6.瑠奈ちゃんの家にお泊り
春休みには、私は瑠奈ちゃんの家にお泊りを許された。
瑠奈ちゃんの家に行けると思って、私はわくわくとしてリュックサックにポーチに入れたタロットカードと折りたたんだタロットクロスを入れた。その他、着替えやタロットカードの本も入れた。
母は産休も明けて元の部署に戻っていたので、父が美冬くんをベビーシートに乗せて、私はチャイルドシートに乗って、車で瑠奈ちゃんの家まで行った。
「御園さん、娘をよろしくお願いします」
「大切にお預かりします」
「瑠奈もずっと待っていて喜んでいるんですよ」
車の中の美冬くんに行ってきますのバイバイをすると泣かれてしまう。最近美冬くんは私のことが大好きみたいで、私がいなくなると泣いてしまうのだ。
車を降りると瑠奈ちゃんが玄関の中から手招きしていた。
瑠奈ちゃんの家は、父方の祖父母の家と同じ一軒家で、父方の祖父母の家よりも庭は狭いが、家自体は新しいもののように見えた。
「このお家、私が小学生になるのに合わせて建てたの」
「それじゃ、新築なのね」
「もうすぐ一年になるけどね」
話をしながら瑠奈ちゃんは二階の自分の部屋に私を通してくれた。
ベッドと机と椅子のある、子ども部屋だ。
私がどこに座っていいか迷っていると、瑠奈ちゃんが別の部屋から椅子を持ってきてくれた。
椅子に座ると、瑠奈ちゃんが私に見せたいものがあるとベッドから何かを取ってくる。
瑠奈ちゃんが抱き締めてきたのは、年代物のテディベアだった。耳にボタンが付いている。
「これ、お母さんのだったんだけど、私が生まれたら、すごく欲しがったから、私にくれたの」
「瑠奈ちゃんのクマさんだ!」
そのテディベアには私は見覚えがあった。
いつも瑠奈ちゃんの後ろにいて瑠奈ちゃんを守ろうとしているぬいぐるみのクマさんだ。お母さんから譲られたテディベアは守護霊になっているようだった。
「その子だよ。瑠奈ちゃんをいつも守ってくれてるのは」
「やっぱり、この子だったのね。名前はミカって言うの」
「ミカちゃん?」
「本当はミカエルらしいんだけど、私はミカって呼んでるの」
年代物だがどこも擦り切れたり破れたりしていない立派なテディベアで、ミカは大事にされているのだろうということがよく分かった。
「私、赤ちゃんのときからミカと一緒に寝ているの。そばにいないと夜泣きが酷かったってお父さんもお母さんも言ってる」
「ミカが守ってくれてるからだよ」
「ずっとそう思ってた。美鶴ちゃんに教えてもらって、私を守ってるのはミカだって分かってとても嬉しい」
美藤ちゃんのことも瑠奈ちゃんは私のことを馬鹿にせずに聞いてくれた。ミカの話も真剣に聞いてくれている。
本当に瑠奈ちゃんはわたしにとってかけがえのない友達だとよく分かった。
部屋で二人でいると、瑠奈ちゃんが聞いてくる。
「美藤ちゃんはいるの?」
「いるよ。普段は静かにしてくれているの」
「そっか。美藤ちゃんには分かるのかな、ミカが私に伝えたいこととか」
瑠奈ちゃんが気にしているので私は美藤ちゃんの方をちらりと見て聞いてみた。
「美藤ちゃんはミカが瑠奈ちゃんに伝えたいことが分かる?」
『わたしにはよく分からないけれど、美鶴ちゃんがタロットカードを使えば分かるんじゃないかしら』
そうだ、私にはタロットカードという手段があった。
「瑠奈ちゃん、タロットカードなら分かるかもしれないって」
瑠奈ちゃんの机の上にタロットクロスを敷かせてもらって、私はタロットカードをよく混ぜる。
一枚捲ると、出てきたのは力のカードだった。
力のカードには女のひとがライオンを撫でている絵が描かれている。
「力のカードの意味は、確か、愛情と信頼を持ってことに挑むみたいな感じじゃなかったっけ。ミカは、瑠奈ちゃんが大好きで、信頼してるってことだと思う」
「本当? すごく嬉しい」
テディベアのミカを抱き締める瑠奈ちゃんに、瑠奈ちゃんの足元にいる守護霊のミカも幸せそうに瑠奈ちゃんの脚に頭を擦り付けていた。
「瑠奈ちゃーん、美鶴ちゃーん、楽しいことしない?」
一階から瑠奈ちゃんのお母さんに呼ばれて私と瑠奈ちゃんは一階に降りていく。
瑠奈ちゃんのお母さんは足の付いたグラスとアイスクリームのカップに切った苺とコーンフレークを用意してくれていた。
「美鶴ちゃん、パフェ作るのよ」
「え!? パフェって作れるの?」
「うちでは、時々作るの」
瑠奈ちゃんに教えてもらって、私はパフェを作る。
一番下にコーンフレークを入れて、アイスクリームを乗せて、苺を飾ると出来上がりである。
美味しそうなパフェにお腹が鳴る。
「どうぞ、召し上がれ」
長い柄のスプーンを渡されて、私も瑠奈ちゃんもパフェを食べ始めた。
自分でパフェが作れるなんて知らなかった。パフェと言えば、お店で特別な日に食べさせてもらえるものだった。それが家でも楽しめる。
瑠奈ちゃんの家に来てよかったと強く思った。
晩御飯は油淋鶏とキノコスープとご飯で、初めて油淋鶏を食べたが酸っぱい味が揚げた鶏によく馴染んでとても美味しかった。
夜には瑠奈ちゃんと一緒にお風呂に入って、瑠奈ちゃんの部屋に布団を敷いてもらって寝た。
寝る前に瑠奈ちゃんと話をした。
「いつも夜は美藤ちゃんと話をしているの?」
「そうよ。二人きりのときしかお話はできないから」
「どんなことを話しているの?」
その問いかけに、私の胸をよぎったのは母方の祖父母のことだった。忘れようとしてもあのことは忘れられない。私が言葉に詰まっていると瑠奈ちゃんがベッドに寝たままで問いかける。
「話すのが嫌なことだった? それだったら、話さなくてもいいのよ」
優しい瑠奈ちゃんに、私は母方の祖父母の話をしてみることにした。
「お母さんのお母さんとお父さん……お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがお正月に来たの。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、お母さんに仕事を辞めて家庭に入れって言ったり、女は男に従うのが当然だみたいな態度を取ったりしたの」
「あ、なんか、それ、知ってる気がする。何だっけ?」
「男尊女卑だって、美藤ちゃんが教えてくれた」
「そう、それ。男のひとを偉いみたいに扱って、女のひとは男のひとの言うことを聞いていたらいいみたいな。ドラマで見たよ」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは男尊女卑だったの」
あの後母とも話はしていた。
母は小さいころから家事を手伝わされて、食事も形の悪いものや失敗したものを食べさせられて、母の弟である私の叔父は何の手伝いもしないで料理の品数も母より多かったと言っていた。そんな家で大学まで進学したいと言ったら大反対されたが、成績がよかった母は、高校の担任の力を借りて、奨学金を申請して大学に行った。
そして、今は会社でも重要な部署に配置されて、忙しく働いている。女性としてはとても難しい仕事を任されているというので、父は母をサポートすべく、時短上がりができる職場に勤めているそうだ。
そういう夫婦の事情も私に少しずつ話してくれた。
私は小さなころから父に面倒を見てもらうのが普通だったので、これが普通かと思っていたら、そうではないらしい。世間には色んな家庭の形があるが、女性が家事をする家、男性が家事をする家とあるらしい。
うちは母の方が収入が多いし、仕事も忙しいので、父が家事をするように自然となったようだ。
そんな話も瑠奈ちゃんにすると、瑠奈ちゃんは目を丸くしてベッドから私を覗き込んでいた。
「うちはお母さんが家のことをするし、お父さんはお仕事で忙しいけど、美鶴ちゃんの家は反対なのね」
「そうなの。でも、お父さんのご飯は美味しいし、お風呂でお父さんにお話聞いてもらうのも好きだし、私は今の自分のうちが大好き」
「私も自分のうちが普通だと思うけど、美鶴ちゃんの家がおかしいとも思わない。えーっとこういうのなんて言うんだっけ」
「なんだったっけ?」
私と瑠奈ちゃんが言葉を見つけられずに悩んでいると、そっと美藤ちゃんが声を出してくれる。
『多様性よ。色んな家があって、どの家もいいってこと』
「そうだ、多様性だ」
「たようせい……そんな感じだった気がする」
私が多様性と口にすると、瑠奈ちゃんも納得していた。
私のことを否定しなかった瑠奈ちゃんに、安心して、私はぐっすり眠ることができた。
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