2.北野光太郎は能天気
「だ・か・ら。早く警察に相談しろよ」
「え〜大丈夫だよ」
前の席に座る親友、日野陸斗に助言を諭されている。
ハート型クッキーをつまみながら僕は頭を傾けた。
「って!食うなよ!どこの誰が作ったか分からん物を!」
「平気だよ。毒とかは入ってないんだし」
「毒が入ってないっていっても不気味だろ。毎日クッキー入れるなんてよ」
「でも弁当を忘れた時はお弁当入ってたりもしたよ」
「弁当まで……しかも忘れたタイミングで。てか食ったのか!?」
「クッキーもさることながら、お弁当も美味しかったよ。陸斗もどう?」
クッキーを陸斗にも勧めたけど、いらないと断られる。
陸斗は僕を心配してくれている。ありがたいなぁ。
でも疑うのは当然だけど、僕も食べる時は毎回臭いを嗅ぎ、凝視しすることで観察している。これまで変な物が入っている様子はない。それに絶品だからつい全部食べてしまう。
「きっと親切心からなんだよ。じゃなきゃ手のかかるクッキーなんて毎日作れないさ」
「お人好しというか鈍感というか……お前が事を荒立たせたく無いなら尊重するけどよ。最近は失踪事件も多いしそれに絡んでるかもしれない。なんかあったら何時でも知らせろよ」
「ボクシング部の天才エースにそう言ってもらえるなら心強いよ。その時はよろしくね」
「タイトル防衛よりも大変そうだけど、問答無用で助けてやるよ」
陸斗との雑談の最中、廊下から黄色い声援が近づいて来た。
「おっ、王子様行列のご到着だ」
「ああ……影森さんか。毎日凄い人気だよね」
学年問わず沢山の女子生徒が一人の生徒に群がっている。
羨望を一身に受けるのは、王子と皆が呼ぶ一人の人気少女。
彼女も僕の同級生だ。
「南様! おはようございます!」
「おはよう。いい朝にいい笑顔が見られて嬉しいよ」
「南様!朝練お疲れ様です!これ飲んで下さい!」
「ありがとう。君も頑張ったね、ゆっくり休むんだよ」
「南様!これ一生懸命作りました!受け取ってください!」
「あんた!私が先に並んでたのよ!」
「なによ!」
「コラコラ二人とも。皆の気持ちたっぷり受け止めてもお釣りがくるくらい時間に余裕はある。さあ、一人ずつ落ち着いて話してご覧」
「「はいっ!南様っ!」」
爽やかで男前な受け答えに女子たちは恍惚の表情を浮かべている。彼女の手には既にプレゼントがいっぱい抱えられている。待ち人数的にまだまだ増えるだろう。錘関西高校の毎朝の光景だ。
「すごいよね。女の子にモテモテなんて」
「無理もない。容姿端麗スタイル抜群才色兼備。それを鼻にかけない凛々しく爽やかな性格。バスケ部やテニス部の助っ人で地区大会優勝まで昇るほどの運動神経。女の子だってモテモテさ」
教室に入った後も影森さんを取り巻く女の子が増えていき、教室の入り口が狭まる。
「はぁ間に合った……うぉ!。」
そんな中、急いで入ってきたクラス男子が取り巻きの女の子の足に引っ掛かり転びそうになった。
「おおっと、危ない」
それを間一髪、影森さんが片腕で受け止めた。
「佐藤くんおはよう。ごめんね私のせいだ。野球部の名キャッチャーに怪我がなくってよかったよ」
彼女は爽やかに微笑む。チラリと見える白い歯が輝く。
「う……うん。ありがとう。」
「「「いいなぁ〜!」」」
坊主頭の佐藤くんが顔を赤らめうつむきかげんに返答を返す。それを羨む声が綺麗にハモった。
「あのイケメンぷりよ。言い寄る男もあんな対応されたら逆に骨抜きにされちまう。本物の王子様だよありゃ」
「陸斗もその中の一人だよね」
「お……おい!。てか、お前もチャレンジしてみろ!。お前だって顔は悪くない。頭や運動神経だっていい。帰宅部にしておくには勿体無い逸材だ。いけるかもよ?」
「いや……僕はいいよ?まだ恋愛とかは……」
「謙遜すんな。それに小中同じだったんだろ?」
確かに接点がなかったとは言わない。むしろ小学校の頃は毎日遊んでいた位は仲良しだった。あの時は今のような印象ではなかった。でも年々垢抜けて美しく賢く強くなっていく彼女を見て、ちょっと世界が違う手の届かない場所に行ってしまったようになって話さなくなってしまった。
流石に……釣り合わないよな……。
そう考えながら眺めていたら影森さんと目が合った。はにかみながら手を振ってくれた。可愛いな。挨拶するくらいの仲ならいい方だろう。