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二・二六事件 その後

二・二六事件の後日談です





1936年2月26日、この日の帝都は、早朝から至る所で憲兵隊や警察による検問が行われていて、同時に慌ただしく動き回っているという異常な状態であった。しかし、九時を過ぎる頃には検問は解除され、あれだけ居た筈の憲兵隊や警察も引き揚げてしまい、帝都は平素の日常に戻っていた。


ところが昼頃、今日の早朝に起こっていた事態に関して政府発表があり、それが新聞各社により号外として報道された。



事前に俺は永田から、恐らくクーデターが起きる、とは聞いていたが、現実に起きるとは実にうんざりだ。



年初に技本第四部に転属してきた山口大尉は、そのクーデターを計画していた第一師団の将校団の一員だったのだが、俺が山口を思い止まらせ、その山口が主だった仲間達に自重する様に説得したところ、特に人望篤い将校達が考え直し、蹶起参加を見合わせる事を山口に約束したそうだ。それで山口は、皆が思いとどまって蹶起は中止になるのではないか、と思っていたようだ。


だが、実際に蹶起してしまい、号外を見て実に悔しそうな表情を浮かべていた。




号外によれば、蹶起したのは第一師団麾下の麻布歩兵第一連隊の一部将校と、近衛第一師団麾下の近衛第三連隊の一部、他に民間人が何人か居たらしい。


彼らは首相官邸、大蔵大臣私邸、教育総監私邸、陸軍大臣官邸、それに前内大臣が宿泊していた湯河原の旅館を襲撃したそうだ。


まだ事件の詳細が発表されて居ないので、号外にはあまり詳しい事は載っていなかったが、彼らの蹶起を事前に察知していた陸軍及び警察が帝都に厳重警備を布いていた為、殉職者を何人か出したものの、蹶起自体はその場で即座に鎮圧された、或いは断念させることに成功し、彼らが目標としていた対象の人物は全て無事であった。つまり、反乱を頓挫させた、という事だ。


特に増援が来るまで首相官邸を守り抜いた七人の警察官は、号外に顔写真付きの記事が掲載されていて、大いに賞賛されて居た。また、教育総監を警護していた憲兵隊には八人の殉職者が出たとの事で、彼らは顔写真付きの記事ではなかったが、叛徒相手に一歩も引かず勇敢に戦った、とこちらも賞賛されて居た。



うんざりする出来事ではあるが、兎も角、下士官兵まで動員した大規模なクーデターは阻止された。まずは良かったのではないか。





1936年3月1日、斎藤実首相と林陸軍大臣が、反乱の阻止には成功したものの、蹶起を未然に防ぐ事が出来なかった責任を取って辞意を表明。


しかし、陛下の強い慰留があったとの事で、引き続きその職に留まることになった様だ。


斎藤首相は〝蹶起ノ可能性アリ〟との報告を受けるや、事態を重く見て直ちに然るべき対応をしたという事で、もともと高かった国民の人気がさらに高まった。


もしこのクーデター騒ぎが大事になって居れば、折角日本という国を評価して増えている投資が、危うく萎む所だった。




永田から聞いたのだが、事件前に永田が警察上層部に対し、纏まった数の九二式重装甲車を融通できるという話をしたところ、是非ともお願いしたい、という事で、装備などの改修の為に戻って来ていた車両から五両ほどを、警察の特別警備隊用装備として払い下げた様だ。


同じく今迄九二式重装甲車を配備していなかった憲兵隊にも、国内及び後方警備用として然るべき数を配備したそうだ。


とはいえ搭乗員は、自動車運転の経験がある者を選抜して習志野の戦車学校へ送り込んで促成養成したようで、そこにはまた一苦労あった様だな。


また今回の事件で警察が軽機関銃を使用していたという話に関しては、てっきり陸軍の古い軽機関銃を払い下げたと思っていたのだが、特別警備隊の装備品という事で予算が付いたらしく、警察が独自に調達したそうだ。


ただ、警察上層部から急いで特別警備隊に配備しろとの指示が出ていたので、国内で直ぐに手に入る軽機関銃、という条件で探した所、たまたまFN社の日本支社に、海軍陸戦隊が採用したFN1930D型軽機関銃という、アメリカ陸軍が採用したブローニングオートマチックライフルのライセンス生産品の改良型の在庫があり、しかも直ぐに納品可能だという返事が有ったので、これを即採用したそうだ。


採用すると言っても、警察の装備品だから採用時に特別な改修点が有る訳でも無く、しかも隊員数が300名程の特別警備隊の装備だからそれ程の数では無いから、既製品を直ぐに調達出来た方が都合が良かったのだろう。


それがまさか時を置かずに、蹶起部隊とはいえ、陸軍部隊を相手に首相官邸で銃撃戦を繰り広げることになろうとは。


ただ首相官邸の銃撃戦では、抵抗して射殺された蹶起将校以外は、負傷者は出たが、死者が出なかったのは幸いか。


だが今後、自国の軍隊と警察が正面衝突する様な事はあってはならない。

軍も警察も共に抑止力たるべきであり、互いに銃を向けて撃ち合う様な事は二度と起きるべきではない。

今回は憲兵隊に関しても、永田と親しい東條少将が随分活躍してくれたと言っていた。





1936年3月10日、軍事参議官であった荒木貞夫大将が、自ら軍を辞した。実際、度々叛乱将校達の訪問を受けており、彼らを動かした首魁では無いのかと看做されたのが、精神的に苦痛だったようだ。


荒木大将が自ら軍を辞した事が影響したのか、同じく度々叛乱将校の訪問を受けていた山下奉文少将も、辞意を表明。しかし慰留されて、満州の独立混成第一旅団の旅団長として満州へ行く事になった。


永田の話だと、蹶起将校に対する山下少将の責任は無い事が聞き取りによりはっきりしており、恐らく来年には中将に昇進してまた内地に戻ってくる事になるだろう、という話だ。


だが独立混成第一旅団は、熱河作戦で活躍した川原混成旅団の成功を受けて作られた期待の機械化旅団であり、我が軍の機甲戦力の将来を占う極めて重要な部隊だ。


そんな部隊に旅団長として赴任するからには、山下少将には機甲戦術を十二分に勉強し理解して貰い、是が非でも活躍してもらいたいところだな。





今回の叛乱に関して、最終的に罪に問われたのは蹶起した将校のみで、下士官兵らは簡単な思想面での聴取が行われただけで原隊復帰となった。


彼らは上官の命令に従っただけで、我が軍の下士官兵には上官たる将校に対する抗命は認められていない。つまり、彼らには上官に従う以外の選択肢は無かったのだ。


悪い上官に巡り合ってしまったという他無い。


一部の下士官は、叛乱将校が何をしようとしているのか分かっていた様だが、だとしても拝命する以外の選択肢が無かったのだから、これも致し方ない、という事だ。


永田は、将来の反乱の芽を摘んでおく為にも、原隊復帰した下士官兵らに対して、隊や上官は特別な扱いをしない様に特に指示を出した、との事だ。


こういう所に細やかに目が行くのは、流石は永田というところだ。



現在、叛乱将校らの取り調べや背後関係の調査が進んでいるらしい。俺は永田に、叛乱将校に対する処分の見立てを聞いてみた。


先ず、首魁と目される栗原中尉と、憲兵を射殺した安田少尉は、恐らく死刑を免れないだろう、との事だった。


次に、叛乱に参加したが銃を撃たずに速やかに降伏した将校に関しては、軍からの追放。


ただし、暫くは監視対象になるだろう、との事だ。


現在は民間人だが、磯部元一等主計ら元将校に関しては、治安維持法違反で逮捕。前回の陸軍士官学校事件の時は現役軍人という事もあったのか、比較的短期間で釈放された様だが、今回は当分出てこれないだろう、との事だ。


そして、新品少尉など蹶起を断れなかった立場の者に関しては無罪。


ただ一人、中橋中尉という近衛歩兵第三連隊所属の将校が、明らかに蹶起に参加していると思われるのだが、本人や隊の者達は、明治神宮に参拝する為に外出し参拝後は予定通り戻った、と言っている。そして実際にそう門衛に申告して外出し、明治神宮に参拝した事が確認されている。

行動に不審な点は無いのだが、皆で口裏を合わせている可能性があり、現在も捜査中との事だ。


なんともややこしい話だ。



以上が、あくまで現時点での永田の見立てであって、最終的にどういう判決が下るかは未だわからない様だ。



ひとまずこれで、今回の叛乱に関しては片が付いた、と考えて良いのだろうか。


クーデター騒ぎは本当にうんざりだ。





結局、永田は死んでおらず、所謂統制派はしっかりグリップが効いた状態で、叛乱は実質的に阻止されましたから、天皇の耳にも済んだ話としてしか入らず、蹶起趣意書が意味をなす事もありませんでした。

北と西田は作中には書いていませんが、厳重注意で引き続き監視対象。つまり余計な事をすればしょっ引かれますから、これ迄の用には動けないでしょう。


永田が死んでいませんから報復的な粛清人事も行われず、荒木大将は自ら退役、山下少将も倣って軍を退く決意をしますが、留意されて満州の混成旅団の旅団長として赴任です。


この話はまだ続きがありますが、それはまた追々書いていきます。



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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、話が進めば進むほどクーデター起こしたくせに大した処罰を受けなかった海軍将校共に対するヘイトが溜まっていく
[気になる点] 真崎は粛清されないんかな?
[良い点] 史実よりも穏便に済んだこと。 [気になる点] もしかしたら、世界初の電撃戦をやっちゃう可能性もあり? [一言] 山下閣下が満州へ赴任とは、史実よりも恵まれてますね。皇道派は、対ソ戦で手腕を…
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