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無線機

満州事変が一段落し、戦闘詳報などが入ってきます。





1933年7月5日 陸軍少将 村上聡一郎


満州事変が塘沽協定により一段落して一月、熱河作戦での戦闘詳報が入って来た。


六月にはある程度話は聞けていたのだが、どうやら本格的な混成機械化部隊が活躍した様だ。我が陸軍は戦車の国産化の模索も早かったが、先取の気風があると思う。



戦車隊の詳報によると、ハ号戦車は期待された性能を十分に発揮した様だ。特に機動力や、寒冷地でも故障が少なく稼働率が高かった事が評価されたようだ。


俺が作る戦車というのは基本的に前世の経験、つまりは俺がソ連で開発していた戦車をもとに、今世で軍人として得た様々な知見や技術情報などを取り入れて新たに俺の理想を形にした物なのだが、考え方としては、やはり前世で戦車開発する上で求められていた物が下敷きになって居る。


国や軍が変わっても、求める物がそんなに大きく変わる訳では無いからな。ただ、国情によって実現できなかったり、或いはより要求される部分や、されない部分というのはある。


幸い、我が国の陸軍が求める戦車と、ソ連という国の陸軍が要求した戦車というのは、大きく変わるものではなかった。勿論、歩兵支援しか想定していない戦車と、最初から対戦車戦闘を想定した戦車という違いはあった。

だが、我が国の陸軍が歩兵支援にしか使えない戦車を求めていたわけではないのは、俺が開発した戦車を受け入れた事からも間違いはない。


俺が開発した戦車は対ソ戦で活躍する事を前提に開発している。だからこそ、寒冷地での使用を前提にしている事は当たり前だし、十分な設備が無い場所でもそれなりに点検整備が出来る事も考慮したつもりだ。


その辺りが現地で高く評価されたのだろう。


後は、前世でBT-7Mを開発した時に要求仕様に追加された探照灯搭載だが、同じようにハ号戦車にも備品として搭載して必要に応じて取り付けられるようにしたのだが、これも夜間での行動に役に立ったと評価された。


しかし、当然ながら戦闘で破損した物もあった様で、この辺りはまた何か対策を考える必要があるだろう。


車載機関銃の変更に関しても評判は非常に良く、故障しにくく連続した戦闘でも途切れる事無く高い威力を発揮した、と記載されていた。ベルト給弾に関しては肯定的な意見ばかりで、威力が増した事も高評価だった。

これに関しては概ね想定通りの評価であるが、本命はチェコ製の機関銃だからな。更に更新した時に不評で無ければ良いが。



他方、主砲の57mm榴弾砲では威力不足、という意見が出て来た。


57mm砲というと、先の欧州大戦では陸軍は勿論海軍でも広く使われた口径であり、ハ号戦車に搭載した57mm砲も榴弾砲としてはそれなりの威力を持つと思うのだが、実際に実戦で使用した戦車兵が威力不足と感じたのなら威力不足なのだろう。


他には、やはりハ号戦車が甲型と乙型の二本立てというのは編成上複雑になると言う意見があったので、以前に提案していたハ号戦車を47mm砲装備で一本化する事を検討するため、その試作車を早急に完成させて、問題無ければ直ぐに試験用の車両を先行生産する事に決まった。


そして、戦車部隊からハ号戦車と戦車運用に関して一番大きな要望として上がったのが、無線機と車内通話機の搭載だ。


これは元々必要性を感じていたので、既にそれを収める空間は用意してある。後は搭載する無線機を調達すれば無線機を搭載出来る。


我が陸軍の軍用無線機は九四式無線機という物があるが、戦車など戦闘車両に搭載する無線に関しては仕様が決まっただけで、まだ搭載できる無線機は存在しない。


つまり、また欧州から調達することになるだろう。



工兵部隊からの詳報には、配備した工兵車両に関しては非常に評判が良いが、運用した工兵から色々と要望が上がっている。この辺りはまた部下と検討する必要がありそうだ。


併せて架橋戦車も追加生産するみたいだ。


砲兵部隊の詳報では、105mm自走砲に関しては現場の評価は極めて良好。これは、俺自身が今世では大砲の専門教育を受けて実戦経験までしている砲兵である、というのもあるから当然の結果だろう。砲兵が砲兵の為に作った自走砲だからな。


これを受けて軍上層部から、更に大口径砲である150mm砲の自走砲化を検討せよ、との指示が出た。



そして、九二式十五糎自走砲に関しては、今回は上海の様な市街戦は発生しなかったため、大活躍とはいかなかったようだが、しっかり構築された敵の堅固な陣地や城の城門をぶち破るのに威力を発揮した、との報告があった。


堅固な建物や擁壁などに重たい一撃を食らわす為の自走砲だから、陣地無力化に威力を発揮した事は想定通りで、評判も悪くない様なので良かったと言える。


ただ、砲撃対象が城門というのは、ちょっと想定して無かった。


上海事変での戦闘詳報を読んでいても気付いたのだが、中華民国軍というのは、必ずしもそんな部隊ばかりではないと思うのだが、城門を破られると大抵街から逃げ出すらしい。


大砲で城門にドスンと一発やれば、旧時代的な城門など簡単に打ち破れる。その後、部隊が城内に突入したところ敵は既に敗走してもぬけの殻、などという事態があった様だ。



だがしかし、上海での中華民国軍は兎も角、全体的には弱体に見える中華民国軍にはドイツから軍事顧問団が入っているのは知られている事実であり、実際にドイツ風の軍装、装備の精鋭部隊と上海で交戦し、手痛い損害を被ったという話を聞いたことがある。


他にも、欧州の有名な兵器メーカーから様々な兵器を買いあさっている事も分かっている。



つまり、中華民国軍が使用している兵器は必ずしも劣る様な物ではなく、悪くすればチェッコ機関銃の様に、我が陸軍の装備より優れたものを装備している可能性だって十分にある。


そう考えると、次に上海事変の時の様な敵精鋭部隊との交戦が発生すれば、我が方の戦車隊もこれ迄の様にはいかないだろう。


対戦車砲や、機関砲、更には大口径対空砲、こんなものを食らったら恐らくロ号重戦車でも撃破される可能性がかなり出てくる。


それにドイツは、先の大戦での青島での敗戦や太平洋域での権益を我が国に取られた事をかなり恨みに思っているとも聞く。ドイツと中国の親密な関係がこのまま続けば、そのうちに本格的な戦車や軍用機を中華民国軍が使い出したとしても、何の不思議もない。


そういう今の日華の状況を考慮した、という事では勿論無いのだろうけれど、大口径の火砲を搭載して敵との直接戦闘の可能性も考慮した新しい自走砲の検討指示が俺に出された訳だ。


つまり、47mm戦車砲を搭載する新型ハ号戦車の火力を直接戦闘の距離で補強する自走砲、或いは今回の熱河作戦の時の様に歩兵部隊と共に行動して歩兵に対して高威力の火力支援を行う、言わば〝歩兵の友〟の様な自走砲が欲しい、という事なのだろう。



後は、色々と作った各種牽引車、軍では貨車と呼んでいるそうだが、こちらの方も今回の混成機械化部隊で大いに活躍した、と詳報に書かれてあった。


貨車を使って歩兵連隊を機械化し、戦車部隊と行動を共にさせたらしいのだが、その際の兵員輸送車として大いに活躍した、と書かれてあった。特に今回は、行軍中に射撃を受ける事が度々あったらしく、もしこれが装甲が無い普通のトラックであったなら、少なからぬ損害を受けた可能性がある、と書かれてあり、俺としては複雑だが、活躍したならなによりだ。


いずれにせよ、貨車に関しては俺が直接関わる事は多分もうないだろうが…。




様々な部隊の要望を順番に片づけていくとして、まず一番に必要なのは無線機だろう。百武大尉の戦闘詳報を読んでも、無線機があればと思ったことが何度もあった、と書かれてあった。


特に、速さを武器とする機械化混成旅団にとって無線機は必須装備と言える。



欧州製の無線機というと、俺が欧州滞在中に良く聞いたのは、有名なイタリア人のマルコーニの会社が作った無線機で、我が軍もマルコーニ社製無線機を既に導入している。


他の無線機会社と言えばイタリアのドゥカティ社、そのドゥカティ社に技術支援を受けて大企業に成長したオランダのフィリップス社等がある。


現在のドイツと中国との関係から、この先ドイツが再び我が国の敵国になる可能性も考慮し、現在の我が国の友好国という点から考えると、オランダのフィリップス社は選択肢としては悪くないだろう。


とはいえ、我が国とオランダとの国交の歴史は長いが、フィリップス社はまだ日本には進出してきておらず、日本での知名度は低い。一からになる。


この前新聞で読んだが、今のオランダとの貿易収支は圧倒的に我が国からの輸出超過で、オランダ側では非常時輸入制限令が発令されるまでになって居る。ちなみに、日本からの輸出先も輸入先も殆どがオランダ本国では無く、オランダ領東インドだ。

貿易相手が植民地であるオランダ領東インドという事もあり、相手に警戒感を抱かせる程の過度の浸透は、天然資源の多くを輸入に頼っている我が国として好ましい事ではない。

勿論の事、海軍の勇ましい事ばかり言っている国賊共の言うように、南アジアの欧米植民地を武力で獲るなどというのは下策も良い所だ。

我が国は、複数の国を相手に広大な戦場で戦えるほど豊かな国でも無ければ高い工業力を持つわけでもない。南進などすれば破滅するだろう。


ならば、折角友好国なのだ、機嫌よく適正な価格で売って貰うのが一番だろう。

金で買えるものは金で買うべきなのだ。


特にオランダ領東インドは、石油・ゴム・錫などの重要な軍需物資の一大供給地であり、ソ連と戦争するならばオランダと拗れる事などあってはならない事だ。



そういう意図もあり、オランダ大使館を通じてフィリップス社に対して車載無線機の購入を打診してみた。


フィリップス社からの返答は、軍用ではなく民生用を転用した製品なら供給可能であり、またライセンス等の技術供与も可能、という回答だった。


またこの機会に日本企業との合弁会社との設立、或いは進出も検討する、とのかなり好意的で積極的な回答も添えられていたので、その場合は直接の対応も得られそうだ。


フィリップス社自体が外国への進出に積極的な企業であって、しかも東アジアへの進出を検討していた、という点も大きいのかもしれない。


フィリップス社の日本への進出に関しては、関係部署へと繋ぐように頼んでおいた。


それは兎も角、無線機に関しては、既に車載無線機の仕様自体は策定されているので、それを前提に更に軍用無線としての要求事項を盛り込み、フィリップス社へ試作品の発注を依頼した。


既にある民生品の転用という事もあり、来年には試作品が完成するだろうとの事だった。


オランダ大使館に出向いた時に、大使館にあったフィリップス社製の民生向けラジオを見せて貰ったのだが、日本製の様な、さながら家具の様な壮大さ重厚さは無いが、卓上に綺麗に収まる程小型でデザインも良く、何より音質がかなり良かった。


恐らく、何らかの技術的ノウハウがあるのだろう。

その辺りの技術移転が受けられると良いのだが。




やはり一番重要なのは無線機。

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