9.瑠奈ちゃんの中学受験
小学校五年生の夏休みで私は衝撃的なことを知ってしまった。
「私、中学受験するの。私立の中高一貫校に行くのよ」
瑠奈ちゃんが地元の中学校に行くのではなくて、少し遠い中高一貫の私立の中学校を受験することを教えてもらったのだ。
中学受験は考えていなかったが、私はお泊りをした瑠奈ちゃんを見送って、父が迎えに来ると早口でそのことを伝えていた。
「瑠奈ちゃんが中学受験をするみたいなの」
「美鶴は、どうしたいのかな?」
ずっと瑠奈ちゃんとは一緒に過ごしていけるものだとばかり思っていた。
それが別々になってしまうというのはとても悲しい。
しかし、私は私立中学に受験できるのだろうか。
「できれば瑠奈ちゃんと同じ中学校に通いたい。どうかな、お父さん?」
「帰ってお母さんと話してみないといけないけれど、美鶴は小学校の成績も悪くないし、無理じゃないと思うよ」
父にそう言ってもらえて私はやっと安心していた。
家に帰って私と美冬くんが眠る夜に両親はよく話し合いをしたようだ。
翌日答えを聞かせてもらった。
「美鶴が中学受験をしてみたいなら、挑戦してみてもいいと思ってるわ」
「美鶴を私立中学に行かせることを考えてなかったわけじゃないんだ」
「瑠奈ちゃんと同じ中学校を受験してもいいの?」
「そのためには準備をしなければいけないわ」
「美鶴、塾に通うことになるけどいい?」
塾に通うお金も、私立の中学校で必要なお金も、地元の公立中学だったらいらなかったものだ。それを両親に負担させるのは申し訳ない気持ちになってくる。
「お金がかかるんじゃない?」
「美鶴の将来を考えたら、これくらいは平気よ」
「行きたいんだろう、私立中学」
瑠奈ちゃんと同じ中学校に通えるようになったら、絶対にきちんと勉強すると心に誓って、私は両親に返事をした。
「行きたい。瑠奈ちゃんと同じ中学で勉強したい」
両親も私を私立の中学校に行かせることは考えていたようだった。
私立の中学校に行けば中高一貫で高校受験がないし、大学受験も有利になってくる。
それでもぎりぎりまで私に聞かなかったのは、私が私立の中学校を望むか分からなかったからのようだった。
その日から私は塾に通うようになった。
平日週三回塾に通って、土日は祖父母の家で過ごす。
瑠奈ちゃんも同じ塾に通っていたので、一緒だということで心強かった。
塾のクラスも成績で分けられるのだが、瑠奈ちゃんと一緒になって私は安心して勉強していた。
瑠奈ちゃんが狙っているのは中高一貫の女子校だった。
女子だけの学校というと、四年生のときにいじめをしていた女子のグループを思い出してなんとなく怖いような気もしたけれど、瑠奈ちゃんと一緒ならば大丈夫だろうと思った。
美藤ちゃんは塾にもついてきてくれた。
クラスの後ろの方で私を見守っている美藤ちゃんに、私は時々振り返って美藤ちゃんを見た。
小学校六年生になるころには、私は美藤ちゃんの身長も母の身長も追い越していた。
大きくなった私を祖父母はとても喜んでくれた。
タロットカードはそろそろ大アルカナだけでなく小アルカナも使って占うようになっていた。
タロットカードは大アルカナが二十二枚、小アルカナが五十六枚の全部で七十八枚だ。全部を混ぜるとなると、机一杯にタロットカードを広げなければいけない。
五歳になっていた美冬くんがタロットカードを興味津々で覗きに来る。
「おねえちゃん、これ、なぁに?」
「タロットカードよ。占いができるの」
「うらないってなぁに?」
「未来に起きることや、これからのことを見通して、予言することよ」
「おねえちゃんにはみらいがわかるの?」
未来が分かるのかと言われると返事に困ってしまう。
私には未来なんて分からない。
タロットカードが出るままに読んでいくだけだ。
タロットカードを捲るとカップの三が出た。
意味は確か共感。仲間と共に喜び合うという意味だった気がする。
「何かいいことがありそうね。それで三人でお祝いをするかもしれないわ」
「いいこと! なにかな?」
カップの三のカードは三人のひとがカップを持って喜び合っている絵なのでそう読むと、美冬くんはお目目を丸くして聞いていた。
私は学童保育は五年生から卒業していたが、美冬くんは保育園に通っているので、父が美冬くんを迎えに行って、家に帰ってから晩御飯を作ってくれた。
焼き魚とポテトサラダとご飯とお味噌汁のご飯を食べ終わると、父が冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。
「ケーキ!? どうして?」
「実は、お母さんの昇進が決まったんだ」
「しょうしんってなぁに?」
「お母さんはもっと大事なお仕事を任されるようになる。そのお祝いだよ」
夜に父と母と二人でお祝いをするつもりだったようだが、ケーキは私と美冬くんの分も買って来てくれていた。
ケーキを食べながら、美冬くんが数えている。
「おねえちゃんと、おとうさんと、ぼく。さんにんだ! さんにんでおいわいだよ!」
「そうだね、三人でお祝いだ」
「おねえちゃんがタロットカードでおしえてくれたの。さんにんでおいわいすることがあるって」
「それはすごいな」
美冬くんの言葉に父は何も疑わず私を褒めてくれた。
タロットカードの占いが当たるのかどうかはわからなかったけれど、褒められて私はとても嬉しかった。
小学校に行って瑠奈ちゃんにその話をすると、瑠奈ちゃんはものすごく羨ましがってくれた。
「美鶴ちゃんのタロットカードはすごいな。私も占ってほしい」
「占うようなことあった?」
「家で猫ちゃんを飼いたいって両親にお願いしているんだけど、どういう返事がもらえるか。いつ猫ちゃんとは会えるか、占ってほしいの」
瑠奈ちゃんは猫を飼いたいようだった。
小学校にタロットカードは持って行けないので、家で占って結果をお手紙に書いてくると約束すると瑠奈ちゃんは納得してくれた。
家に帰ってからタロットカードを混ぜて三枚タロットカードを並べた。
これはスリーカードというスプレッドだ。スプレッドというのは占いのためのカードの並べ方で、色々なスプレッドがある。
一枚目のカードは過去を示す。それを見るとソードの九の正位置だった。意味は苦悶。あのときこうしていればという心の表れになっている。
「もしかすると、瑠奈ちゃんのご両親は猫ちゃんを飼ってたのかな。それで、力を尽くせずに猫ちゃんを亡くしたのかもしれない」
それで猫を飼うことを気軽に許可できないのかもしれないと、私は瑠奈ちゃんへの手紙に書いた。
二枚目のカードは現在を示す。現在のカードはペンタクルの二の正位置だった。意味は柔軟性。現状を理解して柔軟にものごとを判断するという意味がある。
「過去のことを心の整理を付けて、柔軟に取り組めば、猫ちゃんは飼えるかもしれないってことかもしれない」
そのことも手紙に書いて、三枚目のカードを捲る。三枚目は未来だ。カードはペンタクルの十の正位置だった。意味は継承。受け継いだもので繫栄し、安定するとなっている。
「受け継いだもの……猫ちゃんをくれるひとが現れるかもしれないってこと?」
カードには家族らしき若い男女や子ども老人や犬が書かれていて、そのひとたちが猫をくれそうな気がする。
そのことを書いて手紙に封をすると、私は塾に行くカバンに手紙を入れた。
塾では瑠奈ちゃんと合流して、私は手紙を渡した。
手紙を受け取って瑠奈ちゃんはとても嬉しそうにしていた。
「大事に読むね。占ってくれてありがとう」
「当たってるかどうかは分からないけど」
「それでも、占ってくれたことが嬉しい」
お礼を言われて私は瑠奈ちゃんを占ってよかったと思っていた。
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