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対価  作者: 小鳥歌唄
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対価

 「時は金なり」とよく言う。

 仕事ばかりで時間が無い者程、金は貯まる。時間が沢山有り、暇を弄んでる者は、金が無い者が多い。だが時間が無い上、金も無い者もいる。一番最悪なパターンだ。

 時はお江戸。誰もがせかせかと忙しそうに、働いている。お江戸の者達は、男も女も汗水垂らし、懸命に働いていた。

 だが暇な者も居た。この時代の暇人と言えば、侍だ。特に城下にいない、侍だ。

 何度も続いた戦も一段落をし、戦場に赴く事も無くなり、下町をブラブラと散歩をしているか、家の中で寝ころんでいる。仕事を探す事もせず、只時間が過ぎるのを待つだけだ。

 そんな暇人侍の中に、五郎丸と言う名の侍がいた。

 何度も戦に赴き、何度も死にそうになりながら、戦い続け、戦が終わると

同時に、ニート侍になってしまった。

 戦ばかりの時代が終わった後、他の侍達は仕事をさがし、職に就き、働いていたが、五郎丸は仕事を探そうともしなかった。

 「休息が必要だ。」と言い、長い間家の中で、ごろごろと寝ころんでばかりいる。お陰で収入が全く無い為、貧乏侍になってしまっていた。

 五郎丸はお金が無い事は分かっていた。だが、だからと言って仕事を探そうとも、しようともしなかった。ごろごろと昼間から寝ころぶ、堕落した生活が気に入ってしまったのだ。

 そんな堕落した生活が続けば続く程、お金は無くなる。貯金を少しづつ崩して生活をしていたが、いよいよ貯金も底をつきそうだった。

 「何とかしなければ。」と、五郎丸は考えていた。何とかお金を手に入れる方法を、考えなければと。だが、だからと言って働きたくはない。どうせなら楽な方法で、お金を手に入れたい。堕落生活が長かった五郎丸は、思考までも堕落してしまっていた。

 「何か良い方法はないか…。」

 五郎丸は考えに考えた。考えていると、ふと、戦の中、ちょっとした変わった話しを聞いた事を、思い出した。確か妖に関する話だった気がする。五郎丸はその話しを、懸命に思い出そうとした。考えに考え、考えに考え、一晩中考えて、思い出そうとしが、気付けば眠ってしまっていた。

 朝になり、五郎丸は目が覚めると同時に、妖の噂話を思い出した。なんでも、何かと交換すれば、欲しい物が手に入ると言う話しだ。確か山寺に住んでいる、と言う事を聞いた気がする。

 「これだ‼」

 五郎丸は早速山寺に向かう事にした。

 山寺までは、下町から歩いて4時間程だ。一番大きな山の天辺に、山寺は建っている。山のふもとまでは近いが、山を登ってからが長い。なんせ山寺の建つ高い山を、ひたすら登る。参拝者の為に、一山超えたふもとに、途中休憩が出来る茶屋もある。まずはその茶屋を目指そう。

 茶屋に着いた五郎丸は、早速団子とお茶を飲み食いしながら、休憩をした。

「ふぅ…生き返る。」

 甘い団子食い、お茶をすすりながら、五郎丸はほっと一息を吐いた。

 周りを見渡すと、意外と自分以外にも、一休みをしている者達が何人かいた。赤子を連れた女性や、年老い杖を持った男性。それに育ちの良さそうな若い青年。きっと皆が、何からの理由で、山寺を目指しているのだろう。そんな事を考えていたら、トントンっと、後ろから肩を軽く叩かれた。ゆっくりと振り返ると、ニコニコと仏の様な優しそうな笑みを浮かべた老人が、五郎丸の後ろに座っていた。どうやら五郎丸の肩を叩いたのは、この老人らしい。

「何か御用でしょうか?」

 五郎丸が老人に尋ねると、老人は仏の様な笑顔のまま、答えてきた。

「山寺の妖に会いに行くのかい?そいつは止めといた方がいい。あそこの妖は厄介じゃ。その上我儘だ。お前さん等、すぐにとって食われちまう。いい餌じゃよ。」

 五郎丸はぎょっとした。何故この老人は、自分が山寺の妖に会いに行く事を、知っているのだろうか。

「ご老人、わたしはただ、お参りに行くだけですぞ。妖等、存在するわけなかろう。」

 茶をすすりながら、冷静さを装い答えるも、老人は口を大きく開け、笑い出した。

「ふぉっふぉっふぉ!!下手な言い訳じゃ。お前さんは知らんのか。山寺にお参りに行くと言う事は、妖にお参りしに行くと言う事。つまりは皆初めから、妖にお参りをしに行くのじゃ。赤子を抱いた母親も、若き青年も、杖を持つ老人も、そしてこのわしもじゃ。見受けた所、お前さんに厄は憑いておらん様じゃ。何をしに行く?」

「なにっ?!皆妖にお参りに行くだと?!ならば、皆妖に願いを叶えて貰う為に、山寺に行くと言う事なのか?」

 驚く五郎丸を尻目に、老人は笑顔を崩す事なく、答えてきた。

「何と、お前さんの目的は、願いを叶えて貰う為だったのか。何と愚かな…。他の者は、皆体に憑りつかれた厄を、妖に食って貰う為に、山寺へと行くのじゃよ。」

 そう言うと、またふぉっふぉっふぉっと、口を大きく開けて笑った。

「厄を…食って貰う?何故妖は、厄を食ってくれるのだ?」

「厄は妖の好物でな。まぁ、餌を与えに行く様なもんじゃ。食らうてやらせる変わりに、悪しきモノを祓い、良きモノを引き寄せる。等価交換じゃ。」

「何と…。」

 老人の話しを聞き、五郎丸は口をぽっかり開け、目をまん丸くさせ、驚いていた。

「願いを叶えて貰う等、やめておけ。お前さんが何を叶えて貰いに行くのかは知らんが、願いがでかい程、要求されるモノもでかい。均等でなければならん。それが等価交換と言うものなのじゃよ。」

 五郎丸は更に驚いた顔をした。

 噂は本当だったと言う事と、妖へのお参りの本来の意味を知り、戸惑いと驚きで頭の中はグルグルと渦を巻き始めてしまう。

 老人の話しを聞く限り、ここに居る者達は皆、厄を食って貰う為に行く者ばかり。願いを叶えて貰う目的の為に行くのは、自分だけだと知った。その上、要求されるモノがでかいとなると、自分の願いでどれ程のモノを要求されるか、想像もつかない。

 五郎丸は段々と、恐ろしくなってきた。

「ふぉっふぉっふぉっ‼どれ、わしはそろそろ行くかのう。お前さんは、来た道を戻りなされ。」

 老人は五郎丸に最後にそう言うと、重そうに腰を上げ、相変わらずの笑顔のまま、ゆっくりと茶屋を後にした。

 老人が去った後、五郎丸は両腕を組み、首を右に傾けては左に傾けてを繰り返し、考え続けた。

 妖は恐ろしい。だが、ここまで来たからには、今更戻るのも勿体ない。願いにより対価の大きさが違うとなると、自分の願いはどれ程の対価が必要なのか、知ってから頼むのも手ではないだろうか。もしくは、余りにも対価が大きいのであれば、願いを少し小さくすると言う手もある。だが老人の話しによれば、妖は厄介で我儘だと言う。素直にこちらの条件を受け入れてくれるのか、定かでは無い。

 五郎丸は悩みに悩んだ末、「よしっ‼」と声に出すと、両膝を両手で力強く叩き、勢いよく立ち上がった。

 「いざ、出陣‼行ってみなければ分からぬ事柄もあると言う物‼」

 自分に言い聞かせる様にそう言うと、決心がついた五郎丸は、茶屋を後に、山寺へと向かい始めた。

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