我が軍の新型戦闘機、そしてアメリカ軍の新型戦車
一式戦闘機が初飛行に成功、そしてアメリカ軍が満州に新型戦車投入です。
1938年12月下旬
今月の上旬頃、中島飛行機が陸軍向けに開発している戦闘機のキ43が無事初飛行を成功させたと聞いた。
キ43は九七戦の後継機となる事を期待されている戦闘機で、先日話を聞いた川崎の戦闘機が爆撃機などの迎撃を行う迎撃戦闘機と呼ぶならば、この中島の新型戦闘機は敵戦闘機を制圧し制空権を確保する、制空戦闘機と呼ぶべきだろうか。
アメリカのプラットアンドホイットニーと中島飛行機の合弁会社で開発された14気筒1200馬力エンジンを搭載し、プロペラは米ハミルトン・スタンダード可変ピッチ3翅。十二・七粍固定機関銃を二基機首に搭載している。引き込み脚を採用し、最高速度は550km/hを超える優速ぶりだという話だ。
十二・七粍固定機関銃とは今や我が軍でも広く使われているベルギーのFM製の十三粍重機関銃の航空機関銃版であり、これはアメリカ軍も使って居るM2重機とほぼ同様の物だ。
FN社曰くFN社製の物は独自の改良を施しており、アメリカ軍が使用するM2重機より性能が上らしいが、実際の所はそう大差ないと思われる。
アメリカ海軍が去年採用したF2A艦上戦闘機がキ43に搭載されたハ25の元になったプラットアンドホイットニー社のエンジンを装備し同じく機首にM2重機の航空機関銃版を装備しているらしい。
設計思想の違いもあるだろうし、俺は航空機に関しては門外漢で良くはわからないが、キ43は米海軍の最新鋭機であるF2Aと同等の性能を有するのであろうか。
そういえば、満州国でテスト中の新型戦闘機であるFK58も同じエンジン、同じM2重機を搭載しているという話だが、現在運用しているホーク75戦闘機の供給元であるアメリカのカーチスが後継機を満州国に売り込んでいるらしい。これも同じエンジンに同じ航空機関銃だという話だ。
こぞってプラットアンドホイットニーの14気筒エンジンを採用しているが、これだけ採用されているという事は、さぞ性能が良いのだろう。
だが、合弁会社とはいえアメリカ資本も入った企業だ、優れた技術やノウハウを習得出来、更には開発コストも安く上がるというメリットは大きいとしても、性能と生産数がアメリカに筒抜けなのではないかと思うのだ。
アメリカと戦争する予定は今の政府には無い様だが、大丈夫なのだろうか…。
その点、我が軍の戦車は引き合いはあるのだが、未だどこにも輸出しておらず、戦場で失われて第三国に渡ったという事も無く、エンジンから車体まで我が軍の独自開発であるから、恐らく演習や実戦記録からの推定性能しか掴まれて居ないだろう。
ハ号戦車がどうもオランダ軍からも引き合いが来ているらしく、既に開発して年月が経っており広く使用されている軽戦車だから輸出しても良いのではないかという話が上から伝わって来てるいるからそのうち輸出される可能性がある。
12月25日 帝都某料亭
永田と再び付き合いが出来てから恒例化しているが、今年もいつもの料亭で永田と食事をする事になった。
勿論、ただ会って飯を食うという訳では無いのだが…。
いつもの様にまずは世間話をしながら飯を食う。
この料亭は永田がたまにごく親しい人と会う時に利用する店らしいが、中々料理の上手い良い店だと思う。店の女将は良く弁えているし静かに話をするのにはいい店だ。
俺が1883年の4月25日生まれ、永田が1884年の1月14年の生まれの同期であり、俺は一足早く55歳となったが早いものだ。
子供の話などもするのだが、永田の所は前妻に兄妹の二人、後妻にこれまた兄妹の二人の合計四人であり、俺の所が実質妻とは娘一人である事を考えれば随分と子供に恵まれていて羨ましい限りだ。
永田とは同期という事もあるが、俺が結婚が遅かった事もあり、後妻の子である次男と次女がうちの長男と長女に歳が近かった。
そのうち家族ぐるみの付き合いが出来ると良いなと話が出た。前世ではそういった経験も無かったからな…。
食事も一段落したところでまた酒をチビチビとやりながら仕事がらみの話が始まる。
「アメリカ軍が満州に新型戦車を持ち込んだらしいが、聞いているか?」
「いや、初耳だな。俺の立場だとそこ迄すぐに情報は入ってこない」
「そうなのか。
ならば貴様に関係しそうな情報は早めに届く様に手を回しておいてやる」
「すまんな」
「良いって事よ」
「それで、アメリカ軍の新型戦車というのは具体的な事はわかっているのか?」
「ああ、これがそうだ」
そういうと、鞄から閉じられた紙束の一つを取り出すと渡してくる。
早速と目を通すと…。
「随分と角ばった戦車だな…」
鋼板を溶接された車体に装甲がボルト止めされ、避弾経始も考慮されているのか前面装甲も含めて傾斜角で構成されている。
主砲は恐らく37mmクラスで同軸機銃をもつ回転砲塔を持ち、対空機銃が取り付けられている。しかし、砲塔が小型の為か砲塔の側面に機銃が取り付けられており、これは対空射撃を意図した機銃なのか剥き出しでただ取り付けられているという感じに見える。
この外付けの機銃はどのように使用するのか、添付されている写真からでははっきりわからない。随伴する歩兵が操作する為の機銃なのか、或いは搭乗員が乗り出して使うのか、或いはその両方なのかもしれぬな。
そして、車体に先の欧州大戦の菱形戦車に見られたような左右に張り出したスポンソンに機関銃座がそれぞれ前面、後面と4つも取り付けられており、勇ましくも見えるが古めかしくも見えるな。
開発中の新型戦車の様に、操縦手は正面の真ん中に搭乗する様で、外を見る為の窓だと思われるハッチはあるが操縦手が通れる大きさのハッチが見当たらない所を見ると、専用の搭乗ハッチは無く、恐らく車体の両側面に見える大型のハッチから搭乗するのだろう。
搭乗員はそれぞれの機銃座に一人ずつとすると、主砲塔に戦車長と砲手が搭乗するならば七人、しかしそれではこの戦車の砲塔の大きさでは少々窮屈そうに見える。
砲塔が一人用ならば六名という事になるが、それでも俺の感覚では随分と搭乗人数が多い印象だ。
添付資料によると前面装甲は恐らく50mm程度と推測値が書かれあり、それであればまずまずの防御力を持ち、ソ連の45mm戦車砲ならば十分な防御が可能であると思われるから、T26軽戦車相手なら十分互角以上に戦えるだろう。
ソ連のT26はフランスの47mm戦車砲になすすべもなく撃破された事を考えれば、恐らく既に防御力の向上に取り掛かっている筈だ。ソ連という国はその辺りは徹底しているからな。悪くすれば開発担当者が粛清される羽目になる。
そして、同じ車体を使ったのだろう自走砲の写真も添付されていた。
我が軍の突撃砲にも似た車両であり、拡張した車体の左側に恐らく75mm級の榴弾砲が搭載されており、操縦席は右側に移動されている。
同じく右側に移動された位置に小型の回転砲塔があり、それには機関銃とステレオ式測距機らしい出っ張りが左右についている。
右側の機銃座があったスポンソンはそのまま残っている。
アメリカ軍の新型戦車に装備されている機関銃は全てブローニングの7.62mm機関銃で統一されており、我が軍の戦車が対空用に装備している様な12.7mm機関銃は搭載されて居ない様だ。
12.7mm機関銃はアメリカ軍がこれまで装備していた装甲車や軽戦車には装備されていたのが…。
俺は書類から目を離すと、永田に戻した。
「ふむ、ソ連の戦車と十分に戦える性能だとは思われるが、フランスの戦車と比較しても話に聞くイギリスの新型重戦車と比較しても少々物足りないな」
「やはりそうか。
我が軍の装備する戦車と比較してどうだ」
「ハ号軽戦車を撃破するにも苦労するだろう」
「やはりな…。
実は確実な話では無いのだが、アメリカは既に新しい戦車の開発に取り掛かっているらしくて、その戦車は75mm級の戦車砲を搭載する戦車を目指しているという話だ。
このM2戦車にも突撃砲の様な75mm砲装備車があるが、ソ連の多砲塔重戦車に75mm級の主砲が装備されていた様に、貴様が言うように今後は75mm砲が戦車の主砲として主流になるのだろう。
貴様のお陰で我が軍は一足先に75mm砲を装備している戦車を既に実戦配備しているから他国の戦車に遅れを取る事はあるまいよ」
「当然だ。
そして、他国が75mm砲を当たり前に搭載しだす頃には、我が軍は更に上の砲を戦車に装備している」
「ははは。我が軍の戦車部隊は随分と頼もしい事だ。
その自慢の戦車だが、どうにもいよいよ本格的に活躍する時が来たのかもしれん」
「そうか…。
いよいよか」
「西にドイツとそしてドイツと防共協定を結んでいる同盟国が存在する事を考えれば、ソ連は迂闊に動かない可能性が高いとは思うのだが…。
夏ごろにあった張鼓峰事件の後、ソ連は更に軍備増強を進めている様なのだ。
満州国軍がフランス軍と共にソ連に対して見事な勝利を収めたのが、案外良くなかったのかもしれぬ。
ドイツもまた軍備増強に励んでいる事を考えると、いずれ動き出す可能性が高い。
いずれドイツと対決したとして、それに満州国と我が国が加入している防共協定が後顧の憂いを断つために呼応して東側から攻め込まないという保証はどこにもないからな。
そう考えれば、ドイツが動き出す前に大軍でもって満州に侵攻し、防共協定の駐留軍を追い払い、一気に征服を目論んでも不思議ではない。
それに、複数の列強国が軍を駐留させているとはいえ今は旅団規模でしかない事はソ連も分かっている。これを増強される前にと考える可能性もあるだろう」
「たしかに、そうかもしれん」
「我が軍は満州国での駐屯軍を削減してきたが、満州国が我が国を含む防共協定加盟国に対して軍備増強著しいソ連に対抗する為、軍備の増強を要請する可能性が高い。
年明けから忙しくなりそうだ」
「自分も部下達に開発を急ぐようにハッパを掛けるとしよう」
「新型戦車か。
あれはまたすごい戦車を開発してくれたものだな。
実戦配備が楽しみだ」
「最後に良い仕事が残せたと思っている」
「最後だと?
ははは。
何を言っているんだ貴様。
言っただろう、そう簡単に抜けられると思うなと」
「そうは言っても、年齢的にそろそろ予備役だぞ?」
「貴様は来年三月の人事異動で久村中将の後任として技術本部部長に就任する事になるだろう。
まだまだ働いてもらわなくてはな。
貴様が三菱や帝大から声を掛けられているのは知っているが、もう少し待ってもらう様に俺が言っておいてやる。
貴様には俺が軍を退官する迄は付き合ってもらうつもりだから覚悟しとけ」
「ははは…」
なんとも困った奴に気に入られたものだ。
しかし、俺が技術本部部長とはな…。
こうして昭和十三年も忙しく一年が終わった。
1938年もこれで終わりです。
アメリカ軍の新型戦車であるM2は満州での戦闘データから史実より一足早くM2A1仕様になって居ます。
そして、史実では試作だけに終わった75mm砲装備タイプも自走榴弾砲として採用されて居ます。