32.伝説の包帯剣士
良い子は寝ているであろう21時。
僕は暗い街中を駆け出していた。
「結構遠くまできたかな……」
ジャージと反射剤をつけ、ランニングに勤しんでいる。
自分を縛る鎖、トラウマをすこしでも外せるように。
でも〈我々〉に追われるようになってからというもの少しずつ自分のブレーキが緩くなっているように思える。
不幸中の幸いってやつだ。
でもまだだ、少しでも〈我々〉に反抗ができるようになれば影森さんや流さんを危険な目に合わさなくてもすむ。
ランニングを自分の全速力を引き出せるように反復練習ではないが毎日繰り返している。
夜中に一人で〈我々〉に襲われたらどうする、と二人には言われそうだが僕だって男だ。怖がってたら何も進まない。
「夢中でここまできたけどまだ行けそうだ」
そこまで汗は出ていない。
でも休憩しないで走るのは……とりあえず近くの公園へ向かった。
「なんだこの感じ?それにこの音……」
不思議な勘が働いた。この真夜中の公園に誰かが複数いる。そして苛烈に動き回っている。
まるで争っているかのように。
銃撃の鉛や火薬の音と匂いは感じない。
でも確実に穏やかではない事が起きている。
僕は息を潜め物陰から公園を覗いた。そこにいるもの達に気付かれないように。
そこには見知った異形と初見の怪人がいた。
怪人と言っても改造人間ではない。
文字通りの怪人。
顔を包帯で覆われた袴姿の侍、性別不明の怪奇の人。
ひとまず僕は彼とよぶが、彼は顔無し10体と戦っていた。
カオナシは溶解銃とナイフを装備している。
そして侍は日本刀を振るっていた。
「……囲め」
「了解」
顔無しは彼を囲み一斉に攻撃を仕掛ける。5人が銃を撃ち、残りがナイフで切り込む。
攻撃のタイミングは抜群。常人なら溶けるか切り刻ざまれるのを避けられない。
だが彼はそうならない。
刀を振るうと溶解液は彼の体を避けるように四散した。斬激の風圧で液を吹き飛ばしたのだ。
そこからは早い。
迫り来る顔無しを、流れるように一刀両断していく。切られた顔無しは全て真っ二つ。かなりの力強さ。
「怯むな……撃て」
彼は銃撃を刀で払いのける。そして払った液を別のカオナシへかける。かけられたカオナシは悶絶。
敵の体制が崩れたと悟った彼は、すかさず止めの技をだした。
銃撃体に囲まれた中心で彼はぐるりと刀で舞った。その刃は彼らには届いていない。
いないはずだったが。
「ぐぐっ……」
「がっ……」
残りのカオナシの胴と下半身がずるりと落ちる。
刃は当たっていないはずなのに!?
あの舞のような回転切りは、斬激を飛ばした?
漫画でしか見たことない。
どちらにせよ彼は顔無し相手に勝利した。
思い出した!。
陸斗が話していた、隣町の新たな都市伝説《包帯剣士》。
真夜中に侍衣装と剣を身につけ、剣を振るう。間違いないあの人だ。
でも《我々》と争っている。
もし協力できるなら話しかけてみようか。そう考えたとき。
空から鋭い殺意を察した。
その殺意の方向は……彼だ!
「危ない!」
「 何やつ!?」
僕はとっさに彼に飛びかかった。間一髪、鋭い何かは彼には当たらず地面へ突き刺さった。
それは大きな円錐の針であった。
これを発射した者はすぐさま飛びさったようで気配は感じられない。
役目を果たせなかった針はグツグツに溶けた。証拠隠滅のためか。
「いてて……大丈夫ですか?」
「大丈夫だと? それは私が言う台詞だ。君こそ怪我を」
「かすり傷ですよ」
少し上腕にかすった程度だ。さわぐことじゃない。彼の声は包帯越しのせいか性別がわかりづらい。
「動かすな」
「え、はい」
彼は懐からハンカチと薬のようなものを取り出した。そして僕の傷口へ巻いてくれている。以外にいい人かな?。
「大袈裟ですよ……」
「馬鹿を言うな。どんな攻撃かわからないのに。何故見ていた。こんな現場を見れば逃げ出すか恐れ立ち尽くすものだが」
「ランニングの途中で見かけてしまって。でも僕も〈我々〉とはであった事がありますから」
何度も襲われているし、外国とはいえ国の機関にさえばれているのだから隠したってしょうがない。
彼がどんな身元だったとしても〈我々〉を相手にしているのであればいつか分かるだろうし。
「なに? 知っているのか」
「なぜか狙われるんです。王だとか言われて」
「そうか……君があの……」
やはりこの人も〈我々〉は勿論だが、彼らの王という存在も知っているのか。
この人なら何かを知っているのかもしれない!
「あなたは……いったい何者なんですか?」
「すまない、君も聞きたいことがあるだろう。でも私も無闇に口に出せない立場なんだ」
確実に僕らよりは何かを知っている。
しかし事情があるのだ。相手は強大だからだろう。簡単には情報はさらせない訳だ。
「わかりました。なら仕方がないです」
「断った手前だがそんなに簡単に引き下がっていいのか?」
「貴方にも事情があるなら無理強いなんてできません。それに狙われるのは変わらないんでしょ?いずれ詳しく分かるはずです」
「確かにそれは奴等がいる限り止めようがない。申し訳ない」
「謝らないで下さい」
彼の処置は丁寧だ。痛みが和らいでいく。
「……君は怖くないのか?」
「何がですか?」
「私をだ。包帯に巻かれ刀を振り回す者を見れば誰だって恐れるとおもうのだが君は少しも怯える様子もない」
「僕なんかのためにこんなに丁寧に手当てしてくれる人が怖いわけないです。それに……」
「どうした?」
「綺麗だった」
「ふぇっ!?」
彼は驚きの声をあげていた。落ち着いた口調だったのにどうしたのだろう?。
「き…き……綺麗っ……て?」
「貴方の剣です」
「へっ?……ベタな勘違いしちゃった……でも私の剣術が?」
ベタな勘違い?
なんのことだろう。でも自分の剣術が綺麗と言われるのも驚きの様子だ。
「すごく力強くて、凄い迫力でした。でもそれ以上に美しかったです。まるで舞のように」
「……」
彼は無言となった。まさか怒らせてしまったかな!?。
「ごめんなさい!馬鹿にしてるわけじゃ……」
「いや……そう言って貰える事がなくて。無骨な剣だと思ってたから。そうか……美しいか……ありがとう」
彼はそういって頭を下げた。事実を言ったまでだったけど本人が喜んでいるのなら安心した。
「できたよ」
痛みもすっかりなくなるほど丁寧な処置をしてもらった。見たことない薬だったけど凄い効き目だ。
「あまり長居しても危険だ。君もここから直ぐ立ち去るように」
「はい!ありがとうございました!」
「!!?」
僕は感激のあまり彼の手を両手で握った。
「〈我々〉を知っていて、しかも悪い人じゃなくて手当てまでしてくれるいい人で本当に良かったです!」
「え……! いや……!……直ぐいい人なんて信じるのも……いけない……! それに感謝するのは私だ! 君は命の恩人だ!」
彼はしどろもどろに返答する。さっきもだが照れ屋なのかな?。
「そんな大袈裟です。じゃあお気をつけて」
「うん……もし次会うことがあったら絶対に恩を返す」
そう言って彼女は颯爽と闇夜に消えていった。
まさか侍が《我々》と戦っているなんて思わなかった。しかも凄く強いなんて。
謎は増えたけど奴等から人を守る存在がいるのがわかった。それだけでも心強い。
ん?僕さっき包帯剣士をなんて言った?。