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2.タロットカード

『この子が一人でいるのはとても危険だわ』

『私もそう思っていた』

『見えるもの、聞こえるものに気付いたら、妖は襲ってくるからな』


 保育園がお休みの日は土曜日と日曜日。

 土曜日には祖父母の家に行って、私は一泊して、日曜日の夜に父に迎えに来てもらう。

 眠るときに枕元に座った美藤ちゃんは誰かと話しているようだった。

 祖父母は別の部屋で眠っているので、私はそっと起きて美藤ちゃんに聞いた。美藤ちゃんはそのころの私にはとても大きく見えたが、十二歳くらいの女の子だった。


「だれとはなちてるの?」

『この家を守る妖とよ』

「あやかち……いっぱいいるの?」

『妖には色々あって、いい妖と悪い妖がいるの。この家はわたしたちが守っているから、いい妖しかいない』


 美藤ちゃんの言葉も難しくてよく分からなかったけれど、美藤ちゃんは私の目を見てしっかりと話してくれた。


「『ねこちゃんのおうち』、こわいこえがするの」

『それは、他のひとには聞こえない声?』

「そうなの」


 美藤ちゃんは拙い私の説明でも分かってくれる。

 必死に身振り手振りで私はその声が言ったことや、「ねこちゃんのおうち」のおじさんに起きたことを美藤ちゃんに伝えた。

 美藤ちゃんは私をぎゅっと抱き締めてくれた。

 藤の柄の着物は甘い優しい匂いがした。


『わたしがこれから、あなたを守ってあげる』


 美藤ちゃんの言葉に、周囲から声が聞こえてくる。


『その子の守護霊になるつもりか?』

『この家を出るつもりなの?』


 その声に美藤ちゃんははっきりと答えた。


『この子にはわたしの守護が必要だわ』


 美藤ちゃんは私を守ってくれる。

 そう思うと安心して、私はぐっすり眠ることができた。


 日曜日の夜、迎えに来た父の車に乗った私の隣りに、美藤ちゃんは座っていた。

 父には美藤ちゃんは見えないようだった。


「みふじちゃん……」

『大丈夫。ずっと一緒よ』

「ずっといっちょ」


 車に揺られながら私は安心していた。


 月曜日、保育園に行くときも美藤ちゃんは一緒だった。誰にも美藤ちゃんは見えていないようで、美藤ちゃんがどこにいても誰も気にしない。

 透き通るような白い肌に、薄茶色の長い髪を紐でハーフアップにして、藤の柄の着物を着ている美藤ちゃんはとても可愛かった。

 ずっと一緒と言ってくれたから、私は美藤ちゃんが少しも怖くなかった。


 保育園では帽子を被ってお散歩に行った。

 お散歩のルートの中に入っている「ねこちゃんのおうち」の前に来ると、美藤ちゃんは懐から大きな鈴のようなものを取り出した。


『あれは、座敷童!?』

『家を離れては動けないはずでは!?』


 怖い声が美藤ちゃんに気付いて何か言っている。

 美藤ちゃんは薄茶色の目をきりりと吊り上げて、鈴を振った。


『その家はお前たちのものにはならない! ひとの営みを邪魔するな!』


 りーんりんと鈴が鳴ると、怖い声が悲鳴を上げているのが分かる。


『あれは浄化の鈴!』

『駄目だ、体が動かない! 消えていく!』


 美藤ちゃんは怖い声を追い払ってしまった。

 次の日、「ねこちゃんのおうち」の前を通ってお散歩をしていると、カーテンが開いていて、猫ちゃんが窓辺で日向ぼっこをしていた。


 おうちのおばさんが出てきて話してくれた。


「おじちゃんが元気になって退院できたのよ。それで大急ぎで猫を受け取ってきたの」


 おばさんはとても嬉しそうだった。


「みふじちゃんがちてくれたの?」


 振り返って美藤ちゃんを見ると、美藤ちゃんは色の薄い唇の両端を持ち上げてにっこりと笑っていた。


 クラスの女の子とも仲良くなった。

 美藤ちゃんが見えるようになって、私はクラスの女の子の後ろにも何かいるのが見えていた。それはクマのぬいぐるみのようだった。


「るなちゃんのだいじ?」

「なぁに?」

「くまちゃん」


 その子、御園(みその)瑠奈(るな)ちゃんに聞いてみると、瑠奈ちゃんはびっくりしたように教えてくれた。


「ほいくえんにはもってきちゃだめなの。ママがだいじにしてた、くまたん、わたし、もらったの」

「るなちゃんのだいじだいじ!」

「わたしのだいじ!」


 美藤ちゃんを見れば、優しく教えてくれる。


『瑠奈ちゃんの守護霊はお母さんからもらったクマのぬいぐるみのようね。ちょっと無口だけど、頼りになる守護霊だと思うわ』


 クマのぬいぐるみの守護霊は、美藤ちゃんのように喋らないけれど、瑠奈ちゃんをしっかり守ってくれているようだった。

 私は延長保育の間だけではなく、保育園ではずっと瑠奈ちゃんと遊ぶようになった。


「ないちょだけど、わたしには、みふじちゃんっていう、ざちきわらりがいるの」

「ざちきわらり?」

「わたしをまもってくれるの」

「わたしは?」

「るなちゃんは、クマのぬいぐるみさんなの」

「そうなのね!」


 瑠奈ちゃんは私の言葉を笑ったりせずに聞いてくれた。


 保育園を卒業するまで、美藤ちゃんはずっと私の後ろにいてくれた。

 毎日保育園に一緒に来てくれた。

 保育園では瑠奈ちゃんだけが美藤ちゃんのことを知っていた。


「みふじちゃん、なにちてる?」

「おすなばのそとで、みててくれてる」

「クマのぬいぐるみたんは?」

「るなちゃんのうしろにいる」


 クマのぬいぐるみの守護霊は、瑠奈ちゃんの後ろにいつもいて、くんくんと周囲の匂いを嗅いだり、瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張ろうとする男の子を威嚇したりしていた。


「やぁ! やめてー!」

「かみのけ、ひっぱっちゃ、め!」


 瑠奈ちゃんは毎日お母さんが綺麗に可愛く三つ編みにしてくれていて、それが引っ張りたくなるのだろう、男の子によく引っ張られていた。髪の毛を引っ張られる瑠奈ちゃんに、私も一生懸命男の子に大きな声で注意した。

 喧嘩になる前に美藤ちゃんがそっと男の子の手を瑠奈ちゃんの髪の毛から外してくれるし、クマのぬいぐるみさんも瑠奈ちゃんの髪の毛を引っ張った男の子に噛み付いている。男の子は脛に噛み付かれて、自分でもどうしてそうなるのか分からないと言った顔で転んでいた。


「瑠奈ちゃん、大丈夫? 髪の毛を引っ張ってはいけませんよ」

「やーだね!」


 転びながらも、先生が来ると男の子は逃げていっていた。


 保育園の卒業式が終わって、小学校の入学式までの間、私は祖父母の家に預けられた。

 祖母は私に綺麗なイラストの描いてあるカードを見せてくれた。


「私は若いころはこれで占いをしていたのよ」

「うらないって、なぁに?」

「占いは、目に見えないひとの心や未来を、見ることを言うのよ」

「わたしにもできる?」

「美鶴ちゃんも、小学生になるから、タロットカードを持ってもいいころかもしれないわね」


 自分のタロットカードはあげられないけれど、新しいタロットカードを買ってあげる。

 書店に行って、祖母は私のためにタロットカードとタロットカードの解説本を買ってくれた。


『占いを通して、他のひとには見えないものと戦う方法も分かるかもしれないわ』


 美藤ちゃんも私がタロットカードを使うのは賛成のようだった。


 子どもの手でも扱えるように小さめのタロットカードを用意してもらったけれど、私は祖母の作ってくれたタロットクロスというタロットカードを使うときに敷く布の上で、タロットカードを混ぜるのが精一杯だった。


 初めてタロットカードを使うときには、大アルカナという少ないカードだけの方が分かりやすいと祖母は教えてくれた。

 大アルカナを混ぜていると、太陽のカードがひらりと表になった。

 それの意味を調べようとする前に、美藤ちゃんがカードを指差して微笑んだ。


『赤ちゃんがはいはいしてこっちに来ようとしてるみたい』


 その言葉に私は胸がどきどきした。

 その夜、両親が祖父母の家にやってきた。


 祖父母はご馳走を作って両親を迎えた。

 いつもは忙しくて、私が寝るまで帰ってこない母が、嬉しそうに黒い写真のようなものを持っていた。


「赤ちゃんができたのよ。美鶴、お姉ちゃんになるのよ」


 赤ちゃんがはいはいしてこっちに来ようとしてるみたい。

 美藤ちゃんの言う通りになった。

 赤ちゃんは母のお腹に来てくれて、私の方に来ようとしてくれているのだ。


「うれしい! おとこのこかな、おんなのこかな?」

「まだ豆粒みたいに小さいからよく分からないのよ。どっちでも私は嬉しいんだけど」


 黒い写真のようなものは豆粒のような赤ちゃんが白く写っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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