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7.四年生のいじめ事件

 小学校二年の間は特に困ったことは起きなかった。

 それも美藤ちゃんがしっかりと私を守ってくれているおかげだし、瑠奈ちゃんにはテディベアのミカがいるおかげだろうと思っていた。


 小学校三年生になって、美冬くんもすくすく育って二歳になって、私と同じご飯を食べるようになっていた。

 小学校が休みの土曜日と日曜日は、相変わらず父方の祖父母の家に行く。

 祖父母は美冬くんのことも私のこともしっかりと見ていてくれた。


「美冬くん、家庭菜園に行こうか?」

「いっくー!」

「美鶴ちゃんも帽子を被っておいで」


 祖父に誘われて、私は広い庭の家庭菜園に行く。家庭菜園ではトマトと茄子とスナップエンドウと人参が実っていた。

 青いトマトを千切ろうとする美冬くんに、祖父が手を添えて赤いトマトに導いてくれている。


「こっちのトマトをパチンしようね」

「ぱちん!」


 枝を庭用の鋏で切って手を添えた大きなトマトがずっしりと手の中に収穫できて、美冬くんは大はしゃぎだった。


「みー、ぱちん! ぱちん!」

「美冬くんのトマト、みんなで一緒に食べようね」

「お祖父ちゃん、スナップエンドウも取らせてあげたら?」

「そうしよう。美冬くん、スナップエンドウを取ってもいいよ」


 大きく育っているスナップエンドウに手を添えさせて、祖父が美冬くんに摘ませている。両手でも持ちきれないくらい摘んだ美冬くんは、靴のまま家に上がって祖母に収穫を見せていた。

 祖父も祖母も美冬くんを怒らずに、そっと靴を脱がせて、床を雑巾で拭いていた。


「ばぁば、みー、ちた!」

「これはたくさんのスナップエンドウと立派なトマトね。昼ごはんに出しましょうか」

「まんま!」

「今準備するわね」


 昼ご飯は冷やし中華で、ハムと卵と茹でて切ったスナップエンドウとトマトが乗っていた。

 普段はお野菜はあまり食べない美冬くんも、自分で収穫したお野菜は特別だったようで、もりもりと食べていた。


 夜眠るときに、美冬くんは絶対私と眠ると言って聞かなかった。


「ねぇね! ねぇね!」

「美鶴ちゃん、一緒で大丈夫?」

「大丈夫よ、慣れてるから」


 夜泣きするのも減ってきて、美冬くんは長時間眠るようになったし、ミルクも飲まなくなった。夜中にオムツを替えるのは自信がなかったけれど、それは祖父母を呼んでくればいいだろう。

 お気に入りの毛布を抱き締めて、美冬くんは私の隣りに敷かれた布団で眠っていた。


『二人とも健康で大きくなって』

『野菜がこの日に合わせて大きくなるようにしておいてよかった』

『よく食べてこの子たちが健康でありますように』


 父方の祖父母の家から聞こえる声はいつも優しい。

 私と美冬くんは見守られているようだった。


 枕元に正座している美藤ちゃんを見ると、薄茶色の髪を揺らして少し首を傾げる。


『どうしたの?』

「私には美藤ちゃんがいるでしょう? 瑠奈ちゃんにはミカがいる。美冬くんには何かいないのかな?」

『誰もが守護霊を持てるわけじゃないから。でも、あなたが心配なら、守護霊を探してみるわ』

「お願い、美藤ちゃん」


 もしかすると美冬くんはこれから守護霊に出会うのかもしれないが、小さくてふわふわと柔らかい美冬くんは、誰かに守られていないと私は心配だった。


 四年生になってから事件は起きた。

 クラスでいじめが発生したのだ。

 いじめられたのは、瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張ったあの男の子だった。


「あの子乱暴だし、好きじゃない」

「あの子が話しかけても無視しよ」

「あの子と話した子は、同罪ね」


 酷いことを言うものだ。

 最初に言いだしたのは女子だったけれど、男子もそれに乗って面白がってその子を無視した。

 体育のときに二人組でやる体操に、その子は組んでくれる相手がいなくて、一人でぽつんと運動場の端っこに立っていた。先生が組もうと言ったが、その子は嫌がっていた。


「いじめなんて幼稚よ! やめなさい!」

「そうよ。無視するとか酷いわ」


 私と瑠奈ちゃんが最初にいじめを始めたグループに言えば、顔を歪められる。


「田辺さんと御園さんは、あいつのこと好きなんじゃない?」

「そうなんだわ。それで庇うんだ」

「保育園も一緒だったもんね」


 あざ笑うように言う女の子たちに、私は頭に血が上ってしまう。


「好きじゃない! あなたたちのすることが、幼稚で最低だって言っているのよ!」

「むきになっちゃって可愛い。それなら、あいつと体育のときに組んであげればいいのに」

「お似合いじゃない? 田辺さんとあいつ」


 声を上げて笑う女の子たちに私は言葉が通じるとは思えなかった。

 瑠奈ちゃんを見ると、瑠奈ちゃんも呆れ返っている。


「なんでも好きとかそういうのと結び付けるの、どうかと思うわ。私たちはいじめはよくないって言っているんでしょう?」

「いじめてないわよ。あいつが乱暴で生意気だから、ちょっとお仕置きしてるだけ」

「元はあいつが悪いのよ」


 確かにあの男の子は乱暴だったし、女の子に酷い言葉も使った。だからと言ってクラスでいじめるのは何か違う気がする。


 殴る蹴るの暴行はなかったけれど、完全に存在を無視されて、机も一人だけ離されて、孤立した男の子は、クラスに登校してこなくなった。

 保健室に登校しているのだと聞いて、私も瑠奈ちゃんも心配になる。


 こういうとき、どうすればいいのだろう。


 困った私は、家に帰って父に相談してみた。


「前に瑠奈ちゃんの髪を引っ張った子、覚えてる?」

「覚えてるよ。あのときは瑠奈ちゃんは大変だったね」

「その子が、今、クラスでいじめられてるの」

「いじめ? どういうことをされているか、お父さんに詳しく教えてくれる?」


 夕食の席で、美冬くんにご飯を食べさせながらも、父は真剣に話を聞いてくれた。


「みんながその子のことをいないように無視するの。そのくせ、何かするとくすくす笑ったり、小声でおかしいって言ったりするの。体育のときも、グループ学習のときも、その子は班に入れてあげないことになっているの」

「美鶴と瑠奈ちゃんはどうしているのかな?」

「私はグループ学習のときには一緒にしてる。瑠奈ちゃんも。でも、そうしたら、一緒にするならあなたたちも同類よって言って来るの」


 乱暴で困ったところのある男の子ではあった。

 けれど、それがいじめられていい理由にはならない。

 四年生になってから落ち着いてきたし、前のように髪を引っ張ったりはしなくなっていた。

 あの子なりに成長はしているのだと父に伝えると、父は少し考えて、長い長い手紙を書いていた。

 父はいじめの首謀者のグループの女の子たちの名前も聞いてきて、私はそれに答えた。


 父の手紙は連絡帳に挟まれて担任の先生の手に渡された。


 呼び出されたのは、いじめの首謀者のグループの女の子たちだった。

 詳しく話を聞かれて、保護者も学校に呼び出されて話をされて、すっかりと威張り散らしていた様子が消えていた。


 一つだけぽつんと離れていた男の子の机は、班の中でくっつけられて、保健室に通っていた男の子はクラスに戻ってきた。

 クラスに戻ってきた男の子に他の子たちは普通に話しかけるようになった。


 いじめの首謀者のグループの女の子たちは、しばらく保健室に登校するように指導を受けて、保健室でスクールカウンセラーの先生と毎日話をしていた。

 スクールカウンセラーの先生の許可が下りて、クラスに戻ってきたときには、そのグループはバラバラになっていて、女の子たちはもう「あいつを無視しよう」とか言わなくなっていた。


 その結果に私も瑠奈ちゃんもものすごく安心していた。


「美鶴ちゃんのお父さん、先生にお手紙書いたんでしょう? 何が書かれてたの?」

「私も読んでないから分からないけど、お父さんのお手紙のおかげで、いじめがなくなってよかったと思う」


 いじめられていた男の子は、父の手紙のことを聞いたのか、私にお礼を言いに来た。


「いじめられてるなんて恥ずかしくて両親に言えなかったし、悔しくて先生にも言えなかった。代わりに言ってくれてありがとう」

「気にしないで。でも、もう乱暴なことはしちゃだめよ」

「うん。もうしない」


 その後、その男の子は乱暴なこともしなくなったし、粗暴な言葉も少なくなって、クラスでは体育が得意ということもあってみんなと仲良くしていた。


読んでいただきありがとうございました。

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