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盛大なため息が、山中に響き渡る。ため息の主は、妖だ。
「またか…。」
妖はそうぼやくと、再び深いため息を吐き、つまらなさそうな顔をした。
「何故人間はそんなにも金が好きなんだ?馬鹿め。どいつもこいつも金金と、くだらん…。」
呆れた様子で、力無くさい銭箱の上へと、ふわりと体を浮かせ、座る。そして又、ため息。又ため息。その繰り返しだ。五郎丸は、そんな妖の姿を、口をぽっかりと開け、見つめていた。
意外な反応だった。先程までの禍々しい波動からすると、とてつもなく恐ろしい表情でもされるかと思っていた。だが実際は、呆れられてしまっている。その上、また気の抜けた妖へと戻ってしまっている。
「そ…そんなにも多いのか?金…を願う者は?」
恐る恐る問うてみると、妖からは又もや深いため息が漏れる。
「まぁな。お前以外にも、沢山いた。どうした?借金でもこしらえたか?」
「いや…そう言う訳では…。」
「では何故金が欲しい?」
「それは…。」
五郎丸は口ごもってしまう。働かぬして暮らしたい、その様な事を言えば、更に呆れられてしまいそうだ。
「どうせロクな理由ではないだろ?さっさと言え、馬鹿め。」
妖に促され、五郎丸はコクリと小さく頷くと、意を決して答えた。
「一生働かなくとも、金に困らず生活がしたい。つまりは、働かなくして生活が出来る金が欲しい。一生分のだ。それがわたしの願い…なのだが…。」
五郎丸の答えを聞き、案の定妖の表情は、呆れ返ってしまっていた。そして再び、深いため息が山中に響き渡る。
「お前、どうしようもないろくでなしだな。」
妖にそう言われてしまうと、言い返す言葉も無い。ごもっともだ。
「それで?どの程度の生活がしたい?」
「どの程度…とは…?」
五郎丸の質問に、妖は面倒臭そうに答える。
「色々あるだろ。豪遊して暮らしたいだの、質素でいいだの。それにより対価も異なる。馬鹿め。」
「あぁ…。」と五郎丸は納得をすると、自分がどの程度の生活を求めているのか、しばしその場で考え込んだ。だが、程度によって対価が違うのであれば、まずは対価を聞いてから決めるのも良し、とも思い、妖に問うてみる事にする。
「豪遊だと、対価は如何程のモノになるのだ?」
「死後魂を食わせてもらう。」
「死後…。食われた魂は、どうなるのだ?」
「転生も出来ず、無をわしの命が尽きるまで彷徨い続ける。補足だが、わしは既に数千年は生きている。まだまだ長い生きをする。」
「数千…年…。」
思わず想像をし、生唾をゴクリと飲み込む。数千年も無を彷徨う、想像を絶する想像だ。
「でっでは、質素な暮らしだと如何なるモノだ?」
「記憶を頂く。人間の記憶はわしにとって娯楽だからな。様々な人間の今まで見た物、経験した感情、思い出と言う物か?それが楽しい。わしはずっとここに居るから、退屈しなくていい。」
「…記憶か…。」
五郎丸は少し考え込んだ。記憶ならまだ良いかもしれない。だが、今までの物全てを忘れてしまうとなると、武士としての誇りまで失ってしまう。それはいささか好ましくない。だが、魂に比べれば、数倍マシではある。どうしたものか…。
悩み出してしまい、頭を抱える五郎丸に、「キシシ…。」と又あの奇妙な妖の笑い声が聞こえた。