛け声と共に源三郎と激しい打ち込み試合を始める。
そんな二人の稽古を座って真斗と竹取が見学していた。
「ねぇ真斗、貴方と愛菜の亡くなったご両親ってどんな人なの?」
彼の右隣に正座する竹取からの問いに真斗は笑顔で稽古を見ながら自分達の両親について語り出す。
「ああ。俺達、兄妹の母上は薩摩の大名、島津家の姫君でな。母の父、即ち俺達の祖父が現当主の島津 義弘なんだ」
真斗と愛菜の母親を聞いた竹取は驚く。
「え⁉︎島津って、あの“鬼島津”と恐れられた武将の!」
「ああ、そうさ。母の名は『美舞姫』と言って愛菜に似て美しい女だけど、鬼すら恐れる力強く無鉄砲な姫で義弘の祖父様ですら嫁ぎ先に頭を悩ませていたよ」
「でもそんな、お義母様を貰ったのが真斗と愛菜のお義父様ね」
竹取からの鋭い指摘に真斗は笑顔で頷く。
「ああ、そうさ。父上の名は『伊達 政道』と言って家督争いの際には敬愛する伯父上、政宗様の為に後継人を自ら降りて、この会津の地を守護する事となった」
すると話しを聞いていた竹取はある疑問が頭に浮かび、真斗に問う。
「ねぇ真斗、気になったけど一体何で家名を伊達から鬼龍に変えたの?」
真斗は笑顔で竹取が居る左を向き答える。
「ああ、実は父上が山で鹿狩りをしていた時に偶然、お忍びで奥州へ旅行に来ていた母上が山賊に襲われ大立ち回りしていた所に遭遇してな。母上が多勢に無勢だった所を父上が助けに入って山賊を全員、斬り捨てたんだ」
そして真斗は今度は右を向き、道場の上座の壁に飾れた笹輪の内に両翼を広げた腹に轡紋の模様がある一羽の雀の家紋、“鬼龍笹”を見る。
「母上の勇猛果敢に山賊と戦う姿に惚れ込んだ父上が、その場で求婚を申し入れてなぁ。突然の事で母上は動揺していたが、お互いに知り合って行く内に相思相愛になって結婚したんだ。それに至って伊達家の後継人を完全に降りた証として家名を鬼龍に変えたんだ」
真斗からの説明に竹取は納得した笑顔をする。
「へぇーそうなんだ。んふふふっ真斗と愛菜のお義父様って以外と大胆な所があるのね。ところで鬼龍の由来ってなんなの?」
「ああ、それだわな竹取」
真斗は再び竹取の方を向く。
「伯父上が“独眼龍”の異名で呼ばれ、一方の島津家は“鬼島津”の異名で呼ばれているから両家の異名の一文字を取り入れた“鬼龍”となったんだ」
「へぇー双方の異名が由来って何か武士の伝説っぽいわね」
「ああ、まぁそうだな」
真斗が笑顔でそう言うと道場の襖が開き、家臣の『田中 平助』が入室する。そして正座をし一礼する。
「失礼します。若様、伊達家頭領であります奥州筆頭の伊達 政宗様がお越しになっております」
それを聞いた真斗は驚き、立ち上がる。
「何!伯父上が⁉平助よ、一体なぜ我が城に伯父上が?」
「はい。なんでも遅れてしまった若様と竹取様の結婚祝いをしに来たそうです」
田中からの報告に真斗と竹取はハッとなる。
「あ!そうだった。ようやく長引いていた百姓との揉め事が片付いたから来るって手紙で言っていたなぁ。すっかり忘れていた」
真斗はそう言いながら困った表情で片手で頭をかく。
「分かった平助。それで今、伯父上はどこに?」
「はい。今は茶室に居り、竹取の翁様と嫗様と共に会話をしております」
「分かった平助、ありがとう。下がってよい」
「はい。では失礼します」
平助は一礼をし立ち上がり、道場を後にする。そして真斗は笑顔で源三郎と愛菜に向かって手を三回、叩く。
「爺!愛菜!稽古はそこまでだ!伯父上が!伊達 政宗様が来ておられる!」
真斗の知らせを聞いた源三郎と愛菜は稽古の手を止め驚く。
「ええ⁉︎伯父上様がここに!」
「なんと!本当ですか若?」
二人からの問いに真斗は頷く。
「ああ、揉め事で出来なかった俺と竹取の結婚祝いをする為にな。だから二人共、すぐ稽古で流した汗を洗い流して身支度を整えろ」
真斗の指示に源三郎と愛菜は頷く。
「分かりました!兄上!」
「分かりました若!直ちに!」
「あと俺と竹取は先に伯父上が居る茶室に行っているからな」
それを聞いた源三郎と愛菜は真斗に向かって一礼する。
「「はっ!」」
そして二人は駆け足で風呂場へと向かい、真斗は竹取に自分の右手を伸ばす。
「じゃ俺達は先に行こう竹取」
「ええ、行きましょう」
竹取は笑顔で真斗の右手を取り、立ち上がり共に茶室へと向かう。
⬛︎
先に向かった真斗と竹取は茶室の襖の前へと着く。
「失礼します!伯父上!真斗です!」
「おお!来たかぁ。入っていいぞ!」
茶室より政宗の陽気な返事が来たので真斗は襖の把手を掴み開ける。
「失礼します」
そう言いながら真斗は茶室に入ると胡座をする和服姿の政宗が正座をする翁と嫗が楽しく談笑していた。
「よぉ!真斗、元気していたか?」
政宗が笑顔で問うので真斗も笑顔で答える。
「ええ。元気ですよ伯父上」
そして後から入って来た竹取と共に政宗の近くに座る。
「真斗、そして竹取、遅くなって申し訳ない。改めまして、ご結婚おめでとう」
政宗は真斗と竹取に向かって笑顔で一礼をすると真斗と竹取も笑顔で一礼をする。
「ありがとうございます、伯父上」
「ありがとうございます、伊達 政宗様」
お礼を言った真斗と竹取も頭を上げる。そして政宗は自分の側に置いてあった布に包まれた品を手に取る。
「これは二人への結婚祝いの品用に刀鍛冶師の長船 光忠に制作を依頼して作ってもらった物だ。受け取ってくれ」
「これはありがとうございます伯父上」
政宗からの品を受け取った真斗はさっそく包みを開けると黒を基調とし、鞘には金色の鬼龍笹が描かれた柄が紅白の二本の短刀であった。
「その二本の短刀の名は紅の柄は『日鬼光忠』で白の柄は『月龍光忠』だ。大切に使ってくれ」
政宗からの説明に真斗と竹取は喜び、真斗は日鬼を竹取は月龍を手に取る。
「ありがとうございます伯父上。大切にしますね」
「ええ、本当にありがとうございます」
真斗と竹取は笑顔で政宗に向かって一礼をするのであった。
それからしばらく真斗達は楽しく談笑していると風呂で汗を洗い流し、身支度を整えた源三郎と愛菜が現れる。
「遅くなりました。おお!政宗様!お久しゅうございます」
「伯父上!お久しぶりでございます!」
「よっ!源三郎!愛菜!久しぶりだな」
お互いに笑顔を挨拶をし、源三郎と愛菜は真斗の隣へと座る。
「ああっと!そうだ忘れる所だった。真斗、これを少ないが祝い金だ」
笑顔でそう言うと政宗は和服の袖口から少し大きめな巾着袋を出し真斗に渡す。
そして真斗は袋を開けると中には枝豆位の砂金が入っていた。
「おお!これは大きな砂金は初めてみますなぁ!」
「そうですね爺様!流石は伊達家ですね」
一粒、手に取る真斗も驚きを隠せずにいた。
「こんな砂金!・・・本当に貰っていいんですか伯父上?」
「当たり前だろ。可愛い俺の甥っ子のめでたい事をパーっと祝ってやらないとな」
笑顔と伊達男っぷりに真斗は感銘を受け、深々と頭を下げる。
「伯父上!この鬼龍 真斗!感服いたしました!本当にありがとうございます!」
真斗からの心の底からの感謝に政宗は大笑いする。
「いいって!いいって!さぁ!皆が揃った事だし談笑でもしよう」
政宗からの提案に真斗達は笑顔で頷く。そして談笑しながら真斗は竹取との出会いと桶狭間での武功を話すのであった。
⬛︎
それから茶室での談笑の後、真斗と竹取、そして政宗は賑わう会津の城下町をぶらぶらしていた。
三人が堂々と大通りを歩いている姿に町の人々と妖怪達は笑顔で手を振ったり、軽く頭を下げる。
「あ!真斗様!こんにちは」
「ああ!姫様!ご機嫌よ」
「おお!政宗様!こんにちは」
「真斗様!姫様!今日もお美しいですね」
「政宗様!今日は一段と輝いておりますぞ!」
そんな皆に向かって真斗と竹取、政宗は笑顔で手を振る。
そうしている内に三人は八百屋と魚屋、そして肉屋へと着き必要な食材を購入し城へと戻った。
時は過ぎ、夕暮れ。城の台所では多くの従者達が夕食の準備をしていた。そんな中で白く細い手拭いで縛って袖を短くした政宗が俎板に置かれた大きな黒鯛を慣れた手付きで包丁で捌いていた。
「政宗様!伊達家当主が自ら買って来た黒鯛を自ら捌かずとも我々がやりますので」
料理をする女中が慌ただしく政宗を止めるが、彼は笑顔で振り返る。
「ありがとう。でも今日は私の手で真斗と竹取の祝いの料理を作りたくてなぁ。すまないが、今日だけでいいんだ」
政宗の懇願に女中は納得した笑顔をする。
「分かりました。では何かお手伝いしますね」
「ああ、ありがたい。ではそこの鍋の吸い物の味を調えてくれ」
政宗が指差した釜戸で火で煮詰まる鍋を見た女中は笑顔で頷き、早速、鍋に入った吸い物の調理を始める。
それから夜になり夕食の料理が出来たので大広間で宴会が開かれていた。
「それでは諸君!遅れながら今回の祝いの料理は私が考案し殆どは私が作った料理だ!思う存分、食べてくれ!」
それを聞いた真斗達は驚き関心の歓声を出す。そして政宗を含めて真斗達は盃に酒を注ぎ手に持つ。
「それでは二人の門出に乾杯!」
「「「「「乾杯‼」」」」」
政宗が考案し自らの手で作った料理は黒鯛の刺身、豚の角煮、ニンニクと醤油を使ったフキとワラビ、そして会津の丸ナスを使った炒め物、カボチャとフキ、シマアジの天ぷら、黒鯛のカマと頭を作ったお吸い物、麦と白米の雑穀ご飯である。
盛り付けも美しく、そこからも政宗の威厳と真斗と竹取を祝う気持ちが伝わっていた。
その後は皆は楽しく政宗による真斗と竹取を祝う宴会は大いに盛り上がった。その一方で真斗達は知らなった。武装した軍勢が着々と会津に向かって進軍していたのであった。




