閑話 東条英機 或る催し物
東条大佐は木曜会の面々とある場所へと出かけます。
1929年9月 東条英機
「これは大変なことになったぞ…」
小生は驚きを隠すかのように無意識に手で口を覆い、こう呟いた。
それは一週間ほど前の事だった。
我が悪友である石原に面白い物を見に行かないかと誘われたのだ。
石原とは木曜会で知り合い、以降親しくさせてもらっている人物なのだが、木曜会で同じく親しくしている者らも一緒に行くそうだ。
手帳を開き予定を見たところ、都合が付きそうだったので、小生も行くことにした。
待ち合わせの場所で皆と落ち合うと、目的の場所へと自動車で向かった。
目的地とは演習場で、どうも何かが行われるのか、乗り付けられた車が何台も停まっており、警備の下士官に入場許可を見せると我々も車を停め、中へと入っていった。
中には観覧席が用意されて居て我々もその一角に座る事にした。
「これは如何なる催し物なのか?」
小生は気になって石原に聞いてみた。すると石原はニンマリと笑う。
「もうすぐ始まるから、まあ見てみようじゃないか」
石原がそういうので、小生は仕方なく演習場の方を見たが、なにやら色々な障害物が用意されて居たり、水田を模した様な泥濘地が作られて居たり。
これは障害物競走か何かが行われるのであろうか?
そんな事を考えていたら、進行役の将校が出て来てアナウンスをした。
『これより新型兵器の展示を行います』
すると奥からエンジン音を響かせながら、見た事もない様な形をした車両が登場した。
途端、観覧席から「おおっ」というどよめきが上がる。
あれは、戦車だ。
先の欧州大戦を実際に見た訳では無い小生でも、そのくらい知って居る。欧州から輸入した戦車を見た事があるからな。
だが、あれはなんだ…。
少し前に、我が国が初めて開発に成功したという試製一号戦車。
あれとはまるで異なる…。
『この戦車は、陸軍技術本部が開発した試製三号戦車です。
では、展示を始めます』
将校が戦車に向けて手を上げると、戦車が動き出した。
ゴウとエンジン音を唸らせて、どんどんと速度を上げていく。
なんだあの戦車は、不整地でトラック並みの速度が出るだと?
全速で観覧席の前を通り過ぎると、次は障害物に向かった。
坂を難なく上り切り、凸凹とした障害を楽に乗り越え、更には塹壕を苦も無くわたってしまうと、泥濘地へと向かった。
泥濘地はいかな無限軌道を装備した戦車と言えど、足を取られ行動不能に陥る可能性もあるのではないか。
そんな危惧をよそに試製三号戦車は、試製一号戦車とは比較にならない程幅のある履帯で泥濘地をものともせず、がっちりとらえて危なげなく渡り切った。
機動性、踏破性共に素晴らしい。
そして、奥に用意された標的の方へと向かう。
見た所、この戦車の主砲は随分と大きい砲を積んでいるように見えるが、あれは75ミリ野砲位あるのではないか。
案内役の将校のアナウンスがある。
『次は試製三号戦車の火力展示を行います』
標的には普通の同心円の的の他、土嚢を積んで歩兵陣地を模した陣地、そして金属の板などが並んでいた。
所定の位置に就いた戦車が発砲すると、それらすべてを簡単に破壊した。あの火力はやはり75ミリクラスの火砲で間違いない。
戦車は火力展示を行うと、今度はゆっくりと観覧席の前を通り過ぎ、元来た方へと戻っていった。
『次にあの戦車に使用された装甲板の展示を行いますので移動をお願い致します』
案内の将校に誘導されて、演習場の一角に用意された射撃訓練所の様な場所へと案内された。
我々は安全の為に積まれた土嚢の中に入る。
500メートル程奥には先ほどの戦車の装甲板の様に傾斜して置かれた鉄板、そして我々の前には確かドイツから購入した対戦車砲が置かれて居た。
『あそこに設置した鋼板は、試製三号戦車の前面装甲と同じ物で同じ傾斜角度で置かれています。
こちらに用意した対戦車砲はドイツ製の37ミリ対戦車砲。
今各国で主力として盛んに導入を検討されている対戦車砲になります』
説明が終わると、案内将校が対戦車砲を操作する隊の隊長に、射撃を始めるよう命令する。
兵士達は対戦車砲を操作すると直ちに発射する。
見事に装甲板に命中するが、砲弾を弾いた様だ。
『では、距離を詰めていきます。現在の距離は500メートル。
描かれた白線は100メートル単位で引かれております』
兵士達が数名がかりで対戦車砲を次の400メートルの白線まで動かすと、再び砲弾を装填して発射する。
これを一番奥の白線、つまり装甲板から100メートルの距離まで繰り返す。
射撃した砲弾は全て命中したが、全て弾いた。
100メートルの近距離ですら弾いたのだ。
『これで本日の展示を終了いたします。
ご参加ありがとうございました』
これで、今日の催し物は終了らしい。
小生は興奮冷めやらぬ気持ちを静めながら、車への道すがら今見た物の事を考えた。
そして、結論が出た。
「これは大変なことになったぞ…」
小生は驚きを隠すかのように無意識に手で口を覆い、こう呟いた。
帰りの車の中で木曜会の面々が今日見た事を興奮気味に語り合う。
「あれを我が軍が装備するというのか」
「吾輩が知るどの国の戦車も、あの戦車には敵うまいよ」
「我が国からあのような戦車を開発する人材が出るとは。
これぞ僥倖」
「我らの目指す大陸での戦いの為の様な戦車だ」
「おうよ、これこそ神仏が我が国に遣わした天祐」
「そうだ!」
「そうだ!」
「やれるっ!やれるぞっ!」
「「「おう!」」」
「…」
(これは大変なことになった…)
小生は自宅へと戻ると、直ぐに永田大佐に連絡を取り、会う約束をした。
今日の出来事を出来るだけ早く伝えなければ…。
これは大変なことになる。
木曜会の面々はすっかりやる気です。