78話 次なる戦い‐3
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王都の平民区画。その中でも東側に位置する区画のとある通りを翡翠騎士団団長のイザベルは歩いていた。
通りを歩いていたイザベルはとある建物の看板を見て、その前で歩みを止める。
歩みを止めたイザベルはその建物を確認すると、扉を開けて中へ入って行く。
建物に入ると、そこは受付のカウンターが設置されており、そこに店の女将と思われる40代くらいのふくよかな体型の女性が一人立っていた。
女将はイザベルが来たことに気が付くと、カウンターからイザベルに声をかける。
「いらっしゃい!ようこそうちの宿へ!お嬢ちゃん一人かい?」
どうやらイザベルが来たこの場所は宿のようだった。
イザベルは、周囲を見回して自分以外の人がいないことに気付くと、自分を指さしながら女将に対して聞いてみる。
「お嬢さんとは私のことを指しているのか?私はもうお嬢さんと言われるような年齢ではないんだが……」
「いやいや、私からすればあんたはまだまだお嬢ちゃんだろ?まあ、そんなことはいいから何拍していくんだい?あんたは冒険者には見えないけど、この宿に泊まっているほとんどは冒険者だよ?それでも泊まっていくかい?」
「いや、安心してくれ。私も一応冒険者だ。それと申し訳ないが、今日は泊まりに来た訳ではないんだ」
イザベルのその言葉に、女将はイザベルが金を払ってくれる客ではないと知っても露骨に態度を変えたりせずに接してくれる。
「泊まりに来たんじゃないって、じゃあ何をしに来たんだい?」
不思議そうにイザベルに対して聞く宿の女将に、イザベルは言う。
「泊りには来ていないんだが、少しこの宿に泊まっている者の情報が知りたくてな。女将、この宿に泊まっている冒険者の情報を教えてくれないだろうか?」
イザベルの言葉に対して女将は悩んでいる表情を見せる。
「う~ん……。情報を教えて欲しいと言われても、お客さんの個人情報だしねぇ……。いくら何でも他人に勝手に教えることはできないわよ?それにうちは宿としてお客さんに泊まる場所を提供しているだけだから、それほどお客さんの情報も無いしねぇ……」
イザベルの問いかけに少し困っている様子で女将はそう答える。
それでもイザベルは諦めずに女将に問いかける。
「冒険者の情報と言ってもこの宿にとある冒険者が泊まっているはずなんだが、彼らが泊まっているかだけでも教えてくれないか?一人はジェイクと言う名の男で、もう一人はリズという名の少女だ」
イザベルが女将にそう問いかけると、女将が答えてくれる。
「あ~!もしかしてあんた、あの二人の知り合いかい?なら教えてもいいかもしれないけど、確かに二人はこの宿に泊まっているわ。ただ、残念だけど今は依頼を受けに行ってて当分帰って来ないわよ?もし何か伝言があれば伝えておくけど、何か伝言はあるかい?」
「いや、伝言は大丈夫だ。その二人がこの宿に泊まっているということを確認できただけで十分だ。それじゃあ邪魔したな。泊まれなくて申し訳ないが、二人が戻ってくる頃にまた来る」
イザベルは女将にそう告げると、宿を後にする。
女将はイザベルが出て行くのを見届けて、いなくなったのを確認すると二階の吹き抜けに向かって声をかける。
「これでよかったのかい?あのお嬢ちゃんはあんたの知り合いなんじゃないのかい?」
女将が声をかけると二階の吹き抜けから一人の男が顔を出す。
吹き抜けから見えるその禿頭は、窓から差し込む光が反射してとても輝いている。
その男とは先程イザベルの質問の中に出てきた本人であるジェイクであった。
ジェイクは問いかけて来る女将に答える。
「ありがとうな女将。頼んでくれた通りのことを言ってくれて。それとあのお嬢ちゃんは知り合いでは無いから気にしないでくれ。一方的にあっちが俺達のことを探しているんだろう。」
ジェイクがそう言うと女将は納得しきれないような表情をしながら考えこんでいる。
そんな女将の悩んでいる表情を見てジェイクは豪快に笑うと、吹き抜けの先から消えてしまう。
女将はジェイクがいなくなったことに気付くと一人カウンターで呟く。
「あの冒険者も不思議な人だねえ」
女将はそう呟くと自分の仕事へと戻って行った。
イザベルは宿から出て、ティリオ村の関係者の行方を突き止めることに成功し、ティリオ村の秘密に順調に近づいていると感じていた。
「これでティリオ村の生き残りと思われる二人の居場所を掴めたな。後は話を聞くことができれば、ティリオ村で何が起きたかを知ることができるだろう。そうすれば陛下がなぜあれほどまでティリオ村に固執していたのか知ることができるな」
イザベルはそう呟き、宿を一度振り返ると、王都の東側に位置する平民区画を後にした。
◇
執事の後を付いていき、フーリエ男爵家の屋敷へ入ったメアリーとウォルター、『ファスターズ』の三人だが、メアリーは執事の後を付いていく道中にあることに気が付く。
「ウォルター、この屋敷なぜかさっきからほとんど人を見かけない気がするんですけど、気のせいですかね?」
普段はウォルターのことを副団長と呼んでいるメアリーだが、騎士だということは隠さなければいけないため、事前に副団長のことはウォルターと呼べと言われている。
少し不慣れな呼び方でメアリーは小声でウォルターへと問いかけるが、ウォルターは未だに我へと返っていないようで返事が無い。
メアリーは呆れた様子でもう一度声をかける。
「ウォルターさん!!聞いてますか!?」
「な、なんだいメアリー!?どうかしたのかい?」
二度目の呼びかけでようやく我に返ったウォルターを見て、メアリーはため息を吐く。
「どうしたんですか?さっきからなんか様子が変ですよ?今の私の話も聞いていませんでしたよね?」
「い、いやっもちろん聞いていたさ!ん~、あれだろ?初めての護衛依頼だから緊張するって話だろう?」
「やっぱり聞いていないじゃないですか!全然違いますよ!屋敷に人がほとんどいなって話ですよ!」
メアリーがそう言うと、ウォルターは辺りを見回して答える。
「たまたまこの場所にいないだけじゃないのか?まさか誰ともすれ違わないなんてことはないだろう?」
「副団長は考え事に没頭していたから気づいていないと思いますけど、これまでの道中も一切誰ともすれ違わなかったんですよ!普通こんなこと貴族の屋敷であるんですか!?」
「いや、普通貴族なら多くの使用人を雇っているはずで、四男爵家も屋敷が広いから大勢の使用人を雇っていると耳にしたことがある。だから誰ともすれ違わないといことは無いはずだ。いくら当主の子ども達が屋敷で跡継ぎ争いをしているからと言って、使用人が一人もいないなんてことはありえないんだが……」
ウォルターはそう答えながら、この依頼はどこか怪しいと疑い始める。
「そもそも貴族である男爵家の跡取り候補達が跡継ぎ争いをするというのがあり得ない話のはずなんだ。当主がしっかりと自分の跡継ぎを指名するため、ほとんどは何事もなく新たな当主が誕生する。だが、この家ではそうなっていないんだろう。跡継ぎ争いで護衛を雇うほどの時点で僕は、互いに命でも狙い合っているのかって思ってしまいましたよ」
「そうなんですか!?てっきり私はそういうものだと思ってましたよ!」
メアリーが小声で驚いて答えた瞬間、先頭を歩いていた執事がとある部屋で立ち止まる。
話をしていたウォルターとメアリーもそれに続いて立ち止まると、執事が振り向いて五人に向かって話し出した。
「それではみなさん。ルイ様のいるお部屋はこの部屋になります。中に入ってから主からお話があると思いますので聞いていただくようお願いします。それでは私に続いてお入りください」
執事は話し終えると、扉をノックして中に向かって声をかける。
中からルイの声が聞こえてくると、執事は扉を開けて部屋に入って行く。
そしてその後ろを『ファスターズ』の三人が付いていき、メアリーも付いていこうとするが、またもやウォルターが一人で何か呟いていることに気が付く。
「近くで見るとますます本人にしか見えないな……。それに声もやはり本人のものにしか聞こえない。……やっぱり本人なのか?」
「またですか~!!ほらっ!行きますよ!!」
そんな状態になったウォルターをメアリーは再び引っ張りながら部屋に入って行くのだった。
◇
「「「「明日だって!?」」」」
ルイの返答を聞いて、書かれていた日時が早すぎたことで、アランを含め数人が驚いている。
自分でさえそう思ったのだから、他の人達もこのような反応になると思っていたが、予想以上の驚きようだった。
ただ、情報を知っていたリチャードはともかく、セシリアと冒険者パーティー『ジェイド』のウォルターも驚いた様子は見せなかった。
「坊ちゃん!ってことは明日に向けて何か準備をした方がいいんじゃないか!?こうやって冒険者も雇ったし、こっちの戦力も増えただろうから配置とか考えとくべきなんじゃないか?」
ハンスは驚きはしていたが、明日大勢の敵と戦うことになることに恐れているわけではなさそうだ。
むしろ事前にしっかりとした作戦を練るつもりらしい。
だが、冒険者たちの一部は違った。
「まさか本当に戦うことになるとは……」
「大勢の相手が攻めて来るのにこの少人数で対処することになるとは……」
「僕、今の内に遺書を書いておくよ……」
『ファスターズ』の三人は、この護衛依頼で本当に戦うことになるとは思っていなかったようで、大勢の敵を相手に戦えるかを心配している。
『ジェイド』のメアリーに至っては――
「ど、どうしましょう!戦うことになるとは思ってましたけど、明日!?しかも大勢の相手をこの人数で相手にしなければいけないってこと!?」
――今にもパニックを起こしそうなくらいに慌てふためいていた。
同じパーティーのウォルターがメアリーを様々な手で落ち着かせていたのでパニックにはなっていなかったが。
とにかく驚いている人も含め、全員に声をかける。
「よしっ!それじゃあ今から作戦会議をするから、みんな遠慮なく案を出してくれ!」
 




