80話 戦いの始まり‐2
「うわぁああああ!!」
突如迫りくる大勢の敵に、覚悟を決めていたはずなのに動揺するのを抑えきれない冒険者達。だが、敵はそんなことお構いなく攻撃を仕掛けてくる。
ハンスは真っ先に敵と交戦し、敵の剣に自らのスキルで作り出した棒をぶつけ、敵の動きを抑える。しかし、動揺している冒険者達は敵の刃がすぐそこまで来ているにも関わらず、構えたまま動こうとする気配が無い。
ハンスがそんな冒険者達に声をかけようとすると――
「君達!ボーっとしているんじゃない!敵が目の前まで来ているぞ!戦うんだ!」
――冒険者の一人であるウォルターが他の冒険者に声をかけ、冒険者達に平静さを取り戻させていた。
ハンスは自分が声をかけて平静さを取り戻そうとしたが、ウォルターがハンスよりも先に行ってくれたことで、冒険者達の方はウォルターがいればひとまず大丈夫だと判断する。
そして動きを抑えている目の前の敵を武器ごと押し返し、敵がひるんでいる内に喉元を突いて確実に仕留めるが、その間にまた新たな敵が斬りかかってくる。
「こりゃあキリがないな!!今回の敵は厄介だし、何より倒してもまた次の敵が来やがる!!」
次々と向かって来る敵に対し、ハンスはそう吐き捨てる。確かに敵が厄介だと感じているように、ハンスが一人一人と戦っている時間が前回よりも長くなっている。
前回の戦闘では敵がマジックアイテムを使用し、倒しても倒しても起き上がってくるという状況だったが、その代わりに敵はスキルを発動することが出来なくなっていた。少ない人数をマジックアイテムを使い解決しようとしたのだろう。
しかし、今回は敵を倒したら起き上がってはこないが、マジックアイテムを使われた時のように大勢の敵が襲い掛かってくるのに加え、スキルをそれぞれ発動できるという状態になっている。
そのためスキルを発動しながら戦ってくる相手を倒すのに、ハンスは棒術だけで対応しなければならないため、時間がかかってしまう。
そして何より敵の数が多いため、一人の敵と永遠に戦っているように感じてしまい、苦戦しているような感覚に陥る。
幸いなことに、敵が持っているスキルが大したスキルではないことと、兵士一人一人の実力は前回とあまり変わらないお陰で、何とかなっている状況だ。
ふと隣で戦っている冒険者達を見るが、冒険者達も多少苦戦しながらも、誰ひとり傷つくことなく順調に敵を減らしている。しっかりとパーティーごとに連携しながら敵を倒していっている。
『ファスターズ』は三人とも活躍をしているが、その中でもリンダが圧倒的な火力で敵を纏めて葬り去っているのが目立っている。
『スキル・《水魔法》』
リンダがスキルを発動しながらその手のひらを宙に向け、その手が向いている空中には人が五人ほど入れるくらいの大きさがある巨大な水球が現れる。そしてリンダがその手を兵士達のいる方へと振り下ろすと、その巨大な水球は重力に身を任せるように兵士達の方へと落下していく。
そして落下すると、水球は形を崩し、敵と共に床へとまき散らされる。水球の落下先にいた兵士達は水球の重さに押しつぶされ、一撃で戦闘不能に陥り、その付近にいた兵士達も水で濡れた床に足を滑らせ転倒し、体勢を崩している。
敵は、そんな圧倒的な火力で纏めて敵を薙ぎ払うリンダを倒しにかかりたいところだが、リンダの前に立つ二人がそうはさせてくれない。
アランとクラリスがリンダの前に立ち、リンダの方へと敵が流れて行かないよう壁となり、遮っているのだ。
しかし、ただ壁となっているだけではなく、二人は敵を足止めしながらも、それぞれの攻撃手段で、目の前にいる敵を少しずつ確実に倒している。
リンダの前に立っている二人が攻撃しつつも、盾としての役割を持ち、そしてリンダはその二人の後ろから敵に一方的に攻撃を仕掛ける。これが『ファスターズ』のパーティーとしての戦い方なのだろう。
そんな『ファスターズ』の三人と、ハンスを挟んで反対側にいる『ジェイド』の二人も、特に何の問題も無く戦っている。
ウォルターは冒険者を纏めるようなそぶりをたまに見せることもあり、戦いながらパーティーメンバーであるメアリーに時々指示を出している。戦いながら指示を出せるほどであり、時々周囲の状況にも気を配っているので、ウォルターはこの敵を目の前にしてもまだ余裕があるということだ。
そしてメアリーも『ファスターズ』達と同じくらい戦えており、手に持っている剣で次々と敵を切り倒していく。たまに危なかっしいところもあるが、そこはウォルターがしっかりと見ていて、メアリーのサポートをしている。
『ジェイド』は二人だが、ウォルターが二人分以上の働きをしているため、『ファスターズ』並みに上手く対処できている。
しかし、先程の『ファスターズ』の前衛二人もそうだが、『ジェイド』の二人も戦闘時に一切スキルを発動せず、その身に付けている技だけでスキルを発動している敵を次々と倒していく。
「うおぉ~!冒険者達も中々頑張ってくれてるじゃねぇか!?これは俺ももっと頑張んないとな!?」
冒険者達の戦闘の様子を横目に見ていたハンスは、自分も負けられないと、さらにやる気を出して敵を倒していく。
だが、自分達が相手にしている敵のはるか後ろを見ても、全く人数が減っている気がしない。
しかし、それでも戦い続けるしか道は無い。
そんなハンスと冒険者達が敵と戦っている様子を、ルイはリチャードとセシリアと共に見守っている。彼らの働きによって自分の命がかかっているのだから、しっかりと目を離さずに見ている。
時折、ハンス達と戦っている敵よりも後ろに控えている敵から、ルイ目掛けて弓矢などの飛び道具や投擲武器が飛んでくるが、すぐ傍にいるリチャードがその全てを叩き落してルイに一切の攻撃を届かせない。
「ルイ様、敵の攻撃が飛んでくるので念のため、私とセシリアから離れないようにして下さい」
「悪いねリチャード守ってもらって。本当なら僕が自分で自分の身を守れれば、リチャードも戦線に回せることができるんだけどね」
「いえ、ルイ様のお命が何よりも最優先なので何も問題ございません。それに私がいなくとも、彼らだけで今の所十分戦えているので大丈夫でしょう」
リチャードはそう言いながら、また飛んでくる飛び道具を叩き落している。
ルイのすぐ傍にリチャードを置いているのは、敵からすれば飛び道具でルイの命を狙っても全て防がれるので邪魔な存在だろうが、リチャードが戦わないことで味方の兵士に被害が出ないということもあるので、何とも言えない状態だろう。
リチャードが戦線に出ればこちらに優勢になるだろうが、相手にはリチャードと同等の強さを持つと思われるゲオルクがいるため、ゲオルクが戦線に出て来るまではリチャードも温存しておかなければならない。
ルイはリチャードに守られながら、戦っている六人を引き続き見守る。
リチャードの言うように六人とも十分戦えているように見えた。しかし、戦いが長引き、段々と先頭にいた敵の兵士達がやられていくにつれ、ハンスと冒険者達が敵を倒していくペースが落ちていくように見えた。
「どうしたんだ?段々と敵を倒していくペースが落ちている気がするけど、流石にそろそろ疲れがたまってきたのかな?」
ルイを守りながら戦闘の様子を見守るリチャードとセシリアに聞いてみる。
「ハンスも冒険者達もまだそれほど疲れているようには見えません。彼らはこの家に雇われている兵士達と違って日々訓練を欠かしていないはずです。しかし、それでも敵を倒すのが遅くなっているのは、きっと他の理由でしょう」
リチャードがそう答えると、セシリアが戦闘が行われている方向を指さす。
「ルイ様、現在ハンスが戦っている相手をご覧ください」
ルイはセシリアの言葉通り、ハンスが戦っている所を見る。そこには先程とあまり変わらないように見えるハンスが敵と戦っている姿が見える。
しかし、その戦っている相手が先程の兵士とは少し異なった部分があった。
「ハンスが戦っている兵士、さっきまでの兵士と鎧とか兜の形が一見同じように見えるけど、少し違っているね!?それに色も着色されている?もしかしてそれがハンス達の敵を倒していくペースと何か関係しているってこと!?」
ルイの質問に二人は頷くと、リチャードが答える。
「そうでございます。ルイ様がお気づきになった彼らはこの家の兵士達でございますが、そこらの兵士達をそれぞれまとめる兵士長達でございます。彼らは普通の兵士達をまとめるような存在であるため、兵士達よりも高い実力を持っています。そんな兵士長が出て来るということは、前線の兵士達が減ってきてついに兵士長も戦わなければいけない所まで来たのでしょう」
「兵士長だって?けど、前回の戦闘の時はそんな奴ら一人もいなかったじゃないか」
「前回の戦闘の際には出ていなかったのですが、ライアン様とリアム様は全兵力を差し向けたようなので今回は兵士長もいるのでしょう。ただ、それでもハンスと冒険者達には敵わないと思いますが……」
リチャードの説明を聞きながら、ルイは兵士達の中にその兵士長と思われる、通常の兵士達とは格好が異なった者を何人か見つける。通常の兵士よりも強いらしいが、リチャードが言うにはハンスと冒険者達には敵わないという。
リチャードの言葉を聞き終わった所で、ちょうどハンスが戦っていた兵士長が倒れる姿を目撃する。兵士長は何やらスキルを発動させて攻撃をしていたものの、ハンスの棒を使った防御を崩せずに、ハンスの攻撃に倒れていた。
兵士長もハンス達にすれば恐れるに値しないほどの強さだと分かったが、それでも戦う時間がかかればかかるほど、ハンス達の疲労は溜まることになる。
そのうち、どこかで限界が来てしまうのでは無いだろうか――とルイが考えた瞬間。
ハンスの左側で敵と戦っていた冒険者パーティー『ファスターズ』の内、アランとクラリスに守られながらその背後でスキルを発動していたリンダが突然、気を失ったかのように床へと倒れ込む。
「リンダ大丈夫か!!」
そのことに気付いたアランが相手をしている敵を押しのけ、リンダに駆け寄る。しかし、既に戦場と化している屋敷で、敵がその隙を見逃すはずがない。
クラリス一人で敵を抑えることもできず、兵士は背を向けているアランに近づいて行く。
「アランっ!!!危ない!!」
クラリスがアランに必死になって声をかけたのと同時に、アランの無防備な背中へと吸い込まれるように兵士の剣が振るわれた――。




