44話 食事後‐2
部屋へ戻ると、着ていた豪華な服も脱がずにそのままベッドに飛び込む。
「ルイ様。お気持ちは分かりますが、せめてお召し物だけでも脱いでいただかないと、困ります」
予想通りセシリアに注意されてしまう。
それでも俺は、そのまま寝ころんだままでいる。
その様子を見たセシリアは、諦めたのか何も言わないでいてくれる。
俺がこうなってしまう気持ちを分かってくれたのだろう。
なぜなら、ただでさえ跡継ぎ争いのために俺の命を狙ってきている兄達に顔を見られたのに、それだけでなく、興味の無かったフーリエ男爵家の跡取りの座を競うことを強いられることになったんだぞ!?
まさか、ただでさえ初めてだったのに、こんな一回の食事会でそんなことを言われるなんて思いもしないだろ!
誰だってこんなことになるなんて思わなかっただろう。
事前に知っていたのだったら、何がなんでも絶対に食事会なんかには行かなかった。
「はあ、何で俺が死んだ後のティリオ村の詳細について、分かりかけてきたこんな時にこんなめんどくさいことに巻き込まれなければいけないんだ……」
ルイは枕に顔をうずめながら言う。
「ルイ様?何かおっしゃいましたか?」
自分に何か言ったかと勘違いしたセシリアが声をかけてくる。
「いや、ごめん。なんでもないよ!独り言だから気にしないで!」
危ない、つい心の声が漏れてしまったようで、意識せずに普通に「俺」と声に出して言っていた気がする。
これも全部、あの男爵のせいだ。
これから考えなければならないことが増えてしまった。
まず、俺の予想だと、男爵のあの言い方からすると、決闘当日までに跡継ぎ争いとなる相手を殺すまで行かなくても、決闘できない状態に持っていくことを推奨しているように聞こえた。
ただ、決闘自体は本人じゃなくて、その代理となる人でもいいことから、他の兄弟を戦えない状態にしてもあまり意味はないだろう。
ということは、やはり確実に決闘当日までに相手を殺すために、暗殺者などが送られてくることが多くなるだろう。
流石に大勢の暗殺者を一回で送ってくることは、周りの目を気にして、無いとは思うが、今回はかなりの頻度で送られてくる気がする。
それに実力も一人一人が強い暗殺者をだ。
兄達は、戦力が多いため、兄弟二人に向けて暗殺者を送ってくるだろう。
しかし、俺にはリチャードとセシリアしかいない上に、セシリアはきっと戦力には数えられないだろう。
元々兄達を殺したりする気は無いが、送る人材もいない上に、俺を守ってくれるのはリチャードだけだ。
しかし、いくらリチャードが強いとはいえ、流石に毎日、決闘当日まで俺の部屋で護衛してもらうわけにはいかない。
俺も暗殺者と戦って、自分の実力を試してみたいとは思っていたが、実戦経験は皆無なため、暗殺者と戦って勝てるかは分からないし、村の行方について情報を得られるかもしれないことを知った今、自分が死ぬかもしれないような危険な冒険はしたくない。
俺にできることは、兄達の手から決闘当日まで逃げ切ることしかできないのだ。
「一体どうすればいいんだ……」
そう一人で悩んでいたら、リチャードが声をかけてきた。
「ルイ様、お悩みなら我々にも何かご相談下さい。相談すれば何かいい案が浮かんでくるかもしれないではないですか」
「そうですよ!ルイ様!私とリチャード様にご相談ください!」
「ありがとう、二人とも……!」
そうだ!一人で悩んでいる必要なんてないんだ!
いつもは誰にも話せないようなことだったから、一人で何でも考えていたが、今回のことはリチャードやセシリアにも話すことができる。
「それじゃあ、リチャードとセシリア。さっき男爵が言っていた、跡継ぎを決める決闘についてなんだけど、二人は話を聞いてどう思った?」
二人とも、何をどこまで言っていいのか考えている素振りを見せる。
「本当に男爵の話を聞いて思ったことなら、どんな考えでも言っていいからさ!」
俺がそう言うと、決心したリチャードが言う。
「ルイ様のお父君でもあり、私の雇い主である男爵様についてこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、男爵夫妻は少々。いえ、人としてかなり狂気を感じられる性格でございます」
リチャードもやはり男爵夫妻のことは分かっていたようだな。
「なので、男爵様の言葉から推測すると、今回の決闘も実際に行う気は無く、その前にご子息の方々で相手を殺させるよう仕向けるつもりでしょう。今までと何も変わらないように思われますが、実際にはもっと頻繁に相手を殺そうとしてくるでしょう」
「やっぱりリチャードもそう思ったか。けど、僕たちは三人しかいないけど、どうすればいいと思う?」
リチャードは俺の言葉を聞くと、うつむいて考え始める。
やがて顔を上げ、思いついたことを話始める。
「そうでございますね。決闘の日がいつになるのかはまだ分かりませんが、暗殺者を送られるのは確実で、それが決闘当日まで毎日のように続くのであれば、ルイ様をお守りするのが私だけでは厳しいでしょう。流石にこの屋敷で大きな騒ぎを起こすわけにはいかないので、一度に送られてくる人は、一人か二人程度でしょうが、私もずっとこのお部屋にいることはできないので、私以外にもルイ様をお守りする人を用意する。それか最終手段ですが、ルイ様に自分の身を守ってもらうしかないでしょう」
「確かに自分で自分の身を守れれば一番なんだけどな……。リチャードは僕の今の実力だと、暗殺者に勝てると思う?」
俺の余りある魔力量を駆使し、『スキル・《魔鎧強化》』を使った魔鎧と、リチャードから学んだアーク流の格闘術を組み合わせれば、二歳児とは思えない力を発揮できる気はするが、やはり実戦経験の差は大きいと思う。
相手は戦いの経験がある者を送ってくるだろうから、それと満足に戦えるかが心配だ。
俺には『スキル・《転生∞》』があるため、もし死んだとしても今回転生したように、また転生できるのだろうが、そこでまた一から赤ん坊の状態でやり直さなければいけなくなり、せっかくのティリオ村のことを知れる機会をのがしてしまうことになる。
それだけはどうしても避けたい。
「ルイ様の実力は、とても二歳児とは思えないほど高いとは思いますが、暗殺者に勝てるかどうかは実際にどの程度の暗殺者かを確かめてみないと分からないでしょう」
分からないのかー。
やっぱり戦わないと分からないよな。
「ただ、確実に言えることは、相手はルイ様のことを見て、反撃してくるとは思わないでしょうから、その隙をつけばどのような相手でも倒すことはできると思います」
リチャードの言うことを聞いて、確かにと思った。
俺は今、二歳児だもんな。
そりゃあ誰だって、自分が殺そうとしている二歳児が逆に攻撃してくるとは思わないはずだ。
その隙をつくことができれば、俺にも勝ち目があるだろう。
「ありがとうリチャード!もし、リチャードがいない時に僕を殺しに来た人がいれば、その方法で頑張ってみるよ!」
これで少し、希望が見えた気がするな。
よし、リチャードの意見は聞いたし、次はセシリアに聞いてみることにするか。
「セシリアは決闘についてどう思った?」
セシリアは俺とリチャードの話を聞きながら自分なりに考えていたのか、すぐに話始める。
「ルイ様には兄君様達からの暗殺者などが送られてくるのですよね?ルイ様のお顔もお部屋も既に知られてはいますから、ルイ様には申し訳ないのですが、平民区画の宿屋などを決闘当日まで点々としながら、逃げるのはどうでしょうか?」
なるほどな。
決闘当日まで平民区画にいれば、兄達も簡単に俺を見つけることはできないだろう。
ただ、問題がある。
「セシリア。確かにその考えはいいと思うんだけど、もしも平民区画で暗殺者に見つかってその場で争いになったら、平民区画の人達も巻き込まれてしまう可能性がある。知らない人に迷惑をかけたり、被害を出すわけにはいかないから、僕は平民区画で逃げ回るわけにはいかないんだ」
俺の言葉を聞いて納得したのか、セシリアは頷く。
「けど、それじゃあどうするんですか!?ルイ様のお命が危険に晒されるかもしれないんですよ!」
セシリアは、俺が平民区画に行けない理由は納得したみたいだが、俺が危険に晒されるのは納得できないみたいだ。
「確かに僕は今回の決闘を放棄して、平民区画とか他の場所に逃げることはできるかもしれないけど、その場合、あの男爵に一生僕を殺すための追っ手を送られるかもしれないし、それにリチャードやセシリアにも危害が及ぶかもしれない」
それに何より、近づいてきたティリオ村のことについての情報を逃したくはない。
「僕はそれだけは避けたいんだ」
俺の言葉を聞いたリチャードとセシリアは、自分達のことを思ってくれたことに感動したような様子を見せる。
もちろんリチャードとセシリアも大切だが、それ以外の目的もあるため、その様子を見て申し訳ない気持ちになってくる。
二人ともなんかごめん……。
「とすると、やっぱりこの部屋で暗殺者達を返り討ちにしないといけないんだけど、せめて一回僕が暗殺者と戦って、自分で暗殺者を倒せるって確かめればな……」
そんなことを言った瞬間、不意にこの部屋の扉がノックされる。
誰かが来たのだろうかと思い、俺が返事をしようとすると、何かに気づいたのだろうか、リチャードが人差し指を立て、俺とセシリアに静かにしろというアピールをしてくる。
それを見て、返事をしようとした口を押さえると、リチャードが静かに扉に近づいていく。
セシリアもリチャードの様子を見ると、何かに感づいたのか、ルイを守るように扉との間に立つ。
リチャードが扉に近づき、扉の取っ手を掴み開けた瞬間、リチャードが扉の向こうにいた人物の腕を掴み、部屋の中に押し込む。
「痛い!痛い!」
もしかして、早速暗殺者か?
そう思ったが、それは暗殺者とかではなく、情けない声を出しながら簡単に床に押さえつけられる。
そんな声を出しながら部屋の中に押し込まれた人物を見ると、その情けない声を出して床に押さえつけられた人物は見たことがある人物だった。
「よっ!坊ちゃん!ちょっとリチャード様に手を放してくれって言ってくれないか!?」
そう涙目になりながら言った人物はハンスだった。




