オランダの場合
満州国へと派遣されるオランダ軍の話です。
1936年10月上旬 ハーグ 首相執務室 陸軍少将 ヤン・ヨーゼフ・ゴッドフリート
首相執務室へと出頭すると、国防大臣も兼務するコリン首相が応接スペースのソファに座る様に手招きしながら問いかけて来た。
「満州国で起きた事件は知って居るな?」
「はっ、存じております。
我が国も旅団規模の部隊を派遣する事になった、と聞いております」
勧められるままにソファに座りながら返事を返した。
コリン首相もソファに座り、頷くと話し始めた。
「如何にも。
満州国は、今や我が国にとって石油採掘権など重要な権益が存在する国であり、
また有望な市場でもある重要な国となっているからな。
満州国には既に日本が部隊を駐留させており、彼らの居留地や権益の保護を主任務としながら、未だ新興国なのでその能力が十分とはいえない満州国軍の支援も行っていると聞く。
そして我が駐日本大使館から、満州国の日本軍には独立混成旅団という自己完結能力の高い機械化混成旅団が配備されており、未開地が多い満州で大いに戦果を上げている、と日本の新聞でも報道されている程だ、との報告があがっている」
そういうと、訳文のメモ書きが添えられた、日本の新聞らしい写真入り記事の切り抜きを渡して来た。
受け取って読んでみると、満州国とモンゴル人民共和国の国境で起きた紛争に派遣された日本の〝独立混成旅団〟という部隊が満州国軍の救援に活躍したという内容で、掲載写真はその派遣された部隊の隊長らしい人物が、履帯付きの車両の前に立っているポートレートであった。
残念ながら、履帯付きの車両はごく一部しか写っておらず、どの様な車両なのか迄はわからない。
内容に目を通した私が切り抜きを閣下にお返しすると、頷いて受け取って話をつづけた。
「満州国に部隊を派遣するイギリス、フランス、アメリカも、恐らく日本と同様の機械化混成旅団を派遣するだろう事が予想される。
満州国の国土は広大な平原が広がり、しかも未開地が多いという事情を鑑みれば、我が軍も各国と同様の機械化混成旅団を派遣すべきなのであるが、残念だが我が国ではその様な機械化混成旅団は未だ構想準備段階に過ぎず、派遣できる様な部隊は無く、装備自体も全く十分ではない事は、貴官も知っての通りだ。
現在の欧州情勢に於いて、国民の多くが我が国の中立政策の堅持を望んでいるが、隣国ドイツで権力を握ったナチスと我が国が共存できるかどうか、先行きは不透明としか言えぬ。
隣国ドイツの軍備増強に対抗する為に、我が国もまた軍備を増強整備する必要があるのであるが、残念なことに我が国は有力な国防産業を殆ど有しない。
幸い有力な航空機メーカーがあるのが救いではあるが…。それ以外の火砲にせよ、銃器にせよ、軍用車両にせよ、そのほぼ全てを他国に依存しており、それらを直ちに我が国が独自に開発調達する事は不可能と言って良いだろう。
かといって、他国から容易に導入できるのかといえばそういうわけでも無い。
我が軍で使用している兵器の多くは、これまでドイツとフランスという兵器大国に依存してきたが、ナチスがドイツの権力を掌握してからというもの、そのドイツもフランスも、我が国への兵器供給には消極的であり、導入交渉こそ断られる事は無いが、注文したところでいつ届くのかもわからぬ状態となっているのだ
貴官も知っての通り、我が国にある装甲車両は、かなり前に調査用に購入したルノーFTが一両存在するのみで、こんな先の大戦で使われていた様な旧式車両を、今更戦場に持ち込んだところで役に立つとは思えない。
現在、なんとかスウェーデンから装甲車を導入する交渉を進めているが、そのスウェーデンも火砲は兎も角、装甲車両となると経験が浅いので、我が国唯一の車両メーカーであるDAFと共同で開発に当たる予定であるが、戦力化にはまだまだ時間が掛かるだろう。
まとまった数の対戦車砲を、オーストリアから輸入する事が出来そうなのは、今の厳しい状況の中で唯一の救いといえるが、それでもまだ今の時点では、国内部隊への配備にも十分な数とは言えぬ」
ここまで一気に喋ると、コリン首相は深いため息をつく。
「従って、我が国から満州国へ派遣する旅団は機械化旅団などでは無く、従来通りの歩兵、騎兵、砲兵などで構成される部隊となる。そこでゴッドフリード卿に命ずる」
閣下が、私を呼び出した要件を話し始めた。
「ゴッドフリード卿、貴官の指揮する第四連隊を基幹にして自己完結可能な独立混成旅団を編制し、満州国へ行ってくれ」
「私が…、でありますか?」
「そうだ」
他国は機械化旅団だというのに、我が国は従来通りの歩兵や騎兵の部隊で満州に向かえと言うのか…。
装甲車両に対する対戦車砲などの装備も十分でない部隊の現状に、私は暗澹たる気分になる。
だが、我が国の内部事情をここ迄説明して頂いては、贅沢は言えないだろう。
「任務とあればできる限りのことはやる所存であります」
「まあ待てゴッドフリード卿、早合点するな。
満州国には我が国の航空機メーカーがいち早くビジネスチャンスを求めて進出している様に、他国からも様々なメーカーが進出している。
全てがまだまだ足りない満州国という、巨大な市場を見込んでのことであるが、新設された満州国軍に対する兵器の売り込みという意味合いもある。
新設されたばかりではあるが、満州国軍は既に六万の兵力を持ち、数年以内には十五万まで増強するそうだ。その際拡大する軍の装備は、全て国外メーカーからの調達で賄われる事が発表されている。
他にも、更に規模の大きい中華民国軍や日本軍に対して新たな兵器を納入できる事が期待できることから、満州国や日本に現地生産用の工場を建てたメーカーが既に幾つも存在する。
つまり満州国であれば、それら色々な国の複数のメーカーから装備を現地調達し、従来型の独立混成旅団を機械化独立混成旅団へと再編制する事が可能と言う訳だ」
「という事は、予算の方は…」
「うむ。
我が軍の増強は既に決定している事だが、調達可能かどうかも分からない様な装備を、いつまでも本国で待っている訳にはいかない。
二年間。
満州国に於いて、来年より二年間で、貴官の部隊を他国と比較しても遜色無い機械化独立混成旅団に改編し、そして実際に現地で運用してノウハウを研鑽習得し、結果鍛え上げられた部隊を装備と共に本国に送り返してほしい。
本国からは新たな旅団を、帰国する旅団と入れ替えで送り続ける。
参謀本部の見立てでは、六つの機械化独立混成旅団があれば、各防御陣地に配置される歩兵部隊などと協力しながら縦横に戦場をかき回してドイツの侵攻を阻止することが出来るとの事だ。
全てを達成するのは容易では無いだろうが、是非とも成し遂げて帰国して欲しい」
なんとも面白そうな任務だ。
そしてこれが実現すれば、我が国の防衛能力は格段に向上するだろう。
「はっ。
ところで、首相閣下。
我が国は中立政策を国是としておりますが、満州国ではどういう立場にあるのでしょうか」
「勿論、我が国の基本方針は中立国としての立場を堅持だ。
だが、我が国の権益を害する可能性のある事態には断固対応する。つまり、満州国に於いて我が国の居留民や派遣された部隊が直接攻撃を受けた場合は、勿論満州国への通告は必要だが、当然反撃して構わない。
派遣された部隊の主たる任務は、我が国の居留民と権益の保護なのだからな。
また満州国が支援要請を出す場合があるので、その要請に応えられる部隊を派遣してほしい。
それが、満州国との約束だ。」
「了解いたしました、閣下」
首相執務室を後にすると、待たせてあった副官と共に第四連隊の駐屯地へと戻った。
後日、私は中将に昇進するとともに、満州国方面軍司令官を拝命した。
麾下の部隊には、独立混成旅団及び居留地の警備部隊の他、後方支援の輜重部隊や、さらには陸軍航空部隊まで付けてくれた。更には兵器を選定し調達するのだからと技官やら役人やらも同行する事になり、かなりの大所帯になった。
これを見ても、首相閣下の我々に対する期待の程が見て取れた。これはなんとしても閣下の期待にお応えせねばならぬ。
史実だと翌年野戦軍の司令官に任命される筈の名将のゴットフリート中将が満州国へと派遣されます。
首相兼国防大臣という兼職がなせる荒業。
現地調達という裏技で機械化を成し遂げます。
満州国と日本にはルノーやフォードといった著名な自動車メーカーの他にもシュナイダーやボフォース、FNなどの兵器メーカーも工場を持っていて現地調達が可能です。




