ロ号戦車改
ロ号戦車の性能を大幅にアップデートします。
1936年7月上旬頃、俺はロ号戦車の性能向上型開発の為の目途をある程度付けた。
先ずは、今後様々な戦車に施す改良にもエンジン出力の向上は不可欠であるため、現行ディーゼルエンジンの更なる出力向上を目指す。
これに関しては、ディーゼルエンジンの開発当初から将来に向けての技術開発に着手しており、三菱と共同でエンジンの改良を段階的に進めて来ていた為、間もなく600馬力まで出力を高めた物を搭載させることが出来るだろう。
次に、装甲の強化。
特に重要なのが車体前面の装甲厚であるが、75mm級長砲身砲では容易に抜くことが出来ない様に分厚くする必要がある。とはいえ、その結果鈍重になってしまっては、機動力が損なわれて使いづらくなってしまう。その為、車重に関しては35頓以下にする必要がある。
勿論、35頓が目途だからと言って35頓に限りなく近い戦車にしてしまっては、余力のない戦車となってしまうから、現実問題としては30頓を超えない程度に車重を抑えて丁度ではないかとみている。
75mm長砲身砲というと、現時点でロ号が装備している八十九式戦車砲がそれにあたるが、この砲の威力は衝突角度90度で命中した場合、射程距離500mで凡そ80mmの鋼板を貫くことが出来る。
しかし、最近ボフォース社から導入した75mm対空砲の初速が、八十九式戦車砲の初速が683m/sなのに対し、850m/sに達している。初速が速いという事は、それだけ砲弾を打ち出す力が強い砲という事であるから、同口径砲であれば当然高初速砲の方が貫徹力が高い。
つまりこの対空砲は、八十九式戦車砲の貫徹力を優に超える貫通力を持つ砲、という事だ。
この対空砲に関してボフォース社が提供してくれた情報によれば、射程距離1000mで100mmを優に超える貫通力を誇るという話だから、我々はドイツの長砲身砲がこれと同等の性能を持つと考えて、それを前提に装甲厚を決める必要がある。
それらを考え合わせると、前面装甲は80mm程度は無ければ安心できないだろう。側面装甲は45mm、背面装甲も45mmとする。
また、これは運用面の意見を聞く必要があるが、更なる生産性と防御力の向上を考えるのであれば、現在車体前面に用意してある大型の運転手用搭乗扉を廃止して、運転用の視界確保はペリスコープのみにするべきだ。運転手乗降用ハッチは車体上面に配置する。
これに関しては、かなりの設計変更が必要となる為、今回のロ号戦車性能向上型ではなく、次期新型戦車で実現することになるだろう。
そして装甲の強化に関連するが、戦車砲の変更が必要になるだろう。
長砲身の75mm砲を搭載する戦車は、それに見合う装甲を備えている事が予想される。
特にソ連の場合、あそこは他国なら躊躇する様な重戦車を作る国だ。
ソ連が多砲塔戦車の如きハリボテを作っているうちは良い。だが、もしたとえ鈍重だったとしても、強力な火砲を搭載し重装甲で守られているような、文字通りの〝重戦車〟を開発していた場合、それを破壊するのは容易ではないだろう。
そんな重戦車が出現した場合、現在欧州各国が主力の戦車砲、対戦車砲として導入中の37mm砲では、撃破どころか装甲に傷をつける事くらいしか出来ない可能性が大きい。
従って、そんなソ連の重戦車に対抗する事を考えても、ボフォース社の75mm対空砲と同等の火力を持つ戦車砲の搭載が必要であろう。
幸い我が国は、ボフォース社からは既に幾つも火砲を導入していて、付き合いが長い。
この75mm対空砲と同等の火力を持つ戦車砲の開発を依頼するとしよう。
戦車砲の開発依頼自体は、以前47mm戦車砲の開発を依頼した事があるから、初めてではない。
俺は要求仕様を纏めると、早速ボフォース社の日本支社に発注した。
本来ならば、主力となる戦車の戦車砲は自国内で作られるべきではあるのだが、我が国には色んなものが足りず、無理に自力開発したとしても、技術力も国内資源も足りない現状では、結果碌な物が出来上がらないのだ…。
本当に国内で開発すべきものは国内で開発すべきだ。
しかし、調達可能な物は調達すればいい。今のところは。
今回ボフォース社に出した要求仕様では、既存の対空砲をベースにする事は問題無いが、戦車砲であるから防盾の装備が前提となる為、駐退機構が防盾内に収まる事を求めた。
防盾は砲塔防御の要であり、ここがしっかりと守られて居ないと被弾によって砲と砲塔が破損してしまい、戦闘不能になってしまう。
従って今回発注した砲は戦車砲であるが、場合によっては防盾付の戦車砲となっても可とした。
ボフォース社は海軍も含めて我が国との取引が増えた事もあり、ある程度の事ならば日本国内で対応が可能な様に、日本支社の駐在員に本国から技術者が派遣されている。
その為、概算仕様とかある程度の物ならば比較的短時間に出てくるようになった。とはいえ、本格的な開発や設計変更などは流石に本国で行う必要があるようだ。
しかし、技術がわかる担当者が日本国内に居て、スウェーデンの本社との間に立ってくれるのは、我々としてはずいぶん助かるのは事実だ。
戦車に搭載する砲を変更するとなると、当然ながら砲塔もそのままという訳にはいかない。
実の所、ロ号戦車を開発する時は、まず仕様として決まっていたのは75mm砲、つまりは八十九式戦車砲を搭載する事、それと三人乗り砲塔を搭載する事だった。
この三人乗り砲塔に関しては、前世でBT戦車の開発に関わって居た時は只言われるがままに開発していたが、日本で実際に軍人として経歴を積み、色々な知見を得た結果、やはり自分が実際にそれに乗って戦う姿というのが頭の中に思い描けるようになって、この形に思い至ったのが大きい。
現実に、欧州に居た頃にフランス軍のFT戦車に乗せて貰った事があるし、イギリス軍の菱形戦車の内部を覗かせてもらった事もある。当然、自分が開発した戦車に乗った事もあるから、色々思い描けるのは当然と云えるが。
あれから砲塔用の装備としてガンドラッハ潜望鏡も手に入ったし、それを参考にして国産の戦車にもっと良さそうな潜望鏡を開発させている。元々次の更新でロ号戦車に搭載する予定だったが、従来の防弾ガラスを使用した覗視孔に変えて防弾性に優れた潜望鏡で構成する背の低いキューポラが完成している。これらも考慮して新しい砲塔の形を考えるべきだ。
そこで砲塔に関しては、後進育成も兼ねて、部下達に案を出させてコンペと云う形で決定する事にした。
ボフォース社から来る新しい戦車砲の形状によっては修正が必要になるだろうが、大枠は決めておけるはずだ。
設計条件として、砲塔の装甲厚は一先ずはこの位で、という数値を出しておいた。
しかし、新型の600馬力級エンジンを搭載して路上速度は時速50kmは出せる機動力を持たせておきたいので、それを考えるとこの砲塔の装甲厚は仮の値として、最終的には車体全体で優先度を決めてから、改めて装甲厚のバランスを変える必要があるだろう。
1936年7月10日、未だ共産思想を妄信するブンヤ共が、治安維持法違反で一斉検挙された。あれだけソ連と共産主義の実態が明らかになって居ながら、未だソ連と共産主義への幻想を捨てられない頑迷固陋な連中だ。
ガレスが来日の際に評価した様に、我が国は言論に関しては比較的自由で、マスコミの報道活動に関しても、欧米諸国と比べて何ら劣る所は無い。
特に俺が前世で生きていた、彼らが理想郷とするソ連とは比較にならぬほど自由だ。
全く連中は一体どこの世界の住人なのかと疑わしくなる。
1936年7月中旬、前世と同じ様に、この世界でもスペインで内戦が発生した。
我が国でも色々と報道されているが、戦場は地球の反対側であり、遥か遠い外国での出来事扱いだ。
ドイツとイタリアが支援する右派の反乱軍と、ソ連が支援する共産系の人民戦線政府が争っているそうだが、今のところはソ連が支援する人民戦線政府側が優勢の様だ。
我が国政府の方針は、スペイン内戦に関しては一切不干渉だ。
そもそも地球の反対側の戦争に干渉する、そんな余裕は日本の何処にもないからな。
1936年8月上旬、夏真っ盛りで、今年も連日暑い日が続く。
もうすっかり慣れはしたが、日本の夏というのはやはり蒸し暑い。
現在中国では、中国に権益を有する欧米諸国とその中国滞在者に対し、排斥運動が起きている様だ。
日本は国策として中国本土から引き揚げた為、今や対岸の火事ではあるのだが、少し前まで日本に向いていた排斥の矛先が、それ以前に排斥していた欧米諸国と欧米人に再び戻ったと云う事だな。
とはいえ、その裏で蠢いているのは恐らく中国共産党でありソ連なのは間違いなかろう。というのも、現在蒋介石率いる国民党は、その欧米諸国から兵器を始めとする様々な物資を大量に購入している。
そして中国共産党と内戦を戦っている現状では、欧米諸国を排斥して寧ろ困るのは、彼ら国民党だからだ。中国共産党は欧米諸国とは関係なく、ソ連から武器等の物資供給をうけることが出来るからな。
1936年8月中旬頃、部下達に出題していた、ロ号戦車の性能向上型に搭載する新しい砲塔設計のコンペを行った。
案としては幾つも提出されたのだが、系統としては三つに纏まった。
一番多かったのは、設計案それぞれに多少の差異は有るが、従来のロ号戦車の砲塔を単純に大型化したものだ。
無難と言えば無難であるが、新型戦車砲の形状によっては搭載が困難になるかもしれない。
もう二案は、全く新設計の砲塔だ。
一つは形状的にはBT7の砲塔を平面で作った感じと言えば良いだろうか。
台形を二つ、底面を張り付けたような形をしている。
前側の高さが低く、後ろ側は高く取られていて、現状の砲塔より全体的に長くなっている為、新しい搭載砲の長さが以前の物より長くなって居ても、問題無く対応が出来るだろう。
この形状の砲塔であれば、大きさ的にも砲塔内に三人乗ったとしても窮屈という事は無いだろう。
従来の砲塔を大型化した物に比べると、こちらの方が良いように思えるな。
最後の一案は、正直これは俺の想像を超えた物が出て来た。
設計者の話を聞くと、どうもいいアイデアが沸いてこず、気分転換に川沿いを散歩している時にたまたま川辺に居た亀を見つけ、その形をみて思わずこれだと叫んだそうだ。
つまり、亀の甲羅の形状をそのまま砲塔にした様な、そんな特異な形をしていたのだ。
確かに亀の甲羅の形状は、避弾経始という意味では防御力が高そうに見える。
楕円形の皿を伏せたような、亀の甲羅の様な形状を持つこの砲塔を搭載した場合、ロ号戦車は今迄とはまるで異なる戦車のイメージを受ける。
だが、この形状の砲塔は鋳造で作る事が前提となるだろうし、この形状の砲塔を採用するとしたら、砲塔内の容積を確保する為にもリングを更に大きく取る必要がありそうだ。そうなれば当然車体も見直しという事になるだろうから、この砲塔が実現出来るとしても次の新型戦車からだろう。
結局二つ目の案が採用となり、ボフォース社から新型戦車砲の概算仕様と概算図面が届くまでは、この案を基に今回のコンペに参加した者も加わり、詳細設計とさらに改良をすることになった。
1936年も、早や9月に入ったが、まだまだ暑い日が続く。
中国では蒋介石が、欧米排斥運動を禁止して取り締まっている様だが、中国人による欧米人の殺害事件が続いている。
9月3日には広東省北海で、ドイツ人の商人が中国人にむごく撲殺される事件が起きた。
9月19日には漢口のフランス租界で、フランス人警官が何者かに射殺された。
現地の中国官憲は、フランスの租界で起きた事件であるから中華民国政府には何の責任もない、と声明を発表した。その後フランス政府の強い抗議で中国官憲の捜査協力が得られることになったが、結局犯人は不明のままであった。
そして23日、とうとう上海でイギリス海軍の水兵が射殺される事件が起きた。
イギリス政府は中華民国政府に厳重抗議すると共に、事件の捜査と犯人の引き渡しを要求。
ところが、犯人として中国人が数名逮捕されるが、外国への犯人引き渡しは、中国の国内法に反すると拒否。ならばとイギリス駐在官が取り調べに立ち会う事になったようだが、結局動機は刹那的なものとして死刑判決が下された。だが背後関係などが判明する事も無く、真実は闇の中だった。
だがイギリス政府は、この一連の欧米人に対する排斥運動の背後に中国共産党の影がちらついていることを、確信している様だった。
とはいえ、黒幕が中国共産党だろうと現場は中国である事には変わりなく、実際に手を下すのは中国人だ。
欧米人の対中感情の悪化は免れないだろう。
イギリス政府は、上海のイギリス租界に駐屯する部隊の増派を決定した。
1936年10月上旬、ボフォース社から新型戦車砲の概算仕様と概要図面が届いた。
思ったよりも早く届いたのだが、1920年ごろだと日本と欧州の旅程は片道二か月は掛ったものだが、今は足の速い高性能な船が就航しているらしく、以前に比べるとかなり日程が短縮されている様だ。
そう云えば、欧州と北米の間には定期航空便があるらしいが、わが国での航空便と云えば、国内以外は満州への航空便くらいだったか。
しかし、いずれ航空機の性能が上がれば、日本から欧州や米国へ飛行機で行ける日が来るのかもしれないな。
それは兎も角、ボフォース社から届いた新型戦車砲の概算仕様と概要図面を見て、俺は驚きを禁じ得なかった。
ボフォース社は技術力のある会社だとは思っていたが、俺の予想を超えて来た。
さすがに防盾こそ付いていなかったが、防盾内に納められるように駐退復座機は短く奇麗に纏められ、閉鎖機は水平鎖栓式。そして驚くべきことに、後座長は僅か30糎であった。
野砲を戦車砲に改造した八十九式戦車砲は、駐退機が砲塔内に収まりきらなかったため、収まりきらなかった部分は砲塔外となり、保護の為に装甲で覆っているのだ。
その現状を考えれば、この新型戦車砲を使えば主砲の動作機構が全て砲塔内に収まる事で、頑丈な防盾を装備することが出来る上に生産性も向上するだろう。
早速ボフォース社にこの新型戦車砲の試作品を注文し、同時に今まで進めて来た新型砲塔設計の修正に取り掛かった。
結局、新しい砲塔は大型化することもあり、生産性の高い鋳造で作る事になった。これまでの実験で防御力が二割ほど落ちることが判明しているが、その分厚みを増せば良いだろう。
とはいえ、実戦での結果次第ではこの新型砲塔も、再び変更する可能性がある。
諸々決まったところで、目標車重を考慮して最終的に装甲の厚みを調整した。
結果、車体前面装甲厚は60mmとし、そして側面と後面は45mmに決定した。
砲塔の装甲厚に関しては、前面の一番厚い防盾部分を90mm、側面を70mm、背面を50mmと決めた。
ただ、砲塔に関しては鋳造という事もあり、工作精度がぴったりとその厚みに収まるかは現状では分からない。実際に試作品を作ってみれば多少の増減があるかもしれないな。
一先ずこれで全体の図面を引き、試作してみる事になった。
一先ずパンサーほどの火力は無いですが、4号長砲身と同等以上火力があります。
ちなみに、砲塔形状は四式戦車の砲塔とT34-85の砲塔を足して二で割った様な形状にキングタイガー風味を加えた感じだと思ってもらえれば。




