4.瑠奈ちゃんの髪の毛
夏休みは瑠奈ちゃんがお泊りに来てくれたし、学童保育でも瑠奈ちゃんと一緒に過ごせたし、とても楽しかった。
夏休みの祖父母の家でのお泊りは私と瑠奈ちゃんの距離をぐっと縮めた気がする。
「美鶴ちゃん、今日もタロットカードのこと、教えて!」
「いいよ。一緒に本を読もう!」
持ってきていたタロットカードの本を一緒に読んでいると、瑠奈ちゃんの髪の毛が引っ張られた。
保育園のころにも瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張っていた男の子だ。
「トランプの人数が足りないんだよ。こっち来いよ」
「髪の毛を引っ張らないで!」
「痛いでしょう!」
「引っ張りたくなるような髪をしてるのがいけないんだ!」
トランプで遊びたいけれど相手がいない男の子は、乱暴に瑠奈ちゃんと私を誘いに来たようだ。トランプよりもタロットカードの話をしていたかったし、何より、私も瑠奈ちゃんも、瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張ったことが許せなかった。
「髪の毛を引っ張るような子とは遊ばない!」
「トランプもしない!」
「なんだよ! 生意気だな!」
「生意気ってなによ! 失礼なことをしたのはそっちでしょう!」
「髪の毛を引っ張ったらいけないのよ!」
いつの間にか喧嘩腰になっていた私たちに、学童保育の先生が割って入る。
「どうしたのかな、田辺さん、御園さん?」
「この子が瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張ったんです!」
「トランプに入れてやるって言っただけだよ!」
「瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張って、引っ張りたくなるような髪をしているのがいけないんだって言いました!」
「うるさい! 女のくせに生意気なんだよ!」
飛び掛かってこようとする男の子に、美藤ちゃんと瑠奈ちゃんの守護霊のクマのぬいぐるみさんがさっと間に入った。近付けずに足を止める男の子は不思議そうな顔をしている。
「三人に別々に話を聞きましょう。ご両親にもこのことは話します」
「げっ! なんでだよ! 父ちゃんと母ちゃんは関係ないだろう?」
「とにかくこっちに来なさい」
二人の学童保育の先生が間に入って、私と瑠奈ちゃんと男の子は話を聞かれた。
男の子は嘘をついているようだが、私と瑠奈ちゃんの話は一致したようだ。
「髪の毛を引っ張られたんですね。痛くありませんでしたか?」
「痛かったし、お母さんが編んでくれた髪が崩れちゃった」
がっくりと肩を落としている瑠奈ちゃんに、学童保育の先生は髪を整えようとしたが、瑠奈ちゃんのお母さんのようには上手にできなくて、不格好になっていた。
瑠奈ちゃんはとてもお洒落なのだ。こんな髪でいるのが気の毒でならない。
私が思っていると、美藤ちゃんが私にそっと囁いた。
『わたしの手に手を重ねて。この子の髪を整えてあげているようにして』
無言で小さく頷くと、私は瑠奈ちゃんの髪に手を添えた。美藤ちゃんが瑠奈ちゃんの髪を一度解いて、綺麗に手櫛で整えて、細かく編んでいく。
出来上がった髪型は、瑠奈ちゃんが最初にしていたものとは違ったけれど、ポニーテールに複雑に三つ編みが絡んでとても可愛かった。
鏡を見て瑠奈ちゃんが目を輝かせている。
「ありがとう、美鶴ちゃん。この髪型とても可愛いわ」
「美藤ちゃんなの」
「そうなのね。お礼を言っておいて」
髪型が気に入ったようで元気になった瑠奈ちゃんに、私も安堵していた。
美藤ちゃんの方を見ると、頷いて微笑んでいる。
美藤ちゃんはこんなときにも頼りになるのだとよく分かった。
迎えに来た男の子のお母さんと、瑠奈ちゃんのお母さんと、私の母に、学童保育の先生は話をしてくれた。
「トランプがしたかったようで、無理に田辺さんと御園さんを誘ったみたいなんです。それで、御園さんが髪の毛を引っ張られて、髪型が崩れてしまいました」
「うちの息子がすみません」
「本人は謝ったんですか?」
「いえ……そんなことはしていないと言い張っていて」
学童保育の先生と親同士の話し合いになっている。
「保育園のときにもうちの子はその子から髪を引っ張られたと言っていました」
「御園さんのことが気になるみたいで、一緒に遊びたいんでしょう」
「それなら、髪を引っ張らない方法で誘うように今後指導してもらえますか?」
「十分に気を付けます。今日は本当に私たちの目が届かなくてすみませんでした」
二度も瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張っておいて、謝りもしない男の子に対して、私も瑠奈ちゃんも怒っていたが、無理やり謝らせるようなことは誰もしなかった。心が伴っていないならば意味がないからだ。
その代わりに瑠奈ちゃんは男の子のお母さんから謝られていた。
「うちの子が本当にごめんなさい。前にもやっていただなんて知らなかったの。もう絶対にしないように家でもよく言い聞かせます。痛かったでしょう。本当にごめんなさいね」
「もうさせないでくださいね」
「よく言い聞かせます」
それで瑠奈ちゃんも納得していたようだった。
瑠奈ちゃんのお母さんも謝罪を受けて、納得した後で、瑠奈ちゃんに聞いていた。
「その髪型、素敵ね。先生がしてくれたの?」
「美藤ちゃ……じゃなかった、美鶴ちゃんがしてくれたの」
「え!? 美鶴ちゃんはこんなに上手に髪が編めるの?」
その驚きもそのはず、私は髪を伸ばしたことはないし、結んだこともなかった。それが急に髪の毛を結んであげたというのだから驚きもするだろう。
「えーっと、お人形さんの髪を編んであげてて、本当の髪を編んだのは初めてだったけど、上手にできたみたい」
「それはすごいわ。美鶴ちゃん、瑠奈は髪の毛が可愛くなってないと、朝も機嫌が悪いのよ。瑠奈の髪の毛を編んでくれてありがとう」
本当は美藤ちゃんがしたのだが、今回は私がしたことにしておいた方がいいだろう。
私はこれから美藤ちゃんに習って髪の結び方を覚えると決意した。
一年生からは私は自分の部屋をもらって一人で寝ていた。
それまでも両親が忙しくて先に一人で眠ることはあったので、あまり気にしてはいなかった。
部屋で一人きりになると、美藤ちゃんと話せる。
「今日はありがとう、美藤ちゃん」
『髪が美しく整っていないと、みじめな気分になるわ。あの子が元気が出てよかった』
「美藤ちゃん、これからも何かあったら瑠奈ちゃんの髪を編んであげられるように、私に教えて」
『それじゃ、鏡と櫛を持ってきて? わたしの髪で練習しましょう』
その日から夜寝る前に、私は美藤ちゃんの髪で編み方を練習した。サラサラの美藤ちゃんの髪は癖がなくて絡みにくかったけれど、練習を続けたおかげで私は瑠奈ちゃんの髪を編めるようになっていた。
引っ張られたりしなければ解けないくらいに瑠奈ちゃんはいつもしっかりと髪を編んでもらって学校にやってくる。時々、瑠奈ちゃんの髪を解かせてもらって、私は美藤ちゃんから習った編み方を練習させてもらった。
美藤ちゃんの編み方と瑠奈ちゃんのお母さんの編み方は全然違うようで、瑠奈ちゃんは鏡を見ては目を輝かせていた。
「この髪型可愛い! 今日はこのまま帰るわ」
「髪が解けたらいつでも言って。また結んであげる」
「ありがとう、美鶴ちゃん」
男の子が瑠奈ちゃんの髪を引っ張って大喧嘩になって以来、瑠奈ちゃんの髪を引っ張ることはなかったけれど、遊びには誘ってくるようになった。
「一緒にトランプしよう」
「私たちは別のことがしたいの」
「他の子を誘って」
断ると不機嫌になるのでちょっと嫌な感じはしたが、それでも瑠奈ちゃんとタロットカードの話をする方が楽しくて、私と瑠奈ちゃんは男の子に応じなかった。
小学校一年生の冬休みに、私に弟が生まれた。
弟が生まれたときには私は祖父母の家に預けられていたけれど、父が迎えに来てくれて、すぐに病院まで連れて行ってくれた。
私とよく似た薄茶色の髪に薄茶色の目の可愛いぽやぽやの男の子。産着に包まれている姿はとても小さかった。
「赤ちゃん、小さい! こんなに小さくて大丈夫なの?」
「これでも二千九百グラムはあるのよ。赤ちゃんとしてはそれほど小さくないの」
「小さなお手手。触ってもいい?」
「手を洗ってから触ってくれる? 座ってだったら、抱っこをしてもいいわ」
ベッドで疲れた顔で寝ている母にお願いすると、手を洗ってくるように言われた。急いで手を洗って来て、ベッドの端に座らせてもらって、腕の中に赤ちゃんを置いてもらう。
小さすぎると心配していたが、赤ちゃんはしっかりと重くてお乳の甘い匂いがした。
美藤ちゃんの方を見ると、私にそっと教えてくれる。
『赤ちゃんは首が据わっていないから、気を付けて抱っこするのよ。首を肘にはめるようにしてあげて』
頷いてもぞもぞと動いていると、赤ちゃんが口を開けた。
その口から鳴き声が聞こえて私はびっくりしてしまう。
「私、抱っこが下手だった?」
「お腹が空いたんじゃないかしら。お乳を上げるから、こっちに」
赤ちゃんは母に抱っこされてお乳を飲ませてもらっていた。
赤ちゃんの名前は美冬くんに決まった。
冬に生まれた赤ちゃんにぴったりの名前だった。
母はその後しばらく入院していたけれど、年越しまでには家に帰ってくることができた。
家ではベビーベッドが組み立てられて、父の同僚から出産祝いにもらったオムツケーキというオムツが大量に届いて、美冬くんが暮らしやすいようになっていた。
「オムツ、私も替えられる?」
「おしっこなら替えられると思うよ。練習してみようね」
「ミルクもあげたい」
「それも練習しよう」
母が入院中は母乳だった美冬くんだが、帰って来てからはミルクに切り替えられていた。
お湯を使うのでミルクを作ることはできないが、哺乳瓶を持たせてもらって美冬くんに飲ませることはできた。
「ここに哺乳瓶の空気穴があるから、これを上にして飲ませるんだよ」
父に教えてもらって私は真剣に美冬くんにミルクを飲ませる。
美冬くんのお世話をするのはとても嬉しくて、私もお姉ちゃんになったのだと誇らしい気分だった。
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