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5.母方の祖父母

 冬休みには、母方の祖父母が家にやってきた。

 そこで初めて、私はいつも会っている祖父母が父方の祖父母であるということを知った。

 それまで近くに住んでいる父方の祖父母とばかり交流があって、母方の祖父母とはほとんど交流がなかった。祖父母がやってくると言われて、私はてっきり父方の祖父母が来てくれるものだとばかり思っていたのだ。


「お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、美冬くんを見に来るの? 病院にも来てくれてたし、美冬くんとお母さんが退院したら一緒に過ごしてたのに……。新年のご挨拶をしに来るの?」

「違うのよ、美鶴。いつもお世話になってるお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはお父さんのお父さんとお母さんなの。今度来るのは、私の父と母」


 そのとき母の顔に緊張感が走ったような気がして、私は母方の祖父母についてうまく聞けなかった。

 美藤ちゃんは知っているかと思って、夜一人で寝るときに聞いてみると、美藤ちゃんはきれいな顔を歪めて教えてくれた。


『あなたのお母様のご両親は、あなたが生まれたときに、「なんだ、女か」と言ったのよ』

「え!? 女だったらいけなかったの!?」

『お母様はご実家で弟さんばかり大事にされて、お母様は大事にされていなかったの』

「知ってる、それ。なんだっけ、だんそんぞひ!」

『男尊女卑ね。そういう古い価値観を持っているひとたちなのよ』


 ベッドに横になった私の髪を撫でながら美藤ちゃんが言う。


『そんなひとたちに会ったら、あなたは嫌な思いをするかもしれない。わたしも全力で守るけど、あなたも心構えはしていて』


 私が女性として生まれたのは私が選んだことではないし、私の両親が選んだことでもない。生まれてくる赤ちゃんは男性か女性かどちらかに生まれる中で、偶然女性になっただけなのだ。

 私のせいではないことで差別されるという感覚が私にはまだよく分かっていなかった。


 母方の祖父母が来たときに私は嫌な感じがしていた。

 祖父も祖母もきれいに着飾ってはいるのだが、その後ろに黒い(もや)のようなものが見えるのだ。


 靄は私に向かってしゃがれた怖い声で言って来る。


『女は男に従うべし!』

『男が生まれたからには、女は男の面倒を見るべし!』

『男こそこの家の主人! 女は仕えるもの!』


 そんなことを私は一度も言われたことがなかったので戸惑ってしまった。

 美藤ちゃんを振り返ってみると、手首に付けた鈴を振って音を出している。


『古びた感覚でわたしの大事な庇護者に近付くな!』


 いつになく厳しい表情の美藤ちゃんに、これから大変なことが起こるのではないかと私はどきどきしていた。

 母方の祖父母は一度も私の顔を見なかった。

 私の横を通り過ぎて、ベビーベッドの美冬くんばかり見ていた。


「これ、美冬くんにお年玉」

「父さん、母さん、赤ん坊にお年玉はいりません」

「息子のところにも男の子が二人いるけど、何かあったら、この子が我が家を継ぐかもしれないんだからな」

「美冬はどこにもやりません」

「昔からあなたは女のくせに生意気なのよ。大学を出て、仕事も忙しくして、娘の世話を全部旦那様に押し付けていたと聞いたわ」

「これからは仕事を辞めて、美冬のために家庭に入りなさい」


 なんで母はこんなことを言われなければいけないのだろう。

 女性は昇進するのが難しいと言われる中で、母は頑張って自分の地位を確立してきた。父は母を支えるために家のことは何でもしてくれた。

 これが我が家の在り方なのに、母方の祖父母は母に仕事を辞めろとまで言って来る。


「彼女が稼いで、僕が家庭のことをして、それで我が家は平和に暮らしているんです。色んな家庭があります。口出ししないでください」

「そもそも、あなたがしっかりしていないのがいけないのではないですか?」

「男たるもの、女を働かせずに家庭のことをさせてこそ、男ではないのでしょうか」


 他の家がどうかは知らないが、私にとっては父が保育園に迎えに来てくれて、父とお風呂に入って、父と一緒にご飯を食べて、父と寝るのが普通だと思っていた。

 保育園であったことを父はいつも聞いてくれて、小学校に入ってからは母も仕事をセーブしていたので二人で私の話を聞いてくれた。

 こんな両親が私は大好きだったし、何がいけないのか全く分からない。


 父も母もなんで責められなくてはいけないのだろうか。


 保育園ではお父さんが迎えに来る家庭と、お母さんが迎えに来る家庭があったが、どちらも変わりなく尊重されていた。学童保育でもお父さんが迎えに来る家庭と、お母さんが迎えに来る家庭があったが、そのことで何か言われたことはない。


 母方の祖父母の考えは間違っている。

 黒い靄が母方の祖父母に語り掛けている。


『男こそが家庭の主人。女は仕えるもの』

『そのことをこの者たちにしっかりと教えねば』

『男と女の在り方が分かっていない』


 分かっていないのはそっちの方だと言いたかったが、母方の祖父母は私の方など全く見ていない。

 私は部屋に駆け込んでタロットカードをタロットクロスの上で混ぜた。

 一枚捲ると、愚者のカードが逆向きだった。


 タロットカードには正位置と逆位置というものがある。

 正位置は絵がそのまま見ることができて、逆位置は絵が逆になっているのだ。


『お母様はご実家で自由を奪われた生活を送っていたのね』

「どうしてこんなことをするの? 私はお父さんとお母さんの間に生まれて幸せだし、ずっとこのままでいいのに」

『もう一枚捲ってみたら?』


 美藤ちゃんに促されて、私はもう一枚タロットカードを捲った。

 吊るされた男の正位置だ。


『ずっと不自由に縛られていたけれど、これからあなたのお母様の反撃が始まるわ』

「本当に?」


 その言葉に背中を押されてリビングに出ると、母が冷たい目で美冬くんを抱いて母方の祖母を見ていた。


「これだからあなたたちに子どもを会わせたくなかった。もう縁は切ってくれて結構です。美冬は絶対にあなたたちのところには生かせない。お年玉も受け取りません」

「何を言っている、やっと男の子が生まれたのに」

「あなたが生まれたときに、女だったと知って私はとてもがっかりしたわ。親戚からも責められた。息子が生まれてやっと私は認められたの。あなたも、やっと認められるときが来たのよ」

「あなたたちには一生認められなくても構わない。二度と来ないでください」


 母に気圧されて玄関から出て行く母方の祖父母に、黒い靄がまだ何か言っている。


『身の程を教えてやらねばならないな』

『女のくせに両親に口答えするとは何事か』

『これも妙な男と結婚させたからよ。孫を引き取って、別れさせねば』


 そんなことはさせてはならない。

 この黒い靄は、長年続いてきた母方の凝り固まった考えなのではないかと私は思い始めていた。

 助けが欲しくて美藤ちゃんを見ると、美藤ちゃんが鈴を振っている。


『この鈴の音は……』

『近寄れない』

『口惜しい』


 黒い靄は両親に近付く前に外に追い出されていった。

 何事か分からず泣く美冬くんを母の手から受け取って、父がオムツを見て、ミルクを飲ませる。

 母は私の方に手を伸ばした。

 駆け寄るとぎゅっと抱き締められる。


「嫌な思いをさせてしまったわね、美鶴。あのひとたちが何を言おうとも、美鶴は私にとって大事な大事な娘よ」

「うん、分かってる、お母さん」

「私もお父さんも、納得してこの暮らしをしているの。あのひとたちにはもう近付かせない」

「お父さんのお父さんとお母さん……お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会いに行こう。美冬くんも喜ぶと思う」

「そうね。そうしましょう」


 気分を変えるために父方の祖父母のところに行くと、父方の祖父母は母方の祖父母のようにきれいな格好はしていなかったが、温かく私たちを迎えてくれた。


「家族のお正月を邪魔したくなくて行けてなかったんだが、美鶴ちゃんにお年玉をあげたかったんだよ」

「あけましておめでとう、美鶴ちゃん」

「ありがとう、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」

「美冬くんにも、まだ分からないだろうけど、気持ちだけ受け取ってほしい」

「これからお金は必要になるでしょうから、受け取って貯金でもしておいて」


 父方の祖父母はしっかりと私の顔を見てお年玉の袋をくれた。お年玉の袋も可愛い和柄で、表面に「美鶴ちゃんへ」と書いてある。

 美冬くんのお年玉の袋は私のと柄が違って、表面に「美冬くんへ」と書いてあった。


「美鶴、つらい思いをさせたかもしれないけれど、美鶴のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはこの二人だけだと今後思っていいからね」

「うん! お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、大好き!」


 元気に答えると、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがキッチンで私を呼ぶ。


「みんなにおせち料理とお雑煮を振舞うから手伝ってくれる?」

「美鶴ちゃんにお箸を並べてほしいし、お雑煮のお椀も運んでほしいのよ」

「お手伝いする!」


 いつものように祖父母の家で元気にお手伝いをしていると、あの嫌な母方の祖父母のことは忘れていた。

 父方の祖父母はいつも私ができることを探して、お手伝いをさせてくれるのだ。そのお手伝いが私は大好きだった。


「美冬くんが大きくなったら一緒にお手伝いできるかな?」

「できるように考えていこうね」

「庭の家庭菜園の収穫なら、楽しいし、歩けるようになったらできるんじゃないかしら」


 美冬くんにもお手伝いをさせるという父方の祖父母に、私は安心していた。


読んでいただきありがとうございました。

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