8話 家族団らん
家の中に入ると、母のローズと姉のリズの二人が台所で既に料理の用意をしていた。
ルイが帰ったことに気が付いたローズが料理の用意をしながら声をかけてくる。
「お帰りなさいルイ!!今リズに手伝ってもらってご飯の準備をしているから、大人しくテーブルで待っててね」
母のローズはそう言いながら、ルイが食事の際にいつも座っている子ども用に作られた椅子を指さす。
ルイがローズに言われた通り椅子に座ると、リズが作った料理をテーブルに運んでくる。
料理を置きながらリズはルイに近づくと、そっと顔を近づけ小声で練習の成果を聞いてきた。
「ルイ、随分遅かったけど練習は進んだ?」
「うん、リズお姉ちゃんのお陰でだいぶ進んだよ」
「ほんとに?やっぱりお姉ちゃんの教えのお陰ってことね!」
「リズ!そろそろお父さんとレンスが帰ってくるだろうから、どんどん料理を運んでちょうだい!」
「は〜い…。じゃあ、また今度こっそり教えてねルイ」
そう言うとリズはローズを手伝いに戻る。
食卓に一人取り残されたルイがナイフとフォークをいじりながらぼーっとしていると、外から家へと近づいてくる話し声が聞こえてくる。
徐々に聞き慣れた声が近づいてきたところで扉のほうを向くと、ちょうど父のラルバートと兄のレンスが扉から顔をのぞかせたところだった。
「ただいま!母さん!リズ!ルイ!父さんとレンスが帰ったぞ〜!」
「ただいまぁあぁ〜疲れた~」
いつも帰ってくるとハイテンションな父さんと、疲れた顔をしているレンスが今日も変わらず同じリアクションで帰ってきた。
「お帰りなさいあなた、レンス。そろそろご飯ができるから準備ができるまで席に座って待っててね」
「お帰りなさいお父さん、レンス!今日の狩りはどうだった?」
「リズ、お父さんとレンスは疲れて帰ってきてるんだから、まずはゆっくりさせてあげてね」
「は~い、お母さん」
二人が帰ってきて家族がそろい、家の中が途端に賑やかになる。
ラルバートとレンスは玄関に荷物を置くと、今日狩ってきた獲物を倉庫へ持って行くため、一度外に出て行った。
ローズとリズは料理の仕上げにかかっており、ルイはまた一人食卓に取り残された。
このまま座っていても暇なだけなため、ルイは椅子から降りると、ラルバートとレンスが行った庭に獲物を見に行こうと玄関へと向かう。
「ルイ、どこ行くの?もうそろそろご飯だから椅子に座っててって言ったでしょ」
しかし、料理をしながらもしっかりとルイを見ていたローズに注意され、食卓に連れ戻される。
「お母さん、僕はただお父さんとレンス兄ちゃんが獲ってきた獲物を見に行こうとしただけだよ」
「ダメです。あなたはまだ1歳なんだし、それに獲ってきた獲物を見に行った後、気持ち悪くなってご飯食べれなくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「大丈夫、多分食べられるからさ〜!僕も一回でいいからどんな獲物を獲っているのか見てみたいな~?」
「良いから座ってなさい。ルイにはまだ早いの」
「お母さん、なんでお父さん達が獲ってきた獲物を見に行っちゃダメなの?」
「ダメなものはダメなの。レンスやリズだけじゃなく村のみんなもそうやってきたんだから」
どれだけ駄々をこねようとローズは首を縦に振らないため、ルイは獲物を見に行くのを諦めて、おとなしく引き下がる。
頑なに獲ってきた獲物を見せてはくれないが、これも村のしきたりのようなものなのだろうか?
こういうところがこの村の面倒くさいと感じる部分だ。このしきたり?風習?みたいなのが国全体であるものじゃないといいが。
ただ、何か理由があってのことかもしれないから、ルイも多少駄々をこねてみつつも引き下がってはいる。
ローズとの攻防をしている間にラルバートとレンスが倉庫から戻ってきた。
二人は玄関に置いていた荷物を持つと、そのうちの片方から、森で採ってきた木の実などの食べられるものを台所にいるローズに渡す。
ローズは森で採ってきたものを受け取るとそれらをしまって、リズと完成した料理を食卓に並べていく。
「じゃあ、みんな座って食べるわよ。ルイも待ちきれないみたいだしね」
「俺ももう、お腹が限界だよお母さん!早く食べよ!」
レンスはよほど腹を空かせているのか真っ先に椅子に座る。
立っていた三人も椅子に座り、いつものように五人揃っておいしそうな食事が並んでいる食卓を囲む。
「じゃあ、みんな揃ったし頂くか!」
「「「「いただきま~す」」」」
いつも通りラルバートの挨拶で食事が始まると、それぞれ皿に盛られている料理をとりわけ始める。
最近になってようやく、ルイは離乳食を卒業し、ついに家族と同じ食事をすることができるようになった。
離乳食は前世に食べる機会があり、その時に味の薄い歯ごたえがほとんどないものということを知った。
その前提知識があったので、今生で最初に離乳食を食べることになった時は、記憶の中の離乳食を食べなければならないかと思ったが、実際に赤ん坊の体になると味をちゃんと感じとれ、硬さもちょうどいい感じだったため、その違いに衝撃を受けた。
最近では、結構、離乳食も気に入って食べていたため少し名残惜しくもあるが、普通の料理を食べられるのも前世以来のため離乳食を卒業してからは一食を大切に味わって食べている。
料理を味わいながら食べているとラルバートがルイに話を振ってくる。
「ルイ、そういえば今日は何をして過ごしていたんだ?また、部屋で考え事でもしてたのか?」
ラルバートの質問に、横にいたレンスもどんな返答をするのか興味があるのか、食べる手は止めずにじっとルイを見つめてくる。
ルイはそんなレンスを横目にラルバートの質問に答えようとすると、
「ルイは今日は村の散歩に行こうとしてたんだよ!まあ、前回みたいに倒れると大変だと思って散歩はやめさせて、私が庭で一緒に遊んだけどね!」
ローズの隣に座っていたリズが、なぜかルイの代わりに答える。
もしかして、魔鎧を教えてもらったことを言うと思ったのだろうか?
口止めされたこともあり、最初から言うつもりはなかったが、ここはリズの答えに合わせる。
「うん、お父さん。今日はリズお姉ちゃんと庭で遊んでたよ」
そう答えてあげると、リズは微笑んだ顔をしながらこちらを見てきた。
しかし、その答えにラルバートとレンスの二人は、何やら残念そうな顔をして見つめ合っていた。
「どうしたのお父さんとレンス兄ちゃん?何か問題でもあったの?」
「いや、問題っていう問題じゃないんだけどな。ちょっとレンスと狩りの途中に話してていてな。」
「くそ~!父さん、どっちも外れだったか~!」
「じゃあ、レンスも父さんもどっちもご褒美なしだな」
何だろう、何があったんだろうか。
二人とも狩りの最中に何を話していたのか内緒のままなので、気になりすぎてモヤモヤする。
「まあ、二人が何を話してたのかはだいたい想像つくからいいけど、今日の狩りはどうだったの?」
二人が何を話し合ってたのかまだ分かっていないルイを置き去りに、ローズが話題を変える。
「そうだな、今日は狼を20頭ほど狩ってきたんだ。事前に狼が増えすぎて森の生態系が変わってしまうかもしれないと村の狩人達の間で話題になっていたからな」
「お父さんもお兄ちゃんもそんなに狩ってきたんだ!すごい!」
「そうそう、俺も父さんもメチャクチャ頑張ってきたんだぜ!?」
「母さん。そのうち冬も来るだろうから、狼の毛皮を村の皆と交換でもしてきてくれ。毛皮を剥ぐのは俺とレンスでやっておくから時間があるとき頼んだぞ」
「任せてちょうだい。あなたとレンスは明日もよろしくね」
狩りの話題になってからは完全にルイは置いてけぼりなため、一人で黙々と料理を食べる。
うん。おいしい。
狩りの話をしていたが、リズが何かを思い出したかのように急に別の話題を出す。
「お父さん?そろそろ、年に二、三回しか来ない行商人さんが来る頃じゃない?」
「ん?そうだな、そろそろそんな時期か。今回は何を持ってきてくれるんだろうな」
この村は辺境の森にあるため、ある程度の物は自分の村ですべてをまかなっている。しかし、流石に村で賄いきれないものもあるので、そういうものや嗜好品、消耗品などを持ってきてくれる行商人が年に二、三回だけ、この村に来てくれることになっている。
その行商人が、そろそろ来る時期だとリズは言う。
「そこで、お父さんにお願いがあるんだけどね?」
リズがそう言うとラルバートは急に身構え、娘の言葉に対してどのような返答をするか言葉を選んでいる表情に変わるも、すぐに普段通りの表情に戻る。
多分だが、頭を回転させたが、瞬時にいい返しが思い浮かばなかったのだろう。
半ば諦めたかのような顔をして、リズのお願いに返答する。
「なんだいリズ?どんなお願いだ?」
この言葉を聞いたリズは急に顔を輝かせる。
「そうだな〜?少しでいいからまた、お小遣いが欲しいかな~なんて思ったりして?」
リズの言葉にラルバートの表情が曇る。
「今月渡したお小遣いはどうしたんだい?」
「そろそろ行商人さん来るかなって思ってちゃんと取っといてあるよ!けど、それでも欲しいものがたくさんあるから足りないんだよ!」
「そうか~。足りないなら仕方ないな。その代わり母さんの手伝いもっと頑張るんだぞ?」
「やった~!ありがとうお父さん大好き!」
話し合いの結果、娘の強い押しに負けたラルバートがお小遣いをあげるとなったが、この話を聞いていたレンスも黙ってはいなかった。
「リズだけずるいよ!母さんどう思う?」
「大丈夫、レンスにもちゃんとあげるから心配しないでね」
父ラルバートを責め立てようと大きな声を出したレンスだったが、母のローズに諭されると、その声は燃え盛っていた炎に水をかけたかのように、あっという間に静かになった。
10歳という歳で狩りにも出かけていて、大人になったと思っていたレンスだったが、このような場面では年相応なところがあって、レンスもまだまだ子どもだと感じさせられる。
「いつも足りないと思って事前にお小遣いを用意してるんだけどね。今回からはちゃんとルイの分のお小遣いも用意してるからそれで好きなものをお兄ちゃんとお姉ちゃんと買ってきなさいね」
突然、ローズはそうルイの耳元で囁いてきた。
用意周到だな~と思いつつルイはその言葉にただただうなずいた。
この話題は終わりだと言うかのように、ローズは話題を変えてきた。
「そういえばあなた。最近森の様子が変だって話聞いた?」
「母さん、さっき言っただろう。狼が増えた話じゃないのか?」
「それとはまた別な話よ。お隣のおばさまから聞いた話なんだけどね、おばさまの旦那さまもよく森に行って狩りをしてるじゃない?」
「ああ、たまに森で会うぞ。それでどうしたんだ?」
「その旦那さまが言うには、最近森の動物の様子が変らしいのよ!あなたも何か心当たりない?」
ラルバートは顎に手を当てて何か思い当たることがないか考える。
ルイはその話を聞きながらも、ラルバートを見て、イケメンがやる仕草はなんでも様になるな〜としか思っていなかった。
「う~ん。俺が知る限り狼が増えたこと以外、特に何も変わったことはないと思うんだがな。旦那さんの考え過ぎじゃないか?」
「それならそれでいいんだけどね?だけど、話を聞いたからには気になって、あなたも何か知ってるかと思って」
ローズはそう言うと食事に戻り、話は終わってしまった。
この時ルイは、初めての行商人が何を持ってきてくれるのか、ラルバートの仕草などどうでもいいことばかり考え、この話にあまり注意を向けていなかった。
しかし後に、この時の話をしっかりと聞いていれば、と後悔することになるとは思ってもいなかった。