第 拾壱 話:三日月の初夜
桶狭間の戦い終結から三週間後、日中の会津城では竹取が城の中庭の池で飼われているニゴイに餌を与えていた。
(真斗が会津を発って約四週間が経つわ。無事でいるかしら?)
竹取は心の内で真斗の安否を心配していると縁側から剣道道着を着こなした愛菜が現れ、竹取の元に向かう。
「どうしたんですか義姉上?」
愛菜の問い掛けにハッとなった竹取は笑顔で振り返る。
「うんうん、何でもないわ」
「隠さなくていいんですよ。兄上の事が心配ですよね」
愛菜に真意を突かれた事で竹取は少し悲しい表情をする。
「うん・・・真斗、夫は無事にここに戻って来るわよね愛菜?」
城を出る前に真斗と約束を交わしたとはいえ竹取の心は今だに不安に満ちていた。
そんな彼女の姿を見た愛菜は笑顔で優しく背中を撫でるのであった。
「大丈夫ですよ義姉上。兄上は必ず帰って来ます。むしろもうすぐ帰って来ます」
「どうしてそんな事が言えるの愛菜?」
竹取の疑問に愛菜は自信に満ちた笑顔で答える。
「言えちゃうんですよ。兄妹の絆で感じるんですよ」
するとそこに源三郎が慌てながら竹取と愛菜の元に現れる。
「竹取様!愛菜様!お喜び下さい‼︎若が!若が!帰って参りました‼︎」
源三郎からの朗報に竹取は驚く。
「本当に‼︎本当に真斗が帰ってきたの!」
竹取からの問いに源三郎は笑顔で頷く。
「はい!しかも大量の米俵と千両箱、それに食材を乗せた荷車を引いて戻られました‼︎」
「愛菜!」
竹取は感激の表情で両手で愛菜の手を握る。
「だから言ったでしょ義姉上。兄上は必ず帰って来るって。じゃ出迎えに向かいましょう」
「ええ愛菜!早く行きましょう‼︎」
そして竹取は愛菜を連れて城門へと急いで向かい、源三郎も二人の後を急いで追うのであった。
竹取と愛菜、そして源三郎が城門に着くと轟鬼に乗り自信と誇りに満ちた笑顔で真斗は足軽達と共にゆっくりと入城する。
「お帰りなさいませ!兄上‼︎」
「若、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ。旦那様」
「殿、お帰りなさいませ」
愛菜、源三郎、そして先に門にいた翁と嫗が笑顔で出迎える光景に真斗は笑顔で轟鬼から降りる。
「ただいま!皆!ただいま!竹取!」
「お帰りなさい!真斗!本っ当に無事でよかったわ‼︎」
嬉し涙を流す竹取は飛び付く様に真斗に抱き付き、真斗は抱き付いて来た竹取を優しく抱き締めるのであった。
⬛︎
少し時間が経って夜、城屋敷の大広間では真斗の無事を祝う宴会を城の者達や城下の者達を交えて行われていた。
宴会料理の内容は今川 義元を討ち取った褒美として信長から頂いた尾張の土地で採れた新鮮な白米と雪女達の手によって凍らせた伊勢湾で採れた新鮮な魚介類を使った、お寿司である。
胡坐で上座に座る真斗は酒を飲みながら笑顔で桶狭間の戦いを熱く語っていた。
「それで俺は今川軍の足軽達を次々と倒す中で恐れて逃げる今川 義元を見付け、俺は急いで持っていた和槍を投げ捨て愛刀を抜き、義元の背中を一振り斬り付けた!そして止めとして義元の心臓に目掛けて一突き!最後は義元の首を討ち取ったのだ!」
話しを聞いた者達は真斗を拍手喝采するのであった。一方の源三郎と愛菜、翁、嫗はお寿司を笑顔で堪能していた。
「うん!これは美味い!さすが伊勢湾より獲れた海産物じゃ‼」
「爺の言う通りだわ!本当に美味しいですわ!これも兄上が武勲を立てたお陰ね!」
「本当に美味しいのぉーーっ!平安京で食べた寿司にも引け劣らぬ美味さじゃの婆様!」
「ええ!そうですね爺様!特にこの鯛!脂が乗っていて美味しいわ!」
だが、祝いでめでたい雰囲気の中でただ一人、竹取は暗く悲しい表情をし食事が進んでいなかった。
そんな彼女の姿に愛菜は食べる手を止め、笑顔で近づく。
「どうしたんですか義姉上?そんな暗い顔をして」
「ええ。愛菜、無事に真斗が帰って来たのは嬉しいけど何故かは分からないけど、まだ凄く寂しいの」
竹取の悩みに愛菜は彼女の両手をギュッと優しく握る。
「その気持ち、私もわかります義姉上。私も幼い頃、亡き父上と兄上が戦から無事に帰って来ても寂しさで夜も眠れませんでした」
そして愛菜は握った竹取の手をゆっくりと下げる。
「でも亡き母上がいつも言っていましたの。“愛する人が戦から無事に帰ったら、とことん甘えなさい”って。それから私は父上と兄上にうんっと甘えましたわ。そして理解しました。この言葉に言えない寂しさは愛する人と過ごす事で消せると」
愛菜が大切にする母の言葉を聞いた竹取はハッとする。
(そっか。私は今まで貴族の中での生活だったから知らなかった。武家に嫁いだ人達は皆、こんな想いを抱えて生きているんだ。だからそこ無事に戦から帰った人と少しでも長く、そして多くの思い出を作っているんだ)
竹取はそう心の内で戦乱の世を生きる女性達の気持ちを知り、そして暗かった表情が一瞬で笑顔になる。
「ありがとう愛菜。貴女と真斗の亡きお母義様の言葉で胸が軽くなったわ」
笑顔で礼を言う竹取に対して愛菜は少し照れる。
「いいんですよ義姉上。それに兄上との初夜はまだでしたわよね。今夜、兄上に抱かれては?激しく厭らしい声を出しながら既成事実すれば寂しさなんて一瞬で消えますよ」
愛菜は小悪魔的な笑顔で初夜を進めると竹取は急に顔を赤くし慌てる。
「なななななっ!何‼︎言っているの愛菜⁉︎ああああっ‼︎貴女は!女でしょ!きききききっ!既成事実なんて⁉︎」
慌てふためく竹取は脳内で真斗との既成事実を妄想してしまい、それを掻き消す為に寿司を頬張るのであった。
⬛︎
宴会もお開きとなり、騒がしかった城屋敷は静かとなり鈴虫の綺麗な鳴き声が響いていた。
そして夫婦専用の私室である和室の窓から見える綺麗な三日月を少し考える様な表情で竹取は見ていた。
(確かに愛菜の言う通りだわ。結婚してからすぐに引っ越しだったし、しかもここへ来ても神事や行事、そして真斗の出陣で二人で過ごす時間なんてなかったわね)
などと竹取は心の内で語っているとそこに襖を開けて真斗が笑顔で現れる。
「おーーーーい!竹取。風呂が沸いたけど、一緒に入るか?」
突然、真斗からの二人きりの提案に竹取は顔を赤くしながら驚き慌てふためく。
「え⁉あ!あ!いや‼・・・・・勝手に入ってぇ‼」
竹取は大声で拒否したので真斗は後退りしてしまう。
「あぁ・・・ああ、分かったぁ・・・」
真斗は落ち込みながら襖を閉め、自室を後にする。すると次の瞬間、竹取は目を回し両手で頭を抱える。
「どどどどどどど!どうしよ‼どうしよ‼どうしよ‼どうしよ‼どーーーーーうしよーーーーーーーっ‼何で私!あんな事を言っちゃたのよぉーーーーーーーーーーーっ‼」
物凄い羞恥心に駆られた竹取であったが、すぐに我に返り深呼吸する。
「いいえ!まだよ!ここで犯した失態は必ず挽回しなければ!しかし、どうやって?」
竹取腕を組み少し考え込んでいると先の真斗からの提案を思い出す。
「そうだわ!お風呂!でも裸は・・・ちょっと、いや!ここで恥じて逃げるのは武士の恥!(私!武士じゃないけど!)」
汚名挽回の覚悟を決めた竹取は急いで自室を出て真斗の後を追う様に風呂場へと向かう。
着ていた和服を脱衣場で脱ぎ、湯気抜けの窓から月光が差し込む大風呂で真斗は汗を洗い流し湯舟に浸かっていた。
「はぁーーーっやっぱり、一緒に入るのはまだ早過ぎたかなぁ?でもまぁー確かに急に言われたら竹取も心が乱れるよなぁーーーっ」
真斗は悲しくも情けない表情で独り言を言っていると風呂場の戸が開き、誰かが入って来る。
「ねぇーーーっ真斗。いっしょに入っていい?」
「ああ、いいぞ。遠慮せずに入って・・・・っ⁉‼⁈」
振り返った真斗は言葉を失う程に驚く。なぜなら大きな手拭いで胸と股を隠し、長い黒髪を後ろで短く結んだ裸の竹取が笑顔で立っていた。
「じゃあ遠慮なく、失礼しまーす」
すると竹取は手拭いを取り、桶で湯舟のお湯を汲み体を洗い流す。そしてゆっくりと真斗の側へと入る。
(ああ!えぇぇぇぇぇ⁉いやっ!・・・ちょっと待て‼何んで!どうして‼さっき物凄く断れたのに‼なんで竹取が入って来るの⁉)
真斗は今、起こっている現状が理解できず顔を赤くし混乱していた。
「ねぇ真斗、ちょっといい?」
「はっ!はい‼︎」
竹取が裸のゆえに彼女を直視する事が出来ない真斗であったが、ゆっくりと右を向くといきなり竹取が真斗にキスをする。
「ごめんなさい真斗。さっきの誘いは本当は嬉しかったの。でもある事を考えていた最中で急な事でついに」
悲しい表情で謝罪する竹取の姿に混乱していた真斗はハッと冷静を取り戻す。
「そうだったのか。よかったぁ〜〜〜ってっきり嫌われたかと。それでどんな事を考えていたんだ?」
「うん。実は・・・」
竹取は先程の宴会での愛菜との会話を包み隠さず真斗に話し、それを聞いた真斗はフッと笑い出す。
「ふはははははははっ!何だ!そう言う事かぁーーーっ‼︎あっははははははははっ‼︎」
「んもぉーーーーーっ‼︎笑い事じゃないのよ‼︎」
笑い出す真斗に対して竹取は頬をプクッと膨らませる。
「ああ!ごめん!ごめん!お前の真剣さに笑ったんじゃなくて愛菜の方だよ」
「え⁉︎愛菜に?」
「ああ。あいつ亡き母上の生き写しかって位に似ていてなぁ。恥じらいの無さとか、大胆過ぎる考え方とかが凄くなぁ」
「そうなんだ」
すると真斗は笑顔で竹取の左肩を掴むと自分の側に寄せる。
「すまないかった竹取。お前を苦しませる様なことをしてしまって。その寂しさ、俺の手で埋めさせてくれ」
真斗からの埋め合わせに竹取は感激する。
「真斗!ありがとう!愛しているわ!」
「ああ、俺もだよ竹取。愛しているよ」
そして月明かりの元、二人はキスをする。
⬛︎
風呂場を出て浴衣に着替えた真斗と竹取は夫婦専用の寝室へと戻ると、そこには布団が敷かれていた。
そして二人は布団の上に正座し、笑顔で向かい合っていた。
「じゃ竹取、いいんだよな?」
「ええ、いいわよ真斗」
真斗は竹取の浴衣を竹取は真斗の浴衣をお互いに脱ぎ合う。
真斗の体は細身なわりにしっかりと鍛え抜かれたガッチリとした肉体で、一方の竹取はスラっとした体に白い肌、美しい形をしたお尻とFカップはある美乳をしている。
そして真斗は優しく竹取をゆっくりと後ろに倒す。
「それじゃ竹取、俺も初めてだけど、お前の純潔を貰うな」
「うん。貰って真斗、私の純潔を。私も真斗の貞操を貰うね」
「ああ、いいぞ竹取。俺の貞操はお前の物だ」
そして真斗と竹取は少し顔を赤くしながら笑顔でお互いに舌を絡ませながら濃厚なキスをしながら“初めて”を交換した。
その後、二人は理性の箍が外れたかの様にお互いの汗と唾を交ながら熱く激しく愛し合った。
真斗の力強さに竹取は何度も何度も快感を感じ、一方の真斗は竹取の暖かみに何度も何度も快楽を感じていた。
そして時は経ち子の時、お互いの肉体を貪る様に求め合った二人は夏用の薄い布団を体に被り、笑顔で見つめ合っていた。
「もーーーお。真斗ったら!いくら初めてでも飛ばし過ぎよ」
「あはは!ごめん!ごめん!お前が俺を求める姿に興奮しちゃって」
「ねぇ真斗はちょっと聞いていいかしら?」
竹取からの唐突な問い掛けに真斗は上を向いて頷く。
「ああ、いいぞ」
「どうして私に求婚したの?私の様な変わり者よりも他にも貴方に相応しい人はいるはずなのに」
竹取からの求婚理由に真斗は少し悲しげな表情で答えた。
「ああ、それな。俺がまだ幼い頃の話だ」
そう言って真斗は竹取の方を向き、源三郎に話した事を竹取にも話した。
「その恋した娘の面影が竹取、お前によく似ていてなぁ。どこか寂しそうな世の中のつまんなさを感じる様な所とか、そして一度、恋をすると止める事が出来ない所とかがよく似ていた」
そして笑顔で語る真斗は右手で竹取の頬を触る。
「本当はお前を一目見るだけだったけど、お前と見つめ合った時にあの頃、抱いた気持ちが湧き上がってなぁ。“この機会を逃す訳にはいかない”、“もう二度と失いたくない”と決意してお前に求婚したんだ」
一方、話しを聞き頬を触れられた竹取は申し訳ない表情をしながら自身の頬を触る真斗の右手を優しく左手で握る。
「そうだったのね、ごめんなさい真斗。知らなかったとは言え辛い事を思い出させちゃって」
「いいんだよ竹取。人は誰だって辛く悲しい思いをする。大切なのはそこから自分の成すべき道を見付ける事さ」
それを聞いた竹取は笑顔となり真斗とキスをした。
窓から差し込む三日月の光は結ばれた二人を祝福する様にこれからの人生を明るく照らす様であった。