A11歩兵戦車到着
英軍待望のA11マチルダ戦車が到着しました。
1937年8月10日 イギリス陸軍准将 パーシー・ホバート
「やっと来たか」
「はっ、漸くであります」
小官は準備が出来たと報告を受け、副官と共に届いたばかりの最新鋭の歩兵戦車を見に整備工場へと向かった。
この正式名称が「歩兵戦車Mk.I」と呼ばれるA11歩兵戦車は、私も開発に携わった期待の新型戦車であり、本国に居た頃には試作車両のテストに何度も立ち会ったものだ。
私が手掛けた戦車と、今度は使用者の立場として実戦の地で再会できるとはな。
喜びと期待のあまり小躍りしてしまいそうなほどワクワクが止まらん。
前回私が立ち会った際の試験では、我が軍のブリティッシュ弾を使用したビッカース機関銃での対弾試験を行ったが、何の問題も無かった。
これは当然の事で、この戦車は上下面こそ10mm厚の装甲板であるが、前面装甲は60mmもある。小銃弾程度ならものともせず、塹壕戦における歩兵の友として、歩兵に先んじて進むことを期待されて開発された戦車なのだ。
試作車両であるから試験の過程で色々と不具合が見つかり、特にビッカース重機関銃を搭載した砲塔の防盾形状に致命的な問題があった様で、連続射撃すると防盾の開口部にバリ状の物が形成されてしまい、開口部が詰まってしまうという事態が発生したのだ。
しかし、目の前にある届いたばかりのA11の先行量産型は、その辺りが改良された物であり、以前見た時とは砲塔や防盾の形状が明らかに異なっている。
一緒に届いた引き渡し書類によると、以前の試作車両で判明していた問題点はあらかた解決させたとの事で、搭載機関銃の連続射撃で開口部が詰まったり故障したりした問題は解決しており、また銃撃を受けた際に砲塔内に飛沫が入る事も殆どなくなったと書かれていた。
またこちらに送る前の最後の耐弾テストでは、我が軍の2ポンド砲を十分に防ぐ事が可能だったとの事で、これならドイツ製などの37mm対戦車砲で射撃されても問題無いであろう。
何しろ我が軍の2ポンド砲の貫通能力は、ドイツ製の37mm対戦車砲に勝っているからな。
書類から目を離して、改めてA11歩兵戦車の雄姿を眺めてみる。
「フハハ、中々頼もしいじゃないか」
「どこかの田舎国家の作った豆戦車とは格が違いますな」
「まさに。
これこそ大英帝国の魂を宿したかの様な面構え。格が違って当然だ。
実戦で使うのが待ちきれんな」
「同感であります。
本国からはソ連軍との直接戦闘は避ける様にとの指示が出ておりますが、しかしながら満州国内で向こうから攻撃してきたのであれば反撃しても問題無し、との事でありますし。
それに、しきりと満州国へ侵入を繰り返す外蒙赤軍とであれば、満州国領内であれば戦闘に何の制約もありません。
生意気にもソ連製の装甲車を繰り出してきやがりますから、早い所思い知らせてやりますか!」
「ハハッ、こいつめ。軽口を叩きおって。
よし、さっさと受け入れのテストを済ませて、実戦で使うとしよう」
「はっ」
早速、部下達を集めて駐屯地の練兵場で動かしてみたが、キビキビと良く動く。
このA11歩兵戦車は非常にコンパクトに作られており、ガーデンロイド豆戦車を彷彿とさせる小型戦車である。
操縦手と戦車長兼射撃手の二名で運用し、車内がかなり狭いのが難点ではあるが、その分被弾面積は小さくなっている。
開発コンセプトは、先の欧州大戦で主戦場となった西部戦線の塹壕陣地を突破するべく、強固な装甲を備えて機関銃で武装し、敵陣に群がる位の大量生産が可能な乗員二名の戦車、である。このコンセプトを正に具現化したのがこのA11歩兵戦車という訳である。
このA11の車体前面にある、一見トランクルームの様に見えて良く目立つ大型のドライバーハッチは、車体正面装甲を兼ねている為、分厚くてかなりの重量がある。
その為、人の力で開閉させるには一苦労であり、また誤ってハッチが閉じてしまって挟まれると、その重さで命にかかわるものだった。
しかしこの改良されたA11では、ドライバーハッチの左右両端に備え付けられた計二本の油圧シリンダーによって軽快に開閉できるようになっていて、開け閉めに苦労する事は無い。
また、攻撃が集中するだろうドライバーハッチの展視孔には、フランス製のエピスコープ、つまりはペリスコープに似たパノラマ式のステレオスコープが取り付けられていて、視界は良好だ。
一人乗り砲塔にもエピスコープが搭載されており、十分な視界と安全性が確保されている。更には、無線機が搭載されており、車内や部隊内での通信能力が備わっている。また白煙擲弾筒が二基搭載されており、必要に応じて煙幕を展開する事が可能となって居る。
届いたばかりのA11は既に先行量産型として60両が発注されており、満州駐留部隊はこのA11で部隊を構成する為に、完成次第順次本国から輸送されて来る予定だ。
勿論、実際に実戦で使ってみて問題点や改良点など見つかれば、本国にフィートバックすることになって居る。
私は王立戦車隊の検査官としての立場も継続しているので、問題点や改良点に対してしっかり対応させることが出来る立場にあるから、話がしやすいのはありがたい。
我が旅団はこのA11歩兵戦車の他、偵察任務用の新型軽戦車であるヴィッカースMk.VI軽戦車と、更にはこの車両も先行量産型であるが、正式名称が「巡航戦車 Mk.I」であるA9巡航戦車から構成される。
巡航戦車に関しては、年末までには新しいクリスティ式サスペンションを搭載したA13巡航戦車の試験車両が届く予定になって居る。
A11はテストの結果、特に問題らしい問題も無かったため、早速実戦で使用することになった。
後日、満州国国境警備隊からの支援要請に応じて、A11歩兵戦車一個小隊を含む戦車中隊を派遣したのだが、想定外というか想定の範囲内というべきか、戦闘に於いて我が旅団の装備車両に関して色々な問題が判明した。
まず、そもそも塹壕突破を主眼として開発されたA11は、路外不整地での走行速度が時速九キロ程度なのだが、これは歩兵と協調して進む戦車としては十分な速度といえる。
しかしながら外蒙赤軍の部隊は、装甲車部隊と騎兵部隊からなる混成部隊で、これは時速40キロを超える速度で走る装甲車やそれに随伴出来る騎兵部隊からなる非常に機動性に富む部隊なので、鈍重なA11の機動力では完全に翻弄されてしまうという結果になってしまった。
ただ、我々にとって全く無意味な戦闘だったかと言えばそんな事は無く、敵装甲車は37mm砲クラスの戦車砲を装備していたのであるが、A11はこの戦車砲弾を被弾しても貫通する事が無く、期待した防御力を発揮する事が確認されたのは成果と言える。
また敵装甲車は、A11の搭載機関銃の火力で充分撃破可能であった。
ところが敵も然る者で、我々が敵装甲車を二両ほど撃破した辺りで、機動力を活かして重装甲のA11歩兵戦車を置き去りにして、軽戦車や巡航戦車に対する攻撃に切り替えたのだった。我々は敵装甲車の殆どを撃破するという戦果は挙げたものの、こちらの戦車中隊も軽戦車や巡航戦車が何両も撃破されてしまうという事態が発生し、敵の装甲車が搭載する戦車砲は想像以上に脅威となるという事が判明したのだった。
敵の装甲車の防御力は我が軍の機関銃弾も防げない程の代物であるが、それが搭載する戦車砲に関しては、現状A11歩兵戦車以外は軽戦車は勿論の事、巡航戦車をも容易に撃破しうる威力を発揮した。
ただ幸いな事に、敵の戦車兵の技量が劣るのか、或いは装甲車に搭載された戦車砲の精度が悪いのかは現状不明だが、我が戦車隊の方が圧倒的に命中弾が多かった。
その為、我が軍の戦車が何両も撃破されて戦死者が出てしまった事は痛事であるが、敵部隊の装甲車の殆どを撃破した事を考えれば大きな戦果であるといえるだろう。
とはいえ敵の装甲車が、我が軍の巡航戦車に搭載されている2ポンド砲相当の戦車砲を装備しているという事は、全くの想定外だった。
小官は今回の戦闘結果を詳細なレポートにまとめさせ、早速本国に送った。
実は現在A12歩兵戦車という、A11歩兵戦車にやや遅れて開発が始まった重戦車とも言える大型の歩兵戦車の開発が進んでいるのだが、それは予定では来年に試作車両が完成するという話であった。しかし小官は、その新型戦車を早急に送ってくれるようにレポートと一緒に要請を出しておいた。
装甲車程度に2ポンド砲相当の戦車砲が搭載されているならば、ソ連製の戦車は一体どんな性能をしているのか。
レポートを取り纏めながら、一抹の不安がよぎったのだ。
早速使ってみましたが、ソ連のチートな戦車砲搭載の装甲車には相性が悪い様です。
あの時代、あの45mm戦車砲ってかなりの脅威ですね。




