71話 戦闘後‐3
「こ、これが冒険者ギルド……!!」
メアリーは、目の前にある冒険者ギルドの巨大な建物を見て驚く。
翡翠騎士団として所属し、王城を含め数多くの巨大な建物を見てきてはいるが、初めて来る冒険者ギルドがこれほどまでに巨大な建物とは思ってもいなかったのだ。
そんな驚いている様子のメアリーに副団長のウォルターが声をかける。
「どうしたメアリー?いくら君だって冒険者ギルドに初めてきたわけじゃないんだろう?何をそこまで驚いているんだ?」
「……いえ、私が冒険者ギルドに来るのは初めてです!!話には聞いていた冒険者ギルドが、これほどまでに巨大だとは思っていなかったので、その大きさと冒険者ギルドの存在の大きさに驚いているところなんです!!」
まさかのメアリーの返答にウォルターも驚愕している。
誰にとっても身近な存在である冒険者ギルドに、まさかメアリーが来たことが無かったとは思ってもいなかったのだ。
メアリーとウォルターがそんなやり取りをしていると、団長のイザベルが建物の前でいつまでも立ち尽くしているメアリーの首根っこを掴む。
「いつまで突っ立ってる。ほら行くぞ!!」
そしてイザベルはメアリーの首根っこを掴んだまま、冒険者ギルドの入り口へと引きずっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください団長!!自分で歩けますから離してくださいよ!!」
突然掴まれたことに驚きながら、メアリーは団長にそう主張するが、団長は手を放すつもりはなさそうだ。
そしてメアリーは引きずられた格好で冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。
メアリーも流石に恥ずかしいと思ったのか、引きずられていく中、何度か抵抗を見せたが、団長の掴む手を振りほどくことができず、冒険者ギルドの中に入る時には既に諦めていた。
ギルドの中へ入ると、イザベルはようやくメアリーを解放し、自分の力で立ったメアリーは後ろを着いて来ていた副団長に小声で耳元に話しかける。
「……副団長。団長は本当に私と同じ女性なんですかね?スキルとは全く関係ないはずなのに、あの怪力ですよ!?耳も地獄耳だし、身体能力どうなってんですか!?しかもあれで魔鎧を発動してないんですよね?私、団長がもし、人じゃないって言われたとしても納得できます!!」
そんなメアリーの話にウォルターは苦笑したが、瞬時に前回の経験を思い出し、ゆっくりとその場から離れる。
メアリーはウォルターが自分から離れていくことに疑問を感じたが、背後から凄まじい殺気が自分に向けて放たれていたことで察する。
「……メアリー?お前は今何を言っていた?」
「ひっ!!」
以前にも同じ経験をしたはずなのに学んでいないメアリー。
先程、自ら団長イザベルのことを地獄耳と言っていたが、今回は大丈夫だとでも思っていたのだろうか。
聞かれたらまずいようなことを団長の前で色々と言ってしまい、その結果、メアリーはこれから自分の身に起こる出来事を想像し、あまりの恐ろしさに背後を振り向くことができない。
メアリーは体を萎縮させながら、イザベルに対し背を向けながら弁明しようとする。
「え、え~と。だ、団長これは決して悪口とかではないんですよ?ある意味褒め言葉っていうか……その、何というか……。とにかく悪口では無いんですよ……って!!痛っっった~~!!」
メアリーの弁明の途中のイザベルの表情を見て、何が起こるか察したウォルターは、二人の方から目を背ける。
弁明の途中に何やら鈍い音がしたのと、メアリーの声から察した通りのことが起こったのを知り、自分がいち早くその場から離れていたことに安堵する。
今度はメアリーに巻き込まれなくて済み、ホッとしたのも束の間、イザベルとメアリーのいた方向から自分に近づいて来る足音が聞こえてくる。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、すぐ後ろに団長イザベルが立っており、その少し後ろで頭を抑え、涙目になっているメアリーが見えた。
ウォルターはそれを見て、今回も巻き込まれたかと思い目を瞑る。
「……おい、何をやっているウォルター。突っ立ってないでそこで頭を抑えている奴をさっさと連れて来い」
ウォルターはてっきりメアリーと同じ目に合うのかと思いきや、予想に反しイザベルはメアリーを連れてこいとだけ言う。
「了解です団長!!」
それを聞き、今回は巻き込まれなかったことに安堵しながら急いで頭を抑えているメアリーの下へ行く。
「おい、メアリーいつまで立ち止まっているんだ!早く行くぞ!」
「副団長!さっきは私を見捨てましたね!?」
「見捨てた!?何を訳の分からないことを言っているんだ!いいから早く団長についていくぞ!」
メアリーを置いて離れて行ったことに対し、置いて行ったウォルターを恨むような視線を飛ばしているが、ウォルターはその視線を見ないふりをして、急いでメアリーを団長の下へと引っ張ってくる。
メアリーを団長の下へと引っ張っていくと、団長が言葉を発する。
「よし、おふざけもここまでだ。三人でギルドの職員に話を聞きに行くぞ。本来なら手分けして聞きに行きたいところだが、メアリーのスキルに反応のあったティリオ村の関係者についての情報が何も無いからそれはできない。なのでもし、メアリーのスキルに反応があった時のために、とりあえず固まって行動することにする」
イザベルの言葉にメアリーとウォルターは頷く。
二人の顔は先程と違い、真剣そのものになっていた。
そんな二人の顔つきを確認し、イザベルはギルド職員に話を聞きにカウンターへと向かう。
時間も時間だからか、冒険者もそれほど並んでいないカウンターに着くと、受付のギルド職員が声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?ご依頼の受注でしょうか?それともご依頼の発注でしょうか?」
何度も言っているであろう定型文を口にするギルド職員。
毎回この二つの内のどちらかの用件がほとんどなのだろう。
しかし、今回は違う用件だった。
「いや、そのどちらでもない。ちょっと聞きたいことがあってここに来たんだ」
イザベルは慣れた様子でギルド職員に質問する。
「お聞きしたいことですか?私どもでお話しできることでしたらお話しますが……」
「ああ、それでいい。では単刀直入に聞くが、最近ここに来たばかりの冒険者の中にティリオ村から来たという者はいるか?」
「ちょっ、団長!!それはいくらなんでも単刀直入すぎませんか!?」
回りくどい聞き方をせず、単刀直入にギルド職員へと聞いたイザベルを、ウォルターは慌てて止めようとするが、既に遅く、ギルド職員へと聞いてしまったイザベルの後ろで頭を抱える。
止めようとしたウォルターの方を振り向きもせず、イザベルはギルド職員の返答を待つ。
ギルド職員は少し悩みながらも、その質問に答える。
「最近ティリオ村という所からこちらのギルドに来た方ですか……。そうですね。ここは王都のギルドなので、来る方というのは数え切れないほどいるので詮索は難しいのと、もし、見つけられたとしてもそれは個人情報なので他人にお教えすることができないという決まりがございまして……」
申し訳なさそうにイザベルの質問に答えるギルド職員。
イザベルの質問に対する答えを得ることが出来なかったが、その答えは予想していたのか、イザベルは、「そうか……」と一言答えると――
「――それなら私に冒険者パーティーを紹介してくれ。今、主に二人で活動している者を中心にな。それもできれば最近このギルドに来た者の方がいい。その方がパーティーも組みやすいだろうからな」
そう言い、懐から冒険者プレートを取り出す。
ウォルターとメアリーは、イザベルのその行動に驚きながらも、その考えを察する。
今、ティリオ村の生存者がここにいたという情報以外に、持っている情報は、恐らく最近王都に来たであろうということと、それが二人組ということ。
そして、村が無くなったことから、恐らく冒険者として生計を立てている可能性が高いということだ。
そのことから、イザベルは自らパーティーを組みたいと伝えることによって、その情報に該当する二人を探し当てようとしているのだ。
冒険者ギルドは、冒険者の安全の面からもパーティーを組むことを推奨しており、パーティーを組んでもらうため、ギルド側からパーティーを組むのに相応しそうな人達を紹介する制度が存在する。
そして、パーティーを組むためには、相手の情報を得る必要があるが、ギルドはパーティーを組むのを推奨しているので、個人情報といえど、パーティーを組んでもらうためなら相手に情報を開示するのだ。
イザベルは、自分がパーティーを組みたいと言えば、ギルド側は個人情報を教えるということを知っていたのか、その制度の裏を突いたようだ。
イザベルにパーティーを組みたいから紹介してくれと言われたギルド職員だが、制度として存在しているため、今度は個人情報だから教えられないとは言うことができない。
ギルド職員はイザベルの意図はともかく、教えるしかない。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ギルド職員はそう言うと、席を立ってカウンターの奥へと歩いていく。
そして数分後、ギルド職員はカウンターの奥から何やら紐で閉じられて紙の束を持ってやって来た。
再び席に座り、その持ってきた紙をイザベル達の前に出す。
「これが最近このギルドに来た二人組のパーティーの一覧です。この中からご自身が組みたいと思う方々を選び、ご本人達に直接お声がけください」
イザベルは二人組のパーティーが載っている一覧を受け取ると、その場で見始める。
その一覧はかなり分厚い量があったが、イザベルはあっという間に全てを見終わり、一覧をギルド職員に返す。
「も、もうよろしいのですか!?」
イザベルが一覧を見終わるあまりの早さにギルド職員は動揺している。
それでもその動揺を取り繕いながら、ギルド職員としての仕事を全うする。
「そ、それではご無事にパーティーが組めることを願っています」
「ああ、感謝する」
一言ギルド職員に返し、イザベルはウォルターとメアリーを連れてカウンターから離れる。
カウンターを離れた所で、メアリーが少し焦りながらイザベルに問いかける。
「ちょっ、団長!!せっかくティリオ村に関係する二人の情報を得るためにあんな手段を使ったのに、団長はその情報をちょっと見ただけじゃないですか!?戦闘しか取り柄の無い団長があの短時間で情報を覚えられたんですか!?」
同じ光景を見ていたウォルターも、その情報を見ていたのがイザベルでは無かったら同じ気持ちだっただろう。
ただ、その情報を見ていたのがあのイザベルなので、短い時間ですでに何かしらの情報を得ていたと確信していた。
そのウォルターの考えは当たっていた。
「……メアリー……お前は本当に私のことを分かっていないな。私を何だと思っているんだ?私だってあの短い時間で必要そうな情報だけを抜き取るくらいできるんだぞ?私が戦闘能力だけで調査に長けている翡翠騎士団の団長をやっていたとでも思っていたのか?」
イザベルのその言葉を聞き、意外な真実に驚きを隠せないメアリー。
だが、イザベルの顔を見ていたメアリーのその顔は驚きの表情から絶望へと変わっていく。
「……それは良いとして、メアリー。お前、私が戦闘しか取り柄が無いって言ったな?」
メアリーは次の瞬間自分に何が起こるかを理解した。
そして次の瞬間――
メアリーの頭上で鈍い音が鳴り、その鈍い音と共に、再び頭に強い衝撃が走ったのだった。
 




