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熱河作戦 歩戦共同戦闘

熱河作戦に参加した百武大尉は追撃戦に入ります。





1933年3月1日 陸軍大尉 百武俊吉


平安地の南にあった敵陣地を歩兵部隊と協力して制圧した頃には、すっかり日が落ちて辺りは夕闇に包まれて居た。


陣地から敗走した敵は、ここから西に五キロある葉柏寿に再集結すると予測されたので、我等挺身隊はこのまま夜を徹して攻撃準備を行い、明日の夜明け前に葉柏寿を攻撃することになった。


我が戦車隊には、攻撃に先立ち葉柏寿まで先行して葉柏寿の状況を偵察せよ、と命令が下された。これは、戦車隊が夜間行軍と偵察を行い、もしかするとその際戦闘が有るかもしれない、と言う事になるのだが…二つ懸念があるな。


一つは、我々は夜間の戦車行軍や戦闘についてこれまで経験が無く、これはつまり、我が軍の戦車隊において前例のない初めての事である、と言う事だ。


ハ号戦車には車体前面に大型の前照灯が搭載されており、また普段は使用しないが、備品として砲塔前面に取り付ける探照灯が用意されている。


これらを用いて、日が落ちてからの行軍は何度か行った事があるが、それはあくまで勝手知ったる土地での、例えば駐屯地から演習場迄のよく知る道などを走っただけだ。


もう一つの懸念は、操縦手の視界は普段でもあまり良くないが、ハ号戦車は車体前面に設けられている操縦手用のぶ厚い搭乗ハッチを開ければ、大きく視界が広がる為、操縦は格段に楽になる。


しかし、今作戦は夜間なので操縦手の視界は極めて悪いので、少しでも視界を確保する為に前面ハッチを開けた状態で、更に前照灯を点灯して戦車が移動していれば、操縦手は敵の良い的になるだろう。


それらを考え合わせると葉柏寿までの進路は、道路の脇に広がる非常に緩やかな、しかし起伏に富む波状地を進むよりは、道路をそのまま進んだ方が、行動不能などの事態に陥る可能性が低くマシであろうと判断した。



点検をして弾薬と燃料を補給した我が中隊は、直ちに葉柏寿に向けて行進縦隊を組んで道路を西へと進んだ。


行進縦隊というのは戦車戦術に於ける隊形一つで、道路などで一列縦隊を組んで進む場合、先頭車両の砲塔は正面零時方向に、二番手は二時の方向、三番手は十時の方向、そして最後尾は四時の方向に向けて全ての方向を警戒しつつ、直ぐに対応出来るようにしたものだ。



途中、南側の稜線から散発的な小銃による射撃を受けたが、砲塔をその方向に向けて探照灯を浴びせて敵影を探したのだが、直ぐに逃散したのか敵影は確認できず、銃撃も止まった。


既に気温はマイナス二十度を超えて下がっており、エンジンの排熱のお蔭で車内は暖かいが、敵の確認の為に展望塔のハッチを開けて外を確認するたびに、背筋が凍るような外気が車内へと吹き込んで来る。


今夜は月明り無き夜で、前照灯を消せばたちまち辺りは真っ暗闇となり、そんな状態で道を外れてしまえば、直ぐに自らの位置を見失うだろう。


更に道路に沿って進み大凌川へ到達。幸い周囲に敵がいる様には見えず、念のために中隊を停車して全戦車のエンジンを一度停め、明かりも全て消させた。


途端、闇に包まれるような静けさが訪れ、直ぐ傍にいる砲手や装填手の息遣いだけが感じられた。


小官は戦車を降りると、道から外れてしまわないように注意しながら、単身橋迄偵察に向かった。

敵が橋の手前で待ち伏せして居たり、橋に爆弾が仕掛けられていたり、或いは既に橋が破壊されている可能性があったためだ。


しかし、偵察した限り橋の手前に敵の姿は無く、また携帯探照灯で軽く照らすなどして注意しながら橋桁を確認してみたが、橋に何か細工がされた形跡も無かった。


戦車に戻ると直ちに中隊全車にエンジン始動と渡河を命じて、無事に橋を渡る事が出来た。


だが、橋を渡って百メートルも進まないうちに、激しい銃撃を受けた。


敵は橋を渡った所に陣地を築き、我が軍の追撃を待ち構えていたのだ。


「操縦手、そのまま前進。

 砲手は、正面敵陣地に一発ぶちかまし、その後機銃にて敵を制圧せよ。

 装填手、次も榴弾だ!」


「「「はっ」」」


矢継ぎ早に命令を下すと、前照灯に照らし出されている敵陣を確認する。


敵陣は壕と鉄条網を備えたしっかりした陣地であったが、重火器は配備しておらず、続々と橋を渡ってくる我が中隊に恐れをなしたのか、たちまち退却していった。


葉柏寿に突入したが、敵兵どころか村人も避難したのか人の気配が全く無い。逆襲の気配も無さそうであるので、中隊の指揮を第二小隊の小隊長に任せ、小官は来た道を引き返して、挺身隊司令部の川原挺身隊長に状況報告を行った。


そして挺身隊の本隊を葉柏寿に誘導した後、部下達の待つ中隊へと戻った。


葉柏寿で再び補給と整備を部下達に命じる。戦車隊にとって補給と整備は命綱であるから、如何なる場合であってもおろそかには出来ない。


休む間も無かった作戦初日であるが、明け方に何とか仮眠をとることが出来た。




作戦二日目、戦車内で毛布にくるまって微睡んでいると、命令書を持ってきた伝令に起こされた。


与えられた命令は、『葉柏寿周辺に居た敵は凌源方面に退却した。挺身隊は直ちに凌源に向けて敵を追撃する。歩兵第十七連隊が追撃隊となるので戦車隊は追撃隊の先遣隊の前方に位置し、退却中の敵小部隊を駆逐しつつ凌源に向けて前進せよ』だった。


挺身隊川原旅団の先頭を、追撃隊の本隊である歩兵連隊の更に前方を、我が戦車隊が街道沿いに突進せよ、というのだ。


戦車隊としては文句のつけようのない待ち望んだ命令だ。


我が戦車中隊は故障による脱落車両は無く、しかも戦死者どころか負傷者も無く、万全であり申し分無し。戦の女神が居るとするならば、きっと我が戦車中隊を見守って下さっているに違いない。


元来、戦車というのは一度戦場に出れば必ず途中で脱落車が出る程故障し易いもので、我が軍でも以前は演習の度に故障車両が続出して、酷い場合は半数も目的地にたどり着けなかった、という事もあったくらいなのだ。


だがハ号戦車は、以前のルノーFTやルノーNC等の戦車に比べると元々故障が少なく、また故障しても整備しやすい構造の為、作戦行動中の故障であっても搭乗員だけで何とかなる事が多く、整備小隊が修理しても解決しない様な事態には、まだ一度もなって居ない。


勿論、戦闘による損傷ではどうにもならない事もあるだろうが、敵に対戦車火器が殆どないお蔭で、満州に来て以来我が中隊に関してはそこまでの損傷を受けた事は無い。


但し、中華民国軍が対戦車砲を購入している事は間違いなく、いずれ戦場に登場するだろうから慢心する事無きようにせねば。


中隊の全員を起こすと、戦車長を集めて命令を伝達した。


既に補給と整備は済ませており、エンジンも温めてある。


「よし、出発するぞ!」


午前七時、信号旗を上げると、我が戦車中隊は行進縦隊を組み、凌源へ向けて出発した。


凌源は葉柏寿から南に続く街道沿いにある村落だが、約三十キロ程街道沿いに前進して凌源近くに達した時、迫撃砲による攻撃を受けた。


現在は追撃戦の最中なので、恐らくこの敵は、主力の退却を援護するための殿軍であろう。


直ちに、凌源の北側の台地の麓に作られた敵陣地から攻撃をしてくる敵に対して反撃を開始した。


我が戦車中隊の後を装甲貨車に乗って前進してきた歩兵第十七連隊は二キロ程後方で下車し、我が隊の後ろ側に展開した。


時計の針は午前十一時十三分。歩兵部隊に対し、我が戦車中隊は敵陣を突破して凌源の村落の中を走る街道をそのまま南まで突破する事を伝えると、我々は敵陣に突撃を敢行した。


街道沿いに展開する敵部隊に対して榴弾と炸裂弾を撃ち込めば、たちまち敵は混乱に陥って敗走する。


そして、我が戦車中隊が街道を前進した後から、街道の左右に展開した歩兵部隊が村落を制圧しながら前進して来る。


我々が思い描いていた、装甲部隊と歩兵部隊による理想的な歩戦共同戦闘が、ここにあった。


凌源の南端まで歩兵部隊が進出したのを確認し、時計を見ると丁度午後一時であった。


挺身隊本部からは、更に南方三十五キロにある三十家子まで敵を追撃せよ、と命令が下った。


我が戦車中隊は各車の点検点呼を済ませると、十五分後に三十家子に向けて行進縦隊を組んで街道沿いに戦車を進ませた。


全速で敵を追撃していると、午後二時に弾薬や迫撃砲等を積んだ後退中の敵の最後尾が見えて来た。


一度中隊を停車させ、戦車の上に立って双眼鏡で敵情を視ると、敵部隊はおよそ二キロにも及ぼうかという長蛇の列を成しながら、街道沿いを更に南に移動中であった。


後ろの我が戦車中隊を見ると、全車準備万端の様子。小官は腹を決めた。


「よし!敵中突破と行こうじゃないか、全車前進攻撃!」





眼前に広がる後退中の長蛇の敵の列。

百武大尉は覚悟を決めて敵中突破を敢行します。

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