フランス軍の顛末
満州国に派遣されるフランス軍の話です。
1936年11月上旬 フランス パリ フランス陸軍大将 アルフォンス・ジョルジュ
「なんですと!
私にユーラシア大陸の東の果てに行けと言われるのですか!」
私は、現在の上司である陸軍大臣エドゥアール・ダラディエ閣下に嫌われて居るという自覚はあった。
しかし、私は責任あるフランス陸軍の大将として、フランス陸軍に、我がフランス共和国に必要である事を提言してきたに過ぎない。
現在ドイツは再軍備を進めており、しかも新しい戦争の形を具体的な形にすべく邁進しているというのに、我が国はマジノ線に膨大な予算を掛けるだけで、それ以外が全ておざなりになって居る。
それにマジノ線の整備を続けるのならば、ベルギーとの国境線にも面する様に北に拡張すべきだ。それに加えてフランス陸軍にもドイツの様に大規模な装甲部隊を新設すべきだ。
さもなければ、今のままの陸軍では再びドイツが攻めて来た時、特に装甲部隊による攻撃に晒された時、我々が勝つことは困難であることは明白だ。
我が陸軍の現状は、予備役の訓練は十分とはいえず、自動車はあるが各部隊の機械化は遅々として進んでいない。
そして新しい兵器は開発されてはいるが、その生産数、調達数は全く足りていない。中でも近代的な航空機は全く不足している。
私はダラディエ閣下に、事あるごとにこれらの事を提言してきたが、聞き入れて貰えるどころか閣下は碌に検討もせずに、ただ苛立って私を何度も追い払うだけだった。
その為か、陸軍最高司令官であったマキシム・ウェイガン将軍の後任として私がその任につくと言われて居たのに、実際にその任についたのはモーリス・ガムラン将軍だった。
私は〝北アフリカ軍監察官〟などという何の権限もない任を与えられただけで、事実上中央で干されてしまったのだ。
その挙句が、フランスから遠く離れたユーラシア大陸の東の果ての新興国である満州国に行けというのか。これは事実上の左遷ではないか!
陸軍省の大臣執務室で、ダラディエ閣下を前に頭に血が上るのを何とか抑えようとする私をしり目に、閣下はまあまあと言った風にジェスチャーする。
「左遷人事、とは受け取らないで欲しい。
この任務は国益にも関わる大事な仕事だ。
そして、キミにとっても悪い話ではない」
国益に関わる、と聞いて急速に頭が冷えいく。それに、私にとって悪い話ではないとは?
「と言いますと?」
「君も知って居ようが、最近満州国で我が国の国民が殺されるという事件が起きた。
これが、ただの殺人事件であれば我が政府もそこまで問題視しない。
痛ましい事件だが、彼等も危険を承知で行ったのだから、そういう事もあるだろう。
だが、我が国の国民を殺したのが〝国家〟であったなら話は別だ。
新聞報道にもあったとおり、その相手の〝国家〟は否定しているどころか、これは満州国の策謀だと主張しているが、満州国がそれをしたところで何の意味も無く、それどころかマイナスでしかない。
そう考えれば満州国政府が調査発表した通り、モンゴル人民共和国、或いはソヴィエト連邦が新興国である満州国を不安定化させるために起こした事件である、と考えた方が余程合理的だし辻褄が合っている、という訳だ。
我が国が満州国を国家承認して以降、我が国の多くの企業が新たな市場や資源、インフラ整備など様々なビジネスチャンスを求めて満州国に進出した。
投下された資本は、既に相当な額になっている。それこそ我が国の街並みが満州国に再現されて、幾つも出来ている程にだ。
そんな我々の権益と居留民を守る為に、我が国が一個旅団の兵力を派遣することになったのは知って居よう。
但し、一個旅団と言っても今回派遣するのは、フランス国内に存在する既存の一個旅団ではない。
既に満州国には、大日本帝国の陸軍が編制した独立混成旅団という、実質的にキミが言う所の装甲師団に相当する機械化諸兵科連合の部隊が存在し、満州で大きな戦果を挙げているという。
そして、それに対するモンゴル人民共和国も、そしてソヴィエト連邦も、兵力の機械化については相当力を入れていると聞く。
つまり、我が国が満州国に派遣するのは、キミが提唱するところの装甲部隊、という事になる。
ところで現在満州国では、モンゴル人民共和国、そしてソヴィエト連邦との国境線での紛争が絶えないと聞く。勿論、国境線を護るのは当たり前だが満州国の仕事だ。
しかし、満洲国は新興国であり、未だ発展途上の国であるので、その軍隊は全く十分とはいえない。
今は満洲国の手に負えないときは、大日本帝国の満州駐屯軍に支援要請を出して対処している様だが、我が国を始め満州国へ部隊の派遣を決めているイギリス、アメリカ、オランダの駐屯部隊に対しても、同じような支援要請が出る可能性が高い。
そこでキミには、自ら君のいうところの〝装甲部隊〟を新たに一個旅団編成して満州国に赴き、実際に戦って君の理論の真価を見極めて貰いたい。また他国の同様の部隊の実情を、同時に調査してきて欲しい。
この仕事はキミにしか出来ない仕事だ。
そして、我が国の威信が掛かっている。
列強諸国が注目する満州国に於いて、他国に遅れを取って恥をかくわけにはいかないからな。
部隊編制に関しては、全てキミに任せる。
出来るだけ便宜は図ろう。
出発は年が明けてからで構わない。
一先ず任期は二年程度を考えてくれ。
現地で成果を上げれば、今後の君の発言がより重みを増すだろう。
以上だ」
「はっ」
大臣執務室を後にすると、私は自分の執務室に戻った。
確かに、体のいい左遷人事ともいえる。
満州国で何か失策をすれば、私の軍人としてのキャリアはこれで終わりだろう。
悪くすれば二度と国に戻れないかもしれない。
だが、私がこれ迄提唱してきた〝装甲部隊〟を私自らが好きに編制して良い、と閣下は言った。しかもその部隊を、私自らが率いて満州国へ赴き実戦をしてこい、とも。
これは、私が提唱してきた軍事理論を実践する場を与えられたともいえる。
この点に関してだけ言えば、この上ない好条件だ。
しかもこの任務は、確かに大臣が言われる通り重要だ。
間違っても我が国が恥をかく様な事があってはならん。
さて、誰を連れて行くか。
私の脳裏に一人の男が思い浮かんだ。
1936年11月中旬 フランス パリ フランス陸軍大佐 シャルル・ド・ゴール
ジョルジュ陸軍大将に呼び出された自分は、陸軍省にある閣下の執務室を訪れていた。
閣下は次の陸軍最高司令官と目されて居た方だが、最高司令官に就任したのはガムラン大将だった。
その後閣下は、権限のある役職からも外されて事実上干されたとも言われていたが、先頃満州に派遣される部隊を率いる事になったと聞いた。
満州国方面軍の司令官というポジションだが、麾下の部隊は一個旅団だけとも聞く。
事実上の左遷人事なのではないかとも噂されて居るが。
自分個人としては閣下を尊敬申し上げている。
閣下は開明的で先をよく見ておられる。
我がフランス陸軍に足りない部分を的確に把握し、それの改善点を陸軍大臣に何度も提言されて居た。
閣下が陸軍最高司令官に任命されなかったのは、それが良くなかったのかどうかは自分にはわからない。だが、もし閣下が陸軍最高司令官に就任されて居たら、我がフランス陸軍は大いに変貌を遂げていただろうに。
残念な事だ。
しかし、その閣下が何故自分を呼んだのか…。
「大佐。
来年、貴官はギヨー大佐の後任として第507戦車連隊を任される」
その言葉に、私は内心喜びを隠せなかった。
何故なら、私が待ち焦がれ望んでいたポジションだったからだ。
私も閣下と同じく陸軍の近代化、特に装甲部隊の重要性について、先の大戦での実戦経験と戦訓で大いに痛感しているのだ。
しかし、何故閣下の口からそれが伝えられるのだ?
「はっ」
理由は今から話されるのだろう。
「貴官も知って居るかも知れぬが、この度私は部隊を率いて満州国へ派遣されることになった」
「存じております」
「貴官には第507戦車連隊を率いて、私と共に満州に来て欲しい。
既に陸軍大臣閣下の許可は得ている」
左遷人事の巻き添えにしては、国内の虎の子兵力である戦車連隊を満州へ派遣するというのは、贅沢な話だ。
「理由をお聞きしても?」
「貴官も知っての通り、満州国に我が軍の旅団規模の部隊が派遣される事は、既に決定事項だ。
我が国の他に、イギリス、アメリカ、オランダが同じくらいの規模の部隊を満州国に派遣する。
そして日本は、南満州鉄道などの権益を守る為に、既に部隊を駐留させている。
今回派遣される我が部隊の任務内容は、満州に於ける我が国の権益と居留民の安全を守る事であるが、そればかりではない。
と云うのも、我が軍が派遣する旅団というのは、ただの旅団ではない。
完全に機械化された、自己完結できる諸兵科連合といえる部隊であり、つまり私や貴官が予てより提唱してきた装甲師団に類する部隊なのだ。
そして、我々が提唱して来たこの装甲部隊がどれ程の事が出来るのか、満州の広大な平原で実証して見せよ、というのが大臣閣下の命令だ。
既に日本は、我々の装甲部隊と同様の〝独立混成旅団〟という部隊を現地に駐留させており、数々の戦果を上げていると聞く。
恐らく、他のイギリス、アメリカ、オランダも同様の部隊を派遣するであろう。
それら各国の未来の主力部隊とも言える装甲部隊を我々が自らの目で見て調査するのも、今回の任務の一環だ。
この仕事は我々にしか出来ないと自負しているが、貴官はどう思うかね?」
自分は閣下の話を聞きながら、胸が熱くなっていくのを感じた。
そうだ、欲しかった玩具を手に入れただけで喜んでいてはいけない、玩具は使ってこそだ。
これで成果を出せば、陸軍内部の空気も変わろう。
「はっ、その通りであります」
「結構。
では、実際の派遣は年が明けてからになるが、準備に掛かりたまえ。
ギヨー大佐には貴官に協力する様に、既に話は通してある」
「了解いたしました。
それでは失礼いたします」
「うむ」
閣下の執務室を辞した自分は、抑えきれぬ感激に足取りも軽く陸軍省を後にした。
史実の第二次世界大戦の名コンビが一足先に満州へ。
この時代のフランス陸軍の潜在力は最強クラスです。




