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8.美冬くんの守護霊

 私が五年生になると、美冬くんはますます活発になってきた。

 冬には四歳になるのだ。


「ねぇね、みー、じぶんでできるよ!」

「上手にできたね。お父さんに仕上げをしてもらおうね」

「うん!」


 父方の祖父母の家に行く荷物をリュックに詰めた美冬くんに、私は声を掛けて父が荷物の中身を確かめている。


「パンツが五枚、ズボンが四枚、シャツが四枚、下着のシャツが四枚、靴下が四組、ちゃんと揃えたね」


 汚すことが多い美冬くんの着替えは少し多めに持って行くことになっていた。小さなリュックに詰め込んだ服を、畳み直して父が入れ直す。夜寝るとき用にオムツも入れていた。

 自分でやりたい気持ちは大事にしつつ、できないところは手を貸してくれるのは、私が小さいころと同じだ。

 私も自分の荷物を作って、父に確認してもらう。


「美鶴、美冬、行ってらっしゃい!」

「ママ、いってきまつ!」

「お母さん、行って来るね」


 両腕を広げた母にハグされて、私はしっかりと母に抱き着いた。美冬くんは抱っこされてぐるぐると回されている。


 仕事があるので一緒には行けない母の代わりに、父が祖父母の家まで送ってくれた。

 夏休み中、わたしと美冬くんは祖父母の家に滞在するのだ。


 夏休みの間で楽しみなのは、釣りに行くことだった。

 祖父の趣味は釣りで、美冬くんも大きくなったので一緒に連れて行ってもらえることになったのだ。


 釣りに行く日、祖父は美冬くんにハーネスを付けた。可愛い羽根の付いたリュックに紐が繋がっているハーネスだったが、美冬くんは嫌がったりしなかった。小さいころから慣れているのだ。


「海は怖いところだから、美冬くんが落ちたりしないように、気を付けてるだけだからな」

「みー、きをつける」

「じぃじから離れちゃいけないよ」

「あい!」


 ハーネス付きの羽の付いたリュックを背負った美冬くんは、麦わら帽子を被って祖父の車に乗った。お弁当を作ってくれた祖母は家で留守番しているようだ。

 海につくと、防波堤の上に乗って祖父が釣り道具を広げる。

 針は危ないので触ってはいけないことになっていたが、美冬くんは興味津々で祖父が針に餌を付けるのを見ていた。

 勢いを付けて竿がしなって、重りと針が海の中に投げ入れられる。浮きが浮かんで、ふよふよと漂っている。


「あの浮きが沈んだら引き上げるんだ」

「何が釣れるの?」

(きす)が釣れるといいんだが。釣りたての鱚を天ぷらにすると、蕩けるほど美味いんだ」

「きす! おたかま!」


 浮きが沈むのを待って、じりじりと焦げるような太陽の下じっとしていると、祖父が釣竿を引いた。

 釣り糸を巻いて引き上げると、餌を食べられていた。


「どうやら、賢い魚がいるようだ。もう一回やってみよう」


 祖父の言葉に頷いて、釣りの様子を眺めていると、祖父が私と美冬くんを膝の間に抱き締めてくれる。手を伸ばすと、竿を二人で握ることができた。


「さて、釣れるかな」

『美味しい鱚が釣れるわ』


 珍しく美藤ちゃんの声が聞こえた瞬間、浮きが沈んだ。祖父が私の手に手を添えて釣り糸を巻きとる。

 釣れたのは透明に見えるような美しい小さな魚だった。


「これが鱚だよ」

「きす!」

「もっといっぱい釣ろう!」


 汗だくになった私と美冬くんに水筒の冷たい水を飲ませて、美冬くんのリュックの背中側のポケットに保冷剤を入れて、私の首には保冷剤を巻いたタオルを当てて、祖父は釣りを続けた。

 そのうちにコツを掴んで私は自分で竿を扱えるようになっていた。

 祖父は竿を二本持ってきていて、私は餌を付けるの以外は一人でさせてもらえたし、美冬くんは祖父と一緒に釣りを楽しんだ。

 昼まで釣っていると、きれいな鱚がたくさん釣れた。


 一度、物凄く竿を引っ張られて、祖父が慌てて引き上げると、小さなエイが引っかかっていた。


「これは食べられないな」

「じぃじ、どうする?」

「逃がしてあげよう」

「みーがちたい」

「それじゃ、一緒に持とうか」


 美冬くんの手に手を添えて、エイを持って祖父が海に逃がしてあげる。


『あの子、相応しいかもしれない』


 ぽつりと美藤ちゃんの声が聞こえた。

 その夜は、日焼けしてお風呂に入ったらヒリヒリしたけれど、夕食は天ぷらで、鱚が大量に揚げられて、それをお腹いっぱい食べた。

 祖父の言った通り、釣りたての鱚は身が蕩けるようで大根おろしとつゆにつけるととても美味しかった。


 美冬くんは鱚とご飯をお代わりして食べて、お腹がぽんぽこりんになってひっくり返っていた。

 その美冬くんの周囲を飛び回っている何かがいる。

 目を凝らしてみると、あの小さなエイだった。


「美藤ちゃん、エイは守護霊になれるの?」

『助けられた恩を感じているのよ』


 それに尻尾に毒針があるので十分戦える。

 小声で美藤ちゃんと話をすると、エイが尻尾を振り上げて見せたような気がした。

 美冬くんの守護霊は釣りで助けたエイになった。


 夜に美冬くんが眠ってから、美藤ちゃんに聞いてみる。


「あのエイは生きてたけど、どうやって守護霊になったの?」

『あのエイ、そのものではないのよ。あのエイの今はいない祖先が、代わりに来てくれたの』


 釣ったエイではなく、その祖先が美冬くんの守護霊になってくれていた。

 美冬くんにも守護霊ができて私は安堵していた。


 翌日は、私は髪を切りに行った。

 私の髪は薄茶色で美藤ちゃんとよく似ているが、長く伸ばしたことはない。洗うのが面倒くさいので私は短い方が好きだった。女の子だから長く伸ばさせたい気持ちもあったようだが、両親は私の意思を尊重して、髪をボブくらいに切ることを認めてくれていた。

 ちょっと前髪が伸びすぎていたので全体的に整えていると、付き添いで来ている祖母が目を細めて私を見ていた。


「頭の形がいいから、短い髪がよく似合うわね」

「短いと乾かすのも楽だし、洗うのも一人でできるから、好きなの。涼しいし」

「美鶴ちゃんによく似合っているよ」


 髪型を褒められて私は上機嫌で祖父母の家に帰った。

 私が美容院に行っている間、美冬くんは家庭菜園で収穫をしていたようだった。

 実ったトマトやキュウリや茄子がキッチンに積み上げられていた。


「こんなにいっぱい、どうしましょう」

「茄子のはさみ揚げが食べたい!」

「みーも!」


 私が祖母にリクエストすると、口の端からよだれを垂らして美冬くんが自分も食べたいと自己主張する。

 食いしん坊の美冬くんは手足もぷくぷくしてとても可愛らしい。


「お昼は冷やし中華にしましょうね。茄子のはさみ揚げは、夜に作ってあげる」

「やったー!」

「ありがとう、お祖母ちゃん」


 楽しい夏休みは過ぎていく。


 夏休みの終わりごろには、瑠奈ちゃんが泊まりに来た。

 瑠奈ちゃんが祖父母の家に泊まりに来るのは毎年のことで、私も毎年瑠奈ちゃんのお家に泊まりに行っていた。

 ノースリーブの可愛いワンピースに涼し気なカーディガンを羽織った瑠奈ちゃんに、私は報告したいことがあった。


 夜に美冬くんが眠るまで待って、私は瑠奈ちゃんに報告した。


「美冬くんの守護霊がエイになったの」

「エイって、水族館で見る、お魚の?」

「そうなの。釣りに行ったら、小さなエイを釣り上げて、美冬くんとお祖父ちゃんが一緒に逃がしてあげたの。そしたら、エイの祖先がお礼に守護霊になってくれたみたい」

「エイって強いのかどうか分からないけど、守護霊がいるのは安心ね」

「美冬くんの周りを飛び回って守ってくれてるみたい。尻尾に毒針があるから強いって美藤ちゃんは言ってたわ」


 私の報告を瑠奈ちゃんは興味深く聞いてくれた。


「釣りに行ったのね。何か釣れた?」

「鱚っていうお魚がいっぱい釣れたわ。天ぷらにしたらとっても美味しかったの」

「きす? 食べたことない。今度私も一緒に釣りに行きたいわ」


 鱚の話をすると瑠奈ちゃんも興味津々で身を乗り出して聞いていた。

 話が尽きない私と瑠奈ちゃんを、美藤ちゃんが笑顔で見守ってくれていた。

読んでいただきありがとうございました。

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