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満州事変、そして上海事変

満州事変に戦車隊が出動します





昭和六年十二月十七日 陸軍大尉百武俊吉


いよいよ我が戦車部隊が待望の実戦に投入されることになった。


満州に派遣される事になった我が部隊は〝臨時派遣第一戦車隊〟と呼称されることになり、まずは自分が第一中隊を率いる事になった。



当初、扱いなれているルノーFTで部隊を編制しようかと検討していたところ、新型車両であるハ号戦車を持っていくようにと指示が出た。


正直な所、ルノーFTの鈍足には辟易としており、また準備を整えた上で始める演習とは異なり、実戦では広大な大陸の大地で予想外の移動をするかもしれず、その場合歩兵部隊に付いていけない可能性を危惧していたのだ。


その点、新型軽戦車は悪路においても十分な速度が出る為、万が一にも徒歩の歩兵部隊に置いて行かれるなどという事は無いだろう。


ハ号戦車は戦車学校にも訓練用戦車として配備が始まっているが、実働部隊では我が隊が優先配備されていた為、派遣要請された一個中隊を編成するに十分な車両数がある。


この新型軽戦車は、歩兵支援型の甲型、対装甲車両型の乙型の二種類を組み合わせて運用する事で、その真価を発揮する。


それ故、それぞれを二両ずつの計四両で一個小隊とし、四個小隊計十六両で一個中隊を編成し出動する事になった。



我が中隊は意気軒高、これで夢にまで見た広大な大陸での我が戦車隊の縦横の活躍を見せてやれる、と満州へと向かったのである。



ところがだ、いざ満州に到着してみると、戦車中隊としてその機動力を活かした作戦に投入されるのだろうと想像していたのだが、現実は全く違っていた。


まだ戦車が珍しいのはわかる。そして戦車は歩兵支援においても十分な威力を発揮するだろうから使ってみたいというのはわかる。


だからと言って、各師団に一両ずつ戦車を派遣して歩兵の近接支援に従事せよ、という命令は、我が戦車部隊の全員を落胆させるに十分な、無理解極まる命令であった。


しかしこの命令内容では非常に不味いので、私は上層部にこの戦車の性能と特性を説明し、せめて甲型と乙型の二両編成で使って欲しいと強く申し入れたのだが、これは何とか了承して貰う事が出来た。


何とか最悪の事態は避けられた私は、割り当てられた駐屯地に中隊指揮所と帯同させてきた整備小隊が詰める戦車整備場を設置したのだが、私が夢見ていた戦車隊を勇躍指揮して敵と戦うどころか、指揮する部隊無き戦車隊隊長として留守番を任され、駐屯地で部下の安否を気遣いながら戻って来た戦車の整備に明け暮れる。

そんな日々を送るハメになったのだ。


だが、各地に派遣された部下達からの戦闘詳報を読めば、我が戦車隊は歩兵部隊の期待に十二分に答える事が出来ている様だ。


ある時は歩兵を守る盾として敵の攻撃を一身に受け、またある時はその火砲で敵を粉砕する。戦場での味方の戦車の存在は、さながら守り神の様であろう。


しかしながら、共に戦車部隊の戦術を研鑽してきた部下達はぼやく。


『師団長も参謀も、戦車の使い方を全く分かっておられぬ様だ』と。


これ迄一般将兵が戦車を見るのは、演習での華として見掛ける程度。今師団長や参謀を務められている方々は、これ迄の軍教育において戦車を用いての用兵や戦術を全く学んでいない。何人かの方々と話したが、歩兵を主戦力としてそれに戦車を直協支援させれば役に立つだろう、と言う程度の認識でしかなかったのだから致し方ない。


そして私が思うに、恐らくこれは我が国だけに限る話では無いのではないだろうか。


そう考えれば、機甲戦術の勉強会を主催する村上大佐は、砲兵科ながら流石は欧州で最先端の戦車用兵を見て学ばれた方らしく、よくわかっておられる。





1932年3月 陸軍技術本部第四部長 村上聡一郎



政府は不拡大の方針を打ち出していたが、満州での紛争は拡大の一途を辿り、年を越しても紛争は続いていた。


そして、戦火は上海へと飛び火した。


1月18日、上海で日本人僧侶が暴漢に襲われ死傷するという事件が起き、現地に住む日本人が中国人と衝突、中華民国は軍隊を出動させ、上海の日本人居留地を守備する海軍陸戦隊と交戦状態になった。

中国軍は装甲車や対戦車火器まで装備する精鋭部隊なのに対し、劣勢の海軍陸戦隊は寡兵でしかも火砲も無く、軽武装の装甲車しか持っていない為、孤軍奮闘しているがいつまで持つかわからない状態なので、陸軍は歩兵三個師団に久留米第十二師団を母体に戦車部隊を含む上海派遣臨時混成旅団を編成し上海へと送り込んだ。


上海に送られた戦車部隊は、百武大尉が所属する戦車第一部隊から臨時編成された戦車第二中隊で、百武大尉の同僚の重見大尉が中隊長を務める、と新聞に載っていた。


具体的な部隊名や指揮官名まで新聞に載るのは防諜上どうなのかと思うが、これも戦意高揚の為なのかもしれない。


先に満州に派遣された百武戦車隊が新聞に写真付きで掲載されて居たのを見たし、戦車はやはり話題作りになるのかもしれない。




上海に派遣された混成旅団から、早速戦車関連の問題報告と要求が上がって来た。



一つは上海の街に網の目の様に張り巡らされている『クリーク』について。つまりこれは運河というか用水路だな。これら全てにまともな橋が架けられているなら良いが、戦車が渡れるほどの橋は限られている上に、街自体が細い路地を抜けなければ進めないような迷路となって居て、進軍が著しく困難になっているそうだ。


機動力を活かして、大きく迂回して別のルートから目的地に向かうという対処も取られて居るらしいが、街の状態から必ずしもそれが出来るとは限らず、装甲部隊の活動に大きな制約がある状態なのだ。


そこで、この前試作していた架橋戦車を大至急貸してほしい、とうちに話が来たわけだ。


だが一両だけロ号重戦車の車体を『借りて』試しに作った架橋戦車は、既にデータ取りが終わったので元通りにして返却したからもう存在しない。


その旨を上司経由で伝えると、大至急作れとそういう話になった。


今回はハ号戦車が渡れる架設橋を設置する為の架橋戦車を、ハ号戦車をベースに大急ぎで図面を引き直し、協力して貰える鉄工所などを総動員して新型架橋戦車を突貫で作ることになった。


作ると言っても二十両に満たない戦車中隊が使う分だけで、何十台も作る訳では無いから、何とか間に合わせることが出来るだろう。


ただ、前の架橋戦車が例え残っていたとしても、上海の街の路地はハ号戦車でギリギリ通れる幅しかないらしいから、重戦車が母体の架橋戦車を送ったところで路地に阻まれて役に立たなかっただろうな。



もう一つは、ハ号戦車の搭載する低初速57mm砲は歩兵の直協支援砲としては十分な威力があるが、強固な陣地など更に威力を必要とする場合、より強力な火力を投射できる自走野砲が必要だと、そういう訳だ。


通常であればそういう場合は連隊砲兵や師団砲兵の出番となるが、行軍速度に速さが求められる混成旅団や歩兵の進軍速度に付いていける自走砲が欲しい、という砲兵隊からの要望が強いらしい。


俺は105mm自走砲ではダメなのかと思うのだが、市街戦なので短射程で良いからズドンと強力な奴をお見舞いできる自走砲が欲しいらしい。


要望書を読んで、我が軍が装備する火砲から要求を満たす威力の火砲を思いめぐらすと、既に順次予備保管兵器に編入されている一つの火砲を思い出した。


それは『三八式十五糎榴弾砲』。日露戦争の時代の旧式火砲であるが、威力は十分だ。


射程が最大5900mしかなく、現役の榴弾砲としての運用はもう駄目だが、砲身重量は770kgであり、車載するのに丁度良いだろう。


最前線に近い位置からの直接照準射撃にも対応するために、防御用に前面装甲だけは20mm程度の装甲厚を持たせ、砲の周囲には箱型の装甲板を付ける。屋根は半開放型の大型の扉で開放しても使えるようにするが、換気の為のベンチレーターも必要だろう。


砲兵が運用する事を考えて、測距儀を出せる様にしておく必要があるし、まだ我が軍では本格的に車載運用には至っていないが、無線機の収納スペースも必要だろう。


スケッチに概算仕様を纏めると、上司の決裁を得て早速図面を作成した。


最初から戦車を一台開発する事を考えれば、それほど時間を要する事も無く、春が終わる頃には試作車を発注するところまで持っていった。


試作車が完成すれば直ぐに陸軍でテストし、そのまま満州で実戦試験を行うらしい。



機械化した混成旅団は、例の多種多様なトレーラーを沢山持っていったが、割と好評らしい。


結局、軍が採用しているトラックにも連結装置を取り付けて軽い物なら運べるようにしたし、ハ号戦車の車体を使った牽引車なら、数両を列車みたいに繋げて使う事も出来るから、色々と使い勝手が良いのだろう。










史実でもクリークは大問題になったらしく、アレのお陰で車両の進行が著しく遅れたとか。

ちなみに、ハ号戦車とかに繋げてあるカートですが、本作程多種多様では無いですが、史実でも使われて居ます。


そして、二号重歩兵砲モドキ爆誕。

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― 新着の感想 ―
[一言] 古い兵器も役に立つ時も偶に有りますね。
[一言] そうなんだよなぁ。 あれができるなら、これも欲しい。こういうのがあるとありがたいが、そうなるとそこが足らない。 欲が出ちゃう。シャーシに多少の余裕があるとそれをなんとか出来ちゃうのだけれ…
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