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これは夢なのだろうか。否、悪夢だ。目の前で自分の体が、妖に喰われている。
妖は五郎丸の体を、パクリとくわえると、そのまま大きな口の中に放り込み、もぐもぐと口を動かし食べている。地面に血の一滴も落とさず、綺麗に丸齧りした。そしてゴクリと、砕いた肉を飲み込む。
「ふはぁー‼美味だった。」
妖は、満足気に笑みを浮かべた。その姿を見ていた五郎丸は、ハッと老人に言われた言葉を思い出す。
『とって食われてしまうぞ。』と言う言葉。正に、その通りになってしまった。老人に言われた通り、妖に喰われてしまった。よくよく考えれば、自分の体を食べる為、妖に上手く誘導されてしまっていた様にも思える。だが時は既に遅し。すでに自分の体は、妖の胃の中だ。
妖は再び体を震わせ、黒い煙を出すと、今度は煙は小さくなっていった。そして煙が無くなると、再び子供の姿へと変わる。
「久しぶりの人間の肉。美味だった。わしは腹がいっぱいになって満足。もう寝る。戻る。」
そう言い残すと、再び祠の中へと入って行ってしまった。
(おいっ‼わたしはどうなる‼本当に待てばいいのだな?)
「にゃーにゃー」と子猫五郎丸が叫ぶも、返事が無い。仕方なく、さい銭箱の横にちんまりと座り、誰かが来るのを、妖の言葉を信じ待つ事にした。
暫くすると、空からゆっくりと雪が舞い降りて来た。とても寒い。思わず体を丸める。次から次へと降って来る雪に、地面はあっと言う間に、白い薄化粧を纏う。
太陽はすっかり昇っていたが、雪が止む気配は無い。いつまで待てばよいのだろうか、お腹も空いた。子猫五郎丸は丸く蹲っていると、キシ、キシ、と雪を踏む、足音が聞こえて来た。思わず耳だけをピンと立たせると、足音は徐々に近づいて来る。
足音がすぐ側で聞こえると、誰かがお参りをしている姿が見えた。足元は袴を履いている。どうやら男の様だ。だが、ここからでは姿までは見えない。子猫五郎丸は、ゆっくりと体を起き上がらせ、震える手足を必死に動かし、男の足元まで来ると、ゆっくりと顔を見上げた。そしてその男の姿を見て、驚いてしまう。
(なんと‼お奉行様の所の若旦那様ではないか‼)
立派な着物には、立派な紋所。そして凛々しい顔立ち。余りに驚き、子猫五郎丸は、「にゃー」と声を出してしまう。
子猫の声に気付いた若旦那は、ふと足元を見た。するとそこには、体を震わせ痩せ細った、子猫が居る。
「おやおや、かわいそうに。この寒い中、お前はどうした?迷子か?捨てられたのか?」
そう言うと、子猫をそっと抱き上げ、懐の中へと入れてやった。
懐の中は暖かく、子猫五郎丸は、思わずゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。
(なんだこの心地良さ。喉が勝手にゴロゴロと鳴るぞ。とまらぬ…。)
更に喉をゴロゴロと鳴らすと、若旦那は嬉しそうに笑った。
「ははは、余程快適か?可愛いな。お前の事が気に入ったぞ。そうだ‼お前の名を、『五郎丸』と名付けよう。よく喉をゴロゴロと鳴らすからな。わたしがお前の主になってやろう。よしよし、暖かい我が家へと帰ろうか。」
若旦那は、五郎丸を懐に入れたまま、寺を後にした。
こうして、人間だった五郎丸は、子猫となり、人間の頃と同じ名を付けられ、裕福な若旦那の飼い猫となったのだった。
妖との約束は、無事果された。




