15.好意への返答
影森さんが僕の場所へ戻ってきた。
「光ちゃん!大丈夫!?」
戻ってきた瞬間、心配しながら僕へ抱きついてきた。
流石に3回目は動揺なんて……無理、凄くいいにおいで凄く柔らかい。脈が弾き飛びそうだ。
「大丈夫だよ。でも、そろそろ苦しいかな」
「あ!ごめんね!つい、光ちゃんのにおいを補充したくて……」
彼女も僕のにおいを嗅ぎたかったようだ……って補充?前にも嗅いでいるような言い方だ。
「心配するのは僕の方だよ!あんなに飛び回ってあんなに戦って怪我をしてないはずかないよ!痛いとこない?」
僕は影森さんの手を掴んだ。手だけだなく血が出てない全身か確認した。すこし土汚れがあるだけで無傷だ。よかった……。心のそこから安心。
「えへへ」
「どうしたの?影森さん」
彼女の顔が紅潮している。そして僕の顔を見つめる。その目は瞳孔が開いているようだった。興奮しているのは目に見えて分かる。
「光ちゃんから手を繋いでくれた……幸せぇ……離したくないよぉ……」
彼女は僕の手を握り返した。僕の指に絡み付くように。そして繋いだ手に彼女は頬釣りした。彼女の柔肌の温もりが僕の手に伝わる。
あの美少女、影森南さんが僕にこんなにしてくるなんて。彼女をこんなに近づけた男の人はいただろうか。
そして、今の彼女は僕しか知らない姿。
僕はそれを独占している。
そう思うと心臓が今にも張り裂けようと鼓動を速くする。
「影森さん……」
僕と彼女と見つめ合う。
「光ちゃん……優しい私の光ちゃん……。私はあの時から好き……だから好きな貴方をこれからも守るわ……だから」
「――ごめん」
僕は彼女の言葉を遮り手を離した。
「僕にその続きを聞く資格は無い」
彼女の言葉の先。それはきっと僕に対しての彼女の告白。思い上がりかも知れないが、彼女の様子を見れば分かる。
男としてこれほど嬉しいことは無い。でも僕はそれを受ける資格は無い。
「君の人生を変えたというあの日。僕はそれをどうしても思い出せないんだ。君が二度も僕を守ろうと命を掛けてくれたというのにその大事な切欠を忘れている。そんな薄情な人間を守る必要なんてない。それに……まだ僕は」
僕は思い出そうとした。彼女との出来事を。だけど彼女を救ったことを、僕は一切思い出せない。
なのに僕は彼女の影に隠れ守られた。あまつさえ、彼女を独占できるなんて邪悪な考えさえ持ってしまった。そんな僕は彼女に好かれる資格はない。
それに、僕はあの人に捕らわれている。
黒曜色の長髪をなびかせた涼しげで美しい姿、心を通じ合わせ安らぐほどに幸せな一時がまだ忘れられない。
翠野先輩。
僕を狙い近づいた事や人を殺したことを擁護するわけじゃ無い。でも彼女の最後の言葉、僕と過ごした時間だけはやっぱり嘘じゃ無い。
だから、僕はあの人への想いは捨てられていない。
「光ちゃん」
そうだよ影森さん。失望してくれ。非難してくれ。そして忘れてくれ僕を。
それで君は傷つかなくて済むんだ。
「えい」
「うわっ!冷た!」
突然影森さんはバックから水を取りだし、僕へかけてきた。制服のワイシャツがびしょ濡れだ。
「怒った」
「お……怒ってはないよ。びっくりはしたけど」
いきなり脈絡もなく水をかけられたんだ。怒りより困惑が勝っている。
「やっぱり光ちゃんは優しいね。だから覚えてないのよ」
「え?」
「光ちゃんは損得感情無しで人へ手を差しのべられる人よ。私を助けたことだって日常茶飯事のはずだよ。言っても思い出せないと思う」
困った人は何がなんでも手を差しのべろと教わってきた。それを守って生きてきた。でもそれにしたって。
「でも、私はそれでいいの。あなたには日常でも私にとっては大事な瞬間には変わらない。そして貴方を大好きになった。これからも変わらないよ」
「でも今の僕は……君になんて返せばいいか!」
「私は答えてもらわなくってもいいの。好きで好きで大好きな貴方が、笑顔でさえいてくれたらそれで」
彼女はくるりと反対へ向く。そして、大きく光る満月を見上げた。
「月が綺麗ですね」
「夏目漱石?」
「正解。貴方に言ってみたかったの。今はこれで満足」
僕は死んでもいいと返すことができない。
そんな僕を彼女は守ってくれた。自分で死のうとしたり、大事なことを忘れる僕を。そんな僕と分かった上で。
覚悟を持った彼女を自分から引き離す資格さえ僕にはない。
「僕はまだわからないよ。彼らが僕を狙うのも、君が僕を気にしてくれるのも。僕はそんなに大それた人間じゃない。戦うことが怖くて手が出ない臆病者だ……でも」
「でも?」
「でも、あんな人達に利用されたくないし、君とのあの時を思い出したい。向き合うよ、自分にも君にも〈我々〉にも。諦めたら解決しないしね」
影森さんは再び僕の方に向き合い、晴れやかで可愛らしい笑みを見せた。
「うん!ポジティブな光ちゃんが大好きだよ!」
そうだ、ネガティブなのは性に合わない。もっと強くなるんだ。
「じゃあそろそろいくね……また学校で」
「うん、バイバイ」
名残惜しそうに、彼女は町へ歩みだす。彼女の美しくも力を感じる背中へ、後悔を捨て前へ進むことを再び誓った。
「フフッ、今回の発信器もなかなかいい反応……もうちょっと改良すれぱ光ちゃんに直ぐ会えるかも……フフフ」
影森さんが呟いた内容を僕は聞き逃さなかった。
「え? 影森さん発信器って何!? それに今回のって?どこかに着けてたの? 」
「あ……お母様によろしく!」
悠々と歩いていた影森さんは、逃げるように飛び去って行った。
まさかその発信器で僕の場所を探知していた……辻褄があうな……それに今回のって前にもどこかに……。
夜21時。
全身を調べたが結局発信器なんて着いてなかった。影森さんの発言は気になるが、とりあえずそのまま帰った。
遅くなったな〜母さんにはなんて言い訳しよう。母さんにご飯の準備約束してたのに。
家の玄関を開け、おそるおそるリビングへ入る。
「光太郎〜何処へいってたの? 折角のお料理を作っておいてお出かけなんて」
食席に座る母さんの前へ広がっていたのは豊かな料理の数々だった。
コンソメスープにポークソテーに魚のムニエル、彩り豊かなサラダ。どの料理も湯気が立っている。
「え……母さんが作ったんじゃないの?」
「そんなわけないじゃない〜。というか、びしょ濡れじゃな〜い。お風呂入って来なさい。もう沸いてたわ。用意が良い子ね〜」
いつものようにおっとりとした口調で話す。母さんもさっき帰ってきたはずなのにお風呂まで。奇妙だ。でも寒いし早く入ろ……。
お風呂から上がり、誰かが作った料理を食べた。僕の好みの味付けでとても絶品だった。
でも、この味は何処かで………。
夜23時
今日は1日壮絶だった。空高く拉致されるなんて初めての経験だ。改めて思い出すと背筋が再び寒々しくなる。はやくベットに入って休む事にしよう。
ベットに入った瞬間、暖かく良い香りに包まれた。これなら良い睡眠がとれそう。本当に暖かい、今日1日はこの香りと温もりに助けられたんだ……。
ん?この香り?。それにこの暖かさは布団だけじゃない……まさか。
「影森さん……!?」
ベットから跳ね起き僕は辺りを見回す。これは影森さんのにおい!。
それに人肌の温もり……まさかベットに影森さんが……?。
謎の夕食にお風呂。もしかして、影森さんが家の中にまで侵入して……。
ごめん、ちょっと怖いかも。
でも、よく眠れそうなのでそのまま眠った。
次の日、ネクタイの裏に何かが着けられていた跡に気付いたのはまた別のお話。