52話 行商人の話
「まったく、すぐに余計なことばっかり言って……」
そんなことを言っている行商人のリーダーだったが、その後ろではまだ他の行商人達が小さな声で、「余計なことじゃなく事実ですけどね」と言っている。
また他の行商人たちがリーダーに怒られると思いきや、幸いにもその声はリーダーには届いていないようで、そうはならなかった。
「すいませんね。何度も何度も。それでは話を戻しましょうか」
何事もなかったようにリーダーは話を戻そうとしてくる。
ルイも早く本題に入りたかったため、その提案に頷く。
「あなたは、ティリオ村の神童、ルイ・フーリエで間違いないでしょうか?」
「間違いないよ。ただ……」
そして言葉を続けようとしたルイに、リーダーはそれ以上は言わなくていいと言うように人差し指を立て、口元へ持って行く。
「大丈夫ですルイ様。これ以上は私の方からは詳しいことはお聞きしません。確かに今のあなたの状況について気になることは色々とありますが、私も商人なのでお客様の言いたくない情報はお聞きしませんのでご安心ください」
こっちの考えを見抜いたかのようにリーダーは言う。
とりあえず、説明をしなくても自分がティリオ村にいたルイ・フーリエと同一人物だということは信じてもらえたので、ここはその言葉に甘えさせてもらう。
「ありがとう。それじゃあ本題に入らせてもらうよ」
一呼吸ついてから、先程も言った本題へと入る。
「さっきも聞いたけどティリオ村のことについて聞きたいんだ。ただこの話は、あなた方が最近ティリオ村に行ったかどうかが前提の話だけどね。」
静かに俺の話を聞いていたリーダーが、それに対して答え始める。
「ティリオ村ですね。ルイ様がおっしゃる通り、私達が最近村に行っていなければ、村については何も話せることは無いでしょう。確かに私達が最後にティリオ村に入ったのは、二年前の夏を最後に、それ以降はティリオ村には入っていません」
二年前だって!?それなら、まだ俺がティリオ村で前世のルイ・フーリエとして生きていた頃じゃないか!?
そして、それと同時に前世のルイ・フーリエとして死に、現在のルイ・フーリエとして生まれ変わった頃でもある。
「いや。正確に言うと、村には入っていませんが、その夏以降に一度だけティリオ村には行きました」
「ティリオ村には行ったの?」
どういうことだ?
二年前の夏以降に村には行っただと?
行っただけなのか?
行商人の言葉に混乱するルイ。
そんなルイを置いて話は進んで行く。
「はい、行きました。少し、その時のお話をさせて頂きます」
そして、一番最近ティリオ村に行った時の状況を、行商人は語りだした。
◇
私達は普段通り、ティリオ村に行商をしに行く季節になったので、行商をするために村へと向かった。
「リーダー!今回も俺達が持った来た品物に村人達は喜んでくれますかねぇ?」
「俺達もティリオ村は久々だから楽しみだぜ!」
「はいはい、あなた達がティリオ村を好きなことはよく分かりましたから、早く着くためにも口じゃなく足を動かしてください」
そう言う行商人達は、今回も村の人のために、たくさんの荷物や珍しい品物などを荷馬車へと載せ、険しい森の中の道を通り、何とか数日かけて村へと向かっていた。
そんな苦労をしながらも、村に着くまでにあと少しという目印とし、休憩場所にしていた岩まで行商人達はたどり着く。
そして、そこで少し休憩をしようとしたその時、突然道の先から現れた者に声をかけられる。
「あなた達、そこで止まりなさい!」
突然、行商人達の前に出てきて声をかけてきた人物は、甲冑を纏い、頭には兜をかぶり、腰には立派な剣を下げていた。
その人物は後ろに同じような格好をしている人を二人引き連れており、その二人の前で何やら少し偉そうにしながら、再び行商人に向かって言う。
「今すぐそこで止まりなさい!」
目の前の甲冑と兜の人物は、その声から、中身の人は女だということが分かった。
とりあえずその言葉を聞きながら、休憩のため、元からそこで止まるつもりだった行商人一行は、素直にそこで止まり、馬の手綱を近くの木に繋ぎ、持ってきた荷物の点検などをし始める。
各々がそれぞれに休憩を始めると、それを黙って見ていた女が、何かを思い出したように再び行商人へと声をかける。
「皆さんご協力感謝します!皆さんは行商人の方でしょうか?少しお話したいことがあるので、代表者の方がいたら、少し出てきてもらえませんか?」
その言葉を聞き、行商人のリーダーである自分が前へと出る。
「この商隊のリーダーは私ですが、お話とは何でしょうか?」
リーダーがそう言うと、女は被っていた兜を脱ぎ、
「突然すいません。お話の前に、まずは自己紹介をさせていただきます」
兜を脱いだ女性は、自分が何者なのかを名乗り始めた。
「私はメアリーと申します。アークドラン王国にある王国三騎士団の中の一つ、翡翠騎士団に所属している騎士です」
「王国三騎士団の騎士ですか!?」
王国三騎士団と言えば、エリート中のエリートが入る騎士団であり、さらに王国最強の戦力であるとも言われているところだ。
そんな凄い人が目の前にいることに驚いたが、その王国三騎士団の騎士が、なぜこんな辺境にある森にいるのかと疑問を感じた。
メアリーと名乗った目の前の騎士は話を始める。
「それでお話なのですが、あなた達は今、どこへ向かっている途中なのでしょうか?」
行き先について尋ねられる。
相手が王国の騎士ということもあり、別に隠すようなことでも無いので素直に答える。
「私達はこの先にあるティリオ村というところに向かっている途中です。毎年この村に品物を持って来て行商をしているので、今回も行商のため村へと向かっています」
私がそう言うと、目の前のメアリーと名乗った騎士は黙り込んでしまう。
そんなメアリーの様子を見て、何かあるのかと感じた私はメアリーに聞きました。
「どうしたんでしょうか?この先で何かあったのですか?」
「それが、実は……」
何かを言おうとしたメアリーだったが、それを後ろに連れていた二人の騎士に止められてしまう。
「メアリーさん!駄目ですよ!まだこれは他の人には言っちゃダメだって副団長が言ってたじゃないですか!」
「そうですよメアリーさん!バレたらメアリーさんだけじゃなくて俺らも怒られるんですからね!?」
「ああーっ!!うるさいわね!分かってるわよ!けどこの人達には言っておかないといけないでしょ!」
その反応から、何かがあったというのは分かった。
しかも、メアリーがしきりに後ろの方を確認していたのが気になった。
メアリーが確認している方向は、ティリオ村がある方向だった。
そのことからもしかして村で何かがあったのかと考えたリーダーはメアリーに対し、質問をする。
「もしかして、村で何かが起きたのでしょうか……」
行商人がそう言うと、メアリーは二人の騎士の反対を押し切り、行商人に伝える。
「実はその通りなの。あなた達が向かっているティリオ村で何かが起きたみたいなの。ただ、私達も現在調査の途中っていうこともあって、その内容は詳しくは言えないのだけど……」
「本当に村で何かあったんですか!!村の人達は大丈夫なのですか!?」
自分の考えが当たっていたことに驚きを感じながらも、村とそこに住んでいた人達のことが心配になり、つい大声を出してメアリーに詰め寄る。
メアリーは急に行商人に詰め寄られたことで、その勢いに後ずさりしそうになるが、なんとかその場に留まり、
「先程も行った通り、私達もまだ調査中なので詳しいことはまだ……」
メアリーはリーダーにそう答える。
それを聞き、信じられないのか呆然としている行商人のリーダー。
すると、そこへ先程のリーダーの話が聞こえて来たのか、各々休憩していたはずの他の行商人達がメアリー達の所へ集まってくる。
「おいっ!村の人達が大丈夫かってどういうことだ!!村で何があったんだ!」
「あんたらが何かしたのか!村の人達に手を出したのか!」
「それ以前にあんたら騎士みたいな鎧を身に付けてるけど、何者なんだ!?」
大勢の行商人達に囲まれ、それぞれに質問され、冷静に対処できなくなったメアリーが我慢できずに大声を出す。
「ああっ!もうっ!だからあなた達のリーダーにも行ったけど、詳しいことは言えないんだってば!」
そう言って行商人達を追い返そうとするメアリーだったが、それでもなお詳しい説明を求めようとする行商人達。
そこへ、先程まで呆然としていた行商人達のリーダーが復活し、メアリー達騎士を取り囲んで質問攻めにしている行商人達に声をかける。
「お前たち!!お前たちも気になると思うが、詳しいことは俺が聞くから、お前たちは下がっていてくれ!」
その一言でメアリー達を取り囲んでいた行商人達は渋々と、元々自分達がやっていた作業へと戻って行った。
リーダーはメアリーに声をかける。
「申し訳ありません。少し取り乱してしまいました。ところで詳しいことは話せないと言うことですが、ここで止められたということは、私達は村に行くこともできないのでしょうか?」
「そうですね。村で何が起こったか分かるまで、村には今後、一切行くことはできないと思います。私達がここに来たのも、村に行こうとする人を止めて、引き返すように説得するためなので、あなた達もここで引き返してもうことになります」
「そうですか……。ただ、私達も村に行商に来たのに、その村の状態を知ることもできずに帰ることはできません。せめて、なぜ村に行けないのかだけを教えてくれないでしょうか」
目の前の騎士は少しうつむき考え込む。
やがて、顔を上げる。
「仕方ありません。ただ、ここで話したことは他言無用でお願いします」
「メアリーさん!!流石にそれは!!」
「この話が外に漏れたらどうするんですか!!」
メアリーは二人の騎士に猛反対を喰らいながらも行商人へと話を始める。
二人の騎士は、自分達の話を聞かないメアリーに対して頭を抱えている。
「村の状態なのですが、大変悲惨な状態となっています」
「悲惨な状態!?」
リーダーがそう聞き返すと、メアリーはその言葉に頷く。
「はい、何が起こったのかは分かりませんが、私達が村に着いた時には既に、村があった場所には燃え尽きた村の残骸しか残っていなかったのです」
 




