46話 暗殺者
「え!?」
そう暗殺者が驚いてしまうのもしょうがない出来事だった。
今の一瞬は、暗殺者には何が起こったか分からなかったかもしれないが、俺には分かった。
これはリチャードの仕業だ。
リチャードの拳が綺麗に暗殺者へと突き刺さる。
以前一度見せてくれた、リチャードによる格闘術による突き。
その突きが今の一瞬で二人の暗殺者の意識を狩り取ったのだ。
あの時は拳が空を切るのが速すぎて見えていなかったが、俺もこの二年で成長したのだろう。
ただ、残された一人の暗殺者は以前の俺と同じように、速すぎる拳から巻き起こった風圧しか感じ取れなかっただろう。
その証拠に暗殺者は、いつの間にか取り出した短剣を持った状態で固まっている。
よく見ると、リチャードによって倒された二人の暗殺者も武器を取り出そうとしていたのか、片手が服の中に入り込んでいた。
リチャードは暗殺者が武器を取り出そうとしていることに気が付き、取り出す前に仕留めたのだろう。
暗殺者を軽々と倒してしまったリチャードは、疲れた様子も見せずに残った一人に向かって言う。
「なるほど、貴方達はこのくらいの実力ですか。貴方も倒れた二人と同じくらいの実力なのでしょう。これはちょうどいいかもしれませんね」
これはちょうどいい?
リチャードは何を言っているんだ?
リチャードの言葉を聞き、疑問を抱いたルイだったが、その言葉の真意を探ると、これからどんなことを言われるか、想像がついた。
同じくらいの実力の暗殺者が三人いて、リチャードはあんなに簡単に倒せてしまうのに全員倒さず一人だけ残したってことは、そういうことなのだろう。
リチャードの考えを察したルイは自らリチャードに向かって言う。
「リチャード、もしかしてだけど僕が暗殺者と戦ってみるってこと?」
リチャードはよく分かりましたね、と言わんばかりの表情で頷く。
やっぱりか……。
そうだと思ったんだよな。
暗殺者と戦って自分の実力を確認してみたいとは思っていたが、まさかこんな時にその機会が来るとは。
ただ、これはちょうどいい機会なのだろう。
相手は一人だけだし、戦っていて負けそうだったとしてもリチャードもハンスもいるから、何かあった時はすぐに助けてくれる。
そんな危険がほとんどない状態で戦える機会など、そうそうないだろう。
よし、戦ってみるか。
暗殺者はリチャードとハンスに睨まれ、逃げることも戦うこともできずに、俺達の話を聞きながらただ立ち尽くしている。
俺はベッドから降り、セシリアにどいてもらい、そんな暗殺者の下に自ら近づいていく。
暗殺者からすれば不思議な状況だろう。
先程、急に仲間が二人倒れて、標的である俺を殺せない状況に陥ったのに、今度はなぜか、その標的である俺が自らの足で暗殺者に近づいて行くという。
もしかすると、標的である俺を殺せるチャンスが再び来たということだ。
それに気が付いたのか、暗殺者は持っていた武器を構える。
「おっと、今回それは無しで頼むぜ」
リチャードはハンスに目くばせをすると、ハンスは持っていた長い木の棒を使い、暗殺者の持っている短剣を叩き落すと、そのまま棒を操り、短剣を自分の下に引き寄せる。
ハンスは自分の足元に転がった短剣を拾うと、ルイに向かってニヤリと笑いかける。
なるほど、今回は完全に格闘術のみで戦えるってことか。
暗殺者も武器を一瞬で奪われたことに驚きはしたが、それでも自分の方が有利だと疑っていないため、ルイに向かっていつでも戦えるように構える。
ルイも暗殺者の前に立つと、リチャードに教えてもらった通りに構える。
傍から見ると、二歳児が自分より大きな大人相手に構えているように見えているのだろうか。
本人は真剣に構えているつもりだが、その様子を想像してしまい、つい、笑い出しそうになってしまう。
それを見た暗殺者は、二歳児になめられたと勘違いしたのか、突然、ルイに向かって突き進んで来る。
「うわっ!」
開始の合図なんてものは当然無いことを忘れていて、自分に向かって突進してくる暗殺者を見て驚く。
突進してくる暗殺者は、自分との対格差でとても大きく見え、威圧感があるように思える。
次の瞬間、目の前に暗殺者の拳が迫っていた。
「うおっ!!」
それに驚きつつも、拳が当たる寸前の所でかわす。
危ない危ない。
完全に油断していた。
これが実戦か。
暗殺者は目の前の二歳児に、自分の攻撃がかわされたことに驚いたのか、ギリギリでルイに当たらなかった自分の拳を見つめる。
自分の攻撃をかわしたのも何かの偶然だと思ったのか、再びルイ目掛けその拳を振りぬく。
「おっと!」
ルイは再びその拳をギリギリで避ける。
暗殺者は自分の攻撃が二回も当たらなかったことで、これが偶然では無いことに気づく。
相手は二歳児だと思って甘く見ていた気持ちや、少し情けをかける気持ちがどこかにあったのだろう。
その気持ちを消し去り、今度こそ完全に殺すつもりでルイに攻撃を仕掛ける。
ルイは、その攻撃に備えて身構えている。
今度の攻撃は当たる。
暗殺者がそんな感覚を抱いた最高の一撃を振りぬくと、その感覚通り確かに手ごたえがあった。
「ガンッッッ!!」
ただ、聞こえてきたのは、拳が人間を殴った時に出るような鈍い音ではなく、何か鋼鉄のような硬いものに硬い物がぶつかるような音だった。
暗殺者は目の前にいる標的の姿を確認する。
標的のみぞおちにはしっかりと自分の拳が当たっているのが確認できる。
――しかし、本来ならその標的の体に埋まるような勢いで殴った拳が、まるで皮膚に当たる寸前で止まったかのような状態になっている。
暗殺者は自分の拳は当たったはずなのに、なぜか目の前の標的に突き刺さっていないことに困惑する。
そしてふと、視線を少し上に向けてみると、何事も無かったような顔をして立っている標的と目が合う。
標的も一度目があった後、自分のみぞおちに触れているだけになっている拳を見て、驚いた表情をすると、もう一度目を合わせてくる。
「えっと……。なるほど、このくらいの実力ってことか」
そして一言呟くと、そっと暗殺者の拳を払いのける。
暗殺者は何が起こったのか分からなかったが、もう一度攻撃しようと払いのけられた拳を握ろうとすると、なぜか拳に力が入らない。
先程殴った方の手を見ると、その原因が分かった。
標的を殴った手が、骨が全て無くなったかのようにプラプラしており、力を入れることができない。
ただ、なぜこうなったのか理解できない暗殺者だったが、目の前の標的の言葉で我に返る。
「ありがとう。これで僕の実力がどの程度のものなのかを少しだけ知ることが出来たよ」
二歳児の純真な笑みでそう言われた暗殺者は、次に何が起こるのかも分からなかっただろう。
「それじゃあ、次は攻撃を試させてもらうよ」
ルイはそう言い、リチャードが先程暗殺者を二人倒した構えと同じ構えをし、その小さな手で握りこぶしを作ると、暗殺者に向けその拳を放つ。
それを見て、暗殺者の頭をよぎったのは先程の、仲間が急に倒れこむ姿だった。
◇
あれ?こんなものなのか?
目の前の暗殺者が俺に向かって殴りかかってくるのを見ながら、そんなことを考える。
サラリーマン時代の俺だったら、その拳も自分に向かってくるだけで、怖くて目も開けられない状態だったろうが、この二歳児の体になり、自分よりも大きな相手が迫って来ていると言うのに、想像していたよりも恐怖感もなく、冷静に考えることができる。
相手は俺のことを殺しにかかって来ているが、それすらも何とも思わない。
まるで今までに何度もこんな状況を経験したことがあるような感覚さえある。
誰かの経験がそのまま俺のものになったかのようだ。
暗殺者は二歳児が拳をかわしたことを信じられなかったのか、自分の拳を見た後、首を傾げながらも再び殴りかかってくる。
俺は、今度は魔鎧がどの程度の攻撃までなら大丈夫なのか試すために、あえて避けずに殴られて見ようと思う。
痛かったらどうしようか。
そんなことを考えているうちに、暗殺者の拳が俺のみぞおちに当たっていたことに気づく。
まるで、全く気付かなかったかのように思えるが、実際にその通りで、暗殺者の拳が俺の視界に入っていることでようやく殴られていることに気が付いた。
ただ、まったく痛みもなく、自分の皮膚に何かが触れている感覚すらない。
皮膚の感覚がなくなるほどの凄い痛みという訳でもなく、魔鎧が俺の体に触れる前に暗殺者の拳と衝撃を止めているようだ。
俺は驚き、顔を上げると、同じく驚いている様子の暗殺者と目が合う。
本人ですら驚いているのだから、暗殺者が驚くのも分かる。
ただ、これで俺の防御力も少しは分かった。
身体能力を向上させるだけの魔鎧でも、これほどまでの防御力を誇るとは。
今はスキルを使わずに、魔鎧だけを発動していたが、それでも全く痛みすら感じなかった。
もしかすると、俺の魔鎧はリチャードの攻撃すらも通さないかもしれない。
そうなると、村を襲った者はそんな俺の魔鎧で強化された防御力すらも貫くほどの力を持っていたということになる。
再度、村を襲った者の強さと恐ろしさを実感する。
いつまでも自分のお腹に拳を突き立てられているのも嫌なので、その拳を払いのける。
そして、払いのけた時に気が付く。
暗殺者の拳が粉々に砕けていたことを。
それほどまで自分の魔鎧の強度が凄いことを知った上で、魔鎧状態での攻撃力も試してみたいと考える。
もう、これなら負けることはないだろうから、少し試してみるか。
「それじゃあ、次は攻撃を試させてもらうよ」
そう言って先程の領収書と同じ構えをする。
どうせならリチャードと同じことをして攻撃力を比べてみることにしよう。
俺の突きはリチャードほどの速さはまだ無いが、そこは魔鎧の力で補うことで、攻撃力はリチャードよりも高いかもしれない。
構えたルイは拳を握ると、身長の関係で暗殺者のみぞおちに渾身の突きを繰り出す。
「どうだ?」
手ごたえは確かに感じた。
ただ、目の前の暗殺者は俺の突きを喰らってもまだ立っている。
もしかして、そこまで威力が無かったのだろうか。
そう思い、もう一度攻撃するため一度離れ、構えようとすると、リチャードに止められる。
「ルイ様。その暗殺者は既に死んでおります」
「えっ!?死んでるの?」
暗殺者の意識を刈り取るどころか、息の根を止めてしまっていたのか?
リチャードの冗談だと思い、暗殺者のことをよく見てみる。
ルイの攻撃により、暗殺者は確かに死んでいた。




