42話 食事会
特に何も思い浮かばないまま、その時間がやってきてしまう。
まさか本人達の前で顔を隠したりするわけにはいかないだろうし、そもそも食事をしなければいけない。
俺の顔が兄達に見られてしまうのは避けられないだろう。
別に暗殺者を送られるのは構わない。
時間は少し奪われてしまうが、今の俺の実力を試してみたい気持ちもあるし、最悪リチャードがいる。
ただ、今日もそうだが、今後、俺の顔を知られることで、食事に毒とかを入れられる心配が出てくることだ。
毒に対する耐性などは持っていないし、そもそも耐性を付けられるかも分からない。
毒を入れられても、回復できる何かがあればいいが、そのような当てもないため、もしも毒を入れられるようになったら、俺にはなすすべがない。
まあ、もしそうなるようだったら、食事はこの屋敷でしないようにして、平民区画のどこかに出かけて食べることにしてもいいかもしれない。
こんなに今後の対策を考えても、今からの食事を避けることはできないため、諦めて行くことにするか。
「それじゃあ行くよセシリア、リチャード」
セシリアとリチャードに声をかけ、部屋を出る。
部屋を出た俺の姿はまるで本当の貴族のような格好をしている。
なぜこんな格好をしているかというと、今回は初めて一家で食事をとる機会ということで、セシリアに俺が持っている服で一番いいものを着させられたためだ。
俺は始めは、
「いいよめんどくさい」
と断ったが、セシリアの
「一番いい服を着ないと、着替え直させられる可能性もあるので」
という言葉を聞き、二度手間になるくらいならと、素直に着ておいた。
部屋を出た後、真っ直ぐにディナーの会場へと向かう。
リチャードとセシリアに挟まれながら歩く。
本来なら後ろに連れた方がいいのだろうが、会場となる場所を知らないため、前を歩いてもらう必要があるので、このような形になっている。
会場への道のりには、この屋敷の大勢の使用人がおり、たくさんすれ違ったが、もう顔を隠す昼用も無いので、俺は堂々と歩く。
フーリエ家の人々が初めて一堂に会する場が設けられるという話が、どこからか使用人達に流れ、その結果存在するかも半信半疑だった俺の姿を一目見ようと集まっているのだろう。
そのため、すれ違う使用人は誰もが、俺に挨拶をしながらも、その顔を見つめるように見てくる。
きっと屋敷中で俺のことが噂になっているんだろうなぁ。
誰も知らなかったはずの俺の顔を見て、挨拶してくるなんて、前回までは無かったことだ。
俺についての情報が使用人内で共有されているからに違いない。
それ以外にも、俺がとても分かりやすい格好をしているのも関わっているだろうけどな。
大勢の使用人とすれ違いながら、ようやく会場へと辿り着く。
扉の前に立っている人に扉を開けてもらい、部屋の中に入る。
部屋の中は、俺がこの世界に来る前に見たことがあるような貴族などが使うような、巨大な長方形の長いテーブルが置かれていた。
貴族の食事の風景と言えば、これだと思っていたが、まさか本当にあるとは。
ただ、そのテーブルには、食事をいつでも始められるようにカトラリーなどの用意はされてあるが、椅子には誰の姿も無かった。
大勢の使用人がいたため、俺も約束の時間にかなり遅れてしまったと思ったが、そうでもないのだろうか。
「もしかして騙されたか?」
と不安になるが、フーリエ家の他の面々も、まだ来ていない可能性があるので、大人しく一番下座の席に座って待つ。
セシリアとリチャードは俺の席の後ろに立って待つ。
約束の時間から数分ほど経った頃、ようやく扉が開いた。
扉から顔を出したのは、以前、一回だけ見たことがある、フーリエ男爵夫妻の顔を足して割ったような顔をして、少し太らせた感じの男だ。
その男は中にいた俺を見つけるや否や、何か嫌な顔をし、背後に連れている兵士ではない見た目の男に何か耳打ちをした後、俺と同じように席に座る。
幸い、テーブルが大きく席と席が離れていて、あまり近い距離にいないため、リチャードが今来た人物が誰なのか、耳元で教えてくれる。
「ルイ様。今来られた方が、フーリエ家の次男であり、ルイ様の兄君であるリアム様でございます」
この男がフーリエ家の次男のリアムか。
あっちも俺の姿を見るのは初めてだろうが、俺も話には聞いていても、その姿を見るのは初めてだ。
もしかしたら、こいつが暗殺者を送ってきた奴かもしれないので、俺は注意してその姿を見る。
見た目はさっき言った通りで、食に関するフーリエ家だからか、かなり体重が重そうな見た目をしている。
確か、俺がこの体に転生した時に16歳くらいだったはずだから、二年経った今では、18歳にはなっているはずだ。
きっと今まで、食べるだけ食べまくって運動もしていなかったのだろう。
今も、食事が来るのが待ちきれないのか、それとも余程お腹が空いているのか、連れてきたメイドに何か食べ物を持ってこさせている。
これがフーリエ家の次男か。
こいつが俺に暗殺者を送ったのだろうか。
先程も、俺のことを見るや、リアムが連れてきた男に、何かを囁いていたが、それももしかすると、今後のために俺の顔をよく覚えさせたのかもしれないな。
俺は横目にリアムのことを見ていると、後ろにいた男に強い眼光を浴びせられる。
それを受け、俺は少し驚きリアムから目を背ける。
何なんだ後ろにいるあの男は!?
絶対にリアム側に付いたという兵士とかではないだろ!?
そう思い、リチャードに小声で確認する。
「ねえ、リチャード。リアムの後ろにいる男ってこの家の兵士か分かる?」
リチャードは首を振りながら答える。
「いいえ。フーリエ家に仕える兵士であんな男は見かけたことはございません。もしかするとリアム様が外部で雇った者かと思われます。」
外部で雇った者!?
なんだそれは!?
そんなこともありなのか!?
俺は、生まれてから周りにリチャードとセシリアしかいなかったが、リアムは大勢の使用人と、兵士だけではなく、外部から人も雇っているのか。
もしかすると、リアムだけでなく、長男のライアンもそうやって外部から人を雇っている可能性が高い。
それも全て跡継となるためなのかもしれないが、俺には人を雇う金など無い。
リアムは金をどうやって手に入れているのだろうか。
そんなことを考えていると、再び扉が開く。
次に現れたのは、見たことがない二十歳くらいの男だったため、それが長男のライアンだと分かった。
ライアンの見た目は、リアムとは違い身長がとても高く、普段鍛えているのかガタイがとてもいい姿をしている。
そんなライアンは中に入り、リアムを見ると聞こえるように舌打ちをした後、初めて見る俺の姿を見て、ニヤリと笑った。
勝手に跡継ぎとなるためのライバルと認定されているのかと思っていたが、このライアンはもしかしたらそうではないのか?
俺を見てニヤリとした後、後ろに連れていた屈強な兵士二人と共に自分の席につく。
俺は初めてライアンを見て、その肉体と兵士達がいるなら、リアムから跡継ぎの座を簡単に奪えそうだと思ったが、この世界はスキルが重要だから、必ずしも見た目で判断してはいけなかったことを思い出す。
それに、リアムの後ろに立っている男が気になる。
リチャードも気になっているのか、その男のことを視界に入れているのが良く分かる。
とにかく、これでフーリエ家の兄弟達が揃った。
残るは男爵夫妻だけだが、なかなか来る気配がない。
そう思っていると、俺の考えを察したかのようなタイミングで男爵夫妻が部屋に入ってくる。
男爵は入ってくるなり、俺達が黙って座っているのを見て、何か思ったのか声を発する。
「よう我が息子たちよ。調子はどうだ?それにしてもどうして三人ともそんなに静かなんだ?」
遅れてきたのに随分と明るい声で話しかけてくる。
それに、どうして静かなんだだと?
この夫妻は、自分の息子達が跡継ぎ争いをしているのが知らないのか?
そうだったら、親としてはかなり最悪な親だが、もし、本当は知っていたとするなら、もっと質が悪だろう。
そう思い、遅れてきた夫妻の方を見ると、その後ろには二人控えており、一人はメイドだったが、もう一人が何とハンスだった。
ハンスは騎士として雇われているということだったから、この食事会での夫妻の警護を任せれたのだろうか。
ハンスは俺が見ていることに気が付くと、俺にしか見えないようにウインクをする。
驚いた。まさかハンスが両親を護る騎士だったとは。
雇われているから、仕方なくやっているのかもしれないが、いつも夫妻を警護しているのだろうか。
これでハンスに聞きたいことが増えたな。
男爵の言葉には俺を含め、誰も反応しない。
男爵はその反応を見て、肩をすくめると、男爵夫人を連れてテーブルにつく。
「それではお前たち、全員集まったことだし、ディナーにするとしようか」
一番最後に来たはずなのに、そう言って仕切りだす男爵。
この家で一番偉いのだから仕方がないが、サラリーマン時代のことを思い出し、少し嫌な気分になる。
再び、男爵の言葉には妻である男爵夫人以外は何の反応も示さない。
全員聞こえていないかのように座っている。
男爵は反応が無いことは予想していたのか、それでも話し続ける。
その間に食事がどんどんと運ばれてくる。
「今日こうやって集まってもらったのには理由がある」
なぜか間を置くが、料理が目の前に置かれていく音だけが聞こえる、静寂な時間がやってくる。
「その理由は二つある。まず一つ目だ」
「一つ目は、この家族に新たに加わったフーリエ家の三男ルイの紹介だ。お前たち兄弟もまだ顔を合わせたことが無かっただろう?そのために今日は顔を合わせる機会を設けた」
なんだって!?
わざわざそんな理由のためにこの食事会を開いたのか……。
確かに普通の家族なら、家族全員が顔を合わせる機会が合ってもいいだろう。
ただ、俺にとっては余計なお世話だったな……。
再び誰も何も反応をしないが、次に放った言葉に誰もが反応を示した。
「お前らは何の反応も示さないが、本当に重要なのは二つ目だ。お前ら兄弟で、近々、跡継ぎを決めるための決闘をしてもらおうと考えている。その決闘は、本人が出てもいいし、代理の者に任せてもいい。とにかく決闘をしてもらう。これは決定事項だ」
跡継ぎを決める決闘!?
くそっ!!
こんなことになるならやはり、何か理由を付けて来なければよかった!
跡継ぎには興味はないからどうでもいいのに、しかも何でよりによってこのタイミングなんだ!?
俺には、そんなことより、やらなければならないことがあるのに。
そんな俺の考えを見抜いていたかのように、男爵は言葉を続ける。
「あ~。因みに、この決闘を辞退するのは無しだ。辞退した場合、どうなるかは自分達の想像にお任せする。後、詳しい日程や、ルールは後程伝えるが、決闘当日までに相手が参加できる状態じゃない場合は、そいつ抜きで行う。三人中、二人参加できなかった場合は、残った一人が俺の跡継ぎだ。分かったか?」
辞退できないって!?
辞退するとどうなるのだろうか。
分からないが、しないほうが身のためな気がする。
それに、男爵の言い方だと、まるで決闘当日までに、相手を不参加に仕向けるようなことを互いに行えと言っているような言い方に聞こえる。
もし、俺の予想が当たっていて、この男爵がやばい奴だったら、確実に辞退はしない方がいいだろう。
辞退したら、最悪殺される可能性だってでてくる。
一体どうすればいいんだ……。




