エピローグ
あれから時が過ぎ、夏。
「蒼天、早く早く!!」
俺の手をぐいぐいと引きながら、アンが俺に声をかけてくる。
「お、おいおいアン、いくらなんでも早すぎるだろ…今何時だと思ってるんだよ?」
俺はそう言って、スマホで時間を確認する。
今は夏休み。一応予定があることはわかっていたものの、別に寝坊したわけでもなんでもないことから、いつも通りの時間に起きようとしていた俺は、朝っぱらからアンの鳩尾へのダイブをくらい、多少悶絶した後、こうして朝も早くから引き回しをさせられていたのだった。
「うー…だってだって、せっかくみんなで遊びに行く日なんだよ?」
…いや、だからって、集合時間から見て四時間も早く部屋を出ることもないだろうに…俺よりも早く起きたらしいアンは知らないが、俺は朝飯すら食べていない。そう思った俺に、アンがにこにこしながらまた口を開く。
「大丈夫だよ、蒼天。私もご飯食べてないから。これから朝ご飯だよ。あのね、アニヤさんから、朝から安くてたくさん食べられるお店があるって聞いたの!」
アニヤさん…あぁ、あの大学部の恰幅の良い先輩か。鶴城先輩たちとも知り合いだという彼女とも仲良くしているとは…。
「…しかし、お前もよく食べるようになったよな…まあ、今までもだったが。」
俺はアンに対し、そんな言葉をかけてみる。
あの日------英霊と対話をしたことにより、アンの力がF-16からF-2に変化した…後に『同調進化』と呼ばれるようになった現象が起こったその時から、アンはいつにも増して食べるようになっていた。…まあ、それもまた性能補正の一部ということなんだろうな。見た目や体重も変わっていないのだから、別に良いだろうとも思わないでもないが…正直、アンのこの小柄な体のどこにあれだけの量を食べるスペースがあるのかと、目を丸くして見ている俺がいることもまた事実だ。
「…まさかとは思うが、お前と同じ量を俺も朝っぱらから食べろなんて言わないよな…?」
少し寒気を感じながら言うと、アンは「大丈夫、普通の量だってあるって聞いてるもん。」と言いながら、また俺のことをぐいぐい引っ張り始める。と、その時。
「あーららら、お二人さん、こんなところで朝っぱらからイチャイチャし始めるとはね。朝から暑いのに、さらに暑く感じるわよ。」
そう言って目の前に現れたリーザに、アンが反応する。
「あ、リーザ!おはよう。リーザも一緒に朝ご飯食べない?」
その声を聞いて、リーザは少し考えてから言う。
「んー、まあ、せっかくだから軽く食べるくらいはしようかしら。でもいいの?二人で食べようとしてたんじゃない?」
その言葉に、俺は頬をぽりぽりと掻きながら答えた。
「いや、そんなことは気にしなくていい。友達付き合いとして軽い気持ちで考えておいてくれ。」
リーザが「それならいいけど。」と言った、その時。
「…ん?アンジェリーナ?先輩方も…奇遇だな。」
「あ、あの…おはようございます、アンさん、リーザさん、蒼天さん。」
リーザとは逆の方向から走ってきたクレアとエカテリーナが、俺たちに声をかけてくる。
「あ、クレアちゃん、エカテリーナちゃん!」
…やれやれ、意図せず今日プールに行く人間…『ヴァルキリーエール・チームα』のメンバーが揃い踏みとはな。
あの事件の後、祠島ではマルセイエーズ先生から責任者を引き継いだ新しい先生の主導により学舎の改革が進み、数年ぶりにチームの発足が実現した。…マルセイエーズ先生はあの後、故郷であるフランスへと戻り、しばらくはのんびりとした生活を送るつもりらしい。
…マルセイエーズ先生が社島を去る日、俺たちに言ったことがある。
「…今まで、ひどいことをしてごめんなさい。
生徒会役員として、これからの学園を…私がアーサーやキャサリンと過ごした思い出の詰まったこの場所を守って。…お願いしますね。」
…俺たちは、その言葉を快く快諾した。
マルセイエーズ先生のやっていたことは、確かに間違った方向に進んでしまったかもしれない。けれども、生徒に悲しい思いをさせたくない、という意志で行われた彼女の行動は、俺たちに対してマイナスの感情を植え付けるものばかりではなかったはずだから。俺たちが舵取りをして、今度こそ間違った方向に進ませないようにする、それが、俺たちが先生から志を受け継ぐことだと思ったから。…アンが、英霊たちから共通の志として、彼らの力と思いを受け継いだように。
クレアとエカテリーナは俺とアンとリーザがいるチームへと入ることになり、ヴァルキリーとしての力も、チームが編成されることにより、俺からのビフレストの接続に頼れるようになったことで、第二世代ヴァルキリーの力を使うことなく、前と同じ力を発揮できるようになった。…何だかんだ仲良くできているし、収まるところに収まった、とでも言えばいいだろうか。
「みんな集まったわけだし、せっかくだからみんなで食べる?朝ご飯。クレア、エカテリーナ、どう?」
リーザに話を振られたクレアとエカテリーナが、目を見合わせてから言う。
「良いのか?私たちも一緒でも。」
「ご迷惑じゃ…。」
そんな風に話すクレアとエカテリーナに、アンが笑顔で言う。
「二人ともお友達だもん。大丈夫だよ。よーし、みんなで一緒にご飯だね。楽しみ~♪」
そう言って、右手に俺の左手、左手にクレアの右手を取り、アンは笑顔で先へと進む。
「------良いものだな、友という存在は。」
アンに手を引かれながら、クレアがぽつりと呟く。
「急にどうした?クレア。」
俺が聞くと、クレアは少し考えるような素振りをしつつ、ふわっと微笑みを浮かべながら言った。
「…私は、ヴァルホルに入学する前、そして入学してすぐには、このようなことは考えられなかった。ヴァルキリーとしての力に固執し続けていたことで、大切なことを忘れていたに違いない…今となっては、本当にそう思う。
それを思い出させてくれたのは、エカテリーナやお祖父様のような今までの繋がりの中にいた人たちと、アンジェリーナやグラーヴィチ先輩、そして浦澤先輩のような新しい繋がりを持った人たちだ。…本当にありがとう。」
「…変わったな、クレア。いや、もとに戻った、が正解なのかもしれないが。」
俺がそう言った時。
「あれ、みんな揃ってどうしたの?」
「あ、みなさん、おはようございます。」
目の前に現れた鶴城先輩とローレライ先輩が、俺たちに声をかけてくる。
「ああ、ええと、俺たち、これから朝飯を食べに行って、その後、新しくブロックCにできたプールに行くことになってまして…。先輩方はどうしてこんな朝早くに?」
俺が聞くと、二人はびっくりした顔をして言った。
「あれ、そうだったんだね。実は、俺とクリスも今日行ってみようか、って話してたところだったんだ。」
「はい、…実は、わたしも誠さんも、楽しみで眠れませんでした。」
…おお、なんとタイムリーな。
俺がそんなことを思っていると、鶴城先輩とローレライ先輩は顔を見合わせて笑う。
「ひとまず、俺たちは俺たちでもう少し二人で歩いてからプールに行くことにしようかな。クリス、それでいい?」
「はい。朝早くの誠さんとのお散歩…楽しいですから。」
「オーケー。じゃあみんな、またね。」
そう言って、二人は相変わらず、仲睦まじく手を繋いで歩いていく。
「…さあ、俺たちも行こう。まずは腹ごしらえだ。」
「うん!」
「ええ!」
「ああ。」
「はい!」
そう言って、俺たちは歩き出す。
「ふふ…蒼天。」
アンが俺のことを呼ぶ。
「どうした?」
俺が聞くと、アンは満面の笑顔を俺に向けて、こう言った。
「------蒼天は恋人として。リーザやクレアちゃんやエカテリーナちゃんはお友達として。他にも、先輩方、先生方…たくさんの繋がりが、私の周りに溢れてる。
…私、ずっとみんなと一緒にいるよ。それで、どこかで誰かが困ったら、きっとその人と手を繋ぐ。…その時は、一緒にその人と手を繋いでね。約束!」
「------当然だ。俺は…そんなお前が大好きなんだからな。」
俺は、俺に向けて笑顔を向けるアンに、そして自分に誓う。
俺は、ずっとアンと一緒にいる。そして、アンが手を差し伸べるならば、俺もその人に手を差し伸べよう。
------それが、俺たち二人の心からの意思。
手を繋ぎ、誰かと繋がること。
それがきっと、世界中の人々の心を繋げることができることを信じて------
はじめましての方、そしてお久しぶりの方、こんにちは。
雪代 真希奈(旧ユーザー名『まきずし』)です。また後書きにてご挨拶をすることができました。ありがとうございます。
今回より、多数の同名のユーザー様との混同を避けられるよう、新しいお名前で活動することといたしました。ご了承いただければ幸いでございます。
さて、今回のお話、『Valkyrie Aile』ですが、コンセプトは「友達、繋がり、受け継ぐこと」です。
私がこのお話を書こうと思ったのは、前作『Valkyrie Panzer』の執筆当初から決めていたことであり、当時からすでにヴァルキリー三部作の大まかな流れは決めていました。その中でも本作は、一番ありきたりで地味かもしれないお話かもしれない、と自分で思いながらも、三部作として構成するうえで一番必要になる要素を詰め込んだものになりました。
実は、執筆の中で、ヴァルキリー三部作を完成させるべきではないのではないか、と思ったこともありました。理由は、昨今ニュースをにぎわせている、某大国の隣国侵攻です。戦争を世界一嫌っているともいえる日本人として生を受けた私が、軍事関係にも思えるお話を書くことで、読者さんに嫌な思いをさせてしまうのではないか、他国への攻撃を正当化していると思われてしまうのではないか…不安は尽きませんでした。
そのような中、三部作を書き続けることを決断したのは、「私はそのような意図で物語を書いているわけではないと胸を張って言えること」、そして「少ないかもしれないけれど、物語を楽しみにしてくださっている方々のために、筆をおくことはできないと考えたこと」 です。特に後者においては、物語を書き続けるうえで大きな力となりました。皆様、この場をお借りし、感謝の意を述べさせてください。私に物語を書き続ける力を下さり、本当にありがとうございました。ぜひ、第三部『Valkyrie Ocean-進みたい未来-』も、楽しみにしていただければ幸いでございます。
では、短いものではございますが、次回作にてまたお会いいたしましょう。
2022年11月10日 まきずし(2022年11月14日よりの新ユーザー名『雪代 真希奈』)