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恋のスーパーボール3



***



壱哉(いちや)にとって瑞季(みずき)とのお祭りデートは、最高のひとときだった。

例え金魚が一匹も掬えなくても、射的の的に弾が一発も当たらなくても、瑞季が楽しそうならそれで十分だ。

因みに、瑞季は金魚を十匹以上掬い上げ、射的では全弾命中させている。金魚は連れて帰れないので返したが、射的で得た景品は、側で目を輝かせた子供にあげていた。何にせよ、ギャラリーを大いに沸かせたのは間違いなく、壱哉には子供達から「気にするなよ!」とエールを送られたが、それでも瑞季が楽しんでいるなら、壱哉はそれで良いのだ。



「先生、何か食べます?」

「俺、あれが良いな」


そう言って瑞季が指差したのは、わたあめだった。可愛いチョイスにきゅんとしていると、瑞季は照れくさそうに、そして、少し寂しそうに微笑んだ。


「…あいつが好きだったんだ、これ」

「あいつ?」

「あ、ねぇ、ラムネ飲まない?それから、焼きそば、イカ焼きも美味しいよね!」


お腹すいてきちゃうなと笑って、瑞季は壱哉の袖を引く。取り繕うような笑顔を見ていたら、あいつって誰、とは、とても聞けなかった。

その時、不意に瑞季の取り巻く空気が変わった気がした。


出店の灯りが、賑やかな人々の笑い声が一瞬遠退いて、何者かの舌なめずりが聞こえてくる。それは、寂しげに顔を伏せた瑞季の首元から発せられたようだった。


壱哉は焦り、周囲に目を走らせた。

お祭り特有の賑わいに紛れ、活気のある明るいこの場所も、暗闇に誰かを誘い込む手段のように思えてくる。堪らず壱哉が瑞季の手を握ると、瑞季は驚いた様子で振り返った。

その瞳は、壱哉が恋した瑞季のままだ。何も変わらない彼の姿に、壱哉はほっとして頬を緩めた。


「人も多いし、この方がはぐれませんから」

「…そっか、そうだね」


瑞季は赤くなった頬を隠すように伏せたが、壱哉はそれには気づかなかった。それよりも、瑞季から発せられた妙な気配の方が気がかりだ、その奇妙な存在を、壱哉はよく知っている。


不安に鼓動が走り、瑞季が暗闇に消えてしまわないように、壱哉は強くその手を握りしめた。




***




神社内に流れる盆踊りの音楽を聞きながら、参道から外れ、歩道脇の石段に腰掛けながら、壱哉と瑞希は、買い込んだものを一緒に摘まんでいた。わたあめにイカ焼き、焼きそばに大判焼きと、大忙しだ。

悔し紛れに挑んだスーパーボール掬いでは、壱哉は初めて景品をゲット出来た。二人の手元には、懐かしのスーパーボールが一つずつ、キラキラ輝いている。瑞季は青色で、壱哉は黄色だ。


祭りの夜はまだまだこれから。楽しげな明かりや音楽、その賑わいに引き寄せられるように、あちらこちらから人が集まってくる。その様子をぼんやり眺めていると、ラムネから口を外した瑞季が、そっと呟いた。


「…久しぶりだな、お祭り」


夜風が瑞季の髪を掬い、気持ち良さそうに目を細める姿が色っぽい。胸を高鳴らせた壱哉は、慌てた様子でラムネを煽った。


「あ、あんまり、来ないんですか?こういうとこ」

「…三年前までは、よく来てたよ。俺、事故で恋人亡くしてね、それ以来こういう楽しい雰囲気がなんか怖くて。思い出しちゃって、辛くて来れなかったんだ」


一体、そこに何を見つめているんだろう、瑞季は暗がりの中、人々の流れる様子をぼんやり目に映して、まるで誰かを探しているようだった。

壱哉が思わずその手に触れると、瑞季は取り繕い苦笑った。


「ごめんね、こんな話するつもりはなかったんだけど」

「良いんです、俺、先生の事なら何だって知りたいし聞きたいです」


熱のこもった言葉に、瑞季も壱哉を見上げた。その瞳は、少し驚いているようで、壱哉の気持ちを図りかねてか、うろうろと瞳を揺らしている。

その瞳の行方を自分に向けてほしくて、壱哉は触れた手をそっと握った。その触れた指先から思いが溢れてくる、瑞季の揺れる瞳が艶やかに煌めき、壱哉はもう気持ちが抑えられなかった。


「俺は、先生の事が好きだから」

「え?」

「瑞季さんの事、好きです。俺じゃ駄目ですか」


真っ直ぐにぶつかる瞳に、きゅっと握られたその手の熱さに、瑞季は途端に頬を赤らめたが、うろうろと彷徨う視線は、次第に力なく俯いてしまった。


「だ、駄目だよ、俺じゃ。俺には勿体ない」


その躊躇いの裏に、瑞季は何を見て、どんな気持ちを隠しているのか。それでも、壱哉は引き下がれなかった、そんな揺れる言葉では、頼るように握り返された手を誤魔化せたりは出来ない。

壱哉はその瑞季の手を引き寄せ、伏せる顔をそっと覗き込んだ。


「俺は、瑞季さんが良い、瑞季さんが好きなんです、側に居させてくれませんか」

「…壱哉君、」


顔を上げた先、瑞季の艶やかな瞳に壱哉が映る。遠い彼方の誰かではなく、瑞季は壱哉だけをその瞳に閉じ込める。言葉よりも確かな思いが壱哉の胸を震わせ、引き寄せ合うように唇が重なった。しっとり触れ合う唇を離すと、瑞季は、ふふ、と照れくさそうに笑った。


「…ラムネの味がする」


眉を下げて微笑む様が愛しくて、壱哉が堪らずその体を抱きしめれば、瑞季はどこかほっとした様子で、壱哉の背に腕を回した。


「…君は凄いな、俺の世界は、どんどん君の手で塗り替えられていくみたいだ」

「それって、良い話…ですか?」

「勿論だよ。壱哉君と会えて良かったって話。君とこうしてるなんて…、こんな幸せで良いのかな」

「当たり前じゃないですか」


すり寄るその頭をそっと撫でる。瑞季は泣いているようで、壱哉は強くその体を抱きしめた。


「大丈夫、俺が幸せにします」




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