67話 戦闘-4
全身血まみれになったゲオルクがリチャードに向かって再び攻撃を仕掛けていく。
先程と違い、手にはナイフを二本持ち、左右に持つナイフを空中で持ち替えるなどトリッキーな動きをしながら器用にリチャードへと攻撃を繰り返す。
切り裂くような攻撃や突き、ナイフを逆手に持つなど相手の防御の裏をかくような攻撃を仕掛けているが、それでもリチャードにその攻撃が一切当たることは無い。
リチャードの手は全て読まれて不利だと思っていたが、どうやらそんなことは無さそうだ。
手の内を読まれてもなお二人の実力は同等なのではないかと感じる。
ただ、ここからゲオルクが何を仕掛けてくるかが分からない。
実際に今も全身に血を浴びるという行動を取っているが、それがどのようなことに繋がっているのかはまだ分からない。
すると、ゲオルクの攻撃を受け、防御に徹していたリチャードが攻めの姿勢に出る。
リチャードは『スキル・《気配遮断》』を再度発動させ、自信の気配を完全に消す。
先程もスキルを発動させてゲオルクに攻撃し、その攻撃は効いていなかったはずだが、何かリチャードの考えでもあるのだろうか。
気配を消したため、見ているルイもその存在を認識できなくなり、攻撃に備えているゲオルクを見ることしかできない。
今度はスキルを発動してからすぐに攻撃をするのではなく、気配の消えているうちに場所を変えて攻撃を仕掛けるつもりなのか、攻撃を仕掛ける様子がない。
ゲオルクもそれを察しているのか、リチャードからの攻撃に反応できるよう、ただひたすら構えたまま待っている。
もしかするとリチャードはこうやって、相手がいつ来るか分からない攻撃により、精神力が削られるというのも考えのうちに入っているのかもしれないが、ゲオルクはその程度で精神力が削られるようには思えない。
そう思っていたら、痺れを切らしたゲオルクが構えていた位置から後ろに動く。
いや、リチャードの姿を確認することができるため、ゲオルクが痺れを切らしたわけではなく、リチャードの攻撃によって後ろに吹き飛ばされたようだ。
「またいい攻撃を喰らっちまったな?しかも今度は強烈な一撃を繰り出すんじゃなく、連撃に切り替えてきやがったな?」
リチャードのスキルは強い衝撃を与えると解けてしまうはずだが、ルイがリチャードの姿を見た時には既にゲオルクが吹き飛ばされた後だったということは、スキルが解ける一瞬のうちに何度も拳をゲオルクに叩きつけたことになる。
「ええ、ですがそれでもあなたには効いている様子はありませんがね」
「いや、しっかり効いているぜ?あまりにも素早い攻撃すぎて風圧を感じる暇も無かったくらいだ。」
その言葉の通り、先程の連撃によってゲオルクには疲弊した様子が見える。
今の一瞬で一気にリチャードの勝利が近づいたかと思われたが、ゲオルクは攻撃を受けたというのにどこか余裕のある表情をしている。
そして自信満々にリチャードに宣言する。
「ただ、俺はここからあんたの攻撃を受けることは一切無いだろうがな!!」
そしてもう一度リチャードに攻撃を仕掛けるよう挑発し、防御の構えを取る。
その挑発に乗るようにリチャードは本日三度目のスキルを発動する。
一日に限られた回数しか発動できないスキルを発動してでもゲオルクをここで倒さなければいけないと判断したのだろう。
気配を完全に遮断しているリチャードからの攻撃をまたもや防御の姿勢で待つゲオルク。
リチャードの攻撃を受けることは無いと宣言していたが、何か作戦でもあるのだろうか。
構えているゲオルクは、どこか不敵な笑みを浮かべている。
誰にもリチャードが攻撃を仕掛けるタイミングは分からない。ひと時の静寂が訪れる。
誰もがリチャードがいつ現れるかにだけ注意を注いでいる。
すると、リチャードはまだ姿を現していないのにゲオルクが何かに反応し、今まで向いていた方向とは別の方向に注意を向けた。
まるでそこにリチャードがいるのを分かっているかのように。
次の瞬間――
ゲオルクが向いた方向とは逆に一歩分下がる。それと同時にその場所にリチャードが現れた。
リチャードの姿が確認できるということは何か強い衝撃を与えたということになるため、ゲオルクに再び攻撃を与えたのかと思われたが、そうでは無かった。
リチャードの拳はゲオルクが一歩下がったことにより、ゲオルクの顔にギリギリ触れるか触れないかの所で止まっており、まるでゲオルクはリチャードの攻撃がそこに来るのを分かっていたかのようだ。
リチャードは自分の攻撃がゲオルクの言葉通り当たらなかったことに驚愕している。
スキルを発動した時はどちらもリチャードの攻撃は当たっていたのに、今回は何故かゲオルクの言葉通り、当たることは無かった。
リチャードの攻撃はいわば不可視の攻撃のはずだが、ゲオルクはどうやってその攻撃を感知したのだろうか。
「どうだ?まだ一発だけだがあんたの攻撃が俺に当たることは無かっただろ?姿が見えなくてどこから攻撃が来るか分からないにもかかわらずな!」
ルイはリチャードがスキルを発動したにもかかわらず、ゲオルクに攻撃を察知された理由を考える。
リチャードの気配遮断は確かに気配を消すことはできる。
ただ、実態はそこに存在しているため、そこを突かれた可能性が高い。
だが、一体何が――
「――そういうことですか」
ルイが考えている間にリチャードが何かに察したようだ。
そして、リチャードは気付いたことを確認するためか、再度スキルを発動する。
本日四度目のスキル発動だが、そろそろリチャードの魔力量からすると、これ以上はスキルを発動できなくなってしまうかもしれない。
しかし、それでもゲオルクがどのようにしてリチャードの攻撃を察知したか解き明かす必要があるのだろう。
リチャードが消え、またもやゲオルクは一人その場で構える。
ゲオルクがどのようにして攻撃を察知したかリチャードが分かった素振りを見せた時、ゲオルクは不敵な笑みを浮かべたが、あれは見破られるとは思っていないから出た笑みだろう。
リチャードが気配を消し、数秒経った後、突然ゲオルクが部屋の壁まで吹き飛ばされる。
「――ガハッ!!」
壁に強く背中を打ち付けるゲオルク。どれほどの攻撃だったのか、激痛に顔を歪めていた。
それと同時になぜ自分が攻撃を喰らったのか理解していない表情も浮かべている。
すると、先程までゲオルクが構えていた場所にリチャードが現れる。
「やはり、私の予想は当たっていたようですね」
ゲオルクは苦悶の表情を浮かべながらリチャードの言葉に反応する。
「ま、まさか本当にあの一回でからくりに気が付くとは……。俺はあんたを少し舐めていたようだ」
ゲオルクは壁に激突した衝撃で傷を負ったのか、片膝を床につき、息を切らしている。
ルイは今の一瞬で何が起こったのか、そしてリチャードはゲオルクがどのようにして気配を察知しているのか分からなかったが、二人だけで話が進んで行ってしまう。
床に片膝をついているゲオルクに追撃を行おうとリチャードが駆けだそうとしたその時、ゲオルクが何かに気づいた様子を見せると、傷を負った体でリチャードの傍を凄まじい速度で駆け抜けてルイのいる方へと近づいて来る。
リチャードは怪我を負っている相手に油断したのか、その速さに反応できず、ゲオルクを素通りさせてしまう。
セシリアはそれに気が付き、ルイを守るように前に立つ。
しかし、ゲオルクはルイを殺すのではなく、その近くにあった窓に向かって行く。
ゲオルクが窓に近づくと窓が自然に開き、そしてそのままゲオルクは窓を飛び越え、外へと出て行ってしまう。
リチャードは急いでその後を追い、窓へと近づき外を見回すが、そこにはどこにもゲオルクの姿は無かった。
「逃げられてしまいましたか……」
◇
「ということがあって、リアムに雇われている男・ゲオルクとリチャードは互角に戦っていたんだけど、ハンスが部屋に戻って来るのを察して、ハンスとリチャードの二人を相手にすることになって不利な状況になると思ったのか逃げてしまったんだ」
床に転がっている兵士達を持っているロープで縛っていたリチャードが兵士達をひとまとめにすると、ルイへと近づいて来る。
「申し訳ございませんでしたルイ様。敵を取り逃がしてしまうなどあってはならないこと。しかも厄介な相手を逃がしてしまいました……」
「大丈夫だよリチャード。確かにゲオルクの存在はリアムと戦う上で障害となる存在だろうけど、リチャードもこうして無事なんだから逃がしてしまったとしても何の問題も無いよ」
「次は必ず仕留めて見せます」
敵を逃がしてしまったことをとても悔いている様子のリチャード。
そんなリチャードにハンスが質問をする。
「リチャード様。ゲオルクという奴との戦闘の様子は坊ちゃんから聞いたから分かりましたが、結局どうやってゲオルクはリチャード様の『《気配遮断》』を見破っていたんですか?もし、それがスキルによるものだったら、俺もゲオルクと戦うことになった時のためにスキルの効果を知っておきたいんですが――」
ハンスの質問を聞き、リチャードは少し考える様子を見せる。
そして――
「――おそらく高い確率で当たっているとは思うのですが、奴は私のスキルを同じくスキルを使って見破っていたと思います。正確に言うと、私がスキルを発動していた時だけではなく、発動していない時の攻撃にもスキルを発動していたと思われます」
「スキルを頻繁に発動していたってことですか?」
「おそらくそうでしょう。まず、初めに見せたここにいる兵士達を何もせずにどかして見せた時にもスキルを使っていたはずなので、かなり序盤からスキルは発動していたはずです。そしてそのスキルはおそらく風が関係しているはずです」
風だって?風が関係しているって風を操るスキルとかなのか?
「風ですか?それがいったいリチャード様のスキルを破ったのとどう繋がって……」
そこまで言って何かに気が付いたハンス。
「そういうことか!?奴は風を使って、ハンス様が奴を攻撃した際に手についた血の匂いを察知していたのか!」
「そういうことです。最初に兵士達をどかしたのも風の力。それにまだ私の手に血が付いていない時に私の攻撃を喰らった時も拳の風圧を感じて飛び退いたと言っていましたが、それもおそらスキルを発動していたのでしょう」
そうか!?リチャードの攻撃をあの程度の傷で抑えることができていたのはやはりスキルを発動していたからなのか!!
「これで奴のスキルもある程度分かった以上、次は奴と互角以上の戦いができるでしょう」
リチャードはゲオルクとの再戦に燃えているのか、普段以上にその闘志を感じられる。
ルイはひとまず戦闘が終わったことに安堵しながらも、リチャード並み強さの敵の存在を知り、これからはもっと厳しいものになっていくであろう戦いに、一刻も早く冒険者ギルドで戦力を増強することを心に誓うのだった。




