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番だというけれど

婚約破棄した王子が死んだから

作者: あかね


「目覚めたか」


 冷たい声に体が勝手に震えた。

 聞き覚えのない声。見覚えのない天井? どこの天井!?


「あとは医師にまかせよ。お前たちの仕事はここまでだ。

 金は用意されている。くれぐれも」


「わかっております」


 彼の存在を無視したような会話。


「ご武運を」


 そう声をかけて、長身の女性は立ち去った。


「誰、ですか」


「医者だよ」


 柔らかく聞こえるはずなのに、冷え切った屋外にいるようだ。


「よく休めばいい」





 記憶喪失。

 知らない場所で目を覚ました俺はそう診断された。


 確かに俺には記憶が不足している。

 この国の王子様としての記憶はないし、この国どころか、この世界の記憶が丸ごとない。


「……どうせなら知っている世界に転生したかった」


 嘆いたところで知識ゼロスタートは覆らない。


 さて、俺には別の世界の記憶がある。というよりそれしかない。

 たぶん、異世界の王子様に憑依とか、乗っ取っちゃった、とかそういう状態らしい。元の体の持ち主は病気のため寝込んでおり、生死の境をさまよっていた。で、たぶん、死んだ。死んだ体にうっかり入った間の悪い男が俺。

 どうやったら異世界まで魂が連れ込まれて入るんだよ、と思うが、そうなったものは仕方ない。

 あと、記憶どこに保管してるんだよとかさ……。きっとアカシックレコードみたいなところにアクセスしてるんだぜ、ということにしてる。考え込むとすごく不安になってくるから。


 幸いというべきか体にしみ込んだものはそのまま覚えている。それも困りもので意識しないで歩くことはできるが、歩くというのはと意識した途端に出来なくなるような感じだった。

 言葉もぼんやり聞いてるうちは理解できても、ちゃんと聞こうとすると途端にぼやける。意味は、分かるけど相当な意訳されたものだ。

 この体の持ち主なら、そう理解したというような。

 かなりネガティブで気が滅入る。自己肯定感ってどこにあるのよ、という感じがひしひしとする。


 この国唯一の王位継承者ということに違和感を覚えるくらいに。

 傲慢の俺様でもいいんじゃないの? と思うんだけど。


 そういう違和感の答え合わせは体調が回復してきて、外に出るようになって少しずつわかってきた。

 それまでは体調を回復することが先決と失った記憶に関する話はなにもされていなかった。覚えていないなら、それでいい、と言わんばかりに。

 ちょっとずつ聞いて知っていくことに、頭が痛くなる。


 この元の体の持ち主、数か月前に独断で婚約破棄した。王の不在の時を狙って、確実に実行した実行力は認めよう。周囲の話を聞くと元婚約者を寵姫として置き、王妃としての仕事をさせ、自分の最愛の人を王妃にしたい、ということだったらしい。

 あほだ。

 誰がそれ了承するかよ。それくらいなら穏便に婚約解消すればいいのに、と色々しがらみのない俺には思えた。


 そこからまたしばらく状況を確認してわかったことがある。

 この国というのは王を中心に王の意思で決められている。婚約者が嫌だからといって代えることはできない。

 王が認めぬものは、視界にすら入れない。話をするなんてもってのほかだ。

 そして、この王子様というのは、王様に全く認められていなかった。親として温情ある態度ではあったが、後継者としては望まれることもない。元婚約者に采配を任せればよいとさえ言っていたそうだ。彼女のほうが優秀で見込みがあるからと。

 元婚約者と言えば、そこまで言われているとは知らないものの不穏な何かは感じていたらしく、一緒に頑張りましょうと言ってくれていた。

 なのにいつまでたっても、その日は来なかった。そうなると婚約者の頑張りも疎ましくなり遠ざけるように。

 そんな時にやさしくしてくれる女性と出会い、泥沼に落ちて最終的に婚約破棄という反抗をしたと。


 ……最悪である。


 最悪の父である。

 なお、母親の方は逆に溺愛し、元婚約者を嫌っていたそうだ。

 で、現婚約者と言えば、姿かたちも見ていない。会いたいと言ってみたが、忙しいのでと断りが来ていることになっている。

 もはや、聞いてくれているかすら不明。


 この状況、どうなんだろうなと思う。


 王様は仕事はできるけど後継者を育て損ねた社長みたいな……。と思ったが、育て損ねているのは自分の後継者だけではないぞと気がつく。


 この王様は優秀ではある。これは否定しない。やったらやった分だけ成果を出すような化け物である。

 ただ、その補佐をしている人をあまり評価しない。当たり前なこと過ぎるから。ついていけないものは切り捨てる。それが無理をさせているかなどと考えることもない。

 これでやる気のある若手がだいぶ削れている。ある程度自力で育ったようなやつらばかりまた集まるから、つぶれてしまったものは怠惰であるという認識が強まる。

 さらに育てようという概念は消えていき……。


 この世代は乗り切れるかもしれないが、その次は無理だ。

 これ、継いでもろくなことにならん。

 というのが俺の現状である。

 廃嫡されて国捨てて自由に生きていきたいなぁという希望も虚しい。最初は気がつかなかったが、常に監視されている。一人で行動できない。どこで誰にあってもなんか報告されてるっぽい。

 その証拠に数日おきにある王との食事で話題になることがある。誰の話は信用が置けるとか、誰は少しばかり好ましくないとか。

 話の内容にまで言及されていないが、好ましくないと言われた相手はややゴシップじみた話をしていた。それも王について匂わせるような。本当だとしたら醜悪としか言うようなそれ。


 その後、その話をしたひとが俺の視界に入ったことはない。

 見えない場所に配置換えされた、だけであるといいな……。


 自由にさせておくのも良くないとようやく思い至ったのか、勉強が開始されることになった。


 あるいは、ちゃんと、現状を理解しただろう? ということかもしれない。逃げられもせずに、ここにいるしかないと。


 歴史から礼儀作法、国の作法についても一通り教えてもらった。記憶がないということから子供向けのものから徐々に高度なものまで。馬鹿にされたとは思わない。なにせ、ゼロスタートだ。どこで何をするにしても知識は必要で、ここで得られるものは国一番のものだろうから。


 そんなある日、来客があった。

 それも窓の外から。


 窓がガタガタと揺れる。季節外れの嵐ということらしく、皆に外出禁止令が出るほどだそうだ。俺には関係ないが。

 外に出ても楽しいこともない。最近では行動制限も出てきて窮屈、というより、ひたひたと忍び寄る恐怖がある。どうも、俺は勤勉で優秀過ぎたらしい。かつての王子よりも優れ、素直で人が好いと言われている、らしい。

 良かったという王は、少しも嬉しそうではなかった。身の丈に合わぬことはせずとも良いと勉強の時間を減らされ、自習をすれば、禁書があると書庫の出入り範囲も決められる。


 ものすっごい警戒しているが、何に? というところが不思議である。今のところ従順で異をとなえることもなく、素直でいい子をやっているのに。

 腹の中まではわからないだろうが、どこか気に入らんというところだろうか。


「おっしゃ開いた!」


 という声とともに窓が開いた。

 嵐なので、暴風雨が窓から流れ込んでくる。ついでに謎の誰かも。


「誰だ?」


「あ、ちょっと待って」


 その男は窓をぱたんと閉めた。が、すぐに暴風で開く。おっと、と呟いて、そこらへんにあった棚を移動させている。

 俺が啞然としている間に強引に窓は閉まった。物理的に。

 窓が内開きでよかったなとふと思った。


「はぁ、濡れた」


 男は面倒そうに髪を後ろに払っていた。床も水で濡れている。

 本来なら部屋の外に知らせて逃げるべきなのだろうが、この三階の部屋に嵐の夜にやってくるやつに常識が通じる気がしない。

 それに、と窓があったほうを見る。

 どーんといる棚は一人で動かせそうな見た目をしてない。意外と軽いかもしれないが、それでも二人くらい必要そうなのをひょいと。


 まぎれもなくやべぇイキモノであると思える。


「どちらさまで?」


 下手に出るのはやっぱり得体が知れないからだ。くっ。俺は一応王子様で、次の権力者なのだぞ。実権がやってくるの何十年後か知らんが。


「あれ? 魂が違ってる」


 開口一番そう言った男は驚いているのか目がまんまるだった。それより名乗れよ。


「殿下、どうしちゃったんです? 記憶がないって聞いてたんですけど、どこに魂落っことしてきたんです?」


「それ、落っことせるものなのでしょうか」


 俺はどうにか疑問を問い返す。

 それにしてもかなり詰め寄られて怖いんだけど。目の色が赤いし、瞳孔が縦に割れている。


「伝承ではありますよ。

 驚きすぎて魂抜けて、冒険する話」


「……抜けた魂は戻ってくるんですか?」


「最終巻まで読んでないので知らないですね」


 それ、創作では? と思ったが、限りなく脱線しそうな予感がして、話題を変えることにした。


「魂が違うというのは、わかるものなんでしょうか」


「個体差により? あー、殿下の魂残ってない。でも、おかしいな、普通死ぬけど」


「死んで生き返った、らしいですよ」


「……んー、禁呪、かな。

 まあ、人が禁じてるものだから別にいいか」


 さらっと怖いこと言った。

 引きつった顔の俺をまじまじと見て、彼は笑った。無邪気過ぎて逆に怖い。


「じゃあ、憂いはなくなった。よかったよかった。あとはアレを退治して解決」


 大変物騒な話を明るくされた。

 ……憂いがあったら、どうなってたのか。なんか、王子様に関する人なんだろう。それも名乗らなくても相手が知っていると思っているほどの。しかし、聞いた中に該当の人が居なそうな気がする。


「どちらさまで」


「あ、ごめんね。俺はロディ。

 知らないと思うけど、王太子殿下の元婚約者の現夫。リリアが気になるっていうから様子見に来たんですよ」


「窓から?」


「ほかに方法がなかったんです。正攻法では君に会えない。体調悪く面会謝絶となっていて陛下の許しがないと会えない。実質、外部の人には誰も会えないですね」


「元気だけど……」


「そのようですけど、ある時期から人に会うのは制限されていたんじゃない?

 最近、人が違ったようにまともという評価されているけど、本当に、違うということに感づかれたくなかったのかも。まあ、俺は全然そういうの向いてないからあてずっぽうですけどね」


「やっぱり、監禁されてる」


「されてるとおもいますよ。たぶん。

 窓が全然開かないようなってたし。焦ったよ。落ちそうになるしさ。

 さすがに服破くとリリアになんかあったってバレちゃうし」


「ところで、そのリリアって誰」


「……ほんと、覚えてないんだね。それから、誰も彼女のことを言わなかったんだ」


 ぞわってした。根本的に今まで関わってきたモノと違う。

 俺は根性でよくわからないという顔をしていたけど、これやべぇ。


「君の元婚約者。今は俺の妻。

 竜の略奪婚だと言ってやってもまだぐだぐだ言うから、思い知ってもらおうかときたんだけど。

 君は違ってよかった」


「…………他に誰か?」


「秘密」


 そう言って、また棚に手をかけている。どうも窓から帰ろうとしているらしいけど……。


「窓、どうすればいいですかね?」


「……あ」


 外は嵐。暴風吹き荒れまくっている。俺はこの男の心配はしてない。残された自分の心配だ。


「暴風で窓が開いた」


「ガラスが散るんじゃないですか?」


「……あとで石でも投げるから、石回収して外に助けを求めてもらっていい?」


「了解」


 それから棚は元の場所に戻され、荒ぶる風雨が一瞬止まった。


「あ、それから、君は、王様になりたい?」


「は?」


「俺もリリアも王冠なんていらないんだ。引き取り手になる気があったら連絡して」


 ひらりと気軽にロディは窓の外に身をひるがえしていた。

 なにあれ。


 それを見送って、ふと気がついた。誰かが窓を押さえてないと窓ガラス割れないんじゃないかと。

 ……焦るとろくなことないなと思った。



 突然の来訪の翌日、風邪を引いた。窓が壊れたと訴えても中々扉は開かず、風雨は流れ込み濡れずに過ごすことは不可能だったからだ。

 というかどういう暴風雨だよ。台風でもあるのかよ。


 寝込んで熱が出て、医師が呼ばれて大わらわだった。

 そして、見舞客が飛び込んできた。


「殿下、大丈夫ですか。

 ルアーナ心配で心配でっ!」


 金髪碧眼ゆるふわ美少女が、部屋の前にいた護衛をぶっちぎって、である。

 触ろうとしようものなら、触らないでっ! 訴えますよ! とか言っている。すげーな。

 俺はぽかんと口を開いていた思う。


「殿下、すぐに追い出しますので」


「いいよ。話をしたかったところなんだ。

 外で待っていなさい」


「しかし、陛下からは」


「外に」


 強く言えば渋々でも従った。この辺りは最近覚えてきた小技である。一応は二番目に偉い人ということになっているので、王様がその場にいなければ優先しなければならない、らしい。


「さて」


「あなた、誰」


「え」


 推定ルアーナ嬢がびしっと俺に人差し指を向けた。


「偽者ですね! 本物の殿下はどこですか。私の目はごまかせませんよっ!」


 見破れるくらい結構マジな愛があったっぽい。薄っすら聞いてると地位とか権力とお金を求めて愛人になったとばかり思っていたんだけど。


「まさか、あの女のとこではありませんよね? 私と永遠を誓ってくださったではありませんか。

 死すら分かたぬと。一緒に、たちあがろうと!」


 …………。

 華奢な美少女からこれくるとすげぇ違和感ある。


「どうしてそう思うの?」


「殿下は、そんな自信ありげな方ではありませんでしたわっ! 私がいないとダメだって縋るのが可愛かったんですっ! 外では頑張ってらしたので、出しゃばりませんでしたけど、私がナデナデしないと」


 以下、違う点を述べられる。

 ……、知りたくなかったな。元の体の持ち主のこれ。

 あれか、惚気か。

 残念だな。確かにもう、そいつはいない。


 こんな婚約者残して成仏すんなっ! 迷惑だ。しがみついてでも生きてろ。そう思ってもそいつはやっぱりいない。

 無の境地でぼんやりと見ていたら、きっと睨みつけられた。

 ぼすっとベッドの上に乗られた。


「ほら、暴いてやりますよ。

 殿下は昔、ケガをして、その痕があって……」


 病人押し倒すなや! それから服をめくんなっ! 病み上がりで力が出ないので退けるのも難しい。それに、体が全く言うことをきかなかった。

 まるで、彼女を振り払うなどありえないとでもいうように。


「でんか」


 彼女は愕然とした表情で俺を見下ろした。

 確かに、そこに傷跡あった。たしか、刺客に襲われたときに出来た傷でおいたわしいとか言われたような気がする。


「どうして、どうしてっ! ニセモノなのに同じなのっ!」


 悲痛な叫びだった。


「ごめん」


 俺が謝ることでもないけど。

 彼女はただ泣いた。

 俺は慰めもしない。それをするのは、もういないやつで。うっかり熱病とかで死ぬからだぞと心の中で元の体の持ち主に言う。届かないとは思うが。


「ぐすっ。取り乱しました。殿下を返してください」


「むり。記憶も全くどこにもない」


「出て行け悪霊」


「悪霊じゃない」


 とはいってもあながち間違ってはいない。知っている人が別人になったらそう思えるだろう。ただ、出て行ったら死体になるだけのように思える。

 王子様の何かというのは、もうどこも感じられない。


「私を置いて殿下がいなくなるなんて」


「病気じゃなぁ……」


「さぞかしご無念だったでしょう。

 で、お前誰」


「ガラが悪い……」


「平民からのし上がってきた女が、ガラがいいわけないでしょ」


 ニヤリと笑うのは凄みがあった。清楚詐欺だ。


「わかんないよ。気がついたらここにいた。記憶喪失の王子様だって」


「熱病で魂が離れて、そこになにか入り込んだ?」


 今、思い出すと変なことがある。

 あとは医師に任せよ。

 まるで、それまでは別の何かが働いていたみたいじゃないか。蘇生作業もお医者さんの仕事、だよね? 心臓マッサージとかそういうの。

 ……なんか、この世界でそれってない気がしてきた。


「死んだものを生き返らせることってできる?」


「はぁ? 邪悪な呪術じゃあるまいし。

 野良の魂が入ったのでしょう。おいたわしい。じゃあ、死ね」


「体だけでも大事にして」


「冒涜」


「やめて」


 なんで馬乗りになられているの。

 首筋を愛し気に撫でる手がもう怖い。


「私もすぐ後に参ります。一緒に」


「怖い怖いっ! なにそれ!」


「死さえも分かつことはできないんですよ」


 微笑むが虚ろ過ぎて怖い。もはや、こいつが幽鬼なのではないかってくらい。


「じゃあ、やり返してからでいいっ?」


「なにを、です?」


「病気になるくらいに頑張らせた人に! ここまで追い込んで、のうのうと俺は悪くないと思ってるやつに!」


 これは今、思いついたことじゃない。

 あれを残しておくとほんと国の人的資源使い潰されていく。その意識すらなく、全部、ぶっ壊して、俺に継がせてお前はダメだとまた言う。

 てめぇが育てねぇからだろうがっ! と言ったところで意味はない。

 勝手に育った奴らしか知らないんだ。凡庸な人間の凡庸だからこそできることも知らない。


 支えられている、そう思ったことがなさそうなツラが、気に入らん。


「ええ、そうですね」


 微笑みが聖母レベル。


「王座から引きずり落としてやりましょう」


 愛を囁くように反逆に同意した。


 ……なんて女に引っかかってんのよ、王子様。




 熱病は数日で回復した。なんだか、背の高い女性医師がやってきて、頭をなでなでの施術をしたら治った。

 なにあれ。


「殿下は、まだ、馴染んでないので無茶をなさらないように。

 ああ、でも、お金が増えるので、死なない程度に無茶されても構いませんよ」


 ……イカれたやつらしかいないの? 俺ができたのは引きつったような顔で同意することだけだった。


「国庫にあるシギアの涙をもらえれば専属してもいいのですけどね」


「なにそれ」


「青の至宝と言われるそうですが、病気の特効薬なんです。私持病がありまして」


「ぴんぴんしてるけど」


「定期的に吐血します。しかし、体が頑健なので死にません」


 胸を張って言うことなのだろうか。

 俺はちょっと迷ったが、国庫に行ってみることにした。見たことはない。誰も入り込むことはないだろうし。


 国庫はいくつかの部屋に分かれている。ジャンルごと分類されていてなにがどこにあるかはっきりわかりすぎていた。定期的に在庫チェックされ、紛失予防と早期発見ができるようになっている。


「ここに、よくできたニセモノをご用意しました」


 ひひひと言いそうな顔で言われた。


「ばれない?」


「鑑定眼がないので、存在の有無はわかっても違いは判らんでしょう。

 よくできてますよ」


「確かに」


「同じ形の水玉を探すのに苦労したし、お金も大変かかりました。

 じゃあ、いただきますね。ありがとうございます」


「いいって言ってない」


 彼女はぱちりと手を叩いた。


「手品です」


「なにそれ……」


 目の前にあったはずの水色の宝石は一瞬消えて戻ってきた。


「おまえ、なに?」


「しがない流浪の死霊魔術師。絶滅危惧種です。

 やあ、久しぶりだね、わが友」


「知らん」


 ……宝石がしゃべった。


「これは精霊の卵と言ってね。主を見つけられずにふて寝していたら国庫に放り込まれたんだそうだ。

 バカだ」


「うっせ」


 宝石が宝石じゃないし、しゃべるし、死霊術師とかいうし……。


「え、俺、やっぱ、死んでんの?」


「なにをいまさら。

 死体に召喚した魂入れました。なお、召喚役は私ではありません。どうやって捕まえてきたんだか」


 衝撃なんだかなんかわからん話である。

 でも、一個わかる話はある。


「王様が、そうした」


「もちろん。代価も贄も一般庶民では贖えません。

 それほどまでに、その王子に執着したんでしょうね。かわいそうに」


「かわいそうなのは、王子様では?」


「ええ、もちろん。茶番に付き合わされるあなたもお辛いでしょうね」


「棒読みが過ぎる」


「仕方ありません。キャラ設定は大事って昔の知り合いが言ってました。服脱ぐとすごいですよ」


「なんだよ、それ」


 わがままボディの美女でもでてくんの? と思ったが、だぶついた服を見れば可能性も無きにしも非ず……。

 そう言う話じゃない。


「俺は、俺として、ふざけんなという話をしてもいいんだよな?」


「むろん。あなたも人として死ぬことをなくしましたので」


「……施術者に対して恨んでもいいかな」


「お仕事ですので、依頼主に恨みを持ってください」


 さらっと言った。まあ、確かにそうか。

 気に入らんやつに罪状を増やすようなそんな話になったわけだ。


「シギアの涙は俺が預かる」


「ご冗談を」


「信用ならん」


「そーだそーだ」


 当の宝石から支援があった。


「あなた、あとで覚えておきなさいね。

 わかりました。でも病気の治療でしばらく通いますよ。いいですか。王子様の部屋に押しかけて服脱ぎますよ。その意味わかってますか」


「…………どうぞ」


 その脅しの意味。怖すぎる。あの現婚約者ルアーナ嬢はそれを許さないし、一度でもあれば関係は決裂しそうだ。

 殿下の大事な体を大事にするですよと何度も念押しされているのだから。しかもかなりマジな顔で。


 背後になんかあったら殺すぞ、と書いてある華奢な美少女。怖い。

 力の差とかなんかではなく、身に沁みついた何かで従ってしまうんだよな……。王子様、それでよかったの? ちょっと俺、疑問だな。


「ところで、名前は?」


「ユーニス。家名はありません」


「よろしく、ユーニス。

 早速だけど一つ用事を頼もう」


「面倒はお断りですよ」


「下町の宿に泊まっているロディという男に手紙を……」


「あんな暴虐とつきあってんですか!? 正気を疑いますね」


「数日前にいきなりやってきて、お前、魂違うしとか言われた」


「ああ、あの嵐、呼んだんですね。

 だったらあの噂結構ほんとだったのか」


「わかるように説明して」


「あなたの元婚約者、陛下のお気に入りだったじゃないですか。

 息子であるあなたよりもずっと気にかけて、反論さえ楽しげだったと噂に聞きました。

 まあ、それとは別として、婚約者と仲がよくなく、愛人さえ作ったあなたには多少の苦言程度だったそうです。

 普通は息子にちゃんとしろというのが親の立場のように思えますね。愛人がよほど有用であれば別ですが。

 あの合理的な王がほっとくのって変なんですよ。息子に無関心というわけでもなかったようですし」


「元婚約者に特別何かあるみたいな?」


「そうです。王妃と離婚したのもなんかアレなんですよね。前々から準備してないとできない。

 罠に嵌められたのは、あるいはわかっていて行動を起こしたのは王子様なのかなって。思っちゃったわけです。

 でも、実際は、その場でその場にいたやつに彼女は拾われてさっさと結婚された。予想外だったと思いますね。普通じゃない。

 そして普通じゃないことをやってのけるのが、あの、アークライトなんだよっ! 田舎に大人しくしてればいいものを、あの筋肉馬鹿が、ろくなことしねぇ」


 最後、かなり私情が混じってる。そして、知り合いなんだ。悪い方面の。


「つまり、息子に婚約破棄させて、婚約者はおいしくいただいてしまおう、王妃は邪魔だから離婚しておいてと、そう言う計画?」


「ざっくり言えば。

 王妃に手を焼いていたという感じはあるっぽいですね。まず、性格が違いすぎて難ありの結婚生活だったでしょうし。若い才能ある女性のほうが良くなっちゃったんじゃないですか。自分に好意あるように思えたかもしれませんし」


「あったのかな」


「さあ? ただ、まあ、そういうのがあったらもっと揉めてると思いますね」


「そっか」


「でも陛下にその気があるならと釘刺しに来たんでしょうね。ロディは」


「王様に釘刺すってそんなすごいやつなの?」


「アークライトは国内において数家しかない不敬罪を問わないと約束された家ですね。

 暴言を吐いても許されはしないですけど、処刑されることはない。まあ、そもそも、アレを殺せるヤツいるのかと」


「……おう」


 不安しかない。

 でも、敵ではないっぽいし、それなら役に立ってくれると思いたい。


「俺、なんで、こんなのに巻き込まれてんの。元一般人」


「がんばって!」


「棒読みしないで」


 頑張るけどさ。



 そんなところから始まった俺の異世界生活は、穏やかではなかった。それでも数年後、譲位を受けることになる。


「おまえがこれほどやるとは。

 我が息子よ。成長したな」


 目を細めて、嬉しそうなところに俺は言いようのない不快感を覚える。


「陛下。あなたの大事な息子は、死にました。あなたの望み通りになれず、絶望して」


 怪訝そうに見返されて、わからんかと思う。

 根本的に違うのだろう。


「穏やかな余生をお送りください」


 そんなものがあったらな。



 王に即位した俺は、婚約者を王妃に据えようとした。恋情ではなく、同士としてそれがふさわしいとおもったから。

 ところが当人は辞退し、修道院に行くという。


「私、浮気はしませんの」


 彼女の心はずっといない王子様のもの。

 苦笑しながら俺は送り出した。


 代わりに王妃として隣に座ったのは、死霊術師である。貴重なサンプルなので死なないようにさせますと立候補された。

 愛情ないの。そうなの。と凹む俺に大慌てで、ちょっとくらいはあるかもしれませんよと言い募っていたので少しは何かあるのかもしれない。


 アークライトは変わらずそこにあった。人外魔境ななんか。この先も腫物だろう。

 元婚約者とはお互いに謝りあっておしまいにした。彼女からしたら中身が違うと言われてもされた仕打ちは許しがたいと思っていたのだが、そうでもないらしい。

 婚約破棄したから幸せになったので、許して差し上げますと寛大な対処をしてもらった。

 夫であるロディのどや顔がうざかった。このリア充。俺にはない愛する嫁をもっているなんて!


 王様になったのだから、ハーレム作ってやるという野望がある。

 そんな決意を王妃にことごとく潰されていくという未来が俺には見えていなかったのである。

 なんの間違いか、私は王妃になってしまった。国王兼夫がアレ過ぎたためである。私が身辺守らないと死ぬだろおまえという感じだ。

 そのため、ソレは業務に含まれない。


「無理」


「なにいきなり無理って」


「おまえ、私に笑えというから」


「王妃様怖いという噂があるから優しく微笑むのがいいんじゃないかとアドバイスしたんだぞ」


「くそみたいな話」


「……そーだけどさー。いつもかわいいのにさー、怖いって何だよ、うちの奥さん世界一は言い過ぎか、国一番のかわいい女性だから、悪く言われるの気分悪い」


 国王兼夫がぶつぶつと言っている。やめろというのに事あるごとにこういうことを……。

 体が熱くなるし、そ、そこまで言うなら笑ってやるよという気になるのがほんとこの野郎である。


「……なんでいつも引きつったようになんのかな」


「お前が、わるいっ!」


 しょげる男がムカつく。お前が笑え言った。

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