43話 食事後
男爵の話とディナーが終わり、フーリエ家の兄弟達は次々とこの部屋から出て行った。
部屋に残ったのが男爵夫妻だけになると、男爵が口を開く。
「いやぁ、どうだったかな?いい反応をしていたねぇあいつら。どいつもこいつも俺の想像通りの顔をしていたよ!」
「そうだったわねぇあなた。本当にどの子もいい反応してたわねぇ?」
男爵と男爵夫人は互いに顔を見合わせながらそう言い合う。
後ろにいるメイドとハンスのことは、まるでいないかのように好き放題喋っている。
「特にあれだな!?三男のルイの紹介って言った時には、ライアンもリアムもライバルが増えただけだと思ったのか、何も反応を示さなかったけど、その後の跡継ぎを決めるための決闘をしてもらうって言った時の三人の顔だろ!!あれは本当に面白かったな~」
「そうねぇあなた!けどやっぱり自分達の子どもにそんな危険なことをさせるなんて、私はとっても悲しいわぁ」
夫人はそう言うと、悲しそうにうつ向いてしまう。
その様子を見た男爵は、夫人を見て笑う。
「はっはっは!!何言っているんだお前!本当はそんなこと、これっぽっちも考えていない癖によく言うよ!」
男爵がそう言うと、夫人は肩を震わせながら顔を上げる。
その顔は涙に濡れているのかと思いきや、笑いがこらえきれないという顔をしており、今にも笑い出しそうだった。
「分からないじゃないの!本当はそう思っているかもよ?」
男爵は夫人が本当にそう思っているのか信じられないような、疑いの表情で見る。
夫人はそんな男爵の反応を見て、すぐに笑いをこらえきれなくなる。
「アッハッハッハ!!ごめんなさいあなた!もう我慢できないわ!」
「やっぱりか!?だと思ったんだよなぁ。君が自分の子どもを大切に思っていたことなんて一度も見せたことがなかったもんな」
そう言うと、男爵夫妻は二人で笑い合う。
この光景を後ろで見ているハンスは、今にもぶん殴りたくなるような会話をする、目の前の男爵夫妻を見て、夫妻に聞こえないようにため息をつく。
やっぱり新しい就職先間違ったかなー。
いくらこんな貴族がたくさんいる王城での勤めが嫌になったからと言って、騎士として貴族の下で働くなんてやめておけばよかった……。
二人の様子を見ながら、内心こんなことを思いながらも黙って立っている。
新しく働く場所としては、比較的王都でも、まともそうな貴族の所を選んだつもりだったんだが、どうしてこんな奴らの下で働くことになったんだ……。
まあ、全部俺の自業自得か。
完全に俺の見る目が無かったせいもある。
先代の当主がまともだったから、その息子である次の当主もまともだと考えてしまった。
こいつが当主になってから、王城で姿も見たことがあるが、きちんと国のために仕事をこなしていたようにも見えていたせいで、こいつはまともだと思ってしまったが、仕事以外の面でこんなにも歪んだ性格を持っている奴だったとは……。
それを見抜けなかった俺も俺だが、自分の子どもをこんな風に育ててしまった先代の当主も、仕事以外の面では優れていなかったということなのだろう。
「あー、こいつらどうにかなんないかなぁ」
思わず、そんなことを口走りそうになるほど、目の前の会話を聞いていて虫唾が走る。
本当にどいつもこいつも貴族ってのはいかれてやがる。
ただ最近、先程この場にもいたが、この家の三男のルイって坊ちゃんに会ってからは、貴族全員が全員こういう奴らばかりではないということを知った。
坊ちゃんはまだ、生まれて二年しか経っていないのもあると思うが、リチャード様が専属執事についているというのもあるのだろう。
今の所、まともに育っている。
「せめて俺も坊ちゃんの下で働ければいいんだがなぁ」
だが、俺は騎士としてこの家に雇われているため、いざという時のために三男よりも当主の警護に付けられている。
ただ、そうすると疑問なのが、リチャード様が夫妻の執事としてではなく、坊ちゃんの専属執事となっていることだ。
もしかすると、男爵はリチャード様のことを知らずに雇ったのかもしれないが、リチャード様ほどの有名な人を貴族で知らない人がいるだろうか?
男爵の意図は分からないが、とにかく坊ちゃんの専属執事になったことは、どちらにとっても本当によかったことだろう。
そういえばこの前、跡継ぎ争いに興味が無いとも言っていたが、兄二人に比べてもルイの坊ちゃんの方が精神面でも優れていたということは分かる。
本当はそんな奴にこそ貴族になって欲しいと感じるが、今の貴族社会では、まともな奴からいなくなっているから無理な話だろう。
そして、最終的には貴族による政治の腐敗が始まり、この国も住みづらくなってしまうのだろうか。
「あーあ、これだから国勤めってのは嫌だったんだがなぁ」
一度国のために働いてしまったからか、こうして国のことを考えてしまうようになる。
本来の俺は国のことを思うような奴じゃなかったはずなのに。
そんなことを珍しく考えていると、男爵夫妻が決闘の話で盛り上がってきたのか、声が大きくなり、嫌でも会話の内容が耳に入ってくる。
「いやあ、それにしても決闘の日まで無事に生き残っている可能性はあるかな?君は誰が残ると思う?」
「そうねぇ。私は、決闘当日までにはリアムが残ると思うわ」
どういうことだ?決闘することで跡継ぎを決めるんじゃなかったのか?
「なんでそう思うんだい?」
「だってあなたも見たでしょう?さっきあの子が後ろに連れていた、いかにも強そうな感じの人」
そう、俺もさっき見たが、次男のリアムが連れていた奴は元騎士団に所属していた俺ですら勝てるかどうか分からないくらいの実力を持っている感じがした。
騎士として戦いの経験もある俺だから分かったが、それを戦ったこともなさそうな、男爵夫人が気づいていたことに疑問を持つが、きっと見た目でそう感じだたのだろうと判断する。
「確かにリアムが連れていた奴は強そうだったな。あれが外部から雇ったというやつなのだろう」
「あー、あれがそうなのね?もう目つきが違ったものね!」
どうやら、リアムが連れていた奴の情報は知っているみたいだ。
それなら強そうだと思ったのも納得だ。
「そうかぁ。君はリアムが残ると思うのか。俺はライアンだと思うな」
「ライアン?確かにライアンもあの見た目からすると強いとは思うけど、どうかしら?」
「確かにライアン自体も凄いが、ライアンの下にはこの屋敷の屈強な兵士達が集まっている。それらを総動員すれば、兵の差で他二人を簡単に抑えることができるだろう。」
「それはそうねぇ。けど、総動員できればの話でしょ?総動員なんてすれば大きな騒ぎになってしまうからって、今までさせてこなかったじゃない?」
これは夫人の言う通りだ。
いくら男爵でも、大きな騒ぎになるほどのことを許すはずがない。
四男爵家の一つといえど、そんなに大きな騒ぎになることをしてしまったら、流石に王に簡単に取り潰されてしまう。
「まあ、その点は安心してくれ。今回は決闘に向けて色々と準備をしているからね。楽しみにしておいてよ」
「それってずるいじゃない!?なら私もライアンが生き残るって予想を建てるのに!」
「でも正直に言うと、どうなるかは分からないよ。もしかしたら、リアムの手の者がライアンを先に殺すかもしれないし、ライアンの手の者がリアムを先に殺すかもしれない。これを予想するのが楽しいんじゃないか」
こいつら……。自分の子ども達で誰が生き残るか予想して楽しんでいるのか……。
本当に人間として最低な奴らだ。
こんな奴らの楽しみのためだけに坊ちゃんは参加したくもない跡継ぎ争いに巻き込まれてしまったのか……。
しかも決闘をすると言っておきながら、実際はその前に互いに暗殺などの方法を駆使して、他の兄弟を殺させるのだろう。
リチャード様とメイドしかいない坊ちゃんは大丈夫なのだろうか。
いくらリチャード様がいるとはいえ、大人数で来られたら、坊ちゃんのことまで守り切れないだろう。
あんな幼い子どもを殺させるなんて、許すことはできない。
もしもの時は俺が坊ちゃんの手助けをしよう。
男爵夫妻の話を聞き、ハンスはそう決心する。
そんなハンスが決心を固めていると、男爵夫妻は今まさにルイのことについて話し始めていた。
「君はリアムで、俺はライアンだと思っているが、ルイが生き残るとは思っていないのかい?」
男爵にそう聞かれた夫人は、少し頭を悩ませる様子を見せながらも、すぐに答える。
「ルイ?ルイは絶対にないでしょ!?だってあの子はまだ二歳だし、それにルイには専属執事とメイドのたった二人しかいないじゃないの」
男爵もその意見に納得しているようで、頷いている。
「確かにな。まだ二歳だから、本人はスキルも持っていないし、戦力として数えられないだろう。だからと言って二人に簡単に殺されるとつまらないから、死なないように、あのリチャードを専属執事として付けたが、流石にリチャードだけでは暗殺者が一人しか来ない状態ならまだしも、大人数で来られたら、ルイを守り切ることもできないだろう。あのメイドもルイの盾くらいにはなるだろうが、ルイが生き残る可能性はほぼ無いだろう」
「じゃあやっぱりライアンか、リアムのどっちかってことになるのよねぇ」
こいつらはリチャード様のことを知っていて、敢えて坊ちゃんの専属執事にしたのか!
しかもその理由が、簡単に死なれるとつまらないからだと?
これだから貴族は……。
人の命を物のように扱い、それを見世物のようにして楽しむなんて……。
「ああ!私とあなた、どっちの予想が当たるか、楽しみね!」
「本当に楽しみだ!どっちが俺の後を継ぐことになるのだろうか」
「それにしてもあなた、後を継がせるって言ったけど、本当にフーリエ男爵家の当主の座を譲るつもりなの?」
「ああ、本当だ。そして、俺と君はめんどくさい貴族の義務を押し付け、この家の金で、罪人同士を戦わせる闘技場みたいなのを作って、遊び放題の生活を送るってわけさ」
「ああっ!それもとても楽しそうねぇ!」
男爵夫人はその未来を想像し、楽しさそうだと思ったのか、ニヤリと笑う。
これで話は終わったのか、二人は満足すると、この部屋から出て行こうと立ち上がると、そのまま部屋を出る。
ハンスとメイドはそんな好き勝手に行動する男爵夫妻の後に、しっかりと付いていった。
「これからどうなっちまうんだか……」
ハンスが部屋を出る時に発した小さな一言は、誰にも届かないまま消えていった。




