72話 戦闘後‐4
「痛っっったぁぁい!!」
メアリーは本日二度目の団長イザベルからの手刀により、周囲の目があるにも関わらず、そのあまりの痛みからか、ギルド内の床を頭を抑えながら転げ回る。
あまり人のいない時間帯ということもあり、その光景が大勢の人の目に入ることは無かったが、それでもギルド内にいるほとんどの人にこの光景を見られた。
だが、イザベルもメアリーも周囲からの視線を何とも思っていないのか、その場で大きな声で言い争いを始める。
「どうしたメアリー?何か言いたそうな顔をしているな?」
「何か言いたそうな顔って……色々と言いたいですよ団長!!今日二回目ですよ!!私は団長と違ってか弱い女の子なんですから、怪力の団長の手刀を一日に二回も喰らったら頭が割れてしまうかもしれないじゃないですか!!それに団長なんですから団員の失言を許してくれるような心の広さは無いんですか!?」
「ほう……。言うじゃないかメアリー?そう簡単に頭は割れないから安心しろ。それに私はお前の頭を割ろうとはしていない。本当に頭を割る時はスキルを発動すれば済む話だからな。そもそもお前が団長の私に対してふざけたことばかり言っているのが問題なんだ。それをこれくらいの罰で済ませてやっているんだから十分心が広いと思うんだがそうは思わないか?」
そのやりとりを見たウォルターは恥ずかしさのあまり、他人のふりをしようとイザベルとメアリーから素知らぬ顔で距離を取ろうとする。
「おい、ウォルター。どこへ行こうとしている。そもそもお前が副団長としてしっかりと団員を教育していないのも問題なんだぞ?」
しかし、イザベルから声をかけられてしまい、ウォルターも関係者だと周囲の人々に知られたため、逃げることを諦めて、肩を落としながら二人の仲裁に入る。
もうすでに遅いかもしれないが、このままではこちらにまで団長の怒りが飛び火しそうなので、どうにかして団長の怒りを収めようとする。
「まあまあ、団長!そのくらいにしておきましょうよ!メアリーには僕からもちゃんと言い聞かせておくので。それに情報も手に入れたのなら、そろそろ王城に戻りましょう!他の団員達も訓練ばかりしていては飽きてしまっているはずですよ?」
ウォルターはイザベルにそう言うと、イザベルは少し悩みながらも決断を下す。
「ウォルター。今回はお前の言う通りににしよう。ただし――」
その後にどんな言葉が続くのか、怯えながらウォルターは唾を飲み込む。
「――しっかりとメアリーに言い聞かせないと、お前も同じ目に合うと思え」
「ハッ!!かしこまりました!!」
自分にもあの手刀が来ることを恐れるあまり、ウォルターは周囲の目があることも忘れ、少しでもイザベルの機嫌を損ねないように大声で返答した。
その返事にイザベルは頷くと、ウォルターにメアリーを早く立ち上がらせろと命令する。
ウォルターは命令通り、急いで床に転がっているメアリーの腕を掴み、立ち上がらせる。
メアリーが立ち上がったことで騒ぎが無くなったため、三人を見ていた周囲の人達は段々とその場を離れていく。
再び静かになった冒険者ギルドで、メアリーは、痛みが薄れてきたのか、ようやく頭を抑えていた手を放すと、先程のイザベルとのやりとりは無かったかのようにイザベルに話しかける。
「ところで団長!さっき副団長が言っていた通り、情報は手に入ったので王城に戻るおつもりですか?それともまだここで何かすることがあるんですか?」
ウォルターは先程のやりとりがあったのに、普通に団長に話かけるメアリーを見て驚く。
「そうだな……。情報は手に入れたが、もしかしたらまだ何かあるかもしれない。ティリオ村の関係者の二人が依頼をしているかもしれないし、少し依頼が貼ってある掲示板を見てから王城に戻ることにしよう」
団長のイザベルも先程のやりとりが無かったかのようにメアリーと普通に話している。
二人が本気で言い争っていたと思い焦っていたウォルターは、それを見て、この二人の先程のやりとりが、普段していたやりとりであったことを知りって心の底からホッとする。
それと同時にあることに気が付く。
「えっ?もしかして僕はからかわれていたんですか?」
そんなことは無いと思いたいが、一度その考えが浮かび上がってしまうと、どうしてもその可能性が高いと思い込んでしまう。
ウォルターが一人悩んでいると、イザベルとメアリーはすでに依頼が貼ってある掲示板の方に行こうとしていた。
「おいっ、ウォルター早くしろ!いつまでそこに突っ立っているつもりだ!」
「副団長遅いですよ!早く行きましょうよ!」
二人に言われ、ウォルターは急いでその後を追う。
三人が掲示板の前に辿り着くと、そこにはたくさんの依頼がランクごとに貼ってあり、冒険者が何人かその場にいた。
掲示板を前にイザベルが口を開く。
「よし、お前たち。この掲示板に貼ってある依頼を見て、何か気になるものがあったら私に知らせろ。もしかしたらこの中にティリオ村の関係者に関わるものがあるかもしれないからな」
そう二人に指示すると、イザベルは大量にある依頼を片っ端から見始める。
ウォルターとメアリーもイザベルの指示通り、掲示板の依頼を手分けして探す。
そうして三人で気になる依頼を探し始めて数十分後、メアリーが何か気になる依頼を見つけだした。
メアリーはその依頼を掲示板から外し、イザベルの下へ持って行く。
「だ、団長!これを見てください!」
メアリーに呼ばれたイザベルはそちらの方を振り向き、その声を聞きつけたウォルターも探すのを中断し、イザベルの下へとやってくる。
そうしてイザベルの下へと来たメアリーは、持っていた依頼の紙をイザベルに手渡しながら言う。
「この依頼、ティリオ村と関係あるものでは無いんですがちょっと気になって……」
イザベルは、そう言ってメアリーから手渡された紙に書かれてある依頼内容を読む。
「王国三騎士団である翡翠騎士団の調査……。我々の調査だと?」
その紙に書いてあった内容はイザベル達、翡翠騎士団の調査だった。
「翡翠騎士団の調査ですか?なぜ我々の調査をギルドに依頼したのでしょうか?何か怪しくないですか?普通、王国の人が我々を調査しようと思いますかね?」
ウォルターもなぜメアリーがティリオ村に関係のない依頼を持ってきたのか、初めは疑問に思ったが、依頼内容を聞いて納得する。
「ウォルターの言う通りだ。確かに王国のために働いている我々を調査する依頼を出す者など、王国にはいないはずだろう。だが、これを見てみろ」
イザベルはそう言うと、ウォルターに依頼の紙を見せる。
そしてそこに書いてある内容をウォルターが読み上げる。
「え~っと?依頼主は……。ル、ルイ・フーリエ?フーリエって、もしかしてあのフーリエ男爵家のことですか?」
そこに書いてあった依頼主を読み上げてウォルターは驚愕する。
王国の者が翡翠騎士団の調査という依頼を出したのではないと思っていたが、それはまさに王国の者であり、しかも貴族が出した依頼だったのだ。
貴族だと判断できた理由は、依頼に貴族が出した依頼だという証拠となる判が押してあったからだ。
「フーリエ男爵家と言ったら、四男爵家の内の一つではないですか!?そのフーリエ男爵家の者がなぜこんな依頼を!?」
ウォルターのその問いにイザベルは首を横に振りながら答える。
「私もそれは分からない。だが、この依頼は何かが気になる。ウォルター、メアリー。二人ともこのルイ・フーリエという者が他の依頼を出していないか探して出せ」
「「ハッ!!」」
二人はイザベルの命令により、すぐさま他の依頼を探しに行く。
イザベルは、この依頼の紙を持ち、一人何かを考え込んでいる。
イザベルが依頼の紙を片手に考え込んでいる間に、ウォルターとメアリーが再びイザベルの下へ戻ってくる。
そして、今度はウォルターがルイ・フーリエの出した依頼を持ち、イザベルへと手渡す。
「団長、その者が出した依頼はこの掲示板に貼ってあったものの中ではこの一枚と、団長の持っている依頼。この二つだけでした」
イザベルはそう言われ手渡された紙を受け取り、その内容も見る。
「こっちの依頼はなんだ?護衛依頼だと?」
依頼内容を見たイザベルはそう呟く。
そして依頼内容を全てに目を通したイザベルは、再び何か考え込む。
ウォルターとメアリーがイザベルが考え込んでいる姿を見ていると――
「――よし、ウォルター、メアリー。お前たちにこれから新しい任務を与える」
考えがまとまった様子のイザベルに突然、任務を与えられる。
こんな場所で突然任務を与えられたことで、ウォルターとメアリーの二人は動揺しつつも、その任務内容が伝えられるのを待つ。
そして、イザベルの口からその任務の内容が伝えられる。
「お前たち、このルイ・フーリエの護衛依頼を翡翠騎士団員ということを隠し、冒険者として受けて来るんだ」
イザベルの言葉に、理解が追いついていない様子の二人。
任務を与えられるのは動揺しつつも理解できたが、なぜ自分達が冒険者として護衛依頼を受けるのかは理解できていないようだ。
ウォルターもメアリーも、予想外の任務内容に動揺を隠しきれない。
そんな二人にイザベルは理由を説明する。
「私が急にこんな任務をお前たちに与えたことで動揺しているかもしれないが、私の勘がこの依頼はきっとティリオ村の関係者に繋がっていると言っているんだ。もし関係なかったとしても、翡翠騎士団のことを調査しているため、何か事情を探ってくるんだ。そのため翡翠騎士団に所属しているということは隠しながら、ただの冒険者としてこの依頼を受けるんだ。分かったな?」
イザベルの話を聞いている間に動揺が収まりつつあったウォルターだったが、この話で再び動揺しながらイザベルに問いかける。
「えっ!?団長の勘だけで我々はこの依頼を受けるんですか!?我々はティリオ村の関係者がいるということを確かめに来たのに、こんな依頼を受けている暇なんてあるんですか!?しかも依頼期間は一ヵ月ほどですよ!?それにその間、騎士団の仕事はどうするんですか!?」
イザベルに迫りくる勢いのウォルター。だが、イザベルはそれを気にする様子もなく、淡々と話を続ける。
「騎士団の仕事はお前たち二人くらいいなくとも何とかなる。それにティリオ村の関係者との関わりがあると私の勘が言っているんだ。いいから早く依頼を受けてこい」
一切ウォルターの話を聞き入れる気の無いイザベルの様子に、ウォルターは自分が諦めるしかないと理解する。
ウォルターは、一緒にこの任務を言い渡されたメアリーも、自分と同じく不満を抱えていると思い、ふと隣を見る。
だが、ウォルターがメアリーを見ると、視線を感じたのか、メアリーもウォルターの方を振り向き、視線が合う――
「副団長!この任務頑張りましょうね!」
――なぜかメアリーがとてもやる気に満ちていたことで、ウォルターは完全にこの依頼を受ける道しか無いことを悟った。




