10.赤い雨
今年のはじめの頃から、錘関市を中心に失踪事件が起きている。
学生から社会人まで30人近くの人たちが行方が分からない。
最初の頃は家出や旅行かと思われていたが、各地で同時多発的に人が突然消えたため失踪事件として騒がれている。
組織的な誘拐だと噂されているが真相は未だ判明していない。大事件のはずだが報道も少ないため市民の不安や不満は積もるばかりであるのが現状だ。
でも昨日の件を経て僕は察している。これも〈我々〉の仕業に違いない。おそらく彼女が言った警告の件もだ。
何が目的なのか。僕を誘拐し改造しようとしたように素体を探しているのかもしれない。もしかしたら翠野先輩もその経緯で〈我々〉に加入したのかもしれない。
仮説を立てたところで確かめる手段はない。でも僕は動かないわけにはいかない。
放課後、僕はとあるマンションに来た。
「私も驚いていますよ。まさか事前連絡もなしで一晩で部屋を引き払うとは。手続き書類等は完璧に届けられているから文句はないんだけど、あの礼儀正しい子が挨拶もなしで引っ越しとは正直信じられなくてね……」
そう語るのは翠野先輩が住んでいたマンションの大家さんだ。僕が翠野先輩の後輩だというと話を聞かせてくれただけではなく部屋まにまで入れてくれたのだ。
大家さんの言うように彼女の借りていた部屋はすでにもぬけの空だ。家具どころかホコリまで一切ない。
彼女の痕跡はもはや残されいないんだと改めて思い知らされた。
「すみません。いきなり来て部屋の中まで見せてもらうなんて」
「静香さんの後輩君の頼みなら。君でしょ、彼女が部活に勧誘していたっていう子は」
「先輩が僕のことを?」
「ええ。すごく才能のある子がいて一緒にセッションしてみたいって。最近では好きな飲み物とか音楽をを教えてもらったって、君と仲良くなれたことを無邪気に教えてくれたんだよ。なのに……家庭の事情かなんか知らないけど急にお別れは悲しいわね」
『管弦楽部に入って欲しいかったことや一緒に演奏したかったことや……全てが嘘じゃ無いって事だけは信じて』
「静香さん……!」
初めて先輩の下の名前を呟いた。
本人の前では馴れ馴れしいかなって遠慮して呼べなかった。でも本当は呼びたかった。
確かに彼女は〈我々〉の怪人として僕を狙った。でも僕の見た翠野静香という普通の女子高生の姿も嘘じゃないんだ。こうなってしまうと分かっていたなら僕も貴方に本当の気持ちをいっぱい話しておけば良かった。
いや、こうなる前に僕は彼女に何かできたんじゃないか。
彼女を悪の道に進ませず、今日もお昼を一緒に食べていたかも知れない。
僕はどうすれば良かったんだ。マンションを出てからも僕はそればかりを考えて歩いている。
気がついたら空は薄暗くなっている。だが周囲はこれからが本番であると言ったところだ。
「おまたせ~何処行くよ!」
「私焼き鳥食べたい」
仕事終わりの社会人が一日の疲れを晴らそうと居酒屋へ入っていく。夜の町、繁華街は今日も賑わっている。
マンションから僕の家までの道に錘関市一番の繁華街がある。ここは影森さんが警告した場所だ。
空から血の雨が降るか……まるでホラー映画みたいだ。気持ちよく歩いていたところに空から真っ赤な雨が降ってくるのを考えるとまさに天国から地獄。
だけど〈我々〉の仕業だとして、これに関しては何が目的なのかさっぱり分からないな。さすがに、毎日発生しているわけではなさそうだから大丈夫だと思う。いや思いたいかな。
「ねぇ〜次どこ行く?」
「え〜帰りてぇよ。家で飲もうよ」
早くもへべれけな女性と彼女に振り回される男性が遠巻きに見える。繁華街なら珍しくない光景。
だが僕はなぜか彼らから目が話せなかった。
理由は思いつかないが何だろう、見逃してはいけない気がする。
「何いってるのよ!夜はこれからよ!」
「寒いしさどこの飲み屋どこも混んでるし。ほら雨も降ってきてんじゃん」
「え?雨なんて降ってないわ。適当いってんじゃないよ!」
確かに空は快晴だ。雲一つない。
でも彼の言うことが本当だ。
とはいえ僕の鼻腔にかすかに感じる匂いは雨の特有のものではなかった。そして彼の頭に落ちた一滴は明らかにおかしな色をしていた。
いやな匂い、そして圧をかんじる。これは、遙か上空から迫る本降りの先兵だ。
「でも雨変だな。空から垂れ流れてる感じ……」
ペチャ!
「うわ!頭に何か落ちてきたしなんだよこれ?」
「血……血よ!血の雨よ!」
突如、二人の真上だけに血の雨が降り注いだ。
真っ赤な液体が土砂降りのように。この鉄の匂いは間違いなく本物の血液だ。
いや……血の雨なんて優しいものではない。
「グニャグニャする!目玉もだぁぁ!!」
血液だけではなく何かの動物の肉片や内蔵、目玉まで混じっていた。やはり、これらは全て雲のない上空から降り注いでいる。
突然血まみれになった二人はパニックを起こしている。その騒ぎを聞いた野次馬たちが集まってくるがあまりの光景に誰もが面くらい、卒倒する人もいた。
「道を空けてください警察です!大丈夫ですか!?」
交番のおまわりさんが駆けつけ二人を介抱するときには血の雨はやんでいた。
だが現場は二人を中心に肉片の混じった血だまりができていた。
「おお!なんだ喧嘩の後か?」
「げぇ~えぐぅ。鳥肌たつわ」
僕の後ろに6人ほどのサラリーマンが怖いもの見たさに集まってきた。
これは……〈我々〉の仕業なのか?
こんなに人の集まるような事をして一体何が目的なんだ。
「どうなってるんだこれは?」
「部長。こりゃひどいですよ」
僕のすぐ後ろにいるサラリーマンたちの上司もやって来た。
凄惨な現場だというのに人はどんどん増えていく。こんなに人混みが多ければ、〈我々〉の構成員も紛れ込んでいるのでは?。
だが怪しいと思える人はいない。
もしかしたら、先輩のように普通の格好をして身を隠しているのかも知れない。そして、僕に接触しようとしたりとか。それこそ、後ろのサラリーマンのような……。
「こうなってたのか~こりゃひどいな。そこの君、見ちゃって大丈夫かい」
部長と呼ばれていた男性が僕を気遣うような声をかけてきた。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「それは良かった。ショックを受けていたらどうしようかと思っていたよ」
いい人だ。僕は何でこの人を疑ってしまったのだろう。罪悪感で恥ずかしくなってきた。
優しき男性は一歩僕に近づき、こう言った。
「お迎えに参りました。王」
彼の言葉を聞き、僕は全身の毛穴が開き冷や汗をかいた。そして鋭すぎる自分の直感を呪った。