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五郎丸はそっと妖の顔を見た。にやけている。とてつもなくにやけている。
「な…何が可笑しい?」
馬鹿にされた様に感じ、思わず怒り気味な声で言ってしまう。だが、妖はにやけ顔をやめない。
「盗もう等と愚かな事は考えるな。もっと酷い目に合う。」
「ぬ…盗む?その様な事は決して…。」
「盗む?」ふと五郎丸は、疑問に感じた。ここにはさい銭箱の中に、沢山の金が有る。当然、盗みを働こうとする者も居るだろう。
「もし…もしもだ。例え話だ。盗みをしたならば、どうなるのだ?」
好奇心から聞いてみた。決して盗みを働く気は、さらさら無い。只の好奇心だった。
「まぁ、元より盗む事を前提として来る者は、ここまで辿り着けない。辿り着けたとしても、帰る事は出来ない。死ぬまで森の中を彷徨い続けるだけだな。」
あっさりと恐ろしい回答をする妖に、好奇心であれ、聞いておいて良かったと、五郎丸心の中で安堵した。
「して、心は決まったか?どの程度の生活を求める?」
再び妖に問われると、五郎丸は首を右へ左へと傾け、思案してしまう。
「記憶が無くなると言うのは…武士として困る。だからと言い、死後数千もの間無を彷徨うのも…恐ろしい…。」
「贅沢な人間め。馬鹿め。」
妖は軽く舌打ちをすると、仕方なさそうに一つの提案をしてきた。
「お前は人間と言う姿に、拘るか?」
「人間の姿…?」
「人間以外の姿であれば、記憶も残り、魂も残る。そして働かずして優雅に暮らせる。例えば金持ちの飼い猫や飼い犬とかだ。どうだ?」
「それは…。」
なる程、と少し妖の案が良く思えてしまう。確かに金持ちのペットならば、働かずして優雅に暮らせるだろう。その上人間の時の記憶も有るし、魂も食われないから転生も出来る。だが、問題は対価だ。何となく予想はしていたが、一応問うてみた。
「対価は…対価は如何なるモノになるのだ?」
妖はスッと、五郎丸の体を静かに指さした。
「お前の体。わしが頂く。人間の体も美味。キシシ…。」
やはり…と思いながらも、人間に拘る必要は無いのかもしれない、とも思えた。
身寄りは殆ど戦で死んだ。嫁いだ物の、職を失い嫁の家からは追い出されてしまっている。自分を知る者と言えば、共に生き抜いた戦友と、近所の者やよく行く店の店主位だ。戦友の殆どは、立派な後継ぎになっていたり、立派な職に就いている。酒場でたまに、顔を合わせれば挨拶をする程度だ。近所の者は、たまに差し入れを持って来てくれる者も居るが、深い付き合いと言う訳では無い。自分が突然消えた所で、誰が気にするだろうか?否、気にしない。
五郎丸は、決断をした。
「うむ‼ならばゴロゴロ出来る、猫になろうぞ‼」