51話 ラッセル食堂で
目の前に立つ、二歳児のルイより少し背の高い男、ゴドフリー。
彼はこの王国に一人しかいないであろう貴重な種族、ドワーフだ。
そんなゴドフリーが、店の奥へと案内してくれる。
「どうぞこちらにお越しください!」
四人は入り口から店の奥へと歩いていく。
「ところでゴドフリー。今日はなんでこんなにも店に人がいないの?前回来た時は店の外に長い行列ができていたのに、その行列が無くなっているなんて、もしかして何かあったの?」
単刀直入に聞いてみる。
そんな質問に、焦った表情のゴドフリーが答える。
「いえ!特に何もございません!今日は事前にルイ様が来られることを知っていたので、店を休業日にして、お客さんが来ないようにしただけでございます!」
「僕が来るから?そんなわざわざ気を遣ってくれなくてもよかったのに!それに店を休みにしたら、従業員とか売上とか、色々と困ることがあるんじゃないの?」
ルイは店のことを心配し、ゴドフリーに言う。
「今日お店に来ようと考えていたお客さんには申し訳ないですが、やはり、大きな恩があるフーリエ男爵家のルイ様が来られるというのに、前回のように気を遣っていただくのは申し訳ないですから。それと、売上と従業員のことを気にしないで下さい!売上は一日休んだとしても十分なくらい稼げてますから。それに従業員は休みになったことでむしろ喜んでいるので大丈夫です!」
そうか……?それなら心配する必要はないか?
ゴドフリーがいいと言うのだからいいのだろう。
その言葉に甘えることにする。
ただ、ゴドフリーのその言葉に一人の男が反応する。
「えっ!?今日、店閉めてるのか?坊ちゃんはラッセル食堂に飯を食いに来たわけじゃないのかよ!?」
何やら後ろの方で一人驚いている男がいるな。
確かに、事前にラッセル食堂に何をしに行くかは伝えていなかったから、きっとご飯でも食べに来たと勘違いしていたのだろう。
その証拠に、後ろを振り向くと、ショックだったのか、落ち込んでいる姿のハンスが見える。
なぜハンスは落ち込んでいるのだろうか?
もしかして、俺がご飯を食べに行くのだと思っていて、自分もそれに便乗して食べようとでも考えていたのだろうか。
その驚き方からすると、むしろそれしか考えられない。
楽しみにしていたラッセル食堂での食事が食べられないと分かり、落ち込むハンス。
そんな食事ができなくて残念そうにするハンスに気を遣ったのか、ハンスを慰めるようにゴドフリーが言う。
「確かにルイ様はお食事をしに来た訳じゃないが、ルイ様が用事を済ませている間、俺があんたの食事を作ることはできるぜ?」
「いや、でも俺はルイ様の警護をしているわけだからな……。いくら食べるのを楽しみにしていたとしても、ルイ様のお傍を離れるわけにはいかねぇな」
流石、本物の騎士なだけあるな。
きちんと、自分の欲望を抑えて、主である俺のことを守ってくれるみたいだ。
ただ、そんなプロ意識を見せてくれたハンスにルイは言う。
「ありがとうハンス。その意気込みはありがたいけど、ハンスとセシリアはここでゴドフリーと一緒に待っていてよ」
「どうした坊ちゃん?俺に気を遣ってるなら、遠慮しなくていいぜ?」
「そういう訳じゃなくて、元々そういう予定だったんだよ」
「そうか……。なら坊ちゃんのお言葉に甘えて、俺はここで飯を食べておくぜ!」
「いや~!今日の朝食、少しにしておいてよかった~!」
そんな嬉しそうなハンスの声が聞こえ、先程までの意気込みはどこへ行ったのだろうかと考えていると、目の前にセシリアが来る。
その姿はまるで、行商人に会いに行くルイを止めるため、立ちはだかったかのように見える。
「ルイ様はお一人でどこへ行かれるのですか?」
「どこって、このラッセル食堂のこの前の部屋に行くだけだから安心してよ。そこで少し人と会って話をしてくるだけだからさ」
「その会ってくる方というのは本当に安全な方なのでしょうか!?こんな状況でルイ様をお一人にするなんて……」
「大丈夫!大丈夫だからさ!全然危険な人じゃないよ!それはこのゴドフリーも証明してくれるよ!」
あまりに心配してくるセシリアを安心させるために、ある意味証人であるゴドフリーに話を振ると、急に自分の方に話を振られて驚いたのか、凄い勢いで首を縦に振る。
ゴドフリーが認めていることもあって、少しは信じたのか、ようやくセシリアは落ち着きを取り戻す。
こんな状況だから心配するのも分かるが、セシリアはあまりにも心配しすぎじゃないだろうか?
だからといってハンスのように、心配しているのかどうか分からないくらいなのも問題だが。
「ということだから、二人はここで待っててね。その間にゴドフリーに料理を作ってもらって食べていてもいいから、よろしくね。じゃ、ゴドフリーもよろしく」
ルイは三人にそう告げると、行商人が待っているであろう個室へと向かう。
前回、ゴドフリーと話をした個室。
その個室の扉の前まで来る。
「この扉を開けたら、中には行商人がいるのか……」
ようやく待ち望んだ行商人と会うことができる直前になって、緊張してくる。
「よしっ!」
緊張を抑えるために、自分に活を入れると扉を開ける。
扉を開けて中に入ると、部屋の中には見たことがある顔がいくつかあった。
姉であるリズを含めた村の女の子に、タイムセールの時の店員のように囲まれ、困っていた者。
兄であるレンスがナイフを買おうと、真剣に話し込んでいた者。
そして、俺が大量にまとめて本を買った相手である者。
もちろんそれ以外にもあの場にいた者もこの場にはいるが、とりあえず俺が見たことがあるのはこの三人だけだった。
見たことがある人が何人かいるのを確認でき、この行商人達が、ティリオ村に来ていた行商人の商隊だと確信する。
ルイは行商人達に向かって挨拶をする。
「みなさん。今日はお忙しい中、集まってくれてありがとうございます。僕はアークドラン王国の貴族であるフーリエ男爵家の三男のルイ・フーリエです」
挨拶をすると、行商人達がざわざわとし始める。
「貴族である男爵家の三男様が俺達に何の用があるんだ?」
「俺達、何かしちまったか?」
「もしかしたら俺達を専属の商人にしてくれるって話かもよ!!」
「なわけあるか!」
それぞれ好き勝手に様々なことを話しているが、もちろん誰もルイが来た理由など分からず、全ての予想が外れている。
そんな中、一人の男が周りに静かにするようにと言う。
「皆さん少しお静かにお願いいたします」
男がそう言うと、周りで話していた行商人達がピタッと静かになる。
その、急に静かになった行商人達にルイは驚く。
大勢の行商人達をすぐに静かにさせた一言を放った男を見ると、その男は俺に本を売ってくれた男だった。
大勢の行商人達をすぐに静かにさせるほどの統率力を持っている、目の前の俺に本を売ってくれた男だが、どう見てもそのような統率力を持っているようには見えない。
しかし、その男が自己紹介をし始める。
「私は、この国で行商人をしており、この商隊のリーダーみたいなのをやらせてもらっている者です。よろしくお願いいたしますルイ様」
そう、名前以外の自己紹介をした男は、俺に挨拶をするとすぐ、俺がここに来た理由を読み取ったのか、話題へと移してくる。
「ところでルイ様が今回私達を呼んだのは、もしかしてティリオ村についてのことでしょうか?」
いきなり俺が聞きたがっていたことを当てられるが、目の前の商隊のリーダーがそう言ったということは、俺の顔を覚えているということなのだろうか。
「そうだよ。今日は君達にティリオ村のことについて聞こうと思って、君達が王都に来たら僕に教えてくれと事前にゴドフリーに頼んでおいたんだ」
ルイの言葉を聞き、リーダーと名乗った男以外の行商人は、リーダーがなぜ、ルイが自分達をここに呼んだかを当てたことに驚いている。
「おい!なんでリーダーは貴族の坊ちゃんが俺達を呼んだ理由を分かったんだよ!」
「それも凄いが、ティリオ村だと?なんでそれを王都にいる貴族の坊ちゃんが知りたがってんだ?」
「これは怪しいぞ……」
行商人達は、リーダーが当てたことにも驚いているが、それ以上に貴族である俺が、ティリオ村のことについて知りたがっていることに疑問を抱いているようだ。
中には俺のことを怪しんでいる者も出てきているようだ。
行商人達がまた各々喋り始める中、リーダーが再びそれを静める。
「皆さん安心してください。この方は怪しいわけではありません。いや、確かに怪しさはないとは言い切れませんが、とにかく大丈夫なはずです。私がそれを保証します」
リーダーが俺のことに気づいているなら、確かに同じ名を名乗っているのに、貴族となっていることに怪しさは感じてしまうだろう。
ただ、それを聞いた行商人達はリーダーを信用しているのか、段々と静かになる。
行商人のリーダーは他の行商人達が騒いでしまったことに対して謝る。
「失礼いたしました。しかし、相当なかけでしたがティリオ村のことを言って正解でしたよ。これであなたが別人ではなくて、本物だと言うことが分かりましたかね。フーリエ男爵家三男のルイ・フーリエ様」
そこで行商人のリーダーは間をおいて再び言葉を続ける。
「いや、ティリオ村にいると有名になっていた神童のルイ・フーリエさん」
そう言うと、それを聞いた周りにいる行商人達が驚愕している。
「ティリオ村の神童だって!?なんでこんなとこに!?」
「本物なのか!?」
「確かにこの大きさにしてはやけにしっかりしていると思ったが……」
「けど、男爵家の三男って名乗ってるぞ?」
「だが、ティリオ村について知りたがっているってことは本物なのか?」
またもやざわつく行商人達。
そしてそれを再び静める行商人達のリーダー。
「そうですよね?神童がいるという情報は知っていましたが、村に行った時に実際に見て非常に驚いたのを覚えていましたから間違いないはずです。ただ、私が見た時よりも少ししか成長していないのと、貴族の三男であるというのが気になりますが、何か事情があるのでしょうか」
行商人のリーダーの質問に答える。
「確かに僕はティリオ村で神童って呼ばれていたルイ・フーリエで間違いないよ。そして僕があなたから本を買ったこともよく覚えているよ」
そう言うと、再び行商人達がざわめきだす。
「なんだって!?リーダーが物を売ることに成功したって?」
「そんな馬鹿な!!あのリーダーが!?」
「確かに三年くらい前にティリオ村で行商をした時にそんなことを言っていた気もするが……」
「そんなわけあるか!?皆を纏める能力はあっても、人に物を売る能力の無いのがリーダーだぞ!!」
行商人達がざわめきだしたポイントが気になるが、それを聞いた行商人のリーダーの体が、プルプルと小刻みに震えだす。
そして、
「お前ら!!静かにしろ!!」
と、恥ずかしそうになりながら怒り始めたが、今度はすぐには静かにならない。
その光景を見ながらルイは、頭を抱えるのだった。




