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3.瑠奈ちゃんのお泊り

 妊娠が分かってから、母はできるだけ体を大事にして仕事をしていた。

 そのころの私にはよく分かっていなかったが、母は会社で重要な役目についていたらしい。それを部署替えしてもらって、出産に臨んでいた。


「女性としては上り詰めた方だったんだけど、今は赤ちゃんの方が大事。赤ちゃんを産むのは私しかできないから」

「産んだ後は僕がサポートするよ。元の部署に戻れるように」


 私を育てながら忙しい母をずっとサポートしていた父は、自分が妊娠、出産はできない代わりに、それ以外のことは何でもすると宣言していた。


「私たちもまた赤ちゃんを抱っこできるのね」

「赤ちゃんが無事に生まれてくれれば、それ以上のことはないよ」


 祖父母も母の妊娠を喜び、全力でサポートする構えだった。

 学童保育に登録していた私は、小学校になってからは母が迎えに来てくれた。

 同じ小学校で学童保育で登録している瑠奈ちゃんも、お迎えが来るまで一緒に遊んでいた。


 小学校になって変わったのは、小学校が終わると学童保育の建物に移って、宿題を済ませてから遊ぶこと。同じ保育園からたくさんの子たちが小学校に入学していたし、学童保育は保育園の施設で行うので、保育園のころから知っている顔がたくさんあって、私は安心して通うことができた。

 学童保育には、本を一冊だけ持ってきていいことになっていたので、私はタロットカードの本を持ってきていた。


 小学校になってから変わったのは環境だけじゃない。

 美藤ちゃんはあまり喋らなくなっていた。

 みんながいるときに美藤ちゃんと喋ると、私は虚空に話しかけているようになってしまう。それを心配して、美藤ちゃんは危険が迫っているときか、二人きりのとき以外には話さないようになったのだ。


 話せないのは寂しかったけれど、振り返ればいつも美藤ちゃんの姿がある。

 そのことは私を安心させた。


 タロットカードの本を読んでいると、瑠奈ちゃんが興味津々で覗いてくる。


「きれいな本。これはなに?」

「タロットカードっていう特別なカードの使い方の本なのよ。今、一生懸命覚えてるところ」

「タロットカードってトランプみたいなもの?」

「少し違うかな。こうやって、一枚一枚に絵があって、それに意味があるの」


 瑠奈ちゃんの説明しながらだと、私も分かりやすいので二人でタロットカードの本を読むようになった。


「私が今使ってるのは大アルカナ。タロットカードの中でも特に重要な意味のある二十二枚のカードなの」

「タロットカードは全部で何枚あるの?」

「七十八枚って書いてある。大アルカナが特別な意味を持つカードで、小アルカナはトランプと少し似てるかな」

「いいなぁ。私もタロットカードを見てみたいな」


 羨ましがる瑠奈ちゃんに、私はそっと誘ってみた。


「瑠奈ちゃん、お母さんとお父さんがいいよって言ったら、遊びに来る?」

「いいの? 私のお父さんとお母さんにも聞いてみる!」


 とても瑠奈ちゃんが嬉しそうなのを見て、私は誘ってよかったと思っていた。

 そのうち瑠奈ちゃんもタロットカードを買ってもらって、一緒に占いができたらいい。

 私はそう思っていた。


 私の両親と瑠奈ちゃんの両親が話し合って、私の両親は忙しいので難しいが祖父母の家でなら遊んでもいいという話をもらったのは夏休み前。

 母のお腹も大きくなって、出産に向けて仕事の時間を短くしていた時期だった。


「私のお腹がこうだから、お構いもできないでしょう? お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお家に私も行くわ」

「お母さんに瑠奈ちゃんを紹介したかったの!」

「保育園のお迎えは全然行けてなかったから、瑠奈ちゃんとしっかり会うのは初めてかもしれないわね。美鶴のお友達に会えて嬉しいわ」


 夏休みに祖父母の家に行ったときに、瑠奈ちゃんはお泊りの準備をして祖父母の家にやってきた。その日は母も仕事を休んで祖父母の家に来ていた。


『あの子の友達が来るとは』

『歓迎せねば。庭のトマトはどうなっている?』

『そろそろ収穫時に入っているはずだ。キュウリも実らせねば』


 祖父母の家の優しい声は瑠奈ちゃんを歓迎してくれるようだった。

 美藤ちゃんも祖父母の家の声たちと話している。


『座敷童が外に出るのはどんな気分だ?』

『もう座敷童じゃないかもしれないけれど、守護霊となったらずっとそばにいられるのだと実感しているわ』

『ただの童かもしれないな』

『それでも構わないわ。あの子を守る力はあるもの』


 ご両親に連れられてきた瑠奈ちゃんは、いつものように長い髪を複雑に編んでいて、とても可愛らしい。ノースリーブのワンピースが涼しそうだった。

 駆け寄って手を取ると、瑠奈ちゃんのご両親は私の祖父母と母に挨拶していた。


「どうしてもお泊りするって聞かなくて。よろしくお願いしますね」

「保育園のときから一番のお友達だったって言っているんです」

「美鶴がそんな風に言われてとても嬉しいです」

「しっかりとお預かりします」


 挨拶の後ご両親はお茶を飲んでから帰って行った。

 私は瑠奈ちゃんを庭の家庭菜園に案内するのに一生懸命だった。

 塀が張り巡らされた広い庭までは出て行ってもいいことになっていた。麦わら帽子を被って瑠奈ちゃんの手を引いて、家庭菜園を案内する。

 朝に水が撒かれた野菜は青々と茂っている。


「美鶴ちゃん、これ、トマトじゃない?」

「そうよ。こっちにキュウリも茄子もあるのよ」

「すごい! なってるのを見たのは保育園の園庭で育てたとき以来だわ」

「一緒に水やりしたよね」

「大きく育てって声もかけたよね」


 仲良く庭のトマトとキュウリと茄子を見ていると、祖父が顔を出す。


「収穫してみるかい?」

「いいんですか?」

「瑠奈ちゃんに取らせてあげて!」


 収穫用の庭鋏を持ち出した祖父に、瑠奈ちゃんがそっと実っている枝を切って収穫していく。

 保育園でトマトを育てたときにも収穫させてもらったが、そのときは一人一つくらいしか収穫できなかった。

 祖父の持ってきたざるに一杯収穫する瑠奈ちゃんは目をきらきらと輝かせていた。


 収穫が終わると、キッチンでトマトとキュウリを洗ってもらう。


「採れたてを齧って食べるのが美味しいのよ」

「うわっ! トマトの汁が垂れてくる!」

「気を付けて」


 笑いながら私と瑠奈ちゃんは夏の収穫をしっかりと味わった。

 食べ終わってから、母の前に瑠奈ちゃんを連れてくると、瑠奈ちゃんが頭を下げる。


「御園瑠奈です」

「美鶴の母です。美鶴と保育園のころから仲がいいんですってね。ずっと仲良くしてあげてね」

「はい! 美鶴ちゃんは私の大事なお友達です!」


 元気に答える瑠奈ちゃんに私は嬉しくなって瑠奈ちゃんの手をぎゅっと握った。

 タロットカードを見せてあげるときには、祖母が同席してくれた。

 タロットクロスの上にタロットカードを広げて、大アルカナを一枚一枚本を見ながら説明をしていく。


「零番目が愚者のカード。意味は自由。何にも縛られない自由な心って書いてあるわ」

「若い男のひとが旅に出てるみたいな絵。足元に犬もいるわ」

「一番目が魔術師のカード。意味は創造力。若く自信にあふれた創造者って書いてある」

「男のひとが杖を持って掲げてる絵なのね。魔法使いなの?」

「そうみたい。二番目が、女司祭で、意味は精神性……」


 二十二枚説明するのは時間がかかったが、楽しい作業でもあった。

 タロットクロスの上で大アルカナを混ぜていくと、祖母が教えてくれる。


「左回りに混ぜると浄化になるのよ。占いたいことが決まったら右回りに混ぜるの。そのときに、全部のカードに指が触れるように意識して、占いたいことを心の中で唱えるのよ」

「今占いたいこと……瑠奈ちゃん、何か占ってほしいことがある?」

「私、ずっと気になってるの。美鶴ちゃんのところの赤ちゃん、男の子かな? 女の子かな?」


 それは私も気になっていたところだった。

 祖母の顔を見ると、占ってはいけないことではなさそうだ。


「占いは必ず当たるわけではないけれど、未来を明るくするようなもの、幸せを予見させるようなものならば、占っていいと思うわ」

「それじゃ、占ってみるね」


 祖母に言われて私は右回りにタロットカードを混ぜ始めた。

 タロットカードを捲ると、世界のカードが出てくる。

 私は本で世界のカードの意味を調べた。


「世界の意味は完成。辿り着いた世界に見える完璧な景色」

「この絵のひとは女のひとに見えるけど」

「そうじゃないみたい。世界のカードのひとは、完璧だから男性でも女性でもあるみたい」


 つまりは、赤ちゃんの性別は分からないということだとタロットカードは教えてくれたわけだ。

 ちょっとがっかりしていると、祖母が言葉を付け加えてくれる。


「赤ちゃんは性別は分からないけど、完璧な姿、つまりとても元気に生まれてくるって占えたみたいね」

「本当!? 赤ちゃん、元気に生まれてくるの!?」

「タロットカードはそうやって読んでいくものなのよ」

「よかったね、美鶴ちゃん!」

「うん! 占ってよかった、瑠奈ちゃん」


 私と瑠奈ちゃんは手を取り合って喜んだ。

 タロットカードの本には色々なタロットカードの並べ方、スプレッドというものも書かれていたが、難しいので私は一枚だけで占うワンオラクルしか習得できていなかった。

 それでも、分かることはたくさんあるのだと祖母に教えてもらう。


 夕食を食べてお風呂に入って、お布団を敷いてもらった部屋で、瑠奈ちゃんと二人で扇風機の風に当たっていると、美藤ちゃんが風に吹かれた薄茶色の私の髪を撫でる。

 そういえば、美藤ちゃんと私の髪の色と目の色はよく似ている気がする。


『あなたの弟か妹は、とても健康に生まれてくる。それは絶対よ』

「それが分かって嬉しいの」


 美藤ちゃんに答えていると、瑠奈ちゃんがそっと聞いてくる。


「もしかして、美藤ちゃん?」

「そうよ、瑠奈ちゃん」


 瑠奈ちゃんにだけは教えてある美藤ちゃんの存在。

 瑠奈ちゃんの前では美藤ちゃんのことを隠さなくてもよかった。


読んでいただきありがとうございました。

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