69話 戦闘後
「あの騎士がか!?」
リアムは自分の聞き間違いかと思ったが、二度も言われれば流石に聞き間違いではなかったと理解する。
ゲオルクが実際に見たということなので、その情報が間違っているとも思えない。
アーク流開祖だけでなく、元王国騎士団の騎士まで……。
少数ながらこれほどの人材がなぜあんな小僧の下に集まっているのかが分からない。
これなら、残りの配下の一人であるメイドも実は凄い人材だったと言われたとしても何も驚かないだろう。
執事が王太子に格闘術を教えた執事なら、メイドは王様付きのメイド長だったとか言われても驚かない。
とにかく、なぜフーリエ男爵の下にいた騎士があの三男の配下となっているのかを考えると苛立ちが収まらない。
「なあ、誰かあの騎士がなぜあいつの下にいるか分かるか?元はフーリエ男爵の下にいた騎士だろう?俺が何度引き抜こうとしたって全て断ったのに、それがなぜあんな小僧の下に……!!」
ハンスが自分ではなく、ルイの下に行ったことを知り、そのことにも怒りが収まらなくなる。
リアムの口調から怒りを察したのか、周囲にいる配下達はリアムの質問に答えようとしない。
誰もが怒りの矛先が自分に来るのを恐れているのだ。
そんな中、ゲオルクはリアムの怒りも気にせずにそれに答える。
「なんで三男の所にいるかだって?そんなこと知るか?ただ、あの騎士と執事がいるお陰で、これからあんたの弟を殺すことはかなり難しくなったってことだけは言えるな。まあ、今回は俺以外は全員倒されてしまったが、同盟を組んだあんたの兄が寄越した兵士も全滅したんだし、弟はどうにかならなかったが、それはそれでよかったじゃねえか?なんなら先に兄を殺しちまうか?」
リアムは、自分がこんなにも怒っているのにもかかわらず、怒りを気にするどころか、さらに怒りを煽るような話をしてくるゲオルクに対し、諦めの感情を抱き怒りが削がれる。
例えリアムがゲオルクに対し怒ったところで、リアムのこの感情が発散されることができたとしても、ゲオルクがそれで気分を害してしまい、リアムの下を去ってしまう可能性があるからだ。
ゲオルクならリアムのような自分よりも弱者に何をされたとしても何も思わないだろうが、年には念を入れておく必要がある。
もし、今の状況でゲオルクが離れてしまったら、リアムにはライアンにもルイにも対等に戦える戦力がいなくなってしまうからだ。
リアムは配下を多く持っているが、それでもゲオルク、リチャード、ハンスのような頭一つ飛び抜けているような戦力はおらず、ゲオルクがいなくなってしまうと、この当主争いでリアムは絶望的な状況になってしまう。
ゲオルクもそれが分かっているから、雇い主であるリアムに対し、このような態度を取れるのだ。
先程の金の支払いのやり取りも、リアムの下にはゲオルクを止められるような戦力もいないため、本来ならゲオルクはリアムの言葉に従うことなく自由に行動を取れるだろう。
それでも従ったのはゲオルクが金銭目的以外に強い者と戦いたいという願いがあるからに他ならない。
ただ、いくらゲオルクが強いとはいえ、何の理由もなく強い者と戦うこともできないため、こうしてリアムに多額の報酬と強いものと戦える機会を与えるという条件の下、育てていた暗殺者を連れ、雇われてくれたのだ。
「いや、やっぱりあんたの兄の所よりも先に弟を殺しに行くべきだな。今あんたとその兄は手を組んでるからその方がいいよな?それに何より俺がまたあの爺さんと戦いてえんだ!」
本来なら自信の配下よりも強い配下を持つライアンと戦ってもらうつもりで雇ったのだが、どうやらルイの配下という別の強者の存在を見つけ、ゲオルクはルイの方に再び戦闘を仕掛けるつもりだ。
リアムからすれば、自分以外の跡継ぎ候補がいなくなってくれるならどちらが先でもいいが、確かに保持する戦力からすると、人数はいなくともその質が高いルイから始末するべきだと考える。
ゲオルクの言う通り、ライアンと手を組んでいるうちに再び二人の配下で力を合わせてルイを始末しに向かえば、敵の戦力を知ったことでよりルイを始末しやすくなっているだろう。
「……そうだな。お前の言う通りだ。今回の三男を始末する計画は失敗したが、今回の結果をライアンに伝え、再び配下を出し合って三男を殺しに行くことにしよう。ライアンも今頃自分が送った配下が戻ってこないことに焦っているはずだ。誰かこのことを伝えてきてくれ」
近くにいた配下にライアンの所へ伝言するよう命令し、リアムは再び椅子へと座る。
リアムが椅子へと座ると、ゲオルクは話しているうちに先程の戦闘のことを思い出し興奮したのか、全身血まみれだということも忘れ、リアムに戦闘の様子を語り始める。
「あの爺さん本当に強いんだぜ?執事とは思えねえくらいだ!やっぱりアーク流開祖は違うな!俺もあの爺さんもかなり激しい戦いを繰り広げたんだが、あの爺さんの攻撃は俺に何回か当たったんだが、俺の攻撃は一発も当たらなかったんだぜ?やっぱり強者は違うよな~!」
「それにもう一人の騎士も中々強そうだったから是非とも戦いたかったんだが、ライアンの側近が相手しちまったからな。あの騎士は俺よりは弱いと思うが、あいつもライアンの側近と戦っていなかったら是非とも戦いたかったぜ!くぅ~!次戦うのが楽しみだぜ!」
熱く語るゲオルクの話を話半分に聞きながら、リアムはこれからの作戦を考える。
先程送った伝言の返事次第だが、再びライアンと共に三男の所へと攻め込み、今度こそ確実に始末するのは確定として、今日の戦闘でライアンの側近の一人がいなくなっているため、三男がいなくなった後、戦力的にはリアム側の方が上回ると言っても過言ではない。
それに自らが戦闘に出るのは危険なためあまり行いたくはないが、そのスキルを発動すれば、ライアンにも勝てると自負しているため、三男を始末したという報告を受け取ったらすぐにライアンの下に直行するのもいいだろう。
ライアンの側近のもう一人は次の三男始末の際に来るはずで、こちらもゲオルクがいない状況になるが、その場合どちらも残った戦力は同じような戦力になる。
同じ戦力同士ならば、戦闘が苦手なリアムでもスキルを発動すればライアンに勝てる自信があるため、ライアンを殺すことができ、晴れてリアムがこのフーリエ男爵家の当主となるだろう。
今後の展開がどうなるかは分からないが、リアムには自分が当主になれるビジョンが既に見えていた。
リアムは当主になった後のことを考え、その顔には笑みが浮かび上がる。
「ゲオルク、楽しみなのはいいが、俺が当主になれるかどうかは全てお前にかかっていると言っても過言ではない。お前も戦いを楽しむのもいいが、払っている報酬分の活躍はしてくれよ。期待しているからな」
これから待っている輝かしい未来を想像し、それをもたらすはずのゲオルクに念を押しておく。
「任せろ。俺も戦いを楽しみはしたいが、ちゃんと報酬分の働きはするつもりだ。それこそ今回こそ失敗したが、次こそは必ず標的を仕留めてきてやるよ」
自信満々なゲオルク。その様子にリアムは頼もしさを感じる。
「よし、それじゃあとりあえずお前はその血を落としてこい。いつまで血まみれでいるつもりなんだ」
その言葉でゲオルクは自分が血まみれだったことを思い出し、リアムに背を向け片手を振って、そのまま部屋から出て行った。
ゲオルクがいなくなった部屋で、リアムは他の配下が残っているにもかかわらず、高笑いを始める。
「ハッハッハ!!当主になるのはこの俺だ!!」
その笑い声は長い間部屋中に響き渡り、リアムの様子が落ち着くまで止まることは無かった――。
◇
戦闘が終わり、敵である兵士達も一纏めにし片付け終わった後、ルイはリチャードとハンスの状態を尋ねる。
「ふう、これでようやく落ち着いたね。ところで激しい戦闘が続いていたけど、二人は怪我とか大丈夫なの?」
「はい、私は御覧の通り何ともありません。ただ、この白い手袋が汚れてしまったのが残念ですね。やはり手袋が汚れてしまうとは私もまだまだということですね」
リチャードは血で汚れてしまった手袋を見て、そうなってしまったのは自分の実力が足りなかったせいだと言う。
その反応を聞いていて、それに反論するハンスはまだ疲労の様子が見える。
「いやいや、リチャード様は十分化け物ですって!今回の相手は聞く限りとても強そうだったけど、その相手に攻撃を当てはしても一切攻撃を喰らってないし、そんな相手と戦っていたのに、息切れ一つするどころか、服に皴すらないってどうなってんですか?逆に手袋が汚れた程度で済んでよかったじゃないですか!俺なんて格下相手でもこんなに疲労してますし、攻撃だって何回か喰らってますよ!?」
ハンスは自分が攻撃を受けた箇所を見せながらリチャードに対し、驚きの表情をする。
ルイはハンスも大した傷を負っていないことを知り、二人ともほぼ無傷で戦闘が終了したことに安堵する。
そして二人に労いの言葉をかける。
「とにかく、二人とも守ってくれて感謝するよ。それと戦ってはいないけど、ずっと僕の前に立って飛び道具とかを警戒してくれていたセシリアもね」
感謝を告げるが、三人ともこれが当たり前だと言う。
「まあ、坊ちゃんを当主にするためだからな。守って当然だ。そもそもそれ以前に俺達は坊ちゃんの配下なんだからな」
「ハンスの言う通りでございますルイ様。そのお命を守るのが我々の役目なので」
「ルイ様はわざわざ感謝を述べなくてもいいのですよ!ルイ様はもっとご自分の感謝にどれほどの価値があるかを理解してくださいませ!」
それぞれ三者三様の反応を見せる。ただ、どの反応もルイを思ってのことだということが分かる。
そんな三人に心の中で感謝をしつつ、これから激しくなるだろう当主争いの前哨戦に、再度気持ちを引き締める。
ルイが気持ちを引き締めると、ハンスが何かを思い出したのか、自分が倒したライアンの側近の下へ歩いていくと、何かを手に握り、そのままルイの下へと戻ってくる。
そして、ルイに握っている何かを手渡そうとしてくる。
「そうだ坊ちゃん!これ今回の成果として坊ちゃんに渡した方がいいよな?」
そうして手渡されたものは、ライアンの側近が持っていた十字架の形をした、おそらく人を復活させるような効果を持つマジックアイテムだった。




