36話 三人組
「くそっ!朝から散々だぜ!」
道を歩きながら、若い男が悪態をつく。
悪態をついた男の両隣には二人の若い女性がいた。
片方の女性は髪が短く、もう片方の女性は髪が長い女性だ。
その髪の短い女性の方が、男の機嫌を直そうとしているのか声をかける。
「まあまあ、仕方ないよアラン。こんなこともあるって」
アランと呼ばれた男はそれでもまだ納得できないのか、今度は怒りをあらわにする。
「クラリスもリンダもおかしいと思わないか!?俺らはあのラッセル食堂に朝早く並んで初めて前の方をとれたんだぜ?それなのにどこかの貴族が横入りして、まだ開店していてない店に入ったせいで、俺らが店に入れたのは普段の開店時間の一時間後だぜ!?せっかく、うまいものを食ってその足で朝一でギルドに依頼を受けに行く予定だったのに、あの貴族のせいで全部予定が狂っちまった!!」
男たちの姿をよく見ると、その身には鎧や武器を装備していた。
三人の首元には、銀色のプレートがぶら下がっている。
どうやら男たちは冒険者のようだ。
そして、仲が良さそうに話していることから彼らは冒険者のパーティーだと思われる。
今度は先程とは違うリンダと呼ばれた髪の長い方の女性がアランに声をかける。
「確かにせっかく普段よりも早起きして並んだけど、しょうがないわよ。何てったって相手は貴族様だしね。私もこんなことになったのはムカつくけど、おいしい料理を食べれたのには変わらないのだからいいじゃない?」
「確かにラッセル食堂の飯は旨かった!けど一時間遅れたことによって、ギルドで受けられる依頼も他の奴らに取られて大分減ってるだろ!?」
「まあまあ!もう起きたことはしょうがないんだし、少しでも残ってるいい依頼が無くならないようにギルドに急ごう!」
同じ冒険者のパーティーだと思われる二人に言われ、アランはまだ納得していなさそうだが、しぶしぶ二人について冒険者ギルドに向かう。
一応、自分たちも冒険者としては、それなりに経験を積んでいるが、まだベテランと呼ばれるほどではない。
ランクもシルバーになっていて、もう駆け出しの冒険者ではないが、そんな彼らも王都の中の移動手段は基本的に徒歩だ。
王都から出て行く時は馬車を借りたりすることもあるが、大抵の冒険者達はランクに関わらず、自分たちの馬車など持っていないので、移動手段は歩きになる。
ただ、ランクが上がってお金も余るほど稼げている冒険者は自分の馬車などを持っているが、そんなパーティーは一握りしかいない。
冒険者の頂点と言われている、ランクがプラチナの冒険者のさらに一番上であるプラチナ1の冒険者くらいだろう。
それか貴族出身で冒険者をやっている変わり者くらいだ。
自分もプラチナを目指して、自分たちだけの馬車などを手に入れてみたいと思うが、そんな冒険者になれるのは、数いる冒険者の中で一握りだけだ。
現在、このアークドラン王国に存在するプラチナ冒険者は百人ほどいて、王都にはその中の五十人ほどが所属している。
プラチナになっているだけでも十分凄いことだが、王国に存在するプラチナ冒険者の中でも最高峰のプラチナ冒険者は四組しかいない。
ただ、過去にはプラチナを超えるランクを与えられたパーティーも一組だけ存在したらしいが、そのパーティーの現在を知る者はいない。
その四組に続き、俺もプラチナ最高峰になるぞと息巻いて冒険者になったが、今はまだシルバーランクで止まっている。
ランクを上げるためには、もっと依頼をこなさなければいけないが、今日は不慮の事故があったせいで、いい依頼はもう無いだろう。
だからと言って王都にある他の三つのギルドに行く時間もない。
これも全部あの貴族のせいだ!!
考え事をしながら歩いているとさっきのことを思い出し、再び怒りが込み上げてくるが、冒険者ギルドの建物が他の建物の屋根越しに見えたことによって、気持ちを切り替える。
一緒に歩いていた二人も冒険者ギルドが見えてきたことにより、気持ちを切り替えて、真面目な顔つきになっている。
冒険者ギルドに近づくにつれ、周りを歩いている人も冒険者のプレートをしている人が増えてくる。
すれ違う冒険者は誰もかも今から王都を出て行くのか、たくさんいるが、冒険者ギルドに向かっている冒険者は自分達以外には誰もいない。
「この様子だと、もういい依頼は全部取られてるかもしれないわね。急ぎましょう」
リンダがそう言うと、アランとクラリスは頷き、早歩きでギルドに向かう。
冒険者ギルドの建物が全て見える所まで来ると、クラリスが何かに気づいた。
「あ!あれってさっきの貴族が乗ってた馬車じゃない!」
そう言って指をさした方向を見てみると、確かにラッセル食堂の前で見た、貴族の馬車があった。
馬車は先程のように停まっており、御者席には執事と思われる老人が座り、手綱を握って馬を操っていた。
ただ馬車が停まっている場所が、冒険者ギルドの前だということに気づくと、アランは再び怒りが込み上げてきた。
「あれってさっきの貴族だよなあ!?しかも馬車が停まっているってことは貴族様が中にいるってことだろ?ちょっとさっきのことについて文句言ってこないと気が済まないから行ってくるわ!」
アランは二人を置いてギルドに向かって走っていく。
「ちょっと待ってよアラン!相手は貴族だよ!」
「待ちなさいよアラン!どうするつもりなの!?」
クラリスとリンダの引き留める声が後ろからするが、それを無視してギルドに向かう。
どうしてもあの貴族にガツンと言ってやらないと気が済まないのだ。
あの貴族のせいで今日の一日の予定が狂ってしまったからな。
それに貴族が冒険者ギルドにいるということはきっと冒険者の貴族だろう。
ただ、冒険者の貴族であんな馬車に乗っているやつは見たことがないが、きっとそうだろう。
貴族が冒険者だった場合なら、冒険者同士は基本対等という決まりなので、俺が直接何かを言ったとしても、貴族としての権力を使うことはできない。
貴族が冒険者ギルドにいるのなんて冒険者をやっている奴しかいないからな。
依頼をするにしても貴族が直接冒険者ギルドに来ることは無いから、十中八九冒険者の貴族だろう。
冒険者になるような貴族など、男爵家の三男以下のことがほとんどなので、貴族としての権力もほとんどないからここはガツンと言ってやる!
そんな気持ちでアランはギルドに足を踏み入れる。
何度も通っている冒険者ギルドだが、今日は普段とは違うように見えた。
いつもなら、少しでもいい依頼を受けるために多くの冒険者がギルドの中にはいるが、今日は少し遅い時間だからか、ほとんど人はいない。
いつもは混んでいるカウンターも今日はスカスカだ。
そのお陰か、アランは探していた人物と思われる人を簡単に見つける。
その人物は、並ぶ人がほとんどいないカウンターにいた。
一人だけ周囲の人とは違う服を身に纏い、明らかに貴族だと分かる格好をしている人物を見つける。
さらに、メイドも連れているため、確実にその人物が外に馬車を停めている貴族だろう。
目的の貴族は見つけた。
ただ、アランは一つだけ予想していなかったことがあった。
それはその貴族が、まだとても小さい子供だったということだ。
とても上質な生地の服を着ていて、メイドも連れているため貴族であることは間違いないだろう。
ただ、まだ幼いというのは遠めに見ても分かるし、何より、何の用があるのか知らないが、カウンターに背が届かないためメイドに抱きかかえられながら、カウンターのギルド職員と何かを話し合っている姿が見える。
あの幼さから冒険者ではないことは確実になり、この向き場のない怒りをどうしようかと考えるが、流石にあんな子供に向けるわけにはいかないだろう。
ただ、あのメイドに少し注意をするくらいなら問題ないだろうと思い、カウンターの方に足を運ぼうとすると、後から追いついてきたクラリスとリンダがギルドに入ってきた。
「……アランちょっと待ってよ!!」
「はあ、はあ……。ようやく追いついたわ!」
二人とも相当急いだのか、息を切らしている。
乱れた息を整えながら二人はアランに近寄っていく。
「ちょっと!!さっきの貴族ってもしかしてあのカウンターにいる子!?アラン、流石にあんな小さい子どもに対して怒ったりはしないでしょうね!」
「私もあんな小さい子どもだとは思っていなかったけど、それでも行くつもりなの?」
二人はアランがあんな小さい子供に対しても怒るような人だと思っているようだ。
「そんなわけないだろ!?流石に俺でも子供に対して怒ったりはしないぜ!ちょっと隣のメイドに一言だけ言ってこようと思っていただけさ!」
そんなアランを二人はまだ疑わしい目で見ている。
「……分かったよ。そんなに俺のこと信じられないならお前らも一緒に来いよ」
そう言ってカウンターに向かうと二人とも後ろをついて来ている。
……そんなに信じられないか。
カウンターに辿り着くと、貴族の子どもとギルド職員はまだ話し合っていた。
アランはそれに割り込むようにして話しかける。
「あの~?ちょっといいか?」
恐る恐る話しかけると、ギルド職員と話していた貴族の子どもがこちらを向く。
始めは自分が話しかけられていたのか半信半疑な様子だったが、俺が見ているので、自分のことだと思ったのだろう。
ギルド職員との話を中断して、反応してくれる。
「僕のことですか?それともこのギルド職員の方に用があったのなら、場所を譲りますが……」
「ああ!ギルド職員じゃなくてあんたとそのメイドに少し用があるんだ!」
いざ貴族を前にすると、子どもとは言え、何か大事にならないかという恐怖に襲われるが、それでも勇気を振り絞り、言う。
「あんたらさっきラッセル食堂にいたよな?あんたらが横入りしたお陰で、俺らが飯を食えた時間が遅くなって、さらにギルドのいい依頼を受けることもできなくなったんだが、どうしてくれるんだ!?」
緊張のあまり、思ったよりも子どもに対して怒っているような態度をとってしまい、内心慌てる。
すると、貴族の子どもを抱きかかえていたメイドが口を出してくる。
「食事をするのに、別にラッセル食堂であった必要は必ずしもないですよね?それにどうしてそんなにいい依頼を受けたかったというのに行列に並ぶ時間はあって、他の所で食事をとるという選択肢は無かったのですか?あなたの言っていることは少し無責任ではないでしょうか」
メイドに正論を言われ、言葉が出てこない。
しかし、一度口に出したことなので、意地になって何か言い返さなければ、と考えていると、貴族の子どもがメイドの言葉に口をはさむ。
「セシリア!さっきのは確かに僕の方に非があるんだから僕が謝らなければいけないんだよ。セシリアは口を挟まなくていいよ」
「かしこまりました」
そう言い、メイドを抑えると貴族の子どもは謝罪をしてくる。
「先程は貴重なお時間を奪ってしまい、申し訳ございませんでした。謝罪することしか僕にはできませんが、どうか許してもらえないでしょうか」
思っていなかった状況になり、アランは慌てふためく。
「いえ!こちらこそ申し訳ございません!ラッセル食堂のことはこちらにも非があるというメイドさんの言葉通りですので、頭を上げて下さい!」
「そうです!こんな小さい子どもに頭下げさせるなんてあんた何してんの!?」
クラリスとリンダがそう言ってどうにか子どもの頭を上げさせようとしている。
子どもに頭を下げさせて完全に俺が悪者のようになっていて、二人ともそっち側についているが、リンダなんか最初はほとんどこっち側だっただろうが。
相手が子どもと分かった瞬間あっちに着きやがって。
まあ、俺も子どもと分かった瞬間、怒りはほとんど吹っ飛んでいたが、かなり言ったことがきつくなってしまったため、しょうがないだろう。
「いや、!俺もそこまで言うつもりは無かったんですよ!頭を上げてください!」
「いや、!さっきのことは本当に僕の都合で時間を奪ってしまったので!」
そう言って頭を上げようとしてくれない。
貴族ってこんなに簡単に頭を下げるものなのだろうか?
俺の思っていた貴族像が変わった瞬間だった。




