第6章『手を繋ぎ合うと決めたから』
------アンとクレアのビーコン反応を捉えた。
その話を鶴城先輩から聞いた俺は、大急ぎで部屋から飛び出した。
「浦澤君!」
同じく大急ぎで階段を駆け下りてくるリーザ。おそらく、俺と同じ連絡をもらったのだろう。
「浦澤君にも来たのね。先輩から連絡。」
「ああ、お前にも来たんだな。よし、行くぞ!」
「ええ!」
俺たちはそう言い合って、我先にと寮の出入口へと駆け出す。
「…それにしても、アンに関することで、お前とはよく走るな、本当に。」
生徒会室へと向かう傍ら、俺はそんな言葉をリーザにかける。
「そうね、今年に入ってからは2回目、しかも両方ともアンのお人好しというか、誰かと仲良くなりたいっていう気持ちによって起こっている出来事で、だもんね。…意外とあたしたち、いいコンビなのかもしれないわね。」
「…一応言っておくが、今は冗談は聞かないからな。」
「もう、わかってるわよ、まったく。」
そんなことを言い合いながら、俺たちは生徒会室へと転がり込む。
「先輩、アンは…アンは無事なんですか?クレアは?」
俺は勢いのままに鶴城先輩に問う。鶴城先輩は、「浦澤君、グラーヴィチさん、落ち着いて。」と言って俺たちを席に座らせてから、向かい側の席に座り、リモコンを操作してプロジェクターを映しながら答えた。
「フローレスさんとグレイマンさんだけど、今はこのあたりにいるみたいなんだ。ここからかなり東、南鳥島からもっと先の太平洋上で、グレイマンさんのビーコン反応が止まったことがわかってね。…まあ、あれからかなり時間が経っているから、社島でいろいろゴタゴタしていたうちに、そんなとんでもないところまで移動しちゃった、ってことなんだろうね。どこまで移動するのかによっては、本当にどうしようか、っていう話にもなっちゃってたところだったんだけど…。ちなみに、フローレスさんはまだ移動してて、かなり遅れてるみたいだね。…しかも、だんだんスピードが落ちてきてるみたいなんだ。」
…そんなところまで…。
確かに、アンやクレアのレベルになれば、本来の兵器の性能を超えるスピードを出すことは可能だ。あれから相当な時間が経っていることを考えると、それだけの距離を稼ぐことは可能になるだろう。
…しかし、心配事は他にある。
「…アン…腹を空かせてるだろうな…。」
…そう、今はもう夕方。しかも、俺たちは出番が終わってから昼飯を食べるはずだったのだ。ずっと気を張って疲れていることもあるだろうが、スピードが落ちている理由は、おそらくそれだけではないだろう。なにせ、アンは見た目ではとてもそうは見えない、人並み外れた大食らいの女なのだから。俺とのビフレスト接続はまだ切断していないが、さすがにそんなものではとても腹は膨れないだろう。
俺の心配を察したのか、鶴城先輩が声をかけてくる。
「…大丈夫。グレイマンさんの方は…間に合うかどうかはわからないと言わざるを得ないけど、二人の回収班はもう組織されてるよ。もうじき準備が整って、出発することになるはずだから。俺やクリスは今は事情があって島から出るわけにはいかないんだけど、カーティス先生が回収班の責任者として同行してくれることになってる。もちろん、君たちも回収班の中に含まれてるよ。…あ、勝手に決めちゃったけど、大丈夫だったよね?」
…こういう時の鶴城先輩の根回しの早さには、もう脱帽するしかないだろうな。
「問題ありません。…というか、もしも俺たちが行けないってことになったとしたら、どんな手を使ってでも行こうと思っていましたから。」
「あたしも同じく、ですね。」
俺とリーザが言うと、鶴城先輩は「そっか、そうだよね。」と言ってから、
「じゃあ、すぐにブロックBの二番ドックに向かってね。30分後には出発だから。…二人とも、行ってらっしゃい。」
そう言って、また先輩は敬礼をする。
先ほどと同じように見えて、意味合いの違う、この挨拶。
だからこそ、俺たちは先ほどとは違う形で、鶴城先輩に挨拶を返す。
『はい、行ってきます、先輩!』
そう言って、俺はリーザと共に、社島の玄関口であるブロックBへと向かう。二番ドックに到着すると、有事の際にのみ発進するというヴァルホル所有の護衛艦のひとつ、『やしろ』の周りが、何やら慌ただしくなっているように見えた。
「---出港準備はどうか!?」
「問題なし!学生が同行とのことで、到着し次第出港可能です!」
「よし、ブリッジ及び各所にその旨通達、離岸準備急げ!」
---その傍らで、カーティス先生がこちらを向いて手を振っている。
「来たわね、二人とも。さあ、出港までもう少しよ。急いで乗って。」
「はい。…ん?」
俺たちが『やしろ』へと乗り込もうと、タラップの方に足を向けた時。
「…エカテリーナ?」
隣にいたリーザが、ぽつりと呟く。
リーザにも見えているということは、見間違いではない。心配そうな顔をして『やしろ』に乗り込む金髪ツインテールの彼女を見る俺たちが気になったのか、カーティス先生が言った。
「そうよ。あなたたちがフローレスさんの心配をするように、スヴォリノヴァさんだって、きっとグレイマンさんのことが心配だと思うから。だから、一緒に行ってもらうことにしたの。本人とも話はついているわ。」
…なるほど。同じ立場のはずなのに、俺たちが行けてエカテリーナが行けないというのは、確かに不公平だろう。
「リーザ、とりあえず乗ろう。話はそれからだ。」
「ええ、そうね。」
言って、俺たちはタラップを通り、『やしろ』の中に入る。…護衛艦ということもあり、やはり機能性を重視しているようで、居住性はそれなり程度にとどまっているようだ。…社島に来るときや帰省をするときは連絡船としてフェリーが使われていたから、居住性はかなり良かったんだよな。さすがに、それと同じには思えないだろう。
そんなことを思っていると、同じくタラップを通ってきたカーティス先生が俺たちに近づいて言った。
「二人とも、言い忘れていたわ。申し訳ないのだけれど、鶴城君とグラーヴィチさんには二人部屋を使ってもらうことになるわ。かなり無理矢理にあなたたちやスヴォリノヴァさんを乗せることにしたし、当然、乗組員や回収班の居住スペースのことを優先しなければならないから、さすがに人数分の部屋の空きは作れなかったの。フローレスさんやグレイマンさんを回収した後は、浦澤君とグラーヴィチさんだけでなく、フローレスさんも含めた三人で部屋を使ってもらうことになるから、狭くなってしまうのは本当に申し訳ないのだけれど…。」
「問題ありません。話相手がいる方が気が紛れますし…それに、二人部屋ってことは、ベッドは二つあるんですよね?それなら、アンに関しては俺のベッドで一緒に寝ればいいですから。」
俺がそう言うと、リーザがニヤニヤしながらこっちを見て、
「あら、浦澤君、積極的になったわね~。でも、あたしがいるんだから、帰りの時に二人でイチャイチャし始めないでよ?…というか、アンを迎えに行く間に、アンがいなくて欲求不満になるからって、あたしを襲ったりしないでよね?」
…と、そんな阿呆なことを言ってくる。
「誰がするか…まったく、お前はこの期に及んで何でそういうことを…。」
そんなことを言っていると。
『------『やしろ』、出港準備全工程、異常なし。出港準備完了。周囲ブロック群エリアB二番ドック、解放を申請、間もなく出港となります。』
アナウンスが流れ、船内も慌ただしくなっていく。…いよいよだ。そう思った時。
『------申請受諾を確認、ドック解放…『やしろ』、出港します。』
再びアナウンスが流れて数秒、どうやら艦が動き出したようだった。その影響で、ふらりと体が傾く。
「おっと…これだけ大きな艦でも、やっぱり多少は揺れるものなんだな。」
「そりゃそうでしょうね。まあ、とりあえず部屋に行きましょうよ。あたしたちも、今は何かできるわけじゃないし。」
「…ああ、そうだな。」
実際、この艦の中では俺もリーザも何ができるわけでもない。無理矢理ついてきているに等しい以上、俺たちは大人しくしておくべきだろう。そんなことを考えていると、リーザが何か気がついたように言った。
「…あ、どうせだから、エカテリーナにも部屋に来てもらわない?」
「エカテリーナにも?」
「ええ、そう。いろいろ聞きたいことも多いし、あの子も一人でいるより、話し相手がいた方がいいかと思って。…そう思ってるから、そこでもじもじしてるんじゃないの?エカテリーナ。」
「え?」
リーザの視線に沿って振り返ると、そこには確かに、手をもじもじさせて立っているエカテリーナがいた。…もしかしたら、俺たちの会話をずっと聞いていたのかもしれない。…まあ、そうは言っても、聞かれて困るようなことは何もないからいいんだが。
「…とりあえず、俺たちの部屋でいいよな。」
そう言うと、エカテリーナはこくり、と首を縦に振り、俺たちの後ろをついてくる。
「…さて、とりあえず聞きたいことは山ほどあるんだけど、その前に。」
部屋に着き、エカテリーナをその場にあった椅子に座らせたリーザが、そう言って話し始める。
「…エカテリーナ、さっきは悪かったわね。あんな風にあんたを追い詰めるようなこと言って。」
「…え?」
何やら驚いているエカテリーナに、リーザは続ける。
「あたし、あんたに言ったでしょ?あんたのやってることは、ただ言うことを聞いてるだけで、遊ばれるだけのお人形遊びみたいなもので、そんなものは友達関係じゃないんだ、って。
…一応ね、あんたとクレアが友達なんだ、ってことは理解していたつもりなのよ。その関係を否定しかねない言葉を、もしかしたら言っちゃったかもしれないな、って思ったら、なんかもやもやしちゃって。あたしも多分、アンや浦澤君との関係を否定されたら、怒るとか悲しむとか、そういうことになるんだろうから。だから、もう一度言うわ。悪かったわね、エカテリーナ。」
その言葉を聞いて、エカテリーナはふるふると首を横に振る。
「…いえ、大丈夫です。…確かに、私のしていることは、あなたの…グラーヴィチさんの言う通りだと思いますから。」
それを聞いて、リーザはエカテリーナに、「リーザ、でいいわ。浦澤君もアンも、他に仲良くしてる人たちもそう言うし。」と言って、再びエカテリーナに語りかける。
「…ねぇ、エカテリーナ。あの時、アンが聞こうとして聞けなかったこと、聞いてもいいかしら。…カーティス先生から聞いたけど、あんたが今ここにいるのは、あんたがここに来たいと思って、カーティス先生の誘いを断らなかったからだと思ってるから。
それなら、あんたは自分で決めて、ここにいるんでしょ?カーティス先生に言われたからとかじゃなく。…なら、あたしたちにも、あんたたちの関係、あんたの意志で、あたしたちに教えてくれない?もちろん、嫌ならいいわ。あんたの意志を、あたしは尊重するから。浦澤君もね。」
そう言って、リーザは俺の方を見る。気になっていたことではあるし、個人的にリーザの考えに全面的に賛成したいと思っている俺は、その視線に肯定を示すために、首を縦に振って答えた。
…それを見て、エカテリーナが首をこくん、と縦に振って、小さく呟くように語り出す。
「…私とクレアちゃんがはじめて出逢ったのは、今から約二年前…13歳だった私たちがヴァルキリーとして目覚めた直後に、クレアちゃんのお祖父さん…アレックス・グレイマン大将のおうちに、私の祖父に連れられて行った時です。
グレイマン大将は、その時はもう軍を退役されて、スペリオル湖の近くにおうちを建てて住んでいらっしゃったんです。私の祖父、ミハイロフ・スヴォリノヴァは、グレイマン大将とは古くからの知り合い…というよりも、私の祖父が、昔、アメリカ旅行の最中に困っている時に助けていただいて、それで仲良くなったらしいんです。…そんな中で、グレイマン大将から祖父のところに、家を建てたからアメリカに来ないか、孫を紹介したい、とお誘いが来たんです。その時、祖父はグレイマン大将に、自分も同じ年頃の孫娘がいる、合わせて紹介したい、と言って、アメリカに私を連れて行ってくれました。その時、クレアちゃんと出逢ったんです。
…その時のクレアちゃんは、今だから言えるんですけど、正直なところ、ちょっと怖いイメージのある子でした。いつも表情は固くて、あまり話も弾まなくて…今まで見たこともない私のことを毛嫌いしてるのかな、と思えて仕方がありませんでした。…後から、クレアちゃん本人から、『自分は家族のように、アメリカ軍の中でもエリートの存在になるべく頑張ってきたのに、ヴァルキリーとしての力に目覚めた時、その力が制式採用機の力でないことから、お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんから無視されるようになって、見かねたグレイマン大将がご自分のおうちに引き取った』ということを教えてもらったんですけど…。
クレアちゃんと仲良くなりたいと思った私は、クレアちゃんが日課にしていたトレーニングを一緒にすることにしました。…正直、すごくきつかったですけど…でも、何とかして仲良くなりたかった私は、頑張ってそれについて行きました。その中で、クレアちゃんは私と少しずつ打ち解けてくれて、いろいろなことを教えてくれるようになりました。トレーニングをしていれば、もしかしたらお父さんやお母さん…ご家族にもう一度振り向いてもらえると思ったらしいこと、小さな頃から可愛がってくださって、自分を引き取ってくださったグレイマン大将には本当に感謝していること、そして、グレイマン大将には内緒で力を使いこなすために特訓をしていること…あの時は、本当に楽しかったです。
…そんな中、私は自分の力がSu-35…ロシアにおける制式採用機の力であることを、クレアちゃんにお話をしなくてはならない時が訪れてしまいました。それを知ったクレアちゃんは、今回みたいに力を使って飛んでいってしまって、私はそれを必死で追いかけました。…彼女に追いついたその時、私とクレアちゃんが第二世代ヴァルキリーであることをお互いに知ることになったんです。…飛んでいったクレアちゃん…第三位ヴァルキリーでありながら第二位ヴァルキリーと同じくらいの力を出せるはずのクレアちゃんに、第二位ヴァルキリーであるはずの私がすぐに追いついたので、もしかして、って思ったらしくて。そのこともあって、私たちはようやく仲直りすることができたんです。…同じ力の在り方が、私たちを繋ぎ止めてくれたんです。」
…なるほどな。
その話を聞いて、俺はクレアが口酸っぱく言っていた、「自分の友人はエカテリーナだけ、なぜなら第二世代ヴァルキリーだから」という言葉の意味が、なんとなく理解できたような気がした。
「なるほどね…そういえば、あんたはクレアのカバーがめちゃくちゃ得意な様子だけど、それはどうして?ただ出逢って遊んだりトレーニングに付き合ったりした程度じゃ、あそこまでにはならないでしょ?よければ聞かせてくれないかしら?」
リーザが、またエカテリーナに問う。エカテリーナはまた首を縦に振って続けた。
「…私がカバーの得意なマニューバを身につけようと思うようになった理由は、ロシアに帰った後、クレアちゃんといつか一緒に飛ぶために…その時、クレアちゃんがしっかりと目立つことができて、自分の力をアピールできるようになれればいいな、って思ったからなんです。そのために、祖父に頼んで軍の演習風景を見に行ったり、動画を漁ったりして、的確なカバーをするためにはどうすれば良いのか、ということを学びました。…上手にできてるかは、私にはわからないんですけど…。」
…それを聞いて、俺は驚愕を隠せない。いや、すごいな。演習や動画を見たりしただけで、あれだけの連携が可能なマニューバを身に付けられるとは。…いや、それはアンも同じか。もしかしたら、アンやエカテリーナは、ある意味でとんでもない天才肌なのかもしれない。
エカテリーナの言葉は続く。
「私とクレアちゃんがヴァルホルに来られる年齢になって、私たちが第二世代ヴァルキリーであることをもうご存じだったマルセイエーズ先生から学舎代表に選ばれたと言われた時、正直、心が躍りました。やっと、クレアちゃんと一緒に飛べるんだ、って。一生懸命に頑張ってきたことが、もしかすると報われるかもしれない…そう思ったんです。…その実態は、あんなことになってしまったけれど。」
…あんなこと。
そりゃそうだ。ここまで信頼しているクレアがあんなことになったのだ。エカテリーナとしても、その事実は本当に辛いものに違いない。それを裏付けるかのように、エカテリーナは両手の指をぎゅっと結んで、肩を震わせて言った。
「…やっぱり、止めるべきでした。ここ一月の間、クレアちゃんは、授業が終わってすぐに、祠島の演習場を貸しきって力を使う練習をしていたんです。…その中には、第二世代ヴァルキリーとしての力を使うための練習も含まれていました。…私たちが出逢ったその日から考えても、私よりも遥かに長い間、クレアちゃんは力を使い続けていたんです。でも、私はそれを止められませんでした。…だって、いち早く力を使えるようになることは、クレアちゃんにとっては、誰かに認められるための一番の方法だったから。私たちにヴァルキリーとしての居場所を提供してくれたとも言えるマルセイエーズ先生、そして自分を引き取ってくださったグレイマン大将に恩返しができて、自分の力を馬鹿にしたご家族を見返すための唯一の方法だったから…それを知っていたから、私はクレアちゃんを止めることができなかった…いえ、違います。私は、彼女を止めることを止めてしまった…私がクレアちゃんに嫌われたくない一心で、その選択肢を選んでしまったんです。
でも…私はあの時…リーザさんに『言うことを聞いているだけ、そんなのお友達でもなんでもない』って言われたことで、私の間違いを知りました。やりたいことをやる人を見守るだけがお友達じゃない…危険だってことを危険だと言えるのも、お友達だからできることなんだ、って、その時、はじめて思ったんです。…それができなかったんですから、ああ言われても仕方がない…今となっては、心からそう思うんです。」
「…いや、待ってくれ、エカテリーナ。」
そう言った俺は、少し間をおいてから、エカテリーナに向けて言う。
「エカテリーナは、クレアを気遣って、何も言わないでいたんだろう?なら、それは立派な友人としての行動だ。…少なくとも、話を聞いている限り、俺はそう思える気がする。
そもそも、エカテリーナがもしも制止をしたところで、力を使うことを躊躇わないクレアが、その言葉を素直に聞き入れたかどうかもわからない。それなら、結果がどうであれ、見守ることだってひとつの方法論じゃないか?…まあ、今回は結果的に間違ってしまったかもしれないが、それがプラスに働くことだって、きっとあるはずだ。
…だから、リーザの考えに共感したのなら、今度はリーザの言うことに従うんじゃなく、それがその場その場で合っているのか間違っているのか、それを含めて考えながら行動に移せばいいんじゃないか?そのときに間違ったなら間違ったでいい。その失敗を次に活かせばいいだけだ。…リーザや君が持ってる兵器の力と同じだ。それだって、トライアンドエラーをわけのわからない数繰り返して、そして生まれた技術を元に作り出されたものなんだろうからな。」
…言いたいことを言うだけだったような気がして少し気が引けたものの、伝えたいことは伝えた…そう思った俺に、リーザがニヤニヤしながらこちらを向く。…経験則上理解している。こいつはまた俺をからかう気満々だ。
「あらあら、浦澤君、いつも思うんだけど、変なところで良いこと言うわね、ほんと。…もしかして、アンからエカテリーナに愛情が移った…?きゃー、浮気者~♪」
…やっぱりな。
「…お前、今から一人で社島に帰るか?出港してすぐなんだからそんなに離れてないし、離れててもお前ならすぐ飛んでいけるだろう。…ちなみに、アンにはどんなに金や徳を積まれてももうお前のために飯や菓子を作るなと言っておく。」
「わー!!ごめん、ごめんって浦澤君!!それだけは勘弁してー!!」
「…仲良しなんですね、リーザさんも、浦澤さんも。…それから、フローレスさんも。…私も…クレアちゃんと、そんな関係になれるのかな…。」
…それを見ていたエカテリーナが、少し不安そうな顔をして言う。俺は少しリーザと顔を見合せて、それからエカテリーナに向き直って言った。
「…大丈夫だ。きっと、俺たちみたいに仲良くなれるさ。…もしかしたら、俺たちも、そしてアンも、な。」
そう言っていると。
『------浦澤君、グラーヴィチさん、スヴォリノヴァさん、部屋にいるわね?先ほど、ヴァルホルで一般的に使っている周波数の通信を捉えたの。フローレスさんやグレイマンさんの可能性が高いわ。今すぐにブリッジへ来てくれるかしら。』
艦内アナウンスで、カーティス先生が俺たちを呼ぶ声が木霊する。
「…よし、行こう。リーザ、エカテリーナ。」
「ええ。」
「は…はい。あの…浦澤さん…。」
「あ…そういえば言い忘れてた。俺のことも、蒼天、でいい。…多分だが、アンなら友達ならば名前で、とか言うんだろうからな。」
そう言うと、エカテリーナは俺を見て、少しはにかみながら言ったのだった。
「…はい。ありがとうございます、蒼天さん、リーザさん。」
※※※
(another view “Angelina”)
「…うぅ、お腹空いた…。」
太平洋という地球上最大の大海原、その上空を飛びながら、私はぽつりとそう呟いていた。
お昼すら食べずに社島を飛び出して、少なくとももう五、六時間は経っているだろう。日本本土から遠く離れているであろうこの場は、もうすでに夜の帳が下りはじめてきている。
「クレアちゃん…どこに行ったの…?」
暗くなってきたということもあり、これからどんどん探すのが大変になっていくことは間違いない。おまけに、クレアちゃんはまだ移動している可能性だってあるのだ。早く追いつかないと…。
そう思いながら、私はあの時の彼女の様子…なぜか攻撃を受けた時のことを思い出す。
『…私は…もう、いらない…先生からも…捨てられた…私は…私は…!!』
…クレアちゃんは、「先生から『も』捨てられた」と言っていた。すなわち、クレアちゃんには、誰かに捨てられてしまった、そう思えるだけの経験があったということなのだろう。…そして、それはおそらく、私たちが聞いていた内容…ヴァルキリーとしての力に関わるものであった可能性が高い。なぜなら、彼女は自分のヴァルキリーとしての力というものを心から誇りに思っているようでもあり、同時に、その力が制式採用機の力ではないことに、多大なるコンプレックスを持っていたようであったから。…そうであるのならば、信頼していたはずのマルセイエーズ先生の指示…もっと言えば命令によって攻撃を受けたということは、クレアちゃんにとっては、思わず社島を飛び出してしまうには、おそらく理由としては充分すぎる出来事であっただろう。…あの状態まで追いつめられてしまっているのならば、いずれ兵器と自分の記憶の混線を引き起こして狼化してしまうか、あるいは自分から死を選んでしまう可能性すらありうる。…いずれにせよ、早く追いついて連れ戻すことは急務であるには間違いなかった。
…しかし、私の体力が、それを許してくれない。休む暇もなく連日特訓をしていたこと、それから今日の試合での疲労、そしてお昼ご飯を食べていないという事実は、着実に私の体を蝕んでいたらしかった。
「…ひとまず、あそこの島で少し休もうかな。」
ちょうど眼下に島が見えたことで、私はその島に降り立った。…本来なら、日本人である私が降りていって良い場所ではないのだろう。しかし、国籍などは気にしていられない。そのくらい、私は心身ともに疲れ果ててしまっていたのだ。
「…食べ物、ないかな…。誰か…いないかな…?」
そう言って辺りを見回すものの、人の気配はない。…というか、もしも人がいたとして、日本語以外ほとんど満足に話せないような、ハーフでありながら生まれも育ちも日本である私に食べ物を恵んでくれる人が、果たして何人いるだろう。周りにヤシの木のようなものも見えるが、本当に食べられるものなのか、そもそも食べて良いものなのかすら、私にはわからない。
「…少し寝たら、お腹が空いてるのも、何とかなるかも…。」
そう思った私は、そのヤシの木のような木によりかかり、目を閉じる。…疲労が限界に達していたのか、すぐに頭がふらふらと揺れ、意識が混濁していく。
(30分だけ…とりあえず、30分…だけ…)
そう思い、意識を暗闇に委ねようとした私の耳に、
(「------行くぞ!!撃てぇっ!!」)
そんな声と共にけたたましく辺りから起こった銃声に、私はびっくりして辺りを見回す。
「だ…誰!?」
そんなことを言いながら周りをきょろきょろするものの、私の目には何も見えず、弾が飛んでいる様子もない。しかし、この耳をつんざく爆発音と、弾が空気を切り裂く音は、確かにいろいろなところから聞こえてくる。
「何…何なの…!?」
眠気などどこかに飛んでいってしまった私は、この場にいてはいけないと直感的に察し、その場から離れるために、纏ったスヴェルのノズルに再び炎を灯す。一気に加速して上空へと飛んだ私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
(「敵襲だ!!後方から敵機多数…ゼロだ、零式艦上戦闘機だ!!来るぞ…うわぁぁっ------!!」)
そんな声が、なぜかそこにいる飛行機の編隊、その一機から聞こえてきたかと思うと、その声の通りに後ろから鉄砲玉のように飛んできた、全面にプロペラをひとつつけ、翼には日の丸をつけた白い飛行機、その機銃や機関砲が一斉に火を吹いた。その瞬間、前を飛んでいた、翼と胴体に星を描いた飛行機が、その翼や胴体から真っ赤な炎を吹き出し、下に見える海原へとまっ逆さまに落ちていく。
(「何だ、あのゼロは!?速い…それに真っ白で…う、撃て、撃て!!近づけるな!!」)
奇襲によって怖じ気づいたのか、編隊飛行をしていたらしい星マークの飛行機たちは、それぞれ対空防御用の機銃を以て、同じく複数いる白い飛行機たちを排除しにかかる。しかし。
(「弾が当たらない…いや、弾が効きません!!当たってるのに…飛んでいられるはずがない状態なのに!!」)
(「うわぁっ、こっちにも現れた!!何なんだ…何なんだよ、このゼロは!?」)
(「笑ってる…あの野郎、割れた風防からこっちを見てにっこり笑ってやがる…!!」)
…もはや、私には何が起きているのかわからなかった。
白い飛行機たちは、星マークの飛行機たちを一瞬で取り囲み、まるでイワシの群れにマグロが襲いかかろうとするかのように、敵の機銃掃射にも構うことなく突っ込んで逃げ惑わせ、そしてひとつひとつがバラバラになったところでとどめとばかりに火砲を向ける。その連携と火力に為す術もなく、次々に炎を吹き出しながら海原へと落ちていく星マークの飛行機たちを見て、私は私のスヴェル、その翼を見た。
------私の翼にも、彼らと同じ、星のマークがある。
これは------アメリカ軍のマーク。
社島には普通、少なくとも国連加盟国の軍事組織からの情報が回ってくることを、生徒会役員をしている私は知っている。しかし、今日であれ次の日であれ、どこかでアメリカ軍が訓練をするなんて聞いていない。そもそも今は、少なくとも先進国と呼ばれる国であればどこの軍でもジェット戦闘機を使っているような時代。日本であろうがアメリカであろうが、前時代的なプロペラ機での戦闘、それも実弾を使った戦闘なんてありえないのだ。
…考えられることは、ひとつ。
(…まさか、この人たちは本当は幽霊で…それで、ここで今でも戦い続けている…そういうことなの…!?)
私がそんなことを考えた時。
(「---隊長、前方にまた何かが!敵機の可能性大、攻撃します!!」)
私の方を向いた一機の零戦が、こちらへと向かって突っ込んで来るのが見えた。
「------待って!!ちょっと…待って!!」
私はノズルから火炎を吹き出して、迫り来る零戦を間一髪で避けることに成功した。しかし、零戦は戦時中、そして現代においても高く評価されている良好な旋回性能を存分に活かし、くるりと向きを変えると、そのまま再び私に向かって突っ込んでくる。
「------話を聞いて…聞いてってば!!」
半ば追い回されることになった私は、急制動をかけてわざと零戦を先に行かせ、今度は零戦の背後に回る。この形なら、旋回して前から弾を撃たれても何とか対応できる…。
「…え!?」
---そう思っていた私は、驚愕することになる。なぜなら、零戦はいきなり左側に大きく旋回したかと思うと、再びぴったりと低速で飛ぶ私の背後を取ってきたのだから。
(…まさか…これって、『ひねり込み』!?)
私は驚くことしかできない。
『ひねり込み』…第二次大戦期において、日本軍パイロットたちが最初に習得したという空戦機動。零戦の得意な低速での戦いの中で、背後にいる敵から背後を取り返し、即座に反撃に移ることができる、いわば日本の戦闘機乗りたちの必殺技のようなもの…だったはずだ。そんなものをはじめて間近に見せられた私は、同様を隠せずに固まってしまう。
(「もらったぞ、新しいやつ!!」)
私を追いかけていた零戦の火砲に火が点ろうとした…その時。
(「------撃ち方、待てっ!!」)
様子を見るように飛んでいた零戦の一機から、そんな鋭い声が木霊した。
(「隊長、なぜでありますか!?あれはもしや、米軍の新兵器では!?」)
(「そうです!!翼に星がついています、米軍のものに違いありません!!」)
周りを飛ぶ零戦たちから、そんな声が聞こえてくる。しかし、先ほど攻撃を止めたらしい零戦…そのパイロットらしい男性の声は、その場を諌めるように言った。
(「皆、よく見てみるが良い。あれは人、それもお嬢さんだ。我が大日本帝国の誇りたる我ら飛行機乗りが、お嬢さんをいたぶって良いわけがない。それに、今聞いたはず。あのお嬢さんから出た言葉は、我らのよく知る言葉、それもかなり流暢なものだった。連合国の間者でも、さすがにここまで流暢な言葉は話すことはできまいよ。」)
白い零戦は、そう言って私を囲みながらぐるぐる周りを回り始める。その時、先ほどのパイロットらしい男性の声が、また聞こえてきた。
(「しかし我らも、このような新兵器は見たことがない…。もし、お嬢さん。先ほどは私の部下が粗相をしてしまった。許してほしい。…それでお嬢さん、あんたは、一体どこから来なすった?そのあんたが着ているものは?」)
…ようやく話が通じそうだと思った私は、その声に向かって言う。
「…私は日本から来たの。…ええと、厳密には社島だけど…あ、社島っていうのは、伊豆諸島と小笠原諸島の間にある島で…とにかく、私は日本から来て、着てるものは…ええと、私が持ってる力というか、何というか…うぅ、何て説明すればいいんだろ…。社島には、私みたいな力を持った女の子たちや、それに力を与えられる男の子たちを教育する機関があって…。」
(「…教育機関…?もしや、予科練に続いて、日本ではそのような機関が創設されているのか?」)
それを聞いて、私ははっとする。
…やっぱりそうだ。この人たちは…厳密には、先ほど見た、おそらくアメリカ軍の飛行機のパイロットや乗組員たちも、戦争がすでに終わっていることすらも知らずに、今なお戦い続けている。社島のことやヴァルキリーやオーディンのことなど、彼らには知るよしもないだろう。
…伝えなければならない。
そう思った私は、少し目を瞑ってから、決意を込めて目を見開き、伝えた。
「違う…私の通ってる学園は、あなたたちの言う予科練みたいなところじゃない。だって、私たちの力は、戦うために使うものじゃなくて、無闇にその力を使って戦わないように教育するためのところだもの。」
声を出すと、次から次へと言葉が口から紡ぎだされていく。
「あなたたちに言ってもわからないかもしれないけれど…戦争は、もう終わっているの。何十年も前に、日本が負けて。」
(「日本が…負けた…?」)
(「ふざけるな!!そのような戯言…我が大日本帝国が負けるはずがない!!」)
(「そ、そうだ!!それに、もしそれが本当だとして…それなら、俺たちの戦いは一体何だったんだ…!?」)
…周りから、そんな声が聞こえてくる。当然だ。何十年もの間戦い続けている彼らにとって、そんな事実はきっと受け入れられないことだと思うから。
…だからこそ、私は言わなくちゃならない。
「…嘘だって言われても仕方ないけど…でも、本当のことなの。…もう、戦う必要はない…だって、日本はもう、世界の一員で、あなたたちが戦ってきたアメリカとも、仲良くできているんだから。…私も、そうであるからこそ生まれることができた…アメリカ人のお父さんと、日本人のお母さんが出逢うことができたのも、そのおかげ…蒼天やリーザと…大切な恋人やお友達と出逢えたのも、そのおかげなの。」
(「もう待てません!!そんな女の戯言は放って------」)
(「------待てと言ったはずだ!!」)
私を再び狙おうとした零戦から声が発せられた瞬間、指揮官らしい男性の声が轟いた。その声は、何やら考えるように言った。
(「そうか…あの戦いからもう、それだけの時間が経ったか…。」)
落ち着いて話せる時間ができたと思った私は、首をこくりと縦に振って言った。
「…うん。終戦の日、日本の国民にラジオで、天皇さんの言葉で終戦と敗戦が伝えられたんだって。その中で、こんなことも伝えられたって聞いたことがあるの。
『敗戦の後、これから日本は大きな苦難の道を歩むことになるでしょう。日本国民の皆さんの哀しみの気持ちは理解しています。しかし、私はその世界の移り変わりの中で、耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍び、未来にある平和への道を切り開いていきたいと思っています』って。
…あなたたちがどれほど長い時間戦い続けてきたのか、それは私にはわからない。…でも、あなたたちがいたから、平和な日々を私たちが過ごすことができているんだと思うの。戦争は怖いことだし、絶対に繰り返しちゃいけないことなんだと思う。…でも、あなたたちが戦ったことは、決して無駄なことじゃなかったんだ、って思うこともあるの。…だって、そうでなかったら、きっと日本とアメリカは仲良くなることもできなくて、私が生まれることもなかったはずだから。…きっと、日本とアメリカは、お互いに戦争を乗り越えて、いがみ合いをやめることができて、仲良くなれて、お友達にもなれるはず、っていう思いも込めて、さっきの言葉が国民に届けられたんだと思う。…私は、そう信じたいの。
だって…私は、アンジェリーナ・美翔・フローレス…日本とアメリカの血の混ざった子だから。」
…1945年、8月15日。
後に終戦の日となるその日に、日本中に流れた放送…玉音放送と呼ばれるその放送は、敗戦の報告によって日本に深い哀しみを残し…そして、戦後の日本が立ち直り、再び発展へと舵を取るための道標となった…拙い知識ではあるけれど、私は私の思うようにそれを解釈し、伝える。
伝わるかどうかはわからなかったけれど…しかし、彼らには、その意味がしっかりと理解できたようだった。
…だって、私の言葉を聞いて、この人たちは涙を流していたのだから。
(「陛下…。」)
(「俺たちの戦いは、無駄じゃなかった…。」)
(「それが陛下のお言葉…陛下自身のご意志なのか…。」)
…ひとしきり涙を流した彼ら。その時、隊長さんの声が、また聞こえてくる。
(「…そうか、あんたは、そんな平和な世界に生きているのだな。
だが…あんたのその力は、戦うための力でもあるのだろう?…平和な時代に生きるあんたは、なぜその力を使うのだ?その力を以て、一体何を願うのだ?」)
…私は、その言葉を受けて、しっかりと返していた。
「…私は、今、この時のために使う力だと思ってるの。
今、私は学園のお友達…あ、まだお友達とは言えないかもしれないけど…女の子を探しているの。…学園でいきなりひどい目に遭って、自分はいらないって絶望して…もしかしたら死んじゃうかもしれないの。
それに、私はまだ、あの子と交わした約束が中途半端なの。私が勝ったら、あの子とお友達になれる…その約束は、まだ続いているの。
私は、あの子を助けたい。そして、戦ってお友達になりたい。…だから、あの子を助けるために、そしてお友達になるために力を使うの。…お腹が空いていても、疲れて動けなくても…それが、私の意志だから。」
(「------そうか。よくわかった。」)
隊長さんの声が、私の耳に届く。
(「我らの意志とあんたの意志…お国を守るため、自分の意志を守るため…その根底は同じものだったのだな。
ならば------我ら一同、あんたに力を貸そう。あんたが無事にその尋ね人を見つけられるように。あんたが約束を果たせるように。…そして、平和な世界に暮らすあんたが、さらに高く高く飛べるように。
お嬢さん…ありがとう。
我らはいつも、あんたを見守っている。この世界の、行く末も------」)
声が途切れた瞬間。
「------わっ!?」
私が驚いたのも無理はないと思う。いきなり私のスヴェルが眩い白い光に包まれたかと思うと、今まで灰色や銀色に近かったその色が、彼らと同じ白い色に変わっていたのだから。
「------これって…。」
私は周りを見回す。その時、私は気づいた。
「星が…日の丸になってる。それに---」
そう…翼についていたはずの星のマークが、赤い日の丸に変わっている。翼も今までより心なしか大きくなっている気がする。
そして、先ほどまであった空腹は、なぜかどこかへとすでに消え失せていた。…まるで、もっともっと先に行こう、もっともっと高く飛ぼう…そう思わせられるほどに。
「------行こう、私。クレアちゃんを探さなきゃ。
私とお友達になってもらうために…絶対、見つけるんだから!!」
私は翼で風を切り、一気に加速して天へと舞い上がる。その時だった。
『------せよ、飛行中のヴァルキリーへ、至急応答せよ。こちらは社島所属、護衛艦『やしろ』。貴殿の通信をこちらにて傍受した。至急応答せよ------』
『やしろ』…社島から来てくれた人たちがいる!!
きっと、私がクレアちゃんを探している時に発信していた周波数を捉えたということなのだろう。私はすぐに通信を返すため、通信機のスイッチを入れた。
「『やしろ』、聞こえますか!?こちらはヴァルホル国際平和学園所属、アンジェリーナ・美翔・フローレスです!!」
それに対し、びっくりする声が帰ってきた。
『------アン、無事か!?』
『やっほー、アン!!あたしもいるわよ!!』
------蒼天、リーザ!!来てくれたんだ!!
私はびっくりしながらも、ひとつひとつ言葉を紡ぎ、現状とこれからのことを話し合う。
------きっと、もう大丈夫。すべて、きっと、上手くいく。
私は、そう思うことができたような気がした------
※※※
「------さて、ひとまずフローレスさんと連絡が取れたところで、現状の確認をしましょうか。」
アンと通信を繋いだまま、カーティス先生が言った。
「現状、『やしろ』はまだグレイマンさんのビーコン反応が確認できたところまでは到達できていないわ。フローレスさんは今も彼女を捜索中、映像もまだ映せる範囲じゃない…今のところは、まだまだ時間によっては最悪の事態も考えなければならないわね。」
「そんな…。」
俺やリーザの隣にいるエカテリーナが、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
「先生、あたしたちも捜索に参加できないんですか?人数が多ければ、見つかる確率も高いんじゃ…それに、あたしやエカテリーナなら、もっと早く追いつけるかも…。」
リーザがそう言うものの、先生はふるふると首を横に振る。
「グラーヴィチさん、気持ちはわかるわ。でもね、東に行くにつれて夜になっていくし、そもそも私たちはまだフローレスさんともすぐ合流できるところにいるわけではないわ。ここでばらばらになったら、今度はあなたたちを捜索しなければならなくなる可能性もあるわ。それに、『やしろ』も補給をすぐに受けられるわけではないから、あちらこちらを行ったり来たりするわけにはいかないのよ。」
「あぁ、それもそうか…すみません、あたしとしたことが…。」
…何だかんだ、リーザもクレアのことを心配しているんだな。そう思っていると、通信の先にいるアンが言った。
『------見つけた!!クレアちゃん、帰ろう、みんな待ってるよ…わっ!?』
「------っ、アン、どうした!?アン!!」
俺は大きな声を出し、アンに呼び掛けた。…風を切る音が聞こえる。きっと、アンが高速で飛び始めたに違いない。
『蒼天、クレアちゃんがこっちを攻撃してきているの!!ミサイルがこっちに…きゃあ!!』
「アン!!大丈夫か!?」
『…っ、平気!間一発でかわせたよ!!』
…よかった、と言っても、俺はまだ安心はできなかった。アンの報告の通りであれば、クレアはまだ力を使ってアンを攻撃している。クレアのことだ、おそらく第二世代ヴァルキリーの力を使わないなどということはないだろう。…スヴェルの破壊が間に合うのが先か、それともクレアが狼化するのが先か…。そう思っていると、アンが心配そうな声でこちらに通信を送ってくる。
『…クレアちゃん、泣いてるの。私に、来るな、近寄るな、どうせ私はいらないんだ、って言いながら。いつもあんなに自信満々だったのに…蒼天、どうしよう…どうしたらいいの、私…?』
そんなアンに、リーザが助け船を出すように言葉を発した。
「アン、落ち着いて。ひとまず教えてほしいの。クレアが狼化してるかどうかはわかりそう?ぼーっとしてたり、お腹が空いたとか、オーディンを食べるとか、そんなことは言ってる?」
『え…ええと、それはないよ、リーザ。狼化の兆候みたいなのは、とりあえず今はないみたい。ただ自暴自棄になってるだけ、っていうか…。』
…よし、リーザの助け船によって、何とかアンも冷静さを取り戻している。俺はアンに大きな声で呼びかけた。
「アン、俺たちが向かうまでは時間がかかりすぎる。クレアを狼化させずに社島に連れ帰るには、今のうちにスヴェルを実弾で破壊して、力を使うのを強制的にやめさせるしかない。制限時間のわからないタイムアタックになるが、やれるか!?」
…正直、こんなことを言うのは気が引けるところはある。アンは実弾を撃った経験もなければ、実弾を他人に向けることすら抵抗があるはずだ。だが、その問いに対して、アンはまっすぐに言葉を返してきた。
『大丈夫…私、幽霊さんたちに新しい力をもらえたから。それに、蒼天とビフレストで繋がってるもの。
それしか方法がないなら、私、やる。ここでクレアちゃんと、新入生歓迎会の決着をつけるよ。でも、絶対にクレアちゃんは死なせない。絶対に私も死なない…絶対に、二人で社島に帰って…クレアちゃんとお友達になるんだ!!』
アンの、その力強く頼もしい声。
普段とは想像もつかないその声に、俺は少し涙腺が弛んでしまうような気がする。
…しかし、幽霊から与えられた新しい力とは…?そんなことを思っていた時。
「…フローレスさん!!」
傍らにいたエカテリーナが、アンに向かって呼びかける。
「クレアちゃんを…私のお友達を助けてください…!!私、ただ言うことを聞くだけ聞いて、何も自分で決められなかったけれど…でも、クレアちゃんをお友達って思っているのは、私自身のはずだから…だから…お願いします…!!」
それに対し、アンは元気よく、そして自分のルーンの意味を噛み締めるように、エカテリーナに向かって語りかけていた。
『---任せて、エカテリーナちゃん。
今、私はいろんな人と繋がれているもの。
蒼天とはオーディンとして、そして恋人として。
リーザとは、唯一無二の、一番のお友達として。
学園で待ってくれている人たちも、そこにいるお友達も、もちろんエカテリーナちゃんともそう。
それから、私に力を貸してくれた幽霊さんたちにも。
大丈夫。いろんな人と手を繋ぐ時、私は飛べるんだから。もっともっと…高くまで!!』
…よし、頼んだぞ、アン。
俺は心の中で、しっかりとそう呟いていた。
※※※
(another view “Angelina”)
「------ああああああっ!!」
…私の目の前で、クレアちゃんが機銃を撒き散らし、泣きながら私に向かって叫ぶのを見て、私は大きく旋回して弾道から外れながら呼びかける。
「クレアちゃん、話を聞いて!!一緒に社島に帰ろう。大丈夫だよ。マルセイエーズ先生も、悪いことをしたって思ってるって聞いてるから…。」
しかし。
「黙れ…黙れ!!貴様に何がわかる…軍人として育てられ、ヴァルキリーとしての力が制式採用機ではないだけで出来損ないとして扱われ、家から無視される私の苦しみを…貴様のような輩に理解されてたまるか…お父様にも…お母様にも…お兄様、お姉様、使用人たちにまで…!!」
…やっぱり、そうだったんだ。
私はクレアちゃんの言葉を聞いて、ひとつの結論にたどり着く。
それは、いつか蒼天やリーザと話した時に予想したもの。
「出来損ないなんかじゃない!!」
私は、自分の思うまま、彼女に向かって言葉を紡ぐ。
「だってクレアちゃん、私よりもずっと強いもん。そこまでになるまでの間、ずっと頑張ってきたんでしょ?それって、すごく偉いことだよ。
私は蒼天とビフレストを繋がなければ、クレアちゃんに対抗すらできないんだよ。だからーーーーーー」
「------黙れと言った!!」
クレアちゃんが、今度は機銃だけでなく、空対空ミサイルを私に打ち出しながら、私に向かって言う。
「ならば、その姿は何だ…?私が…いや、貴様すらも見たことのないであろうその姿は!?それも、貴様の持つ力の一部だろうに…そんなものを隠し持っていて…貴様はどれだけ私を愚弄すれば気がすむのだ!?」
…私はミサイルの誘導を切るためにフレアを使いつつ、機銃に狙われないように不規則な軌道とスピードで飛び回りながら、私の身に纏っているスヴェルをちらりと見る。
…翼についた日の丸。
幽霊さんたちに力を貸してもらえた後に浮かび上がったこれがどういう意味を持つのかは、私にはまだわからない。
しかし、言えることがある。
「…これは、私がクレアちゃんとの約束を果たすために、みんながくれたものだよ。
私が勝ったら、クレアちゃんとお友達になる。これは絶対に守ってもらいたいの。そのために、いろんな人たちが力をくれた。蒼天も、リーザも、鶴城先輩やローレライ先輩、学園のみんな、幽霊さんたち…そんなみんなと繋がれたから、私はこの場所にいられる。クレアちゃんとお話ができる。戦える。
クレアちゃんとお友達になるために。その思いを貫くために。そのためには、クレアちゃんにこれ以上力を使わせて、狼化を促進させるわけにはいかないの。
だから…私、戦うよ。クレアちゃんに、これ以上力を使わせないために。
…最初で最後の、実弾での勝負。
クレアちゃんが狼化する前にスヴェルを壊して戦闘不能にできたら私の勝ち。狼化する、しないに関わらず私が戦闘不能になったら、クレアちゃんの勝ち!!」
私は言い終わるや否や、クレアちゃんに向かって一直線に突っ込んだ。翼の先に空対空ミサイルを呼び出し、距離を詰めながら一気にそれらを発射する。
「繋がりだと…そんなもの、まやかしに過ぎないのだ!!私には繋がりなど何もない…信頼を置いていたマルセイエーズ先生すらも私を裏切ったのだ…私にもっとも近い場にいたエカテリーナすら、私を助けてくれなかったのだ!!貴様にはわかるまい…私の絶望が!!貴様の綺麗事など聞くものか…どうせ私の居場所など、もうどこにもないのだ…私を受け入れてくださったお祖父様の元からも、七年も離れなければならないのだ…七年だ…七年もだぞ!!七年もの間、私は社島で孤独と絶望に苛まれながら生活をしろと言うのか!?…そのような辱しめを受けるのならば…このような体、獣となってしまえ…!!」
私の発射したミサイルをフレアや旋回機動で避けながら、クレアちゃんが苦しそうに叫んだ。力を使い続けていることで、狼化へのカウントダウンが始まっているのだろう。私はクレアちゃんが撃ち出した反撃のミサイルを、もう一度フレアを使って避けながら、クレアちゃんに向かって言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ!『やしろ』に乗ってきてるカーティス先生から聞いたの。マルセイエーズ先生も、クレアちゃんを攻撃した子たちも、あんなことしちゃ駄目だったって反省してる。エカテリーナちゃんも、『やしろ』に乗ってクレアちゃんを迎えに来てる。エカテリーナちゃんはクレアちゃんのこと、自分のお友達だって言ってくれていたんだよ?だからもう、社島ではあんなことは起こらない…みんな、笑顔でお友達になれる場所になろうとしているんだよ!!」
私は機銃を撒き散らしながら、全速力でクレアちゃんへと肉薄するべくノズルから火炎を吹き出す。私の接近に気づいたクレアちゃんが、同じくノズルから炎を吹き出して追いすがろうとする私を振り切ろうと力を込めつつ、ミサイルをこちらへ向けて発射した。二発、続けて呼び出した二発、さらにもう一度呼び出した二発と、合計六発。
しかし、私は止まらない。止まるわけにはいかない。…だって、ここで速度を落としたり、ミサイルを回避することだけに集中したら、きっとクレアちゃんには逃げられてしまうから。そうなったらもう、私とクレアちゃんはお友達になんてなれなくなっちゃうかもしれないんだから------
「------やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私は、最初に撃ち出されたミサイルをわざと私の正面ぎりぎりまで引きつけた後、体を捻ってすれ違うように、続く二発をバレルロール機動でかわした。最後の二発を機銃の射程内に捉えた瞬間、そのまま私は機銃を乱射する。二本のミサイルは、私が撃った銃弾が当たったことによって誘爆を引き起こし、その爆発はすれ違い様に私のスヴェルや皮膚を焼く。しかし、私は熱くて痛いはずの怪我など関係なしに、クレアちゃんの懐へと飛び込んだ。咄嗟に出したクレアちゃんの手を掴む。クレアちゃんはそれを振りほどこうと力を込めようとする。しかし。
「------っ、ぐ、うっ…ぐ、あああああっ…!!」
…苦しそうに身悶えをするクレアちゃん。おそらく、第二世代ヴァルキリーの力を使うにはもうすでに限界に達しており、私を振りほどくことに集中できる状態ではなくなっているのだろう。
…しかし、私は気づく。
先ほど、クレアちゃんは言った。「絶望に苛まれながら生活するくらいならば、獣となってしまった方がましだ」というようなことを。
だけど、彼女はまだ狼化していない。むしろ、あの苦しそうな顔は、何とか最後の餌を与えまいと、餌を取り上げようとしているような表情にも思える。
いずれにせよ、もう時間がない。そう判断した私は、手を繋いだまま、クレアちゃんに声をかける。
「クレアちゃん。」
きっとクレアちゃんも、自分が安心させられるような声を私にかけられるのが予想外だったのだろう。そんなクレアちゃんに、私が続ける。
「クレアちゃんは、きっと生きたいって思ってる…だってそうじゃなきゃ、きっと狼化をもっともっと一気に進ませてる。そうなったら、今、もうこんな風にお話なんてできないよ。エカテリーナちゃんとも、もっとお話したいって思ってるはずだよ。だって、クレアちゃんはエカテリーナちゃんのお友達なんだから!!」
そう言って、私はクレアちゃんを抱えたまま飛び上がった。できるだけ地上から離れて、高く、高く。これから起こることによって、クレアちゃんが地面へと叩きつけられる前に、何とか手を繋ぎ直すことができるように。そして、クレアちゃんを、地上で待っていると彼女が思っているらしい柵から、彼女を解放してあげるために。
「このままじゃ、クレアちゃんは大変なことになっちゃう。だから、痛いかもしれないけど、我慢して!!」
その言葉を発した時、私が翼の下に呼び出したのは、二発の空対空ミサイルの他にもうひとつ…四発もの対艦ミサイル。合計六発ものミサイル、そのすべてに炎が灯った時、私はルーンを紡ぐために叫んでいた。
「一人になんてしない…一緒に社島へ帰るんだ…お友達として、楽しい学園生活を送ってもらうんだ…!!
『一斉射撃…開始』------!!」
その瞬間、すべてのミサイルが、動けないクレアちゃんのスヴェルに、ゼロ距離での飽和攻撃として襲いかかる。
------轟音が轟いて爆発が起こった瞬間、クレアちゃんと手を繋いでいた私は、それに巻き込まれるように吹き飛ばされていた。
※※※
(another view “Crea”)
------白い。
目に見えるもの、すべてが、白い。
私は、どうなったのだろう。
何もわからない。
「------。」
白い光の中で、何かが聞こえる。
「------クレアちゃん------」
それは、私を呼んでいた。
貴様は、誰だ------?
「クレアちゃん------!!」
また聞こえる。
それは、確かに私を呼んだ。聞き間違いではない。
うっすらと目を開ける。
そこには、夜の帳があった。
風を切る音が聞こえる。それが大きくなると同時に、星空が遠く、遠くなっていくような気がしていた。
「------私は…死ぬ…のか…。」
そんな言葉が、目を閉じた私の口から漏れる。
「------クレアちゃん!!ごめんね、痛かったよね!?『やしろ』、聞こえますか!?クレアちゃんが…クレアちゃんが!!」
何かが手に当たり、上向きに急制動がかかる感覚と、再び呼びかけられる声に気づいた私は、再び薄く目を開ける。
そこには、誰かがいた。
体の痛みや意識の混濁が激しく、目はぼやけてよく見えない。その中でわかったのは、その誰かが女であることと、その女が、白い服を纏い、白い翼を持っていること。
「------天使、か…。」
私は、そんなことを呟いていた。
天使という存在に逢えるなど、私は考えもしていなかった。
…ということは、私はやはりこれから死ぬか、もしくはすでに死んでいるのだろう。
しかし、私は怖くなかった。
天使は、神の遣い。そのような存在が私の元に来たということは、私は神の住まう世界に行くことができるのだ、ということ。
そう考えた瞬間、緊張の糸がぷつん、と切れる。
「------もう、何も気を張らずに済む…。」
私はそう考えて、再び目を閉じる。
次に目を覚ます時には、神の元へとたどり着いていることを祈りながら------
※※※
「------アン、クレアの様子はどうだ?」
俺は、ほとんど休みなくここにいるアンの様子を確認すべく、リーザと共に『やしろ』の救護室に足を運んでいた。
…あの後、何とかクレアのスヴェルを破壊して戦闘不能にすることに成功したらしいアンと合流できた俺たちは、何かがあったらしいことが明らかに見てわかるほどに煤けたりひびの入ったりしている白いスヴェルを着て、ところどころ火傷や打撲のような傷痕が見えているアンと、その手の中でぐったりとしているクレアを見て、喜びもつかの間、二人を救護室に運び込んだ。アンはそれほどの怪我ではなかったため、絆創膏や消毒液、包帯などである程度どうにかできたものの、クレアの方はそれ以上の大きな怪我もしている。
「…スヴェルを壊さなきゃって思ったら、あれしか考えられなくなっちゃって…。やりすぎちゃったかな…ごめんね、クレアちゃん…。」
…と、そんなことをアンが言っていたことを考えると、アンが出せる全力と言える火力によってスヴェルにも体にも大きなダメージを与えられたのだろう。ただ、少なくとも命に別状はない上、スヴェルの修復にはかなり時間がかかるために力を無闇に使うことは不可能であるため、少なくともしばらくは狼化の危機は去ったということらしい。それに関しては良かったと思うべきだろう。
…問題は、今後普通に動けるようになり、ヴァルキリーとしての力も復活するであろうクレアに、第二世代ヴァルキリーとしての力を使わせないようにということをどうやって説得するか。…あれだけ第二世代ヴァルキリーとしての力を誇っていたクレアだ。俺たちの言葉だけで、おいそれと第二世代ヴァルキリーとしての力を使わないよう約束してくれるとは思えない。正直なところ、それが今の俺の一番の不安材料である…そう思った時。
「------ぅ、ここ…は…。」
ベッドの方から聞こえてくる声に、アンが反応する。
「あ…クレアちゃん、気がついたの!?」
アンの声を聞いて、目を覚ましたクレアが驚愕の表情を浮かべる。
「…っ、貴様は…------っ!!」
すぐに起き上がろうとするクレアだが、やはりアンの攻撃は凄まじいものだったらしい。痛みに堪えるクレアの痛々しい姿を見て、アンが慌ててクレアに声をかけた。
「わ、わ…クレアちゃん、駄目だよ、まだ寝てなきゃ!スヴェルも修復に時間がかかるって言うことだし…ごめんね、痛かったよね?」
…それを聞いて、クレアもアンの攻撃をまともに受けたことを思い出したらしい。顔を伏せて、クレアはぽつりと呟いた。
「私とタイガーシャークは…負けたのか…。
…負けたのだな、貴様と、ファイティング・ファルコンに…。」
「……。」
アンが、少し悲しそうな顔をしてクレアを見る。
…俺には、アンの心を完全に読むことはできない。しかし、きっとアンは、クレアにこんな顔や悔しそうな声を発するということをさせたかったんじゃない。友達として笑いあえる、そんな関係になることを思っていたはずだ。状況的に仕方のないことと言えばそれまでだが、それでも、アンの心持ちを考えれば、手放しで喜ぶことは難しいことのようにも思えた。
「でも、すごいじゃない、アン。新入生歓迎会でもあれだけ苦労したクレアに勝つなんて。…もしかして、スヴェルが変化したから?」
リーザがそう言うと、アンは「多分、そうだと思う。」と言って、自分の胸に手を当てる。
「…あの人たち…幽霊さんたちが力をくれた時ね、私、お昼も食べてなかったこともあって、すごくお腹が空いていたはずなの。でも、幽霊さんたちと会って、スヴェルが変化してから、お腹が空いたって思わなくなって…。それから、クレアちゃんと戦ってる時に対艦ミサイルを一気に四つも呼び出したことも…あれだって、今まであんなに一気に呼び出せたことなんてなかったから…うーん、スヴェルの変化、というか、私のスヴェルそのものが別物になった、って言えばいいのかな?…実際のところはわからないけど…。」
そんなことを言うアン。すると。
「どうやら、その通りみたいね。」
救護室に入ってきたカーティス先生が、俺たちの方を見て言う。
「映像の分析、フローレスさんからのヒアリング…その結果、フローレスさんのスヴェルは完全に変化していたわ。まるで、F-16のいろいろなバリエーションが世界中で使われているように。まったく、本当にフローレスさんらしい力とも言えるでしょうね。
…でも、これだけの火力をF-16、あるいはその派生機で出して、お腹が空いたと思っていたのにそれがなくなった…もっと言えば航続距離が長くなった、とも考えられるけれど、それが本当だとすると…考えられるものはひとつしかないわ。…フローレスさんはヒアリングの時、白い零戦に乗った幽霊が力を貸してくれた、って言っていたわ。間違いないわよね?」
それを聞いて、アンが答える。
「そうです。あのときはびっくりしましたけど…。」
アンの言葉に、カーティス先生は「やっぱり、ね。」と言って続けた。
「おそらく、フローレスさんが出逢ったという幽霊たちは、俗に言う『ホワイト・ゼロファイター』じゃないかしら。今までは都市伝説程度だと思われていたけれど…まさか実在するなんてね。座標がそれが多く見受けられたというウェーク島に近かったことを考えても、信憑性は高いわ。
それから、フローレスさんのスヴェルが何に変化したのか…それはきっと、現代日本の主力機…F-2だわ。世界でもトップクラスの総合火力、ドロップタンクを増設した上での総合的な航続距離…F-16からの派生機のひとつということを考えれば、この考えにもある程度信憑性が出てくると思わないかしら。」
「F-2…『Viper Zero』か…。」
クレアが、またぽつりと呟く。
F-2戦闘機…日本の航空自衛隊の誇る、第四・五世代主力戦闘機。またの名を、『現代の零戦』、あるいは『ゼロの再来』。
そうか…アンは白い零戦に乗った英霊と交信をしたと言っていた。
…社島を出る前、ローレライ先輩が言っていたことを思い出す。確か、ローレライ先輩曰く、自分の力に関係する英霊となら、最高のヴァルキリーたるローレライ先輩でなくとも、あるいは交信が可能かもしれない、と言っていたはずだ。
F-2はF-16の派生機と言える機体であり、現代の零戦という異名まで持っている。零戦に乗った英霊との交信ができたことも、何となく理解できる部分があるような気がする。零戦の力そのものではないかもしれないが、日本を守るための力であることだって共通しているからだ。そして、アンの力がF-16という、日本におけるアメリカ軍の基地においてもバリエーションの一部が運用されている機体であり、そしてその派生機であるF-2が航空自衛隊に存在していること…日本人とアメリカ人のハーフであるアンだからこそ、かつて日本人であったはずの英霊と交信ができ、それにより自分の力を進化させることができたのでは…俺は、そう思うことができた。…カーティス先生の言葉を借りることにはなるが、本当にアンらしい力だな。こんなところでも仲間を作って強くなってしまうとは。
「…そうか…私の力…タイガーシャークは、そんなことはできなかった。…貴様に言われたこと…あの時、生きたいと思ってしまったように…獣になりきれなかったことも…。
やはり、私は貴様には勝つことができない…私はやはり、お父様やお母様、兄弟姉妹、親戚一同に言われたように、主力機になれなかったモノとして扱われる以外には…。」
…悔し涙を浮かべるクレアに、俺は何も言うことができない。
話を聞くに、クレアはおそらく、自分の力を認めてもらえる存在を心から求めていたのだろう。主力機の力でなくても、それを認めてくれる存在を…と、その時だった。
「…クレアちゃん、その言葉…あんまりだよ。」
いつの間にか入ってきていたらしいエカテリーナが、クレアに対して言う。
「クレアちゃん、私、クレアちゃんのことをお友達だと思ってるよ。…アンジェリーナさんが模擬戦の前に言ってたこと…今となっては信じられる。力の強さとか、どの兵器の力がどうだとか、そんなの関係ない。だからあの時、私はクレアちゃんを追いかけたし、だから今ここにいるの。…これ、誰かのいうことを聞いたわけじゃないよ。これは、私の意志だもの。」
…エカテリーナは、自分の意志でクレアに言葉を投げかけている。
俺は少しそう考えて、ふとエカテリーナの方を見る。その視線は真剣であり、その言葉が真実であること、エカテリーナは、友人として今度こそクレアとしっかりと向き合い、言いたいことを言っているのだということを、俺は直感的に判断する。そして、クレアが友人として思っているエカテリーナは、クレアの存在すべてを受け止め、認めてくれた存在であるのだろうということも、俺はこの時はじめて気がついた。
エカテリーナの言葉は続く。
「こう思ってるの、私だけじゃないよ。フローレスさんも思ってくれてるみたいだし…それにほら、これ。」
エカテリーナが、手にしていたタブレット端末の画面をクレアに見えるように向ける。そこに映っていた老齢の男性が、優しい顔を浮かべてクレアに語りかけた。
「------およそ一月ぶりだね、クレア。元気にしていたかな?…いやはや、一月しか経っていないはずだが、やはり一緒に暮らしていた孫娘がいないと、この家も広く感じるというものだ。」
「…お祖父…様…エカテリーナ、どうして…。」
驚きの表情を浮かべるクレア。俺たちも、驚きを隠せずに画面の男性…クレアの祖父、アレックス・グレイマン大将を見る。それを見て、エカテリーナが続けた。
「…実はね、カーティス先生に無理を言って、衛星通信のチャンネルを使わせてもらって、グレイマン大将に連絡させてもらったの。社島からは遠く離れてるし、グレイマン大将に今すぐ連絡するには、それしかないと思ったから。
あの日…クレアちゃんが私の力がSu-35であることを知って、今回みたいにどこかに行ってしまおうとしたとき…私に通信でグレイマン大将が言っていたの。クレアちゃんは、ヴァルキリーの力に目覚める前までは、軍人一家である中でも明るい性格の普通の女の子だったんだって…力を家族から認めてもらえなくなって、恥ずかしいからっていう理由でアメリカ軍に入るのをやめるように言われてから、明るい性格はどこかに行ってしまって、ただ家族に認めてもらえるように性格が変わってしまって、グレイマン大将があの家から連れ出して、私がクレアちゃんに会ったときは、ようやく元に戻り始めた時だったんだって…。
私はクレアちゃんとお友達だけど、全部を理解してあげられるかどうかはわからない。だから、クレアちゃんの言うことをちゃんと聞いてあげることくらいしかできなかったの。その中でマルセイエーズ先生が私たちの力について理解を示してくださったから、クレアちゃんはあの時期のまま、ただ認めてもらえたことの嬉しさだけを抱えて生きることになってしまったんだよね…。
私では、クレアちゃんのことを救ってあげることができなかった…なら、一番近くでクレアちゃんを見てきたグレイマン大将なら、クレアちゃんのすべてを理解して、救ってあげられるんじゃないか、って思ったの。」
エカテリーナが言い終わるのを待って、グレイマン大将が口を開く。
「スヴォリノヴァのお嬢さんから、すべて聞いた。…すまなかったね、クレア。私があの馬鹿息子たちからお前を引き離すだけでなく、もっときちんとお前の悩みを聞いて、正しい道へと導くことができていれば…そうできていれば、お前を危険な目に遭わせることもなかったのかもしれない。一時は戻りかけたお前の心が、ヴァルホルへの入学が決まったことを期に再び固まってしまうこともなかったかもしれない…それはすべて、お前の保護責任者たる私の落ち度だ…許しておくれ、クレア…。」
最後まで言うか言わずか、声を震わせて目を伏せるグレイマン大将。それを見て、クレアが言った。
「…お祖父様…そのようなことはありません。
お祖父様は、私の力を主力機でないと馬鹿にすることはありませんでした。いつものように、私の自慢の孫娘だ、とずっと言い続け、道を示し続けてくださったのは、他でもないお祖父様です。エカテリーナという、かけがえのない友人と出逢わせてくださったことも。…第二世代ヴァルキリーとしてヴァルホルで力をつければ、家族を…あの人たちを見返せる、そう思ってしまい、お祖父様のお気持ちやエカテリーナの気持ち…元の性格に戻ってほしいと願うその尊い気持ちを蔑ろにしてしまったのは、他でもない私自身なのです…。申し訳ございません、お祖父様…どう顔向けして良いのか…私にはわかりません…。」
「------クレア。」
泣き出しそうなクレアに対し、グレイマン大将が真剣な、しかし柔らかな顔を浮かべて告げる。
「そう思うのならば、私に約束をしてほしい。
ひとつ。これまでの友、そしてこれから得るであろう友を、末長く大事にせよ。私はこの年だ。いつまでお前を見守れるかはわからない。お前には、私以外にも、見守り、時には衝突しながら切磋琢磨し合い、共に歩める友が必要だ。
ひとつ。人に心を開け。心を開かぬ人間に友の存在はない。友を信じ、友を得る糧とするために、心を開き、会話を忘れず、少しずつでもお前の本当の気持ちを正しく伝えられるよう精進せよ。
ひとつ。自暴自棄になりたい時こそ、歯を食いしばって生きよ。友の顔を思い出せ。友を悲しませるようなことをするな。お前は友から必要とされている。それはヴァルキリーとしての力ではない、お前という存在の尊さによるものなのだから。
以上三点、遵守するよう。
これは、お前の祖父としての願いであり…そして、お前が夢見るアメリカ軍の道の先にある者…アレックス・グレイマン大将の厳命である。」
「友を…大事に…。私の夢見る…アメリカ軍への…道…。
------はい、お祖父様…そして、グレイマン閣下。
私は、生涯それを心に刻みます。」
そう言ったクレアの目から、涙が溢れ落ちる。
俺は思う。…クレアは、理解したのだろう。
認めてもらえる存在は、もうすでに側にあったのだと言うこと。
家族に認められなければ、夢を見ることが許されないなどということはないのだということ。
自分もまた、友と手を取り笑いあい、同じ時を生きたいと願えること。
そして…自分はもう、誰かの目線を気にして気を張る必要などないのだということを。
「クレアちゃん。」
アンが、クレアの方に一歩踏み出す。
「約束、覚えてる?私が勝ったら、クレアちゃんとお友達になれる…じゃあ、私とクレアちゃんは、もうお友達、だよね?
…あ、いきなりじゃなくてもいいの。いろんなことを聞いて、いろんなことを話して、少しずつ少しずつお友達になっていければいいな、って思ってるから。…だめ?」
そのアンの言葉に、クレアが返す。
「…私は、お祖父様と約束したのだ。友を…これから出逢う者をも大事にせよ、と。
貴様…いや、君は、私のことを追ってきてくれた。あのときのエカテリーナのように。自暴自棄になる私を必死で止めてくれた。
…君は、エカテリーナの次にできた、私の友、ということなのだな…。」
------そう言ったクレアが見せてくれた表情。
それは、きっとこれが本当の彼女なのだろうと心から思える、柔らかな優しい笑顔だった------




