7.救世主見参!
爽やかショートカット、均整のとれた身体。西高の制服を纏った女王子、影森南。
怪物に囲まれている中で堂々と立つ。
「影森さん……!?どうしてここに?どうやって彼等を?」
どうして影森さんがこの公園に。そして鋼鉄の身体を持った顔無しをどうやって倒したんだ。目の前の状況が信じられない。
「貴方は何者?日本政府や諸外国のdogかしら?」
翠野先輩の問いかけには返答せず、彼女は腰を落とし尻餅をつく僕に視線を合わせる。
なんて綺麗な目だろう、と僕は緊急事態なのについつい見惚れてしまった。
そして僕の手首を掴んだ。起き上げてくれるのだろうか。
「影森さん助けてくれるの?」
次の瞬間、僕の手に柔らかな食感が感じられた。
僕の手を、彼女は自らの胸運んだのだ。
「うおっ!?」
服の上とはいえ凄い柔らかくて温かい……じゃない!
自分の顔が赤く熱くなり、心も取り乱していく。今日一で意味が分からない展開だ。
「怪我はない……良かったぁ」
僕に胸を揉ませている時、彼女の顔が紅潮しているように見えた。そして、声も王子然な凛とした声色ではなくどちらかと言えば可愛らしい少女然とした声色だ。
「影森さん……一体これは何を?」
「心臓の鼓動を私のリズムと合わせて……落ち着かせて」
取り乱した僕を落ち着かせようと、自分の心臓の音を僕に感じさせていたのだ。逆に鼓動が早くなるよ!
「だ……大丈夫!落ち着いた!落ち着いたから手を!」
「うん、じゃあ少しだけ下がってね光ちゃん」
「えっ……?」
今、彼女は僕の事を光ちゃんて呼んでくれた。その呼び方は小学校のクラスメイト、そして幼少の頃の彼女が読んでくれた渾名だ。今、そんな呼び方を彼女の口からでるなんて。
影森さんは立ち上がり、再び翠野先輩に向かい合った。
「見せつけてくれたわね。私の目の前で」
「翠野先輩、貴方が彼を拉致しようとしていたのですね。ならば覚悟をしてもらいます」
影森さんは瞬時にいつもの王子様口調に戻っていた、4人の顔無しの怪物に囲まれているのに物怖じせず堂々としている。
「生身の人間が改造された人間に勝てるかしら?やりなさい」
四人の顔無し達が溶解液を発射する。影森さんも不良の人達の二の舞になってしまう。
急げ!今度こそ僕が!
「大丈夫だよ」
僕の懸念は杞憂であった。
彼女は4方から飛び交う溶解液を、針の穴を縫うように紙一重でかわしてゆく。一適の被弾も無く、彼等との距離を瞬時に詰める。
そして彼女は何かを振るった。
すると、瞬く間に4人の顔無し達は四肢や首をバラバラに分解された。
彼等を構成している鉄の部品と流れる血が宙に飛び交う。
鮮やかな血は王子の周りを舞う薔薇の花のように鮮やかにみえた。その中に混じる鉄の部品の中に、昨夜拾った謎の部品に似た物があるのを確認した。
そこで昨夜も監視車に乗った顔無しと戦いがあり、彼女が彼等を退けたのだと察することができた。
彼女が何かしらの武器を持っているのは間違いない。でも、彼女が敵へ振るう攻撃が全く見えない。得物が街灯に照らされて光の軌跡を描くだけ。
風を切る音すら立てず鋼鉄の身体を引き裂ける力を一人の少女が持っている。
「あら貴方凄いのね。じゃあ次は私とSessionしましょ!」
翠野先輩が大鎌へと変貌した右腕を影森に振るった。
彼女はその一撃を得物で即座に受け流すように払った。
「TWINよ!」
何と片腕も大鎌へと変貌していた。2つ目の大鎌を影森さんは武器で受け止めた。
ここで初めて影森さんが持った武器が動きを止め、その姿が露わとなった。その武器の正体に翠野先輩と僕は驚愕した。
「カッターナイフ!?そんな物であの子達を!」
なんと、影森さんの武器はカッターナイフだった!
特別な品というわけでもなく、大手メーカーの立派な文房具である。
「おいおい、平凡な一般市民が刀を持っているわけ無いだろ。それに、悪党にはこれで十分なのさ」
「悪……党……!」
悪党。
その影森さんの発言に翠野先輩は彼女を睨みつけた。顔や身体がピクピクと震わせ、怒りを現している。すると、彼女の身体が変わっていく。まるで細胞が裏返り、別の面を見せていくようだった。
「私達の理想を!貴方に何が分かるというの!」
彼女の激情に、影森さんは後方に飛び距離を取った。
翠野先輩の姿は既に元の人間であった部分は無くなっていた。
彼女の肉体は光沢があり緑がかった鋼となった。そして美しく涼しげで、それでいて優しい温かみもあった顔は全てを貪り食わんとするカマキリを模したマスクへと変貌していた。
「美貌を捨ててまで、手に入れたい理想なんてあるのかい?」
「美しさがあったって!向けられたのは下品な劣情だけだった!」
完全に変身した翠野先輩は段違いに強化させている。
影森さんを追う動きは見た目に反して風のように軽快で、振り下ろす大鎌の早さやとパワーは重機のように豪快である。
怒りに任せ振り回す鎌はジャングルジムや滑り台を豆腐のように切り裂いていった。その鎌の脅威に、影森さんもかわすのが精一杯である。
「どんなに努力しても!何かを勝ち取っても!世間が向けて来たのは称賛ではなく下劣な要求ばかりだった!」
「それで絶望して人間の姿を捨てたと?」
「〈我々〉は汚れた私を受け入れてくれた!彼等の理想こそが私にとって夢の世界よ!その為なら!」
両手から繰り出させる怒涛のクロスチョップ、いやクロス斬りが影森さんを襲う。寸前で影森さんはカッターナイフで防ぐ。
しかし渾身の一撃は、カッターの刃を叩き折った。
「新しい世界の礎になりなさい!」
隙ができた影森さんにトドメを刺そうと即座に右手を振り上げた。
彼女の持つカッターに刃が出ていない。反撃には間に合わ無い。
そう翠野先輩は思っていた。
しかし、影森さんの一手は既に準備万端であった事を僕は見逃さなかった。
鎌が振り下ろされる前に、影森さんの左手より光の線が放たれる。その光は翠野先輩の振り上げた右腕を貫いた。
そして右腕は振り下ろされる事なく、ボトリと地面に切り落とされた。
「わ……私の鎌があああ!」
腕が突如切り落とされた驚愕と激痛に先輩は叫ぶ。
「何をしたっ!?」
「あれさ」
「あれはさっき折ってやったカッターナイフ!?」
影森さんが指差す先に、カッターナイフの刃が地面に突き刺さっている。
翠野先輩の折ったナイフの刃を瞬時に拾い、手裏剣のように投げたのだ。
「ヨシト文具のカッターナイフは投げても良しなのさ」
「ふざけないでえええ!」
片腕になりながらも鎌を振り下ろすも、影森さんは後方に飛び回避すると共にカッターを振るい鋼の胸に真一文字の傷をつけた。
「ぐううっ!貴方は一体どこの所属なの!なぜ私達の邪魔をするの!?」
「所属?そんなものはありませんよ」
「じゃあ何故!?」
「目的はあります。貴方が彼の嫌がる事を、傷つける事をしたからです」
「っ……!」
先輩の動きが一瞬鈍る。
その隙に影森さんはカッターの刃を二段階まで出し、まるで居合い斬りをする侍のような構えを取った。
「彼を……光ちゃんを傷つける人は……誰であろうと!」
「まさか貴方も」
刹那。
そう言わざる負えない。
影森さんは一瞬で翠野先輩の背後にいた。その瞬間、カマキリ型の頭は宙に舞った。
「せ……先輩っ!」
「折角理解者ができたと思ったのに残念……私も貴方と……本当は……」
頭は徐々に人間であった頃の、翠野先輩の顔へともどっていた。
僕は衝動に駆られ彼女の下へ走った。
「ごめんなさい……私はいなくなっても我々は諦めないわ……気をつけて……ね」
間に合う前に、絶え絶えの言葉を残して先輩の顔は溶け消え去った。
「先輩……」
何で彼女が変わり果ててしまったのか、彼女をあんな姿にした<我々>という組織は何なのか。
そして、僕は何も出来なかった。
何ができるか分からないが、絶対彼女相手に出来ることはあったはずだ。
こんな結果にならなくて済んだはずだ。
後悔と悔しさ、罪悪感が心の中を支配し僕は再び膝をつき呆然とした。