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Valkyrie Aile-繋ぎたい手と手-  作者: 雪代 真希奈
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第5章『力と、想いと、思い出と』

『------次に、高等部生徒会役員選抜対学舎選抜、ヴァルキリーエールの部に移ります。各ヴァルキリー及びオーディンの学生は準備をお願いいたします。』


 …あれから数週間。

 周囲ブロックB、地上区画大演習場にアナウンスが響いていた。

「よし…二人とも、準備はいいか?」

 それを聞いて、俺はすでにスヴェルを纏っているアンとリーザに声をかけた。

「うん…大丈夫。」

「あたしも問題ないわ。行きましょ、アン、浦澤君。」

 …よし。

 二人の声を聞いた後、俺たち三人は、明るく照らされたアリーナへと踏み出す。


『------わぁぁぁぁぁぁぁっ------!!』


 大歓声が、俺たちの鼓膜を震わせる。

 それと同時に、俺たちが出てきたところとは逆側の出入口から、同じくスヴェルを纏った銀髪の女子生徒と金髪の女子生徒が入ってくるのが見えた。

「…ふん、一応先輩になるあたしたちより遅く入ってくるなんて、こっちも相当に舐められたものね。どうせ、こっちが出てくるまで待ってたんでしょうが。」

 リーザが、向こう側の二人…クレアとエカテリーナに言う。クレアが、それを聞いて答えた。

「私とエカテリーナは選ばれし第二世代ヴァルキリーだ。第一世代である貴様らに媚びる必要などない。」

 …まあ、おそらくこうなることはわかっていた…と、俺がそんなことを思っていた時。

「リーザ、落ち着こう。大丈夫…第一世代とか第二世代とか関係ない。だって、私たち、負けないもん。…それに、リーザがいてくれたら大丈夫。私、怖くないから。」

 アンが、普段の明るい声の中に、少し力を込めて言う。

「アン…そうね。あたしとアン、それに浦澤君なら大丈夫。…覚悟はいいわね、クレア、エカテリーナ。舐めた口を叩いてくれたこと、きっちり後悔させてあげる。」

 リーザがそう言って、一歩踏み出す。

 俺とアンも続いて、アリーナ内の控え所となっているベンチの方へと踏み出した------


※※※


「蒼天…私、もう怖がらないよ。」

 

 …あの日、大浴場から戻ってきた後、アンはすぐにそう言った。

「…アン、一体どうしたんだ?」

 俺が聞くと、アンは一度深く息を吐いた後、俺の目をしっかりと見て言う。

「…さっき、お風呂にいたときに、ローレライ先輩が言ってたの。ローレライ先輩の力は、自分自身や他の人の体だけじゃなく心も守れるものなんだ、って。それを聞いてわかったの。私がしたいこと…私らしくあるために何が必要なのか…自分自身の心を守るためにはどうすればいいのか。だから…私、ちゃんと向き合う。みんなと仲良くしたいから…クレアちゃんとエカテリーナちゃんとも仲良くなりたいから。…そのために、二人と新入生歓迎会で戦わなくちゃならないなら…私、戦うよ。」

 …長年、近くで見てきた俺にはわかる。この目は、アンが強い想いを抱いた時、それも、絶対に曲げたくない何かがあるときにだけ見せる覚悟の目だ。リーザもそれを理解しているようで、俺が視線を向けると、リーザはアンと同じ真剣な顔をして言った。

「浦澤君、あたしもアンに同意するところよ。

 …まあ、浦澤君やアンがあんな目に遭わされてるのに、連中をすぐ許せるかって言ったら、正直無理ね。そういう意味では、あたしとアンのしたいことは違うのかもしれないわ。でも…アンの考えにもちゃんと同意できるってことは、アンとあたしの思考の行き着く先は、おそらく同じなんだと思う。それが学園を担う生徒会役員としてのものなのか、それとも個人のものなのかはわからないけど…。

 ただ、ひとつだけ言えることはあるわ。…あたしは友達として、アンの言うことを信じてあげたい。あの二人とも仲良くなりたいと思えるなら、そのためにあたしができることをしてあげたい。

 ローレライ先輩に聞いた話だと、もう連中はあたしたちと戦う気満々みたいよ。確かに、ここであたしたちは、意味がないって言って逃げ出すことはできるわ。でも、そうしたら、アンが言うあの二人と仲良くなりたいっていう気持ちを、あたしや浦澤君っていう他人のわがままで潰してしまうことになりかねない。だって、新入生歓迎会で二人と戦うことは、アンにとってはあの二人と仲良くなれるただひとつのチャンスかもしれないんだから。あたしはそのチャンスを、アンに手放してほしくないの。

 それに、さっきの浦澤君の勘…本当にサラが、あたしたちをその場で潰して社島においての力を磐石にすることを目論んでるんなら、あたしたちが勝てば、逆に向こうにこっちの要求を呑ませることだってできると思う。まあ、正直なところ、実際にどうなるかはあたしにもわからないけれど…ただ、何もやらないよりかはマシだと思う。…というより、何もしないことで好き勝手されるのが嫌なだけなのかもしれないけどね。」

 …なるほど。

 大浴場で先輩と話したと言っていたこと…それに二人とも何か思うことがあったのだろう。

 …それが何なのかは、俺にはわからない。ただ、理解できることはある。


「…それが、アンとリーザの意志なんだよな。」


 それだけは、俺にもわかる。

 目的やそれに伴う方向性は確かに違うかもしれない。それをしたからと言って、何ができるかもわからない。

 だが、二人の願いは、確かにここにある。それは嘘偽りのものではない。

 アンは、あの二人と仲良くなれる未来を望んだ。

 リーザは、友人としてアンの意志を汲み取りながら、少しでも自分や俺たちにとってプラスになる可能性を取れる道を選んだ。

 …これは、アンとリーザだからできることだ。互いに信頼できる友人であるという繋がりが、アンとリーザに、この道を選ぶ勇気を与えている。


「…なら、俺も二人に賛成するだけだ。

 俺とアンは恋人同士で、俺とリーザは友人同士だから。

 二人の意志に賛成することもまた…俺にしかできないことなんだろうからな。」


 俺は、二人に向けてそう言葉をかける。二人はそれを聞いて、力強く頷いた。

 …よし。

 俺たちは、俺たちのできることをしよう。

 ------それが、俺たちのこれからに、きっとつながってくれることを信じて。 


※※※


 …そのようなことがあり、次の日、俺たちは鶴城先輩に俺たちの考えを伝え…そして現在に至る、というわけだった。

「三人とも、準備はいいみたいだね。」

 俺たちのセコンドとして立候補してくださった鶴城先輩が、俺たちに近づいてきて言う。 

「…でも、何回も聞いて申し訳ないんだけど…本当に大丈夫?あれからそれほど時間が経ってるわけじゃないし、いろんなショックだと思える出来事もあったわけだから、俺としては正直、まだ少し心配ではあるかな…そんな挑戦的なことをしなくても、俺から国連に直接掛け合って、無理やりにでも祠島と今回のことを大声で問題にしてもいいんだよ?その辺りは、学園が役に立たないなら立たない割に、無理を通せる権限を俺は持たせてもらってるわけだし、今ならその国連の偉いさんたちも来てるわけだから、俺が今動けば何とかできるかもしれないし。…まあ、確実性は薄いけどね。」

 その問いに、俺は覚悟を持って返す。

「いえ、それには及びません。…これは、アンやリーザと決めたことですから。…そうだろ?アン、リーザ。」

「ええ、それに、あたしもアンも、勝つための準備をしてきたから。ついでに言えば、今回はアンのオーディンとしての浦澤君がいるもの。あたしたちを馬鹿にしくさった連中になんぞ、負けるもんですか。」

「うん。蒼天とリーザがいれば大丈夫。クレアちゃんとエカテリーナちゃんが信頼しあっているように、私たちには、私たちの信頼があるんだから。だから…負けないよ、絶対。」

 その言葉によって、鶴城先輩にも、俺たちの意志は伝わったらしい。「そう…わかった。そこまで言うからには、俺も何も言うことはなさそうだね。」と言って、少し綻んだ笑顔を見せてくる先輩に、俺は聞いてみたいことを問うてみる。

「…そういえば先輩、白鷺先生はどうなさってるんでしょうか?」

 …本来なら、新入生歓迎会での生徒会役員と学生選抜の模擬戦闘というのは、生徒会顧問と学舎の責任者がセコンドを行うのが通例だ。白鷺先生は『ヴァルキリーパンツァー』の責任者でもあることから、同じ学舎同士の模擬戦闘であれば、どちらかに対して代理を立てる必要がある。しかし、俺たちは生徒会役員としてこの場に立っている。それならば、本来代理は必要ないはずなのだ。…この場にいないどころか、今日、今に至るまで学舎のヴァルキリーたちやオーディンたちのセコンドにもついていない白鷺先生…彼女があの時…俺たちがクレアとエカテリーナとはじめて戦った時に見た、静かに肩を震わせ、悲しそうに、悔しそうに言葉を紡いでいた彼女のことが、俺は何となく気がかりに感じていた。

「白鷺先生は大丈夫。モニターを通して、別のところでしっかり見てくれているよ。…正直、あの時の白鷺先生の様子を考えると俺も心配ではあるけど…でも、白鷺先生が、一時の何かに思考や行動のすべてを持っていかれるような人じゃないってことは、俺が一番良く知ってるから。」

 そう言って、鶴城先輩は、俺たちに真剣な顔を向けてくる。

 …聞けば、鶴城先輩は白鷺先生のご親戚でもあるらしい。先輩の言葉は、その特殊な関係性から来る経験則でもあるのだろう。それならば、俺たちが心配をするのも野暮というものだ。気にしすぎたおかげでパフォーマンスが落ちてクレアとエカテリーナに負けた、なんてことになったとしたら目も当てられないどころか、祠島…ひいては社島そのものを、本当にマルセイエーズ先生の好き勝手にされかねないのだ。まずは、この試合に必ず勝つことを考える、話はそれからだ。

「…そういえばリーザ、聞きたいことがある。」

「ん…?何?」

 俺の言葉に、リーザが頭の上に疑問符を浮かべる。

「今回の試合でお前が提示した制限事項(レギュレーション・リミッター)のことだ。ルール上、試合が始まる前までなら変更は可能なはずだから、確実に勝つなら、やはりビフレストの接続は必要だろう。なのに、どうしてあんなことを言ったんだ?いい加減に教えてほしいものだが。」

 …実は、リーザは今回の試合で、「自分とは絶対にビフレストを繋がないように」と俺に釘を刺しており、運営側にもその制限をかけたルールでの試合を申し出ていた。聞いてもはぐらかされることがわかっているので今まで聞かなかったが、さすがに今になったら教えてくれるだろう。リーザもなんとなく聞かれると思っていたのか、いつもの茶目っ気のある顔をして言った。

「理由っていうのは、そうなったら確実にあたしが無双して終わりだからよ。どんなからくりを向こうが持ってるのかはあたしも未だにわからないけど、前に戦った時のことを考えると、向こうはせいぜい、エカテリーナがあたしと同格程度になれるレベルのはずよ。クレアがあたしと同格になれるのなら、アンがクレアに捕まってるのを見てあたしがそっちに突っ込んでいくのを、エカテリーナが茶々入れに来る必要もないはず。多分、アンが浦澤君とビフレストを繋げば、連中とあたしたちはランク上の数字はフェアになるわ。クレアやエカテリーナがアンやあたしに全然触れずにボコボコにしてやってもいいんだけど、それはそれでつまんないものね。特にクレアは、アンと本気でやり合いたいんでしょ?アンもそれをわかってこの場に立ってる。なら、あたしがただ無双するだけっていうのは、それこそ失礼なことでしかないわよ。

 …それに、あたしはあたしで、エカテリーナの方に用事があるわ。どっちもロシアの主力戦闘機の力を持った者同士、どっちがより優れてるのかを思い知らせるためには、あたしとあの子は同格の力同士で戦う必要があるの。」

 …なるほど、リーザらしいと言えばらしいな。高等部一年の頃、俺とアンとリーザが三人で遊んでいた時に、俺の個人的な友人がゲームで改造データを使っていたことがあることを話した時、延々と改造データやチートに関する文句を聞かされたことがある。その感覚と同じで、あくまでもリーザ本人だけはフェアな状態で戦いたいのだろう。

 それに、アンの言葉を受け入れたということもある。確かに、リーザがビフレストを繋げば、それこそ本当にリーザだけを前に出して戦わせて、俺とアンは後ろで見物だけしていても、おそらく勝つことは容易どころか確実だろう。しかし、それではアンの想いを受け入れることにはならない。

 …アンは、自分からクレアとの対戦を望んだのだ。彼女と仲良くなるために。この試合をそのきっかけとするために。それをわかっているからこそ、リーザはあえてフェアな条件になるように自分に制限をかけてまで、アンとクレアが戦えるようにしてくれた、と考えても良いのだろうと思う。

「…わかった。だがリーザ、油断はするなよ。今回の基本ルールが2on2とはいえ、クレアがアンをマークする可能性が高い以上、アンとお前はどこかのタイミングで確実に切り離しをくらうことになるだろう。同じ条件での一対一はあまりにも危険だ。」

 俺がそう言った時。


「…蒼天、大丈夫だよ。」


 ここで、アンが俺に対して笑顔で言う。

「それなら、考えてきた作戦通りに動けばいいの。それに、もし作戦が通用しなかったとしても、前とは違って、私が蒼天とビフレストを繋ぐことでクレアちゃんとほとんど同じ条件になれる。…だから、大丈夫。リーザと二人で…ううん、蒼天も一緒に、三人で力を合わせて戦おう。」

 …アンの言葉は、魔法のようだ。

 それを聞くだけで、俺の中にあった不安の塊が、すとん、とどこかへと落ちていくような気がする。

「…ふふ、アンに言われちゃったわね。大丈夫。あたしにアンがついてくれてるように、アンには浦澤君がついてるんだから。オーディンとして、恋人として、ちゃんと手を繋いでおいてあげて。」

 …アンとリーザにここまで言われてしまったら、俺は何も言うことはない。


「…よし、行くぞ、二人とも。俺たちの繋がり…見せてやろう!」

「うん!」

「ええ!」


 俺たちは、そう言って手を繋ぐ。

 アンを中心に、右手を俺の左手が、左手をリーザの右手が繋ぐと。


『------間もなく、試合開始です。安全のため、セコンドはシールド内へ退避、ヴァルキリー、及びオーディンは所定の位置に待機してください。繰り返します------』


 放送が、俺たちにスタンバイを告げる。

「OK…じゃあみんな、悔いのないように、思い切り戦ってきてね…行ってらっしゃい!」

 鶴城先輩が、俺たちにそう言って敬礼する。生徒会役員がルーンを唱え、ビフレストを繋ぎ、スヴェルを纏うことになる時、先輩がいつも行うことに決めているという仕草だ。

 …先輩は、俺たちが生徒会役員であることを知っている。たとえ学舎から村八分にされようと、ヴァルホル国際平和学園の学園生徒会の仲間として、俺たちに向けてその仕草をしてくださっている。

 ならば、俺たちは、それに応えるだけだ。


『------了解!』


 先輩に、生徒会役員として敬礼を返し、俺たちは広いアリーナへと踏み出す。それと同時に、俺の口がルーンを紡いだ。


接続開始(コネクト・スタート)!」


 その瞬間、すでにスヴェルを纏っているアンの体から、淡く煌めく優しい光が、アリーナ内部へと広がっていく。

 …確かに、俺とアンは、相性が篦棒に良いわけじゃない。向上させられる力も、それほど大きな触れ幅じゃない。

 …しかし、俺とアンは、今、こうして手を繋いでいる。ヴァルキリーとオーディンとして、恋人として、信じ合い、手を繋いでいる。

 これが他人にできるか?否。アンと手を繋ぐことができるのも、ビフレストを繋げるのも、俺だけだ。なら…俺は俺のできることをする。そう思った時。


「あいつは…。」


 所定の位置に着き、ふと客席の方を振り返ると、見覚えのある顔の男子生徒と、彼と仲良く話している6人の女子生徒がいる。

 …忘れるわけがない。あいつは新学期が始まる前…アンが話を聞こうとしたという男子生徒だ。あの時の暗い顔は見る影もない。周りに女子生徒が6人いるということは、おそらく、あれがシャシコワ先輩の言っていた「ヴァルキリーパンツァー」におけるチームメンバーなのだろう。そう思っていると、その女子生徒たちは、彼と、その隣にいる一人のおとなしそうな女子生徒を取り囲み、なぜか顔を赤くする二人に対し、何やらやいのやいのと言いながら囃し立てている。

「あっ、エミリー…そういえば、彼氏ができた、って…。」

 アンがそう言って彼らに目を向けると、向こうも俺やアンがこちらを見ていることに気がついたのだろう。赤い顔をしてお互いに対して何やら苦笑いをした彼らは、その直後にはにこりとして立ち上がり、俺たちに互いにしっかりと握りあった手を見せてくる。

 …そうか。

 あの男子生徒は、エールの学舎では「脱落者」の烙印を捺されてしまっていた。しかし、パンツァーの学舎へと転科し、この一月ほどで新しい仲間に恵まれただけでなく、互いに大切に思えるパートナーもまた見つけることができた、ということなのか。どうやら、女子生徒の方はアンが知っているらしいことを考えると、アンとはすでに知り合いなのだろう。ということは、アンは二人を繋いだキューピッドのようなものか。…まったく、やはりアンには敵わないな。偶然とはいえ、前向きにさせようとするだけじゃなく、こんな繋がりまで作ってしまうとは。

 …彼らもまた、アンが繋いだ俺たちの友人。そんな考えが、俺の頭に浮かんでくる。

 …見ておけ。お前を孤独にしたマルセイエーズ先生やエリート気取りのエールの学生連中に、俺たちの繋がりの力を見せてやる。そう思っていると。


「------クレアちゃん、エカテリーナちゃん!」


 少し目を閉じていたアンが目を開き、いっぱいの笑顔で、クレアとエカテリーナに声をかけた。

 …間違いない。あの笑顔は、アンが誰かと心から仲良くなりたいと思っている時の顔だ。それを伝えたいと願う時に見せる、綺麗で純粋な心の在り方を伝える時の顔だ。


「私は、本当なら、クレアちゃんともエカテリーナちゃんとも戦いたくなかった…でも、二人とお友達になるためなら…そのために戦わなくちゃならないなら…戦おうって決めたの。

 だから…私たちが勝ったら、二人は私のお友達。それでいいよね?」


 それを聞いたクレアが、一体この女は何をほざいているのか、という視線をアンに向ける。

「…貴様と私が友…だと?ふん、片腹痛い。なぜ私が貴様と馴れ合わねばならない?」

 クレアからすれば、おそらく真っ当な問い。それに負けじと、アンがまた声を出す。

「理由なんて、ない。私が、クレアちゃんやエカテリーナちゃんと仲良くしたいから…それで充分だと思う。

 …クレアちゃん、言ってたよね。私がF-16の力を宿してるのが気に入らない、って。でも…何の力を持っているかとか、強い力とか弱い力とか…そんなの、お友達になるには、何の関係もないよね?」

「…関係がない、だと?笑止。そのような戯言に付き合う暇はない。ヴァルキリーとしての有り様は、ただ力のみ。そして私は第二世代ヴァルキリー…貴様ら第一世代とは異なる存在。そして、現在において第二世代ヴァルキリーは私とエカテリーナのみ。ゆえに、私の友はエカテリーナのみ。忘れるな、下郎め。」

「…やっぱり、エカテリーナちゃんとお友達なんだ。」

 クレアの言葉に対し、何かに気づいたらしいアンが食い下がる。

「エカテリーナちゃん、クレアちゃんとはどこで出会ったの?どんなお話をして仲良くなったの?」

「え…ええと…お、教えていいのかな…駄目…だよね?」

 何やら困っているらしいエカテリーナにフォローを入れるように、クレアの言葉がアンの言葉をかき消しにかかる。

「…くどい。どちらにせよ、貴様らに勝ち目などない。先生に聞くところによれば、貴様の友とやらはビフレストの接続を拒んだそうだな。そのような状態で、私とエカテリーナに勝てると思ったか。

 …まあいい。私は貴様を倒せれば良いだけだ。精々足掻くがいい。貴様の言う、私と友になりたいなどという虚言を…金輪際言えないほどに叩きのめしてくれる。」

 そのようなことを言われても、アンは迷わず、言葉を紡いでいた。


「…うん、わかってるよ。一言で仲良くなんてなれないことくらい。

 でも…私はそんなのは嫌。エールの学舎がギスギスしちゃうのも、本島と祠島が分裂しちゃうのも、仲良くなれるかもしれない人たちが離れて行ってしまうのも嫌。


 …これが最初で最後かもしれない、だから私は戦うよ…

 ------みんなが笑顔になるために…お友達になるために!」


 アンが言った時、アリーナ中に、制限時間いっぱいのブザーが鳴り響く。それと同時に、

『試合開始まで10秒…9、8、7…。』

 …いよいよだ。

 俺は気合いを込めて、二人に呼びかける。

「アン、リーザ、行くぞ!!」

「うん!」

「了解!」


『3…2…1…試合、開始!』


 ------アナウンスとともに、試合開始のブザーが鳴り響く。

「行くわよ------!」

 叫んだリーザの背面のノズルから炎が吹き出したと思うと、リーザは一気に二人との距離を詰める。そのままリーザは以前のように短距離空対空ミサイルを二本呼び出し、同時にクレアとエカテリーナへと放った。

「ふん、所詮は何も考えなしのカミカゼか。エカテリーナ!」

「う、うん…!」

 クレアとエカテリーナはやはり散開し、各々ミサイルの対処にかかる。しかし。

「甘いわ!」

 リーザが叫ぶと同時に、二つのミサイルがエカテリーナに向く。

「何…?」

 リーザの意図に気がついたのだろう。クレアの顔に、若干の焦りが浮かぶ。

 …そう。リーザは二人を相手にしていたのではない。固まっている二人を相手にしているように見えて、実際に狙っていたのはエカテリーナの方だけだったのである。

「くっ…。」

 エカテリーナは咄嗟にフレアを使って撹乱しようとするが、

「------ええええぃっ!!」

 エカテリーナの逃げる方向には、すでにアンが待ち構えている。アンがエカテリーナの行動よりも後出しで放ったミサイルは、先ほどのフレアの効果を受けることなくエカテリーナを執拗に追尾し、今度は瞬間的な加速を以てクレアを振り切ったリーザの方へと追い込んでいく。

「ちっ…!」

 クレアは咄嗟にエカテリーナの方向へと向かおうとするが、その瞬間、リーザがにやりとして彼女を見る。当然だ。リーザは、『意図的にアンの射線の上にいた』のだから。

「なっ…!」

 アンの放ったミサイルが、エカテリーナだけでなく、本命としてクレアも狙っていたことにクレアが気がついた時には、リーザは大きく宙返りをして、アンのミサイルの射線上から一気に離脱しながらクレアにミサイルを撒き散らしつつ、エカテリーナの方へと銃口を向ける。リーザの機銃がけたたましい音を立てて火を吹いた。エカテリーナは負けじと大きな弧を描いてそれを回避するも、彼女の逃げる方向…今の状態ではおそらくクレアと一番合流しやすいはずのその方向には、今度はアンの機銃掃射が進路を塞ぐように置かれている。以前のアンとリーザとは逆の立場…クレアから完全に切り離されてアンとリーザの波状攻撃に追い回されるエカテリーナ、そして的確な場所を見計らって飛んでくるリーザの牽制射撃と、最短距離で合流するためのルートを的確に潰すアンの攻撃によって、エカテリーナをカバーすることも難しいクレアは、俺が見ても徐々に劣勢へと立たされていると見える。

 …そう、これこそが、今回の作戦のひとつ。意図的に2on1になる…クレアとエカテリーナにとってはそうならざるを得ない状況を作り出し、速攻によって連携をさせることなく一人を戦闘不能にする電撃作戦。エカテリーナを狙っているのは、彼女が得意らしいクレアへのカバーを潰すこと以外に、クレアを意図的に孤立させることによって、より火力が低く無視しやすいと言えるクレアを陽動し、本命の攻撃へと誘導するためのものでもある。クレアたちにとってより危険度の高いリーザが二人分のヘイトを無理矢理に受けることでアンにヘイトが向くことをできる限り避け、なおかつこちらにとっても危険度の高いエカテリーナを狙うことによってさらに有利な状況へと傾け、隙あらば本命の火力となるアンがとどめの一撃を叩き込む、というもの。

 …俺は思い出す。

 今までの出来事。

 他ならぬアンの確かな観察眼と応用力が、この作戦の流れを編み出したことを。


※※※


「…蒼天、リーザ、特訓しない?」

 アンがそう言ったのは、俺たちが試合に出ることを鶴城先輩に伝えたその日のことだった。

「…特訓?」

 俺がそう言うと、アンは首を力強く縦に振り、

「…だって、リーザはともかく、私は弱いもん。このままじゃ、私は足手まといになっちゃうから。」

「あたしも賛成。それに、今回のルールはツーマンセルだから、あたしたちも何か作戦を考えておかないとね。連中はフィーリングでも作戦が成り立つかもしれないけど、こっちはそうとは限らないし。」

 …そうだな。確かに二人の言う通りだ。

「…わかった。だが特訓と言っても何をする?アンもリーザも、模擬弾を撃つくらいならしたことがあるだろう?正直、何をすればいいのかさっぱり見当がつかないんだが…。」

 俺がそう言っていると。

「…あの、みなさん、少しいいですか…?」

 その声に振り向くと、ローレライ先輩とシャシコワ先輩がこちらへと近づいてくるのが見えた。

「ローレライ先輩、シャシコワ先輩も…何かありましたか?」

 俺が聞くと、シャシコワ先輩がこちらを見て言った。

「新入生歓迎会の特訓をするのでしょう?先ほど、クリスティナと話していたのですけれど、あなたたちの話している内容が聞こえてきたことで、クリスティナもわたくしも少し気になったのです。」

「…アナスタシアちゃんの言う通りです。なかなか実戦で練習できる機会もないですし…それに、おそらく実戦に近い形で特訓ができないと、彼女たちに対抗するのは難しいと思います。なので、わたしが何かお手伝いできたら、って思ったんです。」

 …なんという願ったり叶ったりな申し出だろうか。ローレライ先輩は言わずもがなだし、シャシコワ先輩は『史上最大の狼化現象』において、狼化ヴァルキリーとなったローレライ先輩と最前線で、しかも実弾を用いて戦ったという先輩方のうちの一人だ。学舎と持っている力は違うものの、この二人との特訓ならば、おそらく途轍もない実戦経験になるに違いない。

「…ローレライ先輩、シャシコワ先輩…ありがとうございます。…じゃあ、善は急げで、今から大丈夫ですか?」

 二人の申し出に、アンが胸の前で両手をぐっと握って言う。それを見て、ローレライ先輩が、にこりと笑って言った。

「はい、わたしは大丈夫ですよ。あ…誠さんにも聞いてみようかな…ちょっと待っててくださいね。」

 そう言って、ローレライ先輩はスマホを取り出し、鶴城先輩に電話を始める。

「あ、誠さん。実はこれからフローレスさんたちの特訓に…え、言うと思った…ですか?…ふふ、誠さんはやっぱり鋭いですよね。…はい、あ、わかりました。伝えますね。じゃあ、また後で…。失礼します。」

 電話を切ったローレライ先輩が、再び俺たちの方を向いて言う。

「後から誠さんも合流してくれるそうです。今使っていないのはブロックCの演習場らしいので、そちらの方で合流しましょう、っていうことでした。アナスタシアちゃんは…大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません。行きましょう。」

 …なんという根回しの早さだ。というか、完全に鶴城先輩はローレライ先輩の性格と俺たちの行動を知り尽くしているのだろうか。…察してくださっているのか、それともどこかで見ているのか…恐るべし、現学園生徒会会長。

 そんなことを思いながら、俺たちはブロックCへと向かう。…ショッピングモールのある地上区画も然ることながら、地下区画はさらにあちこちが入り組んで、袋小路になっているところもたくさんある。…万が一の時、外敵や狼化ヴァルキリーの行動を可能な限り制限し、島民の避難の時間を稼ぐための機構であるとは聞いているが、逆に避難がおぼつかなくなったりはしないのだろうか、と、そのような最悪な事態をなんとなく考えてしまう。…まあ、基本的に周囲ブロック群(ヨルムンガンド)は有事の際には本島ブロックから切り離されることになっているから、その外敵やら狼化ヴァルキリーやらがそのブロック内部にいなければ何ら問題はないのだが。

「…先輩方、本当にこっちで大丈夫なんですか?」

 どうやら、リーザと言えどもこの複雑な道を完全に把握しているとは言えないらしい。リーザのその問いに、シャシコワ先輩が歩きながら返してきた。

「ええ、わたくしもクリスティナも、もう何度も来ているところですから。」

「そうですね。…今となっては懐かしいです。誠さんとアナスタシアちゃんと一緒に、ヴァルキリーの力を怖がらないように始めた特訓のこと。」

「え、先輩も特訓してたんですか…?」

 アンが、少し驚いたような口調でローレライ先輩に振り返った。

「はい、五年前ですね。当時はまだまだヴァルキリーの力を宿していることが怖くて、でも、何か変わるためには必要なことだと思って、アナスタシアちゃんにお願いして特訓をしていたんです。後から、誠さんも参加してくださるようになったんですけど。」

 ローレライ先輩の言葉に、シャシコワ先輩が続ける。

「…今となって思います。あれから、クリスティナは本当に強くなった…いいえ、その言い方は適切ではありません。クリスティナの本来持っていた強さ…ヴァルキリーとしての才能だけでなく、誰かを深く思う心…それらを必要な時に、しっかりと己の意志の元で、誰にでも見える形で出すことができるようになった、という方が正しいでしょう。それは、一重にクリスティナの努力があったからこそです。」

「…アナスタシアちゃん、それができるようになったのは、わたしだけの力じゃないです。アナスタシアちゃんが手伝ってくれて、当時のチームメイトがわたしのことを信じてくれて、フィアお姉ちゃんがわたしを助けてくれて、そして、誠さんがいてくれたから…だから、わたしは今、こうしていられるんですから。」

 そう言って笑いあう先輩たち。…エールの学舎ではあまり見られないと言っても良い友人同士の信頼感溢れる笑顔に、なんとなくこちらも顔が綻んでしまうのを感じる。

「…さあ、着きました。鍵を開けたら、早速ウォーミングアップを始めましょう。」

 シャシコワ先輩が言って、制服のポケットからカードキーを取り出し、目の前の扉のところにあるカードリーダーにかざす。重い音を立てて開く扉を前になんとなく緊張してしまっていた。

「クリス、アナスタシア、お待たせ。みんなも揃ってるみたいだね。ごめんね、遅くなっちゃって。」

 遅れてきた鶴城先輩が、俺たちを見てそう言った。

「いえ、大丈夫です。…それより、俺たちもすみません、いきなりお呼びしてしまって。」

 俺が言うと、鶴城先輩は首を振って言う。

「ううん、気にしないで大丈夫だよ。…それより浦澤君、ひょっとして、緊張してる?」

「…やはり、わかってしまいますか…。」

 俺が素直に言うと、鶴城先輩はにこりとして、

「大丈夫だよ。今回は模擬弾を使うからみんな怪我もしないわけだし、実戦形式とはいっても、今回はクリスとアナスタシアに絶対勝たないといけないわけじゃないでしょ?どうすれば勝てたんだろう、より負ける要素を減らすためにはどうすればいいんだろう…それは、後から考えればいいんだと思うから。」

「…そういうものですか。」

「うん、そういうものだよ。それに、今回クリスたちと練習試合をすることで、見えてくるものもきっとあると思う。…とはいっても、見つけられるかどうかは、俺にもよくわからないところではあるんだけどね。」

 …鶴城先輩が言っていることが、本当かどうかはわからない。

 しかし、もしもそれが本当だとしたら。そう思うと、少しやる気が湧いてくるような気がしてくる。

 そもそも鶴城先輩は、絶対に無理だ、などと断言する人ではない。今回のことだって、きっと俺たちが何かを見つけることができるであろうことを見越して言ってくださっている可能性さえある。…それを見つけられるかどうかは、最終的には俺たち次第なのだ。

「誠さんもいらっしゃったことですし…そろそろ始めましょうか?」

 ローレライ先輩が、俺たちに問いを投げかけてくる。最初に答えたのはリーザだった。

「あたしは大丈夫です。アンと浦澤君はどう?」

「大丈夫です、お願いします。」

「俺も問題ありません。よろしくお願いします、ローレライ先輩、シャシコワ先輩。」

 リーザに続いて俺とアンが先輩方に頭を下げると、ローレライ先輩はにこりとして言った。

「はい、よろしくお願いしますね。多分、実戦ではツーマンセルでの試合になるはずなので、わたしとアナスタシアちゃん、フローレスさんとグラーヴィチさんでやってみましょうか。…アナスタシアちゃんも、それで大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません。クリスティナ、背中は任せます。」

 …どうやら、シャシコワ先輩もかなりやる気満々のようだ。

 …しかし、実戦形式か…勝ちに行くことは当然だが…先輩二人と、俺たちはどう戦えばいい?確かに、鶴城先輩の言う通り、模擬弾での戦いだから、スヴェルを破壊される云々は関係ないが…それでも、ローレライ先輩とシャシコワ先輩はおそらく、今のヴァルホルの学生の中において最も実戦慣れしたヴァルキリーとも言えるはずだ。


(そんな人たちと戦って…勝てるのか、俺たちは…?)


 …やはり、その不安は尽きないらしい俺だった。



 …一時間後。

「…うぅ…やっぱり駄目だった…。」

「同感よ、アン…あたしも何もできなかったわ…。」

 完全に目を回して倒れているアンとリーザに、俺は審判役を務めてくださっていた鶴城先輩と一緒に駆け寄った。

「二人とも、大丈夫か…?」

 俺はそう言って、スポーツドリンクを二人に渡すと、二人はこれでもかと言うほどにがぶ飲みし始める。…ビフレストを繋ぐことがオーディンの役目だが、逆に言えばそれしかできない。それをわかっているからこそ、二人の助けに少しでもなれればと思い、あらかじめ自販機まで行って買っておいたのだ。

「ぷはっ…ありがと、蒼天…。」

「あぁ、ちょっと生き返ったわ…。」

 そんな二人の様子を見て、近寄ってきたローレライ先輩が言った。

「お二人とも、お疲れ様でした。…ごめんなさい、きつかったですよね…?アナスタシアちゃん、わたしたちも少し休憩しましょうか。」

「ええ。休憩と同時に、今の戦闘の映像を見てみることにするのはいかが?」

 そう言って、まだ座り込んでいるアンとリーザのことを気遣うローレライ先輩と、手元のタブレット端末を操作し始めるシャシコワ先輩は、息が上がるどころか、汗すらも見えない。…それもそうかと思えるほど圧倒的な…というよりも、一方的な試合がこの一時間で何試合も続いたことは間違いなかった。

 ローレライ先輩は、さすが最高のヴァルキリーと称されることはあり、とにかく強い…もっと言えば、模擬戦闘ではあまり関係のない攻撃力や防御力以外の部分においてもとんでもない水準に達している。驚いたのは機動力と読みの精度だ。ローレライ先輩は走っているだけのはずだが、アンやリーザから狙われた時には瞬間移動とも思える速度を一瞬で出すこともある。おそらく、他のヴァルキリーではこのような芸当は不可能だ。当然、居着きを取ることも難しければ、誘導弾もロックオンして発射したと思った時にはすでに誘導性能を失ってあらぬ方向へと飛んでいってしまう。そもそも避ける必要がないほどの防御力の持ち主のはずが、当たらなければ防御行動を取る必要もないというカードすら持っているということは反則ではないかとさえ思ってしまう。また、読みの精度に関しては、一応、アンもリーザも超音速飛行が可能であるはず…なのだが、基本的に7割から8割ほどの確率で、ローレライ先輩の弾は二人の進行方向に置かれている。いくら速く動けるとはいえ、砲口がすでにある程度自分の行きたい方向を向いている以上、避けたければ当たらないように祈るしかないというレベルの途轍もない読みの精度を誇るのだから、本当に驚きを隠せない。

 シャシコワ先輩は、実戦という意味で考えればローレライ先輩と比較すると確かに脅威には感じにくいものの、それでも、おそらく類稀なる努力によって培ったのであろう技術は凄まじいものがある。被弾経始を用いたダメージコントロールによって被害を最小限に抑える技術は非常に的確であり、なおかつ命中精度はおそらくローレライ先輩をも上回る…すなわち狙われればほぼ確実にやられるため、こと模擬戦という範疇の中においての攻撃に関しては、感覚で弾を二人の進行方向に置いているだけのローレライ先輩の攻撃の方が、被弾回避が可能な期待値が多少なりともある分まだましという、かなり絶望的な状況が待っている。…正直、そんな化け物じみた先輩二人に対して、何度戦闘不能判定を受けながらもひたすらに一時間もの間戦い続けたアンとリーザのガッツは本物であり、素直に称えてやりたい気分だった。

「…やはり、そうだったようね。」

 映像に何か気になることがあったのか、タブレット端末を操作していたシャシコワ先輩が言う。

「鶴城さん、クリスティナ、これをご覧なさい。アンジェリーナのこの動き…この部分です。それから…ここ。似たような動きが他にもあります。」

 そう言われた鶴城先輩とローレライ先輩が、画面を覗きこむ。

「これは…やっぱり。俺も思ってたんだけど、フローレスさん、どの状況でも必ずクリスとアナスタシアを二人一緒に見られる位置に向かって動いてる。」

「本当ですね…それに、グラーヴィチさんがわたしたちに狙われている時と、フローレスさん自身が狙われている時の状況、それから2on2から切り離しを受けてしまった時の状況、それらすべてで、対応がほぼ100点に近いものになってます。きちんとグラーヴィチさんを援護したり、自衛に集中したり、場合によっては前にいるグラーヴィチさんを上手に使ってわたしたちをまとめて攻撃目標にしたり…当たり前ではあると思うんですけど、ここまで的確にできているってことは、何か事前にグラーヴィチさんとお話をされてたんですか?フローレスさん。」

 ローレライ先輩に聞かれたアンが、少しもじもじしながら答える。

「あ…実は、お話とかは何もしてないです。どちらかって言うと、リーザから離れないように、リーザがすぐにやられちゃわないように必死でやっているだけで…ローレライ先輩もシャシコワ先輩も、どちらも片方をフリーにしちゃいけないので、すごく大変ではあるんですけど…でも、私だけになったら確実に勝ち目はないですから。…エカテリーナちゃんも、私がクレアちゃんにやられてる時に、リーザに合流されたらクレアちゃんがやられちゃうことがわかってたから、リーザを足止めする方を選んだんだと思うから。」

「…どちらか片方をフリーにしちゃいけない…それをエカテリーナが理解していた…?」

 何かに気がついたリーザが、アンに向かって言った。

「アン、浦澤君、少し意見を聞きたいんだけど…クレアとエカテリーナって、ものすごく連携が完成してたように見えたわよね?…でも、それって実際のところ、本当に相互連携だったのかしら?」

「…どういうことだ?」

 俺の問いに、リーザではなくアンが答える。

「…私は、リーザの考え通りだと思う。多分、あの連携っていうのは、どちらかと言えば、クレアちゃんの動きにエカテリーナちゃんが合わせてることがかなり多かったように思うの。それこそ、私の動きとほとんど同じみたいに。」

「…役割が決まっていて、どちらもそれを理解していたからこそ、あそこまでしっかりした連携ができていただけ、ってわけか。」

 俺がなるほど、と思っていると、リーザがまた口を挟んでくる。

「でも、今思うと、エカテリーナはあたしを邪魔するときには、ただ単にあたしに向かって突っ込んできただけだったわ。邪魔するなら、ミサイルを飛ばすなり機銃を撃って牽制するなり、やり様はいろいろあるはずなのに。それまでの連携の巧みさからは正直考えられないくらい、稚拙で何も考えていないとも言える動きだった。…それを考えると、エカテリーナは戦況を俯瞰的に見ながらの的確な動きが必ずしもできるとは言えないわよね。逆に、アンはそれができる。何も事前に言わず、パターンをその場でちゃんと変えながら、あたしに合わせて、ほぼ完璧に…。

 ねぇアン、浦澤君、覚えてる?あたしたちが一緒にゲームしてた時に、アンが浦澤君が敵に狙われてるのを見て、咄嗟に攻撃して敵を倒したの。それに、浦澤君に指示を出されてたことや、あたしがそもそも前にいたこともあるんだろうけど、あの時、アンは一度も攻撃を受けることがなかった。よく考えればそれだって、ちゃんと状況を俯瞰的に見ることができてなければ無理よ。特にあのゲームの初心者は、敵を倒すことにばかり躍起になることが多いし、あの敵だって本来、あちこち走り回ったり飛び回ったりするおかげで、回復のタイミングや味方の援護に回る判断、それから逃げる判断や方向はかなり見計らいづらいんだから。それに、浦澤君がマークされた時にも、あたしと合流するようにっていう指示だけでちゃんと的確な方向に逃げて、なおかつ、その上で浦澤君への援護までしようとした…あの時は多分、浦澤君の指示での誘導とビギナーズラックが重なったんだって思ってたけど…今の先輩たちの感想で確信したわ。戦況をきちんと観察して、今の状況を理解して、その場その場で的確な行動ができる、これはクレアやエカテリーナにも真似できない、明らかなアンの長所よ。きっと、連中との試合でも役に立つわ。」 

 リーザがそう言うと、アンがぽつりと呟く。

「私の、長所…。」

 …なるほどな。苦手だなんだと言っていた割に、アンは以外とアクションゲームの才能はあるのかもしれない…と、そんなことはどうでもいいか。

「…それなら、それをしっかり活かせるような戦略を考えて、実戦で使えるようにならなきゃな。」

 そうして、俺たちは、また先輩方にまた手伝っていただきつつ、ああでもない、こうでもないと考えながら戦略を練り始める。

 …この試合に必ず勝つという思いを、三人でしっかりと共有し合いながら。


※※※


 ------そして、生み出された今日の戦術。

「------やあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 アンが再び叫ぶ。

 視線の先にあるエカテリーナと、奥にいるクレアの影が一直線になった瞬間、アンの翼についているふたつのミサイルの推進装置が同時に火を吹いた。…クレアとエカテリーナの両方をロックオンし、どちらか、あるいはどちらともが逃げるように動いても必ずこちらにリターンがあるようにするための一手。

 クレアを牽制しながらエカテリーナを追い回していたリーザは、そのまま一気に加速して距離を取り、宙返りしつつアンのミサイルが発射されたことを確認してから、再びクレアとエカテリーナの前に躍り出る。二人のマークを一手に引き受けるリーザと、ノーマークの状態をキープしながら攻撃の手を緩めることのないアン。この一月弱で編み出した、アンの長所である観察眼とアドリブ力を極限にまで高め、リーザのランク上の強さという長所もしっかりと活かしつつ、双方が的確に動きを合わせ続けるという二人の連携は、オーディンとして戦場に直接的に立たない俺から見ても、本当に見事なものだ。

「うぅっ…このままじゃ…こうなったら…クレアちゃん!」

 エカテリーナが叫んだ瞬間、クレアが動いた。…おそらく、エカテリーナはいつもとは違う役割、すなわち苦手な局面に片足を突っ込むことになってでも、自分が囮になった上でクレアと連携し、より脆いと言えるアンを強引に突破する方向へと切り替えるつもりなのだろう。

 …だが、こちらもそれは予想済みだ。

「------アン、リーザ、今だ!」

 俺が鋭く二人に声をかけると。


「ええ!アン、フォーメーションB、行くわよ!」

「うん!」


 その声と共に、今まで互いに付かず離れずの距離でいたアンとリーザが、突然、ぱっと左右に散った。そのまま、アンはクレアへと、リーザはエカテリーナへと突っ込んでいく。

「何…!?」

 クレアがアンの急接近に気づき、アンに向かってミサイルを撒き散らす。しかし、アンの突撃は止まらない。

「------っ…ええええいっ!!」

 肉薄する二本のミサイルをバレルロール機動で強引にかわしたアンは、そのまま以前エカテリーナがリーザにしたように、クレアへと組みつくべく両手を伸ばす。

「ぐ…っ…。」

 何とかアンに組みつかれてバランスを崩すことは免れたらしいクレアは、両手を互いに組むような形でアンと押し合う。

「くっ…う、ぐ…ぅっ…クレアちゃん…降参して!!」

「ぐぅっ…誰が…貴様こそ…無駄な足掻きを…!!」

 互いに苦しそうな顔で額から汗を流しながら、アンとクレアはブースターノズルからさらに大きく火炎を吹き出す。俺とアンがビフレストを接続していることもあり、二人の力はほぼ互角。しかし、やはりアンの力であるF-16と、クレアの力であるF-20では基本的な性能補正において差があるらしい上、おそらく軍人一家の娘として鍛えられていたのであろうクレアと、ヴァルキリーの力を使う以外には普通の女子学生でしかないアンでは素の腕力にも違いはあるようで、アンは時間が経つごとに、少しずつ押され始めている。それでも何とか耐えられているのは、俺とのビフレスト接続のおかげか、それともアンが火事場の馬鹿力とも思える力を発揮しているのか。だが、どちらにせよ、このままではいずれアンが押しきられるのは時間の問題にも思える。

 …俺は、今度は一対一でエカテリーナとドッグファイトを繰り広げているリーザに視線を向けて、祈るように呟いた。


(リーザ、頼む…間に合ってくれ!!)


※※※


(another view “Elizaveta”)


(…さすがに、アンにクレアを任せ続けるのはきついかもね。アン、もう少し頑張って…!!)

 エカテリーナと付かず離れずの距離でミサイルや機銃でのドッグファイトを繰り広げつつ、あたしはアンの方をちらりと確認して、小さくそう呟いていた。

 やはり、エカテリーナの力はあたしとほぼ同じ。どのようなからくりかはあたしも知らないけれど、間違いなく、第二世代ヴァルキリーなる存在というのは、何らかの方法でビフレストの接続とほぼ同じような力を得られるような存在になっている、それは確かだ。

 …だけど、そんなことは今は関係ない。

 学園をサラの好き勝手にさせないためにも、そしてアンの気持ちを無駄にしないためにも…この試合に、絶対に負けるわけにはいかない。ゆえに、まずは勝つことを考えなければ。そのためには、目の前のこの女を、できるだけ早く…可能ならばアンが突破される前に確実に倒さなければならない。

(それにしても------)

 あたしはふと気になったことがあり、空中でいきなり急制動をかけ、エカテリーナへと呼びかける。

「ねぇ、エカテリーナ!ちょっと聞いてもいいかしら。あ、ちなみに答えたくないっていう回答はなしで。」

「…え…。」

 あたしの行動に戸惑いを覚えたのだろう。エカテリーナが同じく止まり、あたしの方を見る。

「エカテリーナ。あんた、ずっと言ってるわよね?サラに言われたからとか、答えてもいいのか、とか。それ、ずっと気になってたのよ。まるであんた、誰かの指示や方法論を聞かないと何にもできないみたいじゃない。それが本当なら…何で自分で考えようとしないの?」

「え…それは…。だって、それが一番だって、みんな言うから…。」

 エカテリーナがたじろぐ。あたしはそれを見て、少し意地悪な気持ちになりながらも言わなければならないと考え、しっかりと声に出して言った。

「みんな、って誰?ここにはあんたとあたし以外はいないでしょ?あそこに突っ立って何もしてないサラや、今あそこでアンと取っ組み合ってるクレアが何か言ったの?それとも生まれてからこの方、ずっとロボットみたいな生活しかしてなかったのかしらね?それなら、あんたがクレアに合わせてしか動けないのも納得だわ。」

「…っ…!!」

 …どうやら図星だったらしい。困ったような顔をするエカテリーナに、あたしは続ける。

「ねぇ、エカテリーナ。もうひとつ聞きたいんだけど、あんたは、クレアの何?友達だって言うなら、クレアのやってること、ちゃんと理解した上で協力してやってるんでしょうね?あんたのルーン…友達のために、っていうような意味のそれは、そのためのものなのよね?」

「あ…。」

 エカテリーナがまたたじろぐ。…やはりそうなのね。そう思ったあたしは、エカテリーナに伝えるために、そしてこのアリーナにいる全員に聞こえるように、声を張り上げて言う。


「…あたしはね、あんたたちのこと、サラのこと、それらを自分だけじゃ許せなかったわ。今だって、正直腸煮えくりかえってるもの。

 でもね…あたしにはあんたたちを、サラを、そしてあたしを信じてこの場に立ってる大事な友達がいるのよ。

 …あたしのルーンの意味…『花は寒さに耐えて咲く』…その意味を考えてくれたのは、他でもない、あそこにいるアンよ。あたしの力、Su-30SMが、元々は輸出していたモデルだった機体をロシア向けに作り直したもの…もっと言ってしまえば逆輸入みたいな形になったものだってことを知ったアンが、『リーザの力になってる戦闘機は、いろんな経験をして、頑張ってきて、ロシアに帰ってきたってことだよね。いろんな国と仲良くなったから、リーザの力になってる戦闘機が生まれたってことなんだよね』って言って、このルーンを考えてくれたの。

 …あたしは嬉しかった。当時、アンと浦澤君と知り合ったばかりの頃、ルーンを考えろって言われた時に迷ってたあたしに、アンはそんな、綺麗でアンらしい、でもちゃんとあたしの力を理解してくれた、そんな素晴らしいルーンをくれたのよ。それからもっと仲良くなって、浦澤君とも仲良くなって…その中で、あたしとアンは、お互いに親友って言い合えるほどになったわ。お互いに、自分の意見を言い合って、同じ方向を向けるような、ね。

 エカテリーナ、あんたとクレアは、それと同じような関係にあるの?…まあ、あたしが見るに、多分それはないでしょうね。嫌な言い方になるけど…だってあんたは、クレアやサラの言うことを素直に聞いて、それに従うだけのいい子ちゃんになっているだけなんだもの。そんなのは友達関係なんかじゃない。少なくとも、あたしはそんな友達関係は認めない。

 …一人で自分の意見もなく生きて、ただそれが正しいと信じてやまない、そして強い力だけは持ってる甘ちゃんなあんたに、あたしは負けない。…あたしの意志は、アンや浦澤君と一緒のものだから…あんたやクレアと違って、あたしは一人じゃないんだからね!!」


 言い終わるや否や、あたしはブースターノズルから炎を吹き出し、そのままエカテリーナに向かって突っ込む。あたしの言葉がよほどショックだったのか、それとも何か琴線に触れるものがあったのか…いずれにせよ、呆然としていたらしいエカテリーナは、完全にあたしの接近に気づくのが遅れ、無防備な姿を晒している。

「------もらったわ!!」

 あたしは、そう叫ぶや否や、今日何発目かわからないほど撃っているミサイルを呼び出し、あたしの接近にようやく気づいて目を見開くエカテリーナに対し、すれ違い様にミサイルを放つ。


…ほぼゼロ距離でのミサイル攻撃は、有効判定部位である翼とエンジン部分に直撃する。

 その瞬間------エカテリーナの撃墜有効判定を知らせるブザーが、アリーナ全体に鳴り響いた。


※※※


(another view “Crea”)


「エカテリーナがやられただと…!?」

 新入生歓迎会のアリーナの中で、私は歯噛みをしつつ前を見る。

 目の前には、私よりも遥かに小柄な女…私と、私に力を与えている戦闘機、F-20が憎しみを覚えているF-16のヴァルキリーが、私の両手を捕まえている。特に筋肉質であるわけでもない、力を込めればすぐに折れてしまいそうなその小さな体のどこに、私と互角に押し合えるだけの力があるというのか。

 しかし、そんなことを考えることはない。それほどまでに…私は激しい怒りの感情にのみ、己の身を任せていた。

「おのれ、第一世代風情が…よくもエカテリーナを…!!」

 私の口から、確かにそのような声が聞こえてくる。

 軍人一家の末娘として厳しく育てられ、将来を期待されていたにも関わらず、ヴァルキリーとしての力が発現した折に、その力が制式採用機のものでないことを知った家族から無視されることとなり、私を受け入れてくださったお祖父様の家へと預けられた私。そのような目に遭うならば周りの人間などいらぬと思っていた、そんな私のことを理解してくれたエカテリーナ。

 同じ第二世代ヴァルキリーであったということ…それは、先ほども目の前の女に突き付けたように、もちろん事実。しかし、それを差し引いても、お祖父様のご友人の孫娘であったという彼女は、私にとって、かけがえのない確かな友だ。それは間違いのないことなのだ。

 ------何も知らぬ人間が、エカテリーナのその優しさにつけ込み、好き勝手にエカテリーナを追いつめて油断させ、その隙を突くとは、卑怯者め…!!

 それだけではない。マルセイエーズ先生への無礼も許しがたいものだ。私とエカテリーナを、マルセイエーズ先生は受け入れてくださった。世界初の第二世代ヴァルキリーとして認めてくださって、私たちが世界の軍事のバランスを保つ者であると言って、そのために励むようにと言ってくださった。それを奴らは台無しにしようとしている。第二世代ヴァルキリーでもない輩が、私たちやマルセイエーズ先生の言葉を認めないことで、私たちの居場所を奪おうとしている。


(負けたくない…負けたくない…負けるものか…!!)


(『------欲しいか------?』)


 その時、私の心の中に、私と同じ声が聞こえてくる。


(『------欲するか?更なる力を------

 ならば、さらに与えよ。私に贄を------

 私の贄は、お前自身だ------

 食わせろ…食わせろ…さあ------早く!!』)


 私は、それに答えてしまう。


「よこせ…もっともっと力をよこせ!!

 あそこにいる女に、エカテリーナを…私の友を侮辱した報いを受けさせるために…目の前の女に、自分の無力さを思い知らせ、私がより優れているとわからせるために…私とエカテリーナの居場所を守り続けられるように!!」


(『------よかろう。』)


 その声が途切れた時。

「------っ、ぐ…が…っ…!!」

 私の体に、感じたことのない激痛が走る。

 …なぜだ…力を使っても、今までこのようなことにはならなかったはずなのに…どうして…どうして…!?


(『…足りぬわ。』)


 また、声が聞こえる。

 足りない…?何が?

 そう思ったとき、また声が聞こえた。


(『もはや、お前では足りぬ…折角、腹を減らした結果がこれではな…。

 …まあいい、お前という贄を食らい尽くした後、周りにたくさんいるらしい贄を食らえば良いだけのこと。…ならば、早くお前も食ってしまわねば、な。』)


 声が、途切れる。

 その時------私の中から何かが…いや、「私の第二世代ヴァルキリーとして必要なもの」が、急速に失われていくような気がした。


「------------!!」


 その時…私が何を言っていたのかはわからない。だが------その時。


「限界ですか…期待していたのですが…こうなってしまっては仕方ありませんね。

 

 エールの学生全員に命じます。

 クレア・グレイマンさんを…撃ちなさい。」


 聞き覚えのある声が、確かに聞こえたと思った時。

 次の瞬間、凄まじい衝撃が私を襲った------


※※※


「何を…何をしているんですか、マルセイエーズ先生!?」

 クレアから手を離した…というよりも、クレアがいきなり手を離したことに気がついたアンが叫ぶ。当然だ。エールの学舎のスペースになっている席から、絶え間なくクレアへと銃弾やミサイルが撃ち込まれている。そして、そのスヴェルを傷つけていくのは、どこからどう見ても実弾だったのだから。

「あ…あぁ…私は…もう、いらない…先生からも…捨てられた…私は…私は…!!」

 小さな声で言っていたクレアが叫ぶ。そのままクレアはアリーナの外へと飛び出し、どんどんその姿が見えなくなっていく。

「クレアちゃん…!!蒼天、私、行ってくる!!」

 アンがノズルから炎を吹き出し、クレアの飛んでいった方向へと飛んでいく。

「アン!ちょっと待て、アン!」

 俺の制止の言葉を聞いても、アンは止まらない。すぐに見えなくなっていくアンを見て、俺の隣に降りてきたリーザが言った。

「…浦澤君、アンの好きにさせてあげて。アンは、今クレアが言ってたことを目の前で聞いてたはずよ。アンのことだもの、きっとあんな状態のクレアを放っておけるはずがないし、あたしたちじゃ何もできない。行くのはアンが最善よ。」


「------何をしているのですか、早くグレイマンさんを追撃なさい!!」


 リーザの声が途切れた時、マルセイエーズ先生が苛ついたように叫んでいるのが聞こえてくる。

「…サラは、確実にクレアを殺す気ね。何でそうなってるのかは知らないけど…でも、そうはさせないわ。だって、クレアが死んだら、アンが悲しむじゃない。」

「ああ、そうだな。だがどうする?マルセイエーズ先生は、エリートクラスの連中を引き連れてるんだぞ。いくらお前でも…。」

「そうね。でも…ここには浦澤君がいるじゃない?あ、安心して。アンから浦澤君を寝取ろうってわけじゃないから。」

 …冗談だと思いながら、俺は察する。

 今まで、オーディンはいらないと豪語してきたリーザ。そんなリーザが、俺にオーディンとしての助けを求めている。

「…わかった。やるぞ、リーザ!」

「ふふん、そう来なくっちゃね!追撃なんぞ、一人たりともさせてやるもんですか!」

 そう言い合うと、俺は接続のビフレストを唱えるべく、言葉を紡ぐ。


接続開始(コネクト・スタート)!!」


 その瞬間、リーザの体が淡い光に包まれる。光が消えたのを見計らい、リーザはすかさず床を蹴って飛び上がり、凄まじい速度でクレアとアンを追いかけようとしていた奴らの前に回り込む。

「はい、待ちなさいな、あんたたち!!そんなに急いでどこ行くつもり?」

 リーザのそんな言葉に、スヴェルを纏った何人かの女子生徒がにやりとしながら声をかける。

「グラーヴィチ、そこをどきなよ。退かないなら死んでもらうから。」

「そうよ。それに、あたしたちだってビフレストはもう繋いでるのよ?いくらあんたが浦澤とビフレストを繋いだとしても、あんた一人に何ができるわけ?」

 やいのやいのと言われるリーザだったが、そんなことでこいつが動じるわけがない。リーザはふん、と鼻を鳴らし、目の前にいる、少なくとも十数人はいる女子生徒たちに向かって、挑発的に言った。

「随分なご挨拶ね、あんたたち。毎回毎回ちょっかいを出すだけ出してきては、あたしに負けて笑い者にされるのが怖くて面と向かっては何もしやしなかった連中が。御託はいいから、まとめてかかって来なさいよ。…もしかして、それだけの人数ですらあたしに負けるのが怖いのかしらね?サラが集めたっていうエリートクラスは、所詮はその程度の腰抜けの集まりだったわけね。全く、お笑い草だわ!!」

「何だと…!?」

「そこまで言うなら仕方ない…吠え面掻くなよ、グラーヴィチ!!」

 リーザの挑発に乗ったエリートクラスの連中は、我先にとリーザに殺到する。しかし。

「ぐわっ…!!」

「きゃあっ!!」

 最初に何も考えずに突っ込んでいった二人を、リーザは宙返りからの蹴りでまとめて吹き飛ばす。

「さあ、次はどいつかしら!?」

 リーザが叫ぶと、エリートクラスの連中は少したじろいだものの、

「ひ、怯まないで!飽和攻撃で…!!」

 その言葉に反応し、ミサイルや機銃の攻撃によってリーザの進路を塞ごうと画策するエリートクラスの学生たち。


 …しかし、こいつらは忘れているのだろう。

 リーザは現在の高等部における唯一の最上位ヴァルキリーであり、なおかつ今は俺とビフレストを接続しているのだ、ということ。

 そして、ランクの低いヴァルキリーは、破壊が可能な武装を備え、それを当てることができれば、というイレギュラーケースを除き、格上のスヴェルを傷つけることはできず、そのため、基本的には格上には勝てないのだということを。


「ふん、面白くなってきたじゃないの!でも…甘いわね!!」


 リーザはフレアを散布することもなく、弾幕に向かって突っ込んでいく。機銃の弾が装甲をかすめることなどお構い無し。なぜなら、リーザはそんなものは豆鉄砲程度にしか思っていないからだ。そして、リーザは正面から殺到する誘導ミサイル…自分にとって唯一危険と判断している武装を、加速しつつ器用に間を縫って避けながら、さらに固まった学生たちへと自分の進行方向を定めた。当然、誘導ミサイルはリーザを追尾しているのだから、連中からすれば、自分の撃ったミサイルが自分たちの方向に飛んできていることくらいすぐに理解できるはず。だが、リーザのその動きに驚くことしかできないらしい彼らは、リーザの加速力も相まって対応が遅れ、リーザが通りすぎた途端に、次々と自分の撃ったミサイルで自爆し、スヴェルに損傷をもらって脱落していく。

「…さて、最後はあんた一人ね。…あら、あんた、あの時の女じゃない。」

 そう言うリーザの目線の先には、見覚えのある女子生徒。入学式の前日、俺とアンを取り囲み、リーザによって散らされたヴァルキリーのリーダー格の女子生徒だ。

「ひっ…ぅ…うぁぁぁぁぁっ…!!」

 女子生徒は、あの時にリーザが来たときと同じような怯えた目をして、リーザからどうにかして逃げるべく踵を返す。しかし、俺とビフレストを繋いでいることで、最上位ヴァルキリーでありながらそれ以上の力を発揮しているリーザが、逃げることなど許すはずがない。一瞬で加速し、女子生徒の懐へと飛び込んだリーザは、そのまま機銃がついている右手をがっと掴み、後ろに回って締め上げながら言った。

「さて…まだやるかしら?…でもね、あんた、あの時アンと浦澤君のこと殺そうとしてたわよね?…いつかまたあの時みたいになっても困るし…本当に黙らせちゃおうかしら?」

 そう言って凄むリーザに、


「…ご…ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい!!もうしないから…エリートクラスだからって鼻高々になることなんてもうやめるから!だから…助け…。」


「オーケーオーケー…でもまあ…痛い目位は見なさい、ね!!」


 そう言って、リーザは女子生徒の装甲を掴むと、一回転した加速と遠心力を以て、女子生徒を地上へと放り投げる。

 完全に腰が抜けているらしい女子生徒は、受け身を取ることもできず、そのまま地面へと叩きつけられ------


「っと、危ない危ない…。グラーヴィチさん、気持ちはわかるけど、やりすぎは駄目よ。」


 そんな声が聞こえてきた方向に目を向けると、先ほどリーザに放り投げられた女子生徒が目を回して、宙に浮くカーティス先生に抱えられている。先生の背には、アンやリーザたちのような戦闘機の翼とは明らかに形が違う大きな翼と、両翼に二つずつ付いている大きなエンジンが見えた。

「…カーティス先生も、ヴァルキリーだったんですか?」

 連中も戦意を喪失したようだし、もうよかろうと判断したことでリーザとのビフレストを解除していた俺は、驚いた顔をしながらカーティス先生に問う。

「そうよ。言ってなかったかしら?サラと私は同期だ、って。ランクは第四位ヴァルキリー(オルトリンデ)程度だけれどね。ちなみに、宿す力はB-29『スーパーフォートレス』。それもあって、こう見えて結構力持ちよ?私。」

 そう言って、女子生徒を軽々抱え上げるカーティス先生。

 …そういえば、同期云々は言っていた気がする。今までいろいろあったせいか、すっかり頭から抜け落ちていたが…。

 というか、よく見ると一人ではなく、翼の上にもう二人伸びている女子生徒が見える。最初にリーザに突っかかっていった二人だ。まあ、他の連中がスヴェルを破壊されながらも何とか不時着に成功していたのは俺も地上で確認していたが、さすがに最初の二人は完全に失神させられていたようだからな。

 …しかし、B-29『スーパーフォートレス』とは…第二次大戦期最大級と言える巨大さと、それに伴うこれまた大きな積載可能量(ペイロード)を兼ね備えた、アメリカの誇る大型爆撃機。本来ならば、その力は敵国への攻撃のために使われるものなのだろうが、確かにその力を以てすれば、下手をすればこれよりも多い人数が怪我をしたり病気になったりしたとしても、それらを運ぶのは相当容易なものになるに違いない。…そんな人が、社島の医療ブロックの責任者をしているとはな。

「とりあえず、この三人は医療班に任せるとして…サラ、聞かせてもらえないかしら?あなたの今の行動は何なの?いきなり生徒に向かって、しかも実弾を撃たせるって…何か理由があったとして、茶々入れにしては明らかにやり過ぎよね?」

 カーティス先生の言葉に、マルセイエーズ先生は悪びれもせずに言った。

「…グレイマンさんが狼化するかもしれない兆候があったがゆえに、学生たちに指示して狼化する前に食い止めようとしただけです。それに何の問題が?」

「狼化する前に、って…あなた、自分で何を言っているかわかっているの!?そもそも、狼化現象に関するマニュアルの事項は、本当に狼化が起こった時にだけ適用されるものなのよ!?なのになぜ------」


「あなたにあの子たちの何がわかるのですか、ミレイナ!?」


 …正直、こんなに取り乱すマルセイエーズ先生を見るのははじめてだった。

「…あぁ、やっぱりこうなっちゃったか…そりゃそうだよねぇ…。」

 聞き覚えのある…というより、久しぶりに聞いた声に、俺は思わず振り返る。

「白鷺先生…。」

「白鷺先生…大丈夫ですか?」

 俺の隣に、鶴城先輩と、おそらくこのゴタゴタの中ですでにスヴェルを纏っていたのであろうローレライ先輩が、いつの間にか立っている。彼らは、少し心配そうに白鷺先生に聞いた。

「あぁ、大丈夫だよ、マコ、クリスちゃん。心配かけたね。」

「いえ…それより、やっぱりこうなった、って、どういうことですか?」

 鶴城先輩が聞くと、白鷺先生はばつの悪そうな顔をした後、頭を抱えながら、マルセイエーズ先生に向かって言った。


「サラちゃん…あんた、わかってたんでしょ?

 第二世代ヴァルキリーって存在が、潜在型ヴァルキリーと潜在型オーディンから稀に生まれる、ヴァルキリーでありながらグレイプニル遺伝子の配列を持っている存在なんだ、ってこと。」


 …グレイプニル遺伝子を持つヴァルキリーだって…?

 あまりの急展開ぶりに、思考が追いついていかない。しかし、白鷺先生は「まあ、あり得ない話じゃないよね。親二人が潜在型ヴァルキリーと潜在型オーディンなんだからさ。」と言って続けた。

「みんな知ってるでしょ?ヴァルホルに通えない年齢になってしまったために、ヴァルホルで正規の教育を受けることができない大人のヴァルキリーやオーディンのこと。まあ、そういう人たちに関しても、国連は把握して、年に数回希望者にセミナーなんかを開催してるわけなんだけど、その中にはやっぱりたまにいるんだよ、ヴァルキリーとオーディンのカップルや既婚者がね。まあ、そもそもヴァルキリーもオーディンも、お父さんやお母さんがそうだったから子供もその力を必ず受け継ぐわけじゃないし、そもそも今まではクレアちゃんやエカテリーナちゃんみたいな子はいなかったからね。だから、女の子だからヴァルキリーとしての力しか持ってないでしょ、って扱いになってたのは当然ではあるけど…でも、さっきも言ったけど、あり得ない話ではないよ。そして今回、サラちゃんがクレアちゃんを狼化の兆候があると判断して先んじて排除しようとした、って言ってたことも、おそらくはそれに起因すること。違う?サラちゃん。」

 話を振られたマルセイエーズ先生は、小さく、ぽつりぽつりと話し出す。

「…あなたの考え通りですよ、白鷺先生。

 あの子たちは特別な子たち。ヴァルキリーでありながら、生まれながらにしてグレイプニル遺伝子を宿していることで、オーディンとのビフレストの接続なしに、ビフレストの接続が行われた時と同じ力を発揮できる…それが、第二世代ヴァルキリーと呼ばれる存在です。」

「…そうか。」

 俺は何となく察する。クレアとエカテリーナが、ビフレストを繋いでいないにも関わらずあれほど高いパフォーマンスを誇っていたのは、そもそも自前でビフレストの接続が可能であったと言える稀有な存在であるから、ということか。…考えてみれば当然のことだ。ヴァルキリーの能力の向上を約束するのは、ビフレストの接続しかないのだから。

 マルセイエーズ先生の言葉は続く。

「…しかし、それには大きな代償があります。それには、ビフレスト接続のメカニズムと、第二世代ヴァルキリーの自己完結型のビフレスト接続のメカニズムが異なることに起因する…。」

「メカニズム…?」

 俺が首を捻っていると、鶴城先輩が助け船を出してくれる。

「そっか、高等部では習わないもんね。実はね、浦澤君。これは大学部で勉強する内容なんだ。一般的なビフレストの接続っていうのは、接続のルーンによって行われることは当然知ってると思うけど、一体どこにどう接続されるか、って考えたことはある?」

「いえ…どういうことなんですか?」

「そうだよね…オーディンもそうだけど、ヴァルキリーにも普段と比べて大きな違いはないから、わかりにくいかも。

 実はね、ビフレストは、ヴァルキリーの利き手…もっと具体的に言えば、『ニーベルングの環』と接続されるんだよ。そして、ビフレストの接続を受けたニーベルングの環は、ある物質をヴァルキリーの体内に向かって分泌するんだ。その物質は、ものすごく簡単に言えば、人で言えば満腹中枢を刺激するための物質…つまり、ビフレスト接続によって力を発揮する時、狼化現象が起こる時みたいに、むやみにオーディンのグレイプニル遺伝子そのものを吸収しないために、ヴァルキリー、ひいてはニーベルングの環が生み出している防衛機構なんだよ。本当、よくできてるよね、俺たちも。」

 …そうだったのか。

 それを聞いて、またマルセイエーズ先生が口を開く。

「…しかし、第二世代ヴァルキリーは、グレイプニル遺伝子をそもそも体に宿していることから、ニーベルングの環による防衛機構の恩恵に確実に預かることができているとは言えません。謂わば、記憶の獣からすれば、あの子たちは目の前に餌を絶えずぶら下げて、力を使う際にその餌を食べられる位置まで下ろすことができるということ。…どのような忠実な飼い犬であったとしても、ずっと餌が頭上にぶら下がっている状態にあるならば、まともでいられる犬はそうそういないでしょう。そして、力を使う際、グレイプニル遺伝子はどんどん傷ついていく…つまり、獣はそれを貪り食らうのです…再び餌が持ち上げられるまで。…つまり、あの子たちは、力を使えば使うほど…厳密に言うならば、能力の向上のためにビフレストを自己完結させればさせるほど、狼化のリスクが高まっていくのです。そして、グレイマンさんは今日、力を使い過ぎた反動が来たのでしょう。このまま力を使い続け、グレイプニル遺伝子を食わせ続ければ、遠からずあの子は狼化します。…そうしないためには、本人が自分の意志でビフレストの自己完結をしないことにするか、スヴェルを一時的にでも破壊し、力の供給を無理矢理に断つしか方法はありません。」

「…サラ、ちょっと聞きたいんだけど。あんた今、スヴェルを破壊すればどうにかなる、って言ってたわよね?でもさっき、あたしがボコボコにした連中に攻撃を命じたとき、完全にあんたはクレアのところを殺しに行ってるように見えたわよ?そこのところはどう言い訳するつもり?事故で、とか言うにはあまりにも殺意に溢れてたから、さすがに気になったんだけど。まさか、スヴェルを破壊して力の供給をストップさせるのとヴァルキリーを殺すことはイコール、とか言わないわよね?」

 いつの間にか降りて来ていたらしいリーザが、マルセイエーズ先生に問う。…相手は一応先生なんだが、こいつは相変わらずだな、ほんと。


「…あれは、私からのせめてもの手向けです。誰かを貪り食らう獣に成り果てる前に、せめて人として一生を終えさせてあげたい…そう思ったからです。」


 …マルセイエーズ先生の言葉に、俺は絶句していた。

 …この人は、何を言っている。

 俺の考えていることが顔を見てわかったのだろう。マルセイエーズ先生が続ける。


「私が学生を強く育てたい理由が、すべてこの一点にあります。万が一の時…それは戦場に出ることだけではありません。その時とは、仲間が狼化し、その場にいるヴァルキリーが介錯をせねばならない時。その非情な決断を、確実に実行せねばならない時。

 それをしなければ、大きな犠牲が生まれてしまう。それを防ぐには、非情な決断をする以外に方法はないのです…だから、私の教え子たちには教えなければならないのです…!!その非情な選択肢を、確実に選び、実行できるように…!!あの時私が、狼化が起こったキャサリンを止められず、彼女を止めようとしたアーサーも死んでしまって…当時の生徒会役員に囲まれて泣き叫ぶしかできなかった時の私のような、そのような弱い心の持ち主にはなってほしくないのです!!」


 …マルセイエーズ先生が、もう耐えられないとでも言うように叫ぶ。その時。


「…本当に、馬鹿だよ、サラちゃん。」

 白鷺先生が、そう言ってマルセイエーズ先生へと詰め寄る。

「な…何を…。」

「サラちゃん、やっぱりそうだったんだね。そりゃそうだよね。まあ、あの場にいたあんたが、どんな思いでキャサリンちゃんに砲口を向けるあたしを見ていたか、あんたを制止した秀と当時の生徒会役員たちをどう思っていたか…あたしだって、そんなことはわかってるけどさ。」

「…白鷺先生、どういうことですか…?」

 いまいち話がわからなかった俺は、白鷺先生に問いかけると、白鷺先生はぽつりぽつりと話し始める。


「…あたしとクリスちゃんが狼化現象の経験者ってことは知ってるよね。実は、その間にも一人、狼化によって命を落としたヴァルキリーとオーディンがいたんだよ。名前は、キャサリン・エヴァンズとアーサー・ホワイト…その二人は、サラちゃんの親友で、すごく仲が良いカップルだったんだよね。あたしもよく知ってる、本当にいい子たちだった…そして、キャサリンちゃんを何とか助けようとしたアーサー君のグレイプニル遺伝子を食いつくして暴れるキャサリンちゃんを介錯したのが、当時高等部生徒会会長だったあたしと、あたしの専属オーディンの秀…あたしの旦那だったんだよ。サラちゃんの目の前で、そんなの嫌だって泣き叫んでるサラちゃんを、他の生徒会役員の子たちに羽交い絞めにさせてね。」


「……っ。」

 …白鷺先生の言葉を聞いて、マルセイエーズ先生が歯を食いしばっている。それを知ってか知らずか、白鷺先生が続ける。

「当時からエールの学舎は祠島にあったけど、今と違って学舎合同でチームが決まってたんだよね。だからこそ、あの二人とサラちゃんが出会い、友達になれたわけ。でもね、当時は生徒会も、学園中からただ単純に能力値の高い生徒を集めてた部分があってさ…そんなわけだから、サラちゃんがいくらラファールの力を宿してるとはいっても、単純にヴァルキリーとしての力が上回ってる上に人数が多い生徒会の子たちを振りほどくのは不可能だった…あの時のサラちゃんからすれば、本当に辛かったろうさ。それにそもそも、生徒会役員以外の一般学生たちに狼化現象と狼化ヴァルキリーの対処についてのことが公になるようになったのは、それからずっと時間が経ってから…クリスちゃんが狼化して、マコがそれを止めた後になってからだ。何も知らなかった中でそんなことが目の前で起こったんだ、無理もないよね。

 …それ以来、サラちゃんは周りと口を聞かなくなっちゃったばかりか、みんなと一緒に授業もまともに受けられないくらいに心がボロボロになっちゃってね。あたしは卒業した後にすぐ自衛隊に入って、ヴァルホルの教員を兼任するようになるのは自衛隊に入った後、かなり時間が経ってからだから、あたしが卒業してからのサラちゃんの様子はあまりわからないけど、後からミレイナちゃんに聞いた話によれば、授業はずっと医療ブロックのモニターを使って受けて、卒業式にもまともに参加できなかったって聞いてる。…まさか、卒業した後にフランス空軍所属のヴァルキリーになって、その後ヴァルホルの教員として社島に戻ってくるとは思わなかったけどね。そして、戻ってきたときには、エールを今の形に変え、エールの子たちには今の常識を植え付ける、そんな人でなし製造機みたいな人間に成り下がっちゃってた…あたしが、サラちゃんをそうしてしまったんだ…。」

 …白鷺先生の悔しそうな顔が、俺たちの目を奪う。

 そして…マルセイエーズ先生の過去。そのような壮絶な過去が、今のマルセイエーズ先生を形作ってしまったきっかけであるのだということを知り、俺は驚きを隠すことができなかった。

 白鷺先生は、マルセイエーズ先生の肩に手を当てて続ける。

「そんなことがあったから、あたしを憎み、ヴァルホルを憎む、その気持ちだってわかる。そして、あんたの行動が、後輩たちにそんな気持ちを味わわせたくないってことから生まれたものなんだってこともね。でもさ…これだけは言わせてね、サラちゃん。…そのやり方が『目的のために人としての迷いを捨てさせること』っていうのはね…。そんなのは極論、人であることをやめろって言ってるのと同じだ。」

「…それはあなたの綺麗事でしょう?」

「そうかもしれないね…でもね、実際にあの時のあんたと同じ思いをしてるかもしれない子がいるかもしれないってこと、あんたは気づいてないよね?その証拠に、あんたのもう一人のお気に入りのはずのエカテリーナちゃんは、クレアちゃんに対して発砲しなかった。まあ、さっき見た感じ、確かにエカテリーナちゃんも、リーザちゃんに負けたことか、あるいはその前にリーザちゃんが言ったことが効いたのか…まあ、いずれにせよ心が参っちゃってるみたいだから、それで攻撃できなかったのかもしれないけど…。

 それとも、そういう考えに至ることができないのもあたしのせい?…そうだとしたら、あたしの罪はまた一つ増えることになっちゃったわけだね。あんたにそんな簡単なことまで忘れさせちゃったのは、他でもないあたし自身なんだから。サラちゃんにも、サラちゃんのことを本当に大事に思ってたであろう二人にも、謝ったって済むもんじゃない…。」


「…聞こえます。」

 

 今まで黙っていたローレライ先輩が、ぽつりと呟く。

「うん…俺も聞こえたよ、クリス。」

 鶴城先輩までそんなことを呟くのを見て、俺たちは彼らを見て問う。

「先輩、聞こえる、って…?」

 俺が聞くと、ローレライ先輩は、マルセイエーズ先生を指差して言った。

「…あそこに…マルセイエーズ先生の後ろに、男の子と女の子がいるんです。金髪とサファイアの瞳の男の子と、茶色の、肩くらいまでの長さの髪の女の子…それで、苦しませてごめんなさい、って言っているの。マルセイエーズ先生にも、白鷺先生にも。」

「…は?」

 正直、先輩の言っていることが全くもってわからない。なぜなら、その場には何もいない。少なくとも俺は見えないのだから。しかし。

「え…!?クリスちゃん、それ、本当…?」

 何か気になることがあったのだろう。白鷺先生が、目を見開いてローレライ先輩に詰め寄る。

「…はい、間違いないです。今も、マルセイエーズ先生の後ろにいます。悲しい顔をして、さっきからずっと繰り返してるんです。ごめんなさい、ごめんなさい、って。」

 それを聞いて、白鷺先生は信じられない、と言うように肩を震わせ、ぽつりとひとつ呟いた。


「それって…その特徴って…まさか、アーサー君とキャサリンちゃん…!?」


 それを聞いて、この場の全員が固まる。

 アーサーにキャサリン…先ほど聞いた話によれば、二人はもう死んでいる。なのに、ローレライ先輩によれば、マルセイエーズ先生の後ろに、その二人が確かにいるという。

「…あり得ない…そんなオカルトじみたこと、あるわけが…!!」

 …マルセイエーズ先生の取り乱しも尤もだ。見えない、聞こえない、感じることもできない。そんなものを、おいそれと信じることができるはずがない。しかし、ローレライ先輩は何かをさらにしっかりと聞こうとするように、目を閉じて意識を集中させている。

「ここにいるみんなに伝えたい…力を貸して…?…誠さん…!!」

 目を開けたローレライ先輩が、鶴城先輩に向けて声をかける。

「うん…クリス、やれそう?」

 その言葉に、ローレライ先輩は真剣な顔をして、首を縦に降って答えた。

「やります…それが、今そこにいる二人の思いだから…『史上最大の狼化現象』の時、誠さんが教えてくれたこと…英霊(エインヘリヤル)の声を聞いて、その人たちを救うのが、わたしがヴァルキリーで、誠さんがヴィーザル型のグレイプニル遺伝子を持つオーディンである理由なんですから。」

 そう言うと、ローレライ先輩は、その両手をゆっくりと広げ、まるで小さな子供をあやすかのように、優しさを込めた言葉で語りかける。


「…大丈夫、二人とも、もっとこっちに来て、もっとよくお顔を見せてください。…きっと、白鷺先生もマルセイエーズ先生も、もう一度二人に会いたい、お話がしたい、って思っていらっしゃるはずだから------」


 その瞬間------

「こ…これは…!?」

 俺は、思わず驚嘆の声を上げていた。

 ローレライ先輩の伸ばした両手。その先に、小さな光の玉のようなものが見える。それらは光を増す度に大きくなり、ひとつひとつの形を作っていく。


 ------ヴァルホルの制服を着た、金髪で俺と同じくらいの背丈の男性と、アンよりも少し背が高いくらいの、茶色の髪の女性の姿に。


「…っ、このようなものに惑わされるものですか…!どうせ、白鷺先生やそこの二人がホログラムでの細工でもしていたのでしょう!?」

 マルセイエーズ先生のその言葉に、白鷺先生が言った。

「…違うよ、サラちゃん。あたしは何も知らない。マコたちが何かをしたとも聞いてない。…でも、そうだとしたら…これはどういうことなの?ねぇ、クリスちゃん?マコも何か知ってるみたいだし…。」

 どうやら、白鷺先生も知らない何かが起こっているようだ。その雰囲気を察したのか、鶴城先輩が言った。


「…クリスの力は、戦うためだけの力じゃないですから。

 今、クリスが言ってたと思うんですけど…俺たちは、『史上最大の狼化現象』で記憶の獣と戦っている時、感じたことがあるんです。…ヴァルキリーという存在の本来の役割と、俺や秀真さんが持つヴィーザル型グレイプニル遺伝子の本来の役割…そして、クリスの『最高のヴァルキリー』としての本来の力の在り方を。」


 ------ヴァルキリーとしての役割と、ヴィーザル型グレイプニル遺伝子の本来の役割、そして、『最高のヴァルキリー』としての本来の力の在り方。

 よくわからないと言う顔をする俺たちに、ローレライ先輩が言葉を紡いでくる。

「…あの時、わたしの中には、大きな大きな感情が溢れだしてきていました。恨み、妬み、恐怖、絶望…そんな感情を抱いた意識の集合体が、あの記憶の獣の正体だったんです。…わたしに力を貸してくれている兵器…フリードリヒ・フェアアイン技師主導で制作されたティーガーⅠには、そんな意識が強く強くこびりついていました。ティーガーによって命を絶たれた人、ドイツの敗戦に絶望を隠せない人、他にも、たくさんの人たちの意識が、わたしの力になってくれているティーガーには宿っていたんです。

 …わたしと誠さんが戦って、主砲が獣を貫く時…多くの声が聞こえてきました。…怖い、助けて、誰かのせいで…そんな言葉ばかりだったものが、わたしが最後の攻撃を当てた時、違うものに変わったんです。…心が軽い、ありがとう、またね…そんな言葉が、今でも耳に残っています。

 …わたしは最後の攻撃の前に、誠さんに言いました。『力をください、泣いている人たちを助けるための力を』って。そして、その言葉通り、誠さんは力をくれました。それがヴィーザル型グレイプニル遺伝子の本来の役割…白鷺先生は、獣を倒した、って言っていましたけど、抗うつ薬のような役割を果たしていた、っていうお話もしていたんですよね?それを後から聞いて確信したんです。ヴィーザル型グレイプニル遺伝子は、英霊さんたちの心を安らかにするお薬の役割もあったんだ、って。そして、その力を行使できるヴァルキリーは、英霊さんたちのお話を聞く…つまりカウンセリングをしてあげることができて、武装(グングニル)は悪いところを切り開いて切り取るメスのようなもので、そして、ヴィーザル型グレイプニル遺伝子というお薬を使って治療する、英霊さんたちのお医者さんのような存在である、ということも。

 それ以来、わたしはいろいろなところで、英霊さんの声を聞くことが増えました。直近では、はじめてフローレスさんとグラーヴィチさんが、グレイマンさんやスヴォリノヴァさんと戦った時です。…あの時の英霊さんは『サラが来る、お願い、あの子に人を傷つけさせないで』って言っていました。…今回聞いた声と同じ声だったので、きっと、目の前のお二人が、わたしに教えてくださったんですね。」

 それを聞いて、白鷺先生が「ちょっと待って、クリスちゃん。」と口を挟んでくる。

「いやね、今のことを聞いてたら、あたしもそれ、できなきゃおかしいんじゃないの?あたしも狼化経験あるわけだし、でも、そんなもの聞いたこと一度もないよ?…まさか、それがさっき言ってた、『最高のヴァルキリーとしての力が云々』っていう部分?」

 それを聞いて、ローレライ先輩は一度縦に首を振って答えた。

「…多分、そうだと思います。そもそも、わたしが声を聞くことができるのは、ティーガーに関わった人たちだけじゃないみたいですから。他の人たちが同じことをできるかはわからないんですけど、白鷺先生にも無理だとするなら、普通のヴァルキリーにできるとしたら、せめて自分の力に関わる、あるいは関わりを持てる英霊さんたちだけしかお話はできないのかな、って思います。」

 …何てことだ。そんなことまでできてしまうとは。ローレライ先輩のヴァルキリーとしての力…単純な戦闘能力が規格外なだけならばいざ知らず、そんな力まで規格外のものを持っている。そんな、『最高のヴァルキリー』と称される彼女の力とやらに、どうしても俺は空いた口を塞ぐことができなかった。


(「------サラ。」)

 茶色の髪の女性が、マルセイエーズ先生を呼ぶ。

「…キャサリン…?」

 茶色の髪の女性…キャサリンさんが、そう言ったマルセイエーズ先生を見て、ゆっくりと首を縦に振る。マルセイエーズ先生はそれを見て、今度は彼女の傍らに立つ金髪の男性へと声をかけた。

「…アーサー…?」

 金髪の男性…アーサーさんは、マルセイエーズ先生の言葉に、顔を綻ばせて言った。

(「サラ、そんなに悲しそうな顔をしないで。やっと僕たち、再会できたんじゃないか。」)

(「アーサーの言う通りよ、サラ。私たちは、笑顔のサラが大好きなんだから。」)

 キャサリンさんも、アーサーさんに続いてマルセイエーズ先生へと語りかける。それを聞いて、マルセイエーズ先生の頬につうっ、と一筋の涙が伝った。それを皮切りにして、あとから、またあとからとめどなく涙が伝い、先生の口の奥からは少しずつ嗚咽が聞こえてくる。それが頂点に達した時。


「二人とも、ごめんなさい…!!私は、キャサリンの言葉を守れなかった…あなたが狼化する寸前に、最後に言った言葉…『私を殺して、アーサーを助けて』…それを守れず、あなたを助けようとしたアーサーを止めることもできず…あまつさえ、他の人間にキャサリンを介錯させることになった…あなたたちを二人とも失いたくなかった私の心の弱さと、ヴァルキリーとしての弱さが…結果としてあなたたちを二人とも死なせることになってしまったの…!!」


 …マルセイエーズ先生が膝をつき、小さな子供のように泣きじゃくる。それを見て、アーサーさんとキャサリンさんは顔を見合わせ、それからマルセイエーズ先生に歩み寄って、同じように膝をついて呼び掛けた。

(「サラ、泣かないで。…もう、相変わらず泣き虫なんだから。」)

(「うん、本当にね。ほら、教え子のみんなが見てるよ?君はもう先生なんだ。格好悪い先生の姿なんて、教え子に見せちゃ駄目じゃないか。」)

「でも…私は…私が…!!」

 そう言ってなかなか泣き止まないマルセイエーズ先生の肩に、アーサーさんとキャサリンさんの手が置かれる。

(「ねぇ、サラ。あの時のこと、覚えてる?入学式の時に、私たち三人が出逢った時のこと。」)

「…え?」

(「あ…あの時のことか。懐かしいな…確か僕たち、みんなして講堂に行くときに迷っちゃって、本当にばったり会ったんだよね。それで、ああでもないこうでもない、ってあっちに行ったりこっちに行ったりして、ようやく着いたと思ったら、一番最初に出逢ったところのすぐ近くだったんだっけ。」)

(「そうそう。その後、私とアーサーが同じクラスだったこととか、サラが私やアーサーと同じチームだっていうことを知ったの。」)

(「そうだった、そうだった。あの時はびっくりしたなぁ、思わず声が出ちゃったし。そこから、僕たちは仲良くなったんだよね。」)

(「うんうん。ほんとに楽しかったなぁ…いろんなところに遊びに行ったり、チームメイトとして一緒に授業を受けたり…あ、そういえば、私とアーサーが付き合うことになったときも、サラがいろいろ気を使ってくれたのよね。」)

 一時のやり取りの後、キャサリンさんがそう言うと、マルセイエーズ先生は涙をこぼしながら小さく話し始める。

「…あの時、私は二人から、お互いが好きだということを聞かされました。別々の時に、時間をずらして。…両思いなのに、時間だけすれ違っていると、少しおかしく思ったものです。」

(「それで、サラは私とアーサー、両方に言ったのよね。屋上にでも呼び出したら?って。それで私たち、二人とも同じように手紙を書いて、同じように下駄箱に入れようとして…その時間が完全に重なっちゃって。」)

(「ああ、そうだった。だからもう、その場で告白しちゃえって二人とも思って、その場で二人して『好きです、付き合ってください』って言ってさ。それで、後からサラに付き合い始めたことを伝えたら、自分のことみたいに嬉し泣きして、結局僕とキャサリンで宥め透かすことになっちゃったんだよね。」)

 そう言って笑いあうアーサーさんとキャサリンさんは、もう一度マルセイエーズ先生の方を向いて、柔らかな笑顔を浮かべて言う。

(「サラ…私、幸せだったよ。サラと出会えて、アーサーと結ばれて、二人とたくさん遊んで、たくさん困らせあって。」)

(「僕もだよ。…確かに、僕たちの別れは唐突に来てしまった。キャサリンが狼化して、僕ならキャサリンを止められるかもしれない、って学園から聞いていた僕は、サラの制止を振り切ってキャサリンとビフレストを繋ぎ…そして、彼女を止めることができずに死んだ。そして、暴れ続けるキャサリンを止めるために、白鷺先輩がキャサリンにとどめを刺した…。サラには、僕たちのせいで、本当に悲しい思いをさせてしまった。本当にごめんね、サラ。」)


「…三人とも、ごめん、あたしにも謝らせて。」


 話を聞いているだけだった白鷺先生が、アーサーさん、キャサリンさん、そしてマルセイエーズ先生の前に立って頭を下げる。

「アーサー君、キャサリンちゃん…本当に申し訳ない。二人を死なせることになって、サラちゃんの笑顔を…二人が一番見たいって言ったものを奪ったのは、このあたしだ。償いきれるものじゃないのはわかってるけど…それでも、謝らずにはいられないんだ。ごめんね、二人とも…ごめんね、サラちゃん…。」

 震える声で言う白鷺先生に、アーサーさんとキャサリンさんは、ゆっくりと首を横に振る。

(「白鷺先輩、頭を上げてください。…いいんです。先輩は、私がアーサーやサラと過ごした思い出のたくさんあるこの社島を壊さないように、私を止めてくださったんですから。」)

(「そうですよ、先輩。それに、今、こうして僕やキャサリンがサラと話をすることができているのは、先輩が先生になって、僕たちが乗り越えられなかった狼化を乗り越えただけじゃなく、僕たちの声を聞くことができるような、そんな素晴らしい才能を持ったヴァルキリーやオーディンを育ててくださったからでしょう?…今、こうしてちゃんとサラと話ができて、先輩にも、先輩の行動は間違っていなかった、って言えるんです。だから、大丈夫。」)

 その言葉に、白鷺先生は、やられた、というような顔をして言った。

「…参ったね。そういえばこの子たち、生前からやったらめったら前向きだったんだっけ。」

(「ふふっ。」)

(「ははっ。」)

 白鷺先生の言葉を聞いて、アーサーさんとキャサリンさんは揃って微笑む。


「…ふふ。」


 ふと、マルセイエーズ先生が、俺たちが見たことのない笑顔を一瞬浮かべ、少しだけ微笑んだような気がした。

(「あ、サラ、やっと笑った!!」)

(「うん、笑った。よかった…サラの笑顔がまた見られた…。」)

 アーサーさんとキャサリンさんは、また二人揃って笑顔を浮かべる。

(「…さて、そろそろ行かなくちゃ。ね、キャサリン。」)

(「うん、アーサー。せっかくサラとお話ができて、笑顔を見ることができたから、ちょっと名残惜しいけど。」)

「え…。」

 マルセイエーズ先生が悲しそうな顔に戻るのを見て、二人はまた、屈託のない笑顔で、マルセイエーズ先生に呼び掛ける。

(「サラ、泣かないで。大丈夫だよ、だって私たち、友達でしょ?」)

(「うん、キャサリンの言う通り。サラがどこにいても、また二人で、サラのところに遊びに行くよ。だから、その時はまた、一緒に三人でたくさん話そう。僕たち三人の約束だ。」)

「…本当、アーサー…?」

(「うん、本当だよ、サラ。」)

「絶対に…?キャサリン…。」

(「うん、絶対に絶対。約束!」)

 二人の言葉に、マルセイエーズ先生は、こくり、と首を縦に振って応じる。


「二人とも、待っています…。きっとまた、話せる日々を…!!」


 マルセイエーズ先生のその言葉を聞いて、二人はまた、にこっ、と笑い、今度は鶴城先輩とローレライ先輩に向き直る。


(「素晴らしい才能を持っている、わたしたちの後輩たち…サラとまたお話をさせてくれて、ありがとう。」)

(「君たちなら、ヴァルホルを、社島を…もしかしたら世界すらも、本当に平和にできるかもしれないね。僕たちは、君たちも見守っているよ。」)


(『ありがとう、素晴らしい後輩たち…またね、サラーーーーーー』)


 ------光が霧散し、声が途切れる。

 この場にいたはずの二人は、少なくとももう、俺には見えなくなっていた。

 

「------アーサー、キャサリン…ありがとう。あなたたちと友達で…本当に…よかった…。

 これで…私は許されていいのですよね…あなたたちを死なせてしまったという自分の弱さと、あなたたちを死なせた白鷺先生に対する憎しみを…もう、捨ててしまっても良いのですね…?」


 そう言った瞬間…マルセイエーズ先生に、白鷺先生が駆け寄った。

「サラちゃん…!!」

 そのまま、白鷺先生はマルセイエーズ先生を抱きしめ、白鷺先生の目からは、堰を切ったかのように涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。

「サラちゃん、ごめんね、苦しい思いをさせて…ごめんね…!!」

 …それに対し、マルセイエーズ先生は嫌がることをしない。

 …もう、大丈夫だ。

 ------俺は、心からそう思ったのだった。


※※※


(another view “Makoto”)


「------しかし、とんでもないところまで飛んでいったみたいだなぁ…二人とも無事だったとして、回収するにも一苦労だろうね、これじゃ。」

 マルセイエーズ先生の出来事が終わり、マルセイエーズ先生にひとまず自室に帰ってもらった後、俺はクリスと珀亜さんと一緒に、先ほど飛んでいったフローレスさんとグレイマンさんのビーコン反応を確認すべく、生徒会室に戻っていた。

 ここには、浦澤君やグラーヴィチさん、それからスヴォリノヴァさんはいない。スヴォリノヴァさんはかなり精神的に参っているみたいだったし、浦澤君とグラーヴィチさんは一緒にビーコン反応を確認する、と言ってくれたけれど、二人とも疲れているであろうことや、そもそもすぐに追いかけることが難しいことから、どこにいるかわかったらすぐに連絡することを条件に、俺とクリスの一存で部屋に戻ってもらったのだった。

「…二人のビーコン反応は、南鳥島よりもさらに先、社島よりもさらに太平洋のど真ん中ですね。距離は離れているようだけれど。本来ならパスポートが必要な場所に不時着したりする可能性もあります。混乱を避けるために、周辺の島やそれを管轄する各国に、早急に連絡しなきゃいけなそうですね。」

 俺がそう言うと、白鷺先生はうん、と首を振って、それから少しだけ考えて言った。

「…そういえばマコ、クリスちゃん…よかったの?」

「え?」

「…よかったの、って、何がでしょうか?」

 揃って首を傾げる俺とクリスに、珀亜さんは続ける。

「あんたたちの力のことさ。今日のことは、国連の偉いさんだってド真ん前で見てたんだよ?そもそもあんたたち二人は、『史上最大の狼化現象』の後から、国連の方から最重要保護観察対象にされてる。今でさえかなりきつい拘束をされてるってのに…今日のことなんてあたしも完全に初耳だったんだから、これを国連の偉いさんが見たら、あんたたちの社島への拘束はもっときついものにしなきゃいけないって判断される可能性だってあるんじゃないの?まあ、さすがに一生島から出られない、なんてことはないだろうけど…。」

 …ああ、そのことか。

「それ、全然問題なんてないですよ?ね、クリス。」

 俺は珀亜さんにそう返し、傍らのクリスに向き直る。クリスが、俺の言葉に続けて言った。

「…わたしも誠さんも、『史上最大の狼化現象』の時に最重要保護観察対象になったことで、もう島から出られないかもしれない、って思っていて、その覚悟はしていたんです。…それに、わたしの帰る家は、もうありません…その代わり、わたしの居場所は誠さんの隣です。だから…誠さんが隣にいてくれる限り、わたしは寂しくもないと思っています。…そして、誠さんも、同じ気持ちを話してくれました。だから…大丈夫です。」


「…クリスティナさん、本当に強くなりましたね。」


 ドアを開ける音と共に聞こえてきた、歳を重ねた女性の声に、俺たちは同時に振りかえる。そこには、俺たちのよく知る初老の女性が、微笑みを浮かべて立っていた。


「------カリエール、先生…。」


 クリスが驚いた顔をして、その女性を見る。

 クラリス・L(ロナ)・カリエール女史…ヴァルホルの元学園長先生であり、クリスの恩人でもある女性。学園長を辞してなお、国連という組織の中において強い影響力を残している彼女が、今、俺たちの前に再び姿を見せているのだ。

「誠君も、お久しぶりね。白鷺さんも。元気にしていたかしら?」

 話を振られた俺は、少し戸惑いながらも答える。

「は、はい。カリエール先生、お久しぶりです。でも、どうして社島に?」

 俺が聞くと、カリエール先生は笑顔を浮かべて言った。

「いえね、少し無理を言って、社島に来ることをスケジュールに加えてもらったの。あなたたちが学園生徒会にいることを知って、あなたたちが学園をどう作っていっているのかがとても気になったから。もちろん、新入生歓迎会も楽しみにしていたわ。」

「そうですか…すみません、あんな大騒ぎになっちゃって…。」

 俺が謝ると、カリエール先生は首を横に振って、

「あなたたちのせいではないでしょう?

私も聞いたわ。祠島にヴァルキリーやオーディンの極端なカーストが存在すること、そして今の社島運営本部の腐敗によって、問題が顕在化しない現状があることを。…これは、私が見てきたものとして、国連総会と安保理で話題に上げなくてはならないわ。他の国連からの来賓にもそれは伝わっているから、私が戻り次第、すぐに臨時総会が開催されるはずよ。」

 …さすがはカリエール先生、すでにそこまで情報を得て動いていらっしゃるなんて。

 カリエール先生は、もう一度俺とクリスを見て言った。

「もちろん、あなたたちのこともね。この動きにくい状況下で、よく社島の舵取りをしてくれたわね。そんな二人が、もう狼化の危険性がないにも関わらず、島に幽閉されなければならないのはおかしいわ。私から掛け合って、一時的にでも島から出られる手続きが可能なように取り計らいましょう。白鷺さん、そのためのお手伝いをお願いしても良いかしら?」

 それを聞いて、珀亜さんは笑顔を浮かべる。

「もちろんです。…よかったね、マコ、クリスちゃん。あたしもできる限りのことはさせてもらうから。」

「…ありがとうございます、珀亜さん。」

 俺はそう言って、珀亜さんに笑顔を返す。


「…よし、こっちの話もまとまったし、フローレスさんとグレイマンさんのビーコン反応も確認できたところで…クリス、浦澤君には俺から連絡するから、グラーヴィチさんに連絡してもらってもいい?きっと、二人とも待ちくたびれてると思うから。」

「はい、任せてください。…あ、グラーヴィチさんですか?」


 クリスは、いそいそとグラーヴィチさんに電話をかけ始めた。俺はそれを見ながら、浦澤君に連絡するためにスマホを取り出し、通話アプリを開いて浦澤君の名前を探しつつ、これからの展望に思いを馳せる。


 ------俺たちは、健やかなるときも、病めるときも、ずっとこの社島を拠点に生きていく。

 居場所となってくれる、かけがえのない恋人と、共に支えあい、手を取り合いながら------


 


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