76話 次なる戦い
太陽の光が空に浮かんでいる雲の隙間から差し込み、ベッドで寝ているルイの顔を明るく照らす。
そんな太陽の光に照らされることにより、ルイは自然と目を覚ます。
「おはようございますルイ様。今日もお目覚めがよろしいようでなによりです。私も手がかからずに済んで助かります」
起きると同時に、部屋にいたセシリアにそう言われるが、太陽の光を遮るカーテンが開けられているので、セシリアがルイを起こすために朝になるとわざわざ開けているということをルイは知っている。
セシリアもルイの世話をし続け、何をどのようにすればいいかをほとんど知り尽くしている。
朝に弱いルイは、毎回のようにセシリアの手を煩わせていたが、最近ではこのように太陽の光を直接浴びさせれば、眩しくて起きるということを知り、毎朝その方法で起こしている。
結局は毎回カーテンを開けなければならないという手間があるが、それ以外の方法で起こすよりも手間がからなくて済むようだ。
そして起きてからは普段通り、朝のルーティンを行い、ルイは準備を済ませる。
「そろそろ来る頃かな?」
ルイが朝の身支度を済ませた所で、ちょうど部屋をノックする音が聞こえてきた。
「ルイ様失礼致します。護衛に雇った冒険者の方々をお連れしました」
ノックと同時にリチャードの声が聞こえてくる。
「入っていいよ」
ルイがそう言うと、リチャードが扉を開け入って来る。
その後ろから、前日無事に雇うことに成功した冒険者達が、物珍しそうに部屋を見渡しながら入って来る。
中には、何やら緊張している様子で部屋に入って来た冒険者もいたが、護衛依頼に緊張しているのだろうか。
その割にはどこか視線がリチャードの方を向いている気もしたが気のせいだろうか。
全員が部屋に入ったことを確認すると、扉の近くにいたハンスが扉を閉める。
冒険者達は部屋に入ると、ルイの前に横一列に並ぶ。
「それでは冒険者の皆さん、今日から僕の護衛をよろしくお願いします。僕は基本的にはこの部屋にいるだけなので、こちらに来るであろう兄達の配下から守ってもらうようになります。ただ、兄達の配下は、いつ来るかは分からないので常に周囲に気を配って頂くようお願いします」
ルイが冒険者達にそう伝えると、五人は覚悟を決めた顔で頷く。
それもそうだろう。護衛依頼と言っても、俺の護衛依頼の場合は、依頼を受けている一ヵ月の間、ほとんど確実に兄達の配下が俺を狙いに再び攻め入ってくるのだから。
この冒険者達が、普段どのような依頼を受けているのかは分からないが、こんな護衛依頼は初めてだろう。
冒険者達五人は、リチャードから詳しい説明を聞いた後、リチャードの指示に従って各パーティーごとに固まってルイの護衛に付く。
まず、『ファスターズ』の三人は、部屋に入る唯一の入口である扉を外から守ってもらうためなのか、部屋を出ていき扉の前に立つ。
残る『ジェイド』の二人は、リチャードにどのように指示されたのか分からないが、扉の近くにいることから、部屋の内側から扉を見張るようだ。
これで兄達の配下が来たとしても、まずは扉の近くにいる冒険者達が守ってくれるはずなので、敵に部屋に入られることも無いだろう。
それに、扉を守る者が出来てくれたお陰で、リチャードとハンスを他の役割に回すことが出来るのが大きい。
リチャードは敵が来ない間は、執事としての仕事に専念することが出来るようになり、ハンスもルイを守るために常に近くにいることが出来るようになった。
「よしっ!これで後は敵が来るのを毎日待つだけだなっ!できれば来ないことを願いたいが、坊ちゃんを狙いに絶対あいつらはまた来るだろうから、今度こそ全員返り討ちにしてやるぜ!」
こちらの戦力が増えたことにより気持ちに余裕ができたのか、ハンスは闘志に満ち溢れている。
そんなハンスの発言に対し、セシリアが突っ込みを入れる。
「全員返り討ちなんてできるんですか?この前もゲオルクとかいう敵には勝てそうにないからって、リチャード様に任せてましたよね?」
「そんなこと言うなってメイドちゃん!!全員返り討ちにするってのは、何も俺一人でするってわけじゃないんだからよ?確かに俺一人で全員返り討ちにできればいいが、俺にはその実力は無い。だからさっきの言葉は、みんなで協力して返り討ちにするってことだからな?」
ハンスはそう言って高らかに笑う。
いつもセシリアはなぜかハンスに突っかかっていくが、それでも常にハンスは気にするような様子が無い。ハンスの元来の性格が関係しているのだろうか。
そんなハンスとセシリアの普段通りの会話だが、その二人のやりとりを見ている視線が、今日はルイとリチャードだけではないことを思い出したのか、セシリアは咳払いをして会話を終わらせる。
ルイも自分達以外の視線を感じたことで違和感を感じていたが、それが他に部屋にいる『ジェイド』の二人だということに気が付く。
普段多くて四人しかいない部屋に、見慣れない人がいるということに違和感を禁じえないが、一ヵ月もこの状態で過ごせば徐々に慣れていくだろうと考える。
この体に転生してきた頃は、リチャードとセシリアが部屋にいる時にも同じような気持ちになっていたが、その気持ちを再び味わうことになるとは思っていなかった。
そんなことをルイが考えていた時、リチャードが近づいて来て目の前で跪いてくる。
「どうしたんだいリチャード?何か言いたいことがあるのかい?」
ルイは跪いているリチャードに声をかける。声をかけたことでリチャードは顔を上げると話を切り出してくる。
「ルイ様、少々内密にお話があるのですが、お時間よろしいでしょうか」
真剣な眼差しで話しかけてきたリチャードに、ルイは何か重要な話があることを察し、せっかく配置についてもらったばかりだが、部屋からルイとリチャードを除いた全員を退出させる。
「全員にとりあえず出てもらったけど、内密の話って一体なんだい?」
ルイがリチャードにそう問いかける。リチャードは部屋の外を気にしながら、とある話を切り出してきた。
「ルイ様のご命令通り、私は事前に屋敷の前に待機し、冒険者の方々が屋敷に訪れるのを待っていたのですが、冒険者の方々が訪れる少し前に、とある方の配下がルイ様にこれを渡して欲しいと訪ねて来たのです」
リチャードはそう言うと、懐から一枚の手紙を取り出す。
「これはいったい誰が?」
「私も驚いたのですが、この手紙はルイ様の兄君であり、現在当主の座を狙って敵対しているはずであるご長男のライアン様からの手紙です」
「ライアンだって!?」
ルイの言葉にリチャードが頷く。
ルイは驚いたが、ライアンの配下から渡されたという手紙に警戒心を抱きながらも、恐る恐る手紙を開いてみる。
「ルイ様ご安心ください。その手紙は安全かどうか確かめるために一度開いて改めましたので、それほど慎重になる必要はないかと」
手紙を開いている途中でリチャードにそう言われ、警戒していたがルイは思い切って手紙を開く。
ルイを殺そうとしている相手から、なぜ急に手紙が来るのか疑問に思うが、読み進めれば分かるかと思い、深くは考えないことにする。
「え~っと、中身はどんなことが書かれているんだ?」
ルイはそう言って手紙に書かれている内容を読み始める。が、手紙を読み進めていくうちにどんどんとその表情は曇っていく。
その表情を見てリチャードが心配そうに聞いてくる。
「ルイ様どうかしましたか?何か悪い知らせでも書かれていたのですか?」
「……いや、大丈夫だよ。ただ、ちょっと考え事をしたいから少し一人にさせてくれない?」
「ルイ様のご命令に従いたいところですが、流石にこの状況でお一人にするのは賛成しかねます」
手紙の内容について少し一人で集中して考えたかったが、リチャードの言うことも確かなので先程の発言は取り消す。
「分かったよ。ただ、少し集中したいから静かにしておいてもらうと助かるよ。それと、部屋の外に出てもらっていた他の人達を呼び戻して、少しの間静かにしていてって伝えて置いてくれない?」
リチャードはルイの言葉通り、部屋の外にいたセシリアとハンス、そして『ジェイド』の二人を部屋へと呼び戻す。
ルイはその際も手紙の内容について考えていた。
まず、手紙にはこう書かれていた。
『フーリエ男爵家三男であり、俺の弟であるルイ・フーリエ。お前は、俺とリアムが手を組んでお前を殺すために大量に送った配下達を少ない人数で返り討ちにした。もちろんお前にとっても正当防衛だから、俺の大事な配下達が帰って来ないことについては何も文句はない。ただ、お前は俺達兄が手を組み、まだ幼いお前を殺そうとしていることで、怒りを感じているかもしれない。だが、この手紙だけは最後まで読んでくれないだろうか。今回手紙を書いて配下に持たせたのにはとある理由がある』
敵対している相手に対し、意外と丁寧な文を書いているライアンを不思議に思うが、俺がサラリーマンとして生きていた世界でも過去に敵対していた人、地域、国同士でも、敵対していても丁寧なことが書かれた文書でやり取りをしていたことなどを考えると、それが普通のことなのだと納得する。
そしてその続きには衝撃的なことが書かれてあった。
『なぜ、この手紙を書いてお前に渡したかというと、お前に俺の配下を送った後、お前の兄であり俺の弟であるリアムとの話し合いがあった。その話し合いは、今回の結果から、次はお互いの全兵力をつぎ込み、お前を必ず殺すというものだったんだが、俺はあっという間にお前が死んでしまったらつまらないから、少しでも抵抗する準備ができるように、俺達の配下がお前を殺しに向かう日にちだけでも教えておいてやろうと思ってな。感謝はいらないからな?まあ、感謝の代わりにお前の命を頂いていくがな?」
と書かれており、手紙の一番下にはご丁寧に、いつ敵がここに攻めて来るか分かるよう、その日にちがしっかりと書かれている。
敵である兄からの手紙に書かれている内容だから、この日にちを信じていいものか分からないため、ルイは考える時間が欲しかったのだ。
そして、もしもこれが本当だったらということを考えて、表情が曇ってしまったのだった。
冒険者を雇い、戦力が増えて少しは安心できるようになったばかりだが、いきなりすぐそこに危機が迫っていることを知り、ルイは頭を悩ませることになる。
「はあ……。どうしたものか……」




